「……どうにか検問は潜り抜けたか」
「生きた心地がしませんでしたね」
「うぅ、心臓バクバク……聞こえちゃうかと」
舞衣を撒いた百柄達3人は、予定通り近くのスーパーマーケットに停まっていたトラックの荷台に隠れて検問をやり過ごした。高速道路に入ってしばらくは安泰になり、安心したことでここまでのことを整理する余裕も出てくる。
可奈美が持っていた荷物に、姫和が神社に隠していた軍資金と百柄が持っていた財布。逃げる直前に可奈美にはスマホとスペクトラムファインダーを手放させたので、こちらから連絡する手段はなく当面の活動資金もあまり多くはない。なるべく短い間にもう一度態勢を整えてからでないと、折神紫に挑むことは叶わないだろうという状態だ。
「改めまして、もう一度自己紹介をしておくね。私は衛藤可奈美。美濃関学院二年生で、剣術の流派は柳生新陰流です!」
「……十条姫和。平城学館の三年生で、流派は鹿島親當流だ」
「堀川百柄です。平城学館の二年からの編入生で、流派は七笑流。いろいろ私に聞きたいことはあると思うだろうから……今の内に質問して」
「はい!あの風起こしってどうやってるの?」
東京に着くまでは少しかかるので、百柄は今の腰を落ち着けられる内に2人が自分に問いたいであろうことを質問させる。すると可奈美は元気良く手を上げて、想定内の質問をしてくれた。
「私が荒魂に殺されかけた時……荒魂の持つノロが私の中に入って留まり続けていたんだそう。それが治療された時に薬によってノロが変質して、妖力と呼ばれる力に変わったんだ。私が使っている妖術をや刀使の技は、この妖力を元にしているんだよ」
「へー……世の中不思議なこともあるんだね!」
「本当に感想はそれだけでいいのか……?」
「私の陽剣【七笑】にも妖力が宿ってるから、私は刀を持ってても持ってなくても、刀使と同じことができる。七笑は御刀ではないんだけど、真似事くらいならできるから……もしもそれすらできなかった時を考えると、その時は結構面倒なことになってただろうね」
御刀を用いて荒魂を斬るのが刀使ならば、百柄はあくまでその真似事をしているだけ。最初は写シすら使っていなかったと伝えると、可奈美も姫和もそれはもう驚いていた。写シなしで荒魂と戦うなど自殺しに行くに等しいのだから、それはそうか。
「妖力で御刀の代わりができるなら、その逆ももしかしたらできるかもしれないからね。東京に着いていい感じの隠れ場所を見つけたら、その時に可奈美に試してもらおうかな」
「えっ、いいの!?こういうのなら先輩の姫和ちゃんにやってもらった方がいいんじゃ……」
「私は今は写シも貼れん。御刀を扱えるコンディションではないから、お前がやってくれ」
「そういうこと。【天狗の風】や【御伽莉花の幻】を使えるようになれば、私の負担も減らせるし逃走にも有利になれるから、是非ともやってほしいね」
後で可奈美に妖術を試させることを決定し、その後は姫和の持っていたアナログのスペクトラム計やそれぞれの剣術の技についての話になる。お互いの技から他の人にもできそうなものを教え、折神紫ともう一度相対した時に手札を増やしておくのだ。
車中の話し合いは盛り上がり、試すことをできないのは残念だが交流は深まった。東京に着いたトラックから適当なところで降りて身を隠すまで、意見の出し合いは続いた。
〜
「……この辺ならば、人目にもつかないか」
「結局廃ビルの中ですね」
「ずっと緊張感高かったから、疲れちゃったや」
「コンビニ辺りで何か買ってこようか?」
「いや、それなら私が行こう。堀川さんは可奈美に妖術を試させてやってくれ」
「分かりました、それじゃあお願いします」
という訳で。姫和がコンビニに食べられる物を買いに行っている間に、百柄と可奈美は妖術の練習をしてみることになった。
まずは写シを展開し、御刀の神力を扱える状態に身体を変化させる。この状態なら百柄と使っている力以外の条件は同じ、神力による妖力の代用が可能かどうかを試せるようになった。百柄は手始めに掌から風を出してみるよう指示を出す。
「霊体の中に巡っている神力を自覚し、それを一つの点に集中させた上で風に変換する。理屈としては【金剛身】や【八幡力】と同じ……神力を身体強化のためではなく、外に出すために使うんだ」
「えーと……上手くイメージできないなぁ……百柄ちゃん、ちょっとお手本見せてくれない?」
「初めてはそりゃあそうだよね。こんな感じで掌から風を起こすんだ。他に何かイメージするのに良さそうなのは……かめ○め波とかがいいかな?」
「かめ○め波……なるほど!こうだああっぶ!」
似たようなものとして提示したのは、平城学館に入ってから見た国民的漫画の必殺技。可奈美もそれを知っていたようなので、モーションを真似しながら風を出そうと腕を突き出す。すると突風が可奈美を天井まで突き飛ばし、受け身も取れぬままに背中を強打して撃ち落とされてしまった。
──……ま、成功はしたか。
見事なまでの自爆を見せてくれたが、可奈美にも妖術を使わせることには成功した。身体を打ちつけて気を失っている可奈美を叩き起こし、百柄は次の技のレクチャーに入る。
「うわあっ!?気を失ってた……」
「神力でも妖術を使えることは分かったから、次は術をコントロールできるようにしていこう。さっきので放出のコツは掴めたでしょ?この通り、まずは状態を目で見て把握しながら調整する。練習を重ねればいつかはノールックで特に意識せずとも調整できるようになるはずだけど、今はとりあえず自分の目で程度を判断していこう」
「うん……できたけど、わわっぷ!これとっても難しいね!油断してなくてもすぐ飛ばされちゃう」
「私も最初はそんなだったよ。昼夜を問わず練習を続けて、少しずつものにしていったんだ」
何度も自分の風に吹き飛ばされながらも、可奈美は諦めず制御の特訓を続ける。あまり素質がないのかそれとも単に難易度が高いだけか……結局姫和が戻ってくるまでに成功することはなく、食事のために特訓は中止となった。
「……私が買い物でいない間に、随分とボロボロになったんだな」
「なかなか上手くいきませんね。使えるには使えるということは分かりましたが、実戦に耐え得るようにするにはまだまだかかるでしょう」
「本当に難しいんだよこれ……!百柄ちゃんは使えるようになるまでどれくらいかかったの?」
「……風を出せるようになるまでで丸一日。制御できるようになるまでに5日。自分を浮かせる【天狗の風】と物を浮かせる【山吹の風】を習得するまでに一月くらい。そこからの【菫の風】みたいな応用技は使うだけなら一発だったかな」
風隠の森では剣術と並行での練習だったし、病み上がりで上手く身体も頭も働かなかったので、あまり素早い飲み込みという訳にはいかなかった。森を出る前に習った技は全て習得したので、最終的には良くできた弟子という扱いだったが。
──最初の内は、可奈美以上に失敗してたな。
習いたての頃に、さっきの可奈美のように自分を天高く打ち上げて、首の骨を折ってしまったことを百柄は昨日のことのように思い出した。妖術の師であるオロシの真似をして、百柄が人に物を教えるようになったからだろう。
あの森で習ったこと、授かったものが今こうして役に立っている。百柄はもう二度と会うことはない彼らの姿を思い出し、少しだけ感傷的な気分に浸るのだった。
「そういえば私達こんな所にいるけどさ、ホテルとか使っちゃダメだったの?今ならまだ追っ手も追いついて来てないだろうから、普通に部屋を借りても大丈夫だと思うんだけど……」
「あんまり他人を巻き込むのもあれだからね。なるべく今の私達に関わる人間は少なくした方がいい」
「そういうことだな。別に今日一日くらいなら何とかなっただろうが、堀川さんの言う通り巻き込まれる者をいたずらに増やす必要はない」
「なるほどぉ……あ、そうだ。ウチの学長から困った時に見るといいって渡された紙があるんだった」
当たり前のように人のいない廃ビルを隠れ場所に選んだが、その必要はなかったのでは?と可奈美は疑問を呈する。帰ってきた答えに一応納得した様子を見せると、何かを思い出したかのように鞄の中を探り始める。取り出したのは1枚の紙であった。
美濃関学院の学長、羽島江麻から預かった小さく折り畳まれた1枚の紙。何が書かれているのかと開いてみると、そこには達筆な文字で誰かの連絡先が記されていた。
「誰の番号だろ……2人は見覚えある?」
「いや、ないね。公衆電話からタウンページ借りて確かめてみようか?」
「そうだな……いったいどこに繋がる番号なのかは知らんが、伍箇伝の学長は敵側だろう。調べておいて損はないはずだ」
「うーん……でも、シチュエーションに少し違和感がありますね。可奈美はもう取り調べも済んでいて潔白が証明されたから、私達の追っ手として選ばれたんだよね?だったらもう、その困った時ってのは過ぎてるはずだよ」
言われてみれば、と可奈美は首を傾げる。確かにもう取り調べも終わっているし、暗殺に協力していないという結果も出された。何かを渡すなら取り調べの前に渡すのが普通だし、そもそも取り調べ中は荷物は没収されるので連絡はできない。
となると、羽島学長のいう「困ったこと」はそことは関係ないものになる。暗殺者の協力者として疑いをかけられる以外に、困りごととして考えられることがあるとすれば……
「まさか……学長も知っているのか?折神紫が大荒魂だということを」
「あり得なくは、ないんじゃないですか?伍箇伝の学長は、20年前に大荒魂討伐に加わっていた人達だそうですし……持っている権力的にも深いところを知れそうですから、折神紫の正体について知っていてもおかしくはないと思います」
「じゃあ……この番号は、私達に協力してくれる人の番号ってこと?」
「迂闊に連絡をかける訳にはいかん。百柄の言う通りまずは番号の主の確認をしよう」
もう一度姫和が外に出て、その辺の公衆電話からタウンページを探しに行く。百柄と可奈美はその間にまた妖術の練習を行う。割と近くにあったようで姫和はすぐに戻ってきたが、妖術練習の方はやはり一筋縄では終わらなかった。
「……あまり大きな音を立てるなよ」
「すいませーん……」
「取り敢えず見てみましょうか。この本に載ってる番号だと助かるんですけどね……」
「090……多過ぎるな。これは骨が折れるぞ」
合致する番号を、紙を参照しながらタウンページから地道に探していく。かなりの重作業になるかという予想だったが、番号の主は思いの外あっさりと見つかった。あ行の名前なのが幸いであった。
「……恩田累、か」
「やっぱり聞いたことのない名前ですね。学長から頼れと言われるくらいですから、やはり刀使の関係者とかでしょうか」
「取り敢えず明日、電話して尋ねてみようよ。知ろうとしないことには何も始まらないよ」
「そうだな、今日は休むか。交代で見張りを立てて眠ることにしよう」
「あ、それなら私ずっと起きてられますよ」
いろいろとあり、今日はもう3人とも疲労がかなり溜まってしまっている。なので普段から徹夜に慣れている百柄が見張りとなることで、今日はもう休むことにした。
「すまないな、堀川さん」
「任せてごめんね、百柄ちゃん。……おやすみ」
「おやすみなさい。ゆっくり休んでて」
──さて、何事もなければそれでいいけど。
夜が明けて2人が起きるまで、百柄は不審な人物が来ないよう見張り番をしていた。結局誰も来るようなことはなかったが、百柄にとってはかなりの緊張感を伴った夜になったのであった。