「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おかげ様でな。夜間、見張り中特に変わったことはなかったか?」
「何も。風を吹かせて辺りの人影の動向を探ってもみましたが、怪しげな動きをしているシルエットは見つかりませんでした。十条先輩の予想通り伍箇伝のある方を優先して、こちらの方はまだ手が回っていないんだと思います」
「そうか……ありがとうな、堀川さん」
陽が昇る頃に起きてきた姫和に挨拶し、百柄は夜の間のことを報告する。といっても別に大したことはしていないし、何かしらのイベントがあったという訳でもなかったが。
百柄の報告を受けて、姫和は改めて彼女に頭を下げて礼を言う。本来ならばこんなことに巻き込むつもりではなかったのに、いつの間にやら共犯として共に行動させるようになってしまった。百柄が自分からそうしたのが原因と言われればそれまでだが、そもそも独りで全てを終わらせるために動いていたのだから、やはり責任は感じるのである。
「……どういたしまして、その言葉は受け取らせていただきますよ。私が自分から飛び込むことを選んだ道ですから、気に病むのはどうかこれっきりにしてください」
「……分かった。ならば、お前には最後まで付いてきてもらうぞ」
「もちろん、最初からそのつもりですとも。死なば諸共、ですよ。して……あなたはいつまでぐっすり寝てるんだい、可奈美!」
「ひゃあああん!?て、敵襲、敵襲ー!」
2人が話している中、呑気に寝息を立てている可奈美の尻を叩いて百柄は無理矢理起こす。いきなりの強い刺激で飛び起きた可奈美は、錯乱して御刀を持ちながら隠れ家中を走り回る。あまりにうるさいので足を引っ掛けて転ばせてやり、そこでようやく暴走は収まった。
「寝ぼけ過ぎ。ちゃんと目を覚ましなよ」
「うう、ごめん……」
「まぁ過ぎたことだ。今日は食事にしてから恩田累の電話番号に電話を掛けてみるぞ。どういう人物なのかはまだ分からんからな……用心するに越したことはない。繋がった時はくれぐれも慎重にコミュニケーションを図ることだ」
「味方だといいね!」
取り敢えずまずは食事から。昨日と同じように姫和が買い物へ行き、百柄と可奈美はその間は妖術を練習する。【御伽莉花の幻】で見た目を偽装しているとはいえ、用心はしなければならない。姫和の買い物はそれなりに時間がかかったため、空き時間で百柄は可奈美が自爆せずに済む程度には、風をコントロールさせることに成功した。
「おお……!見て見て百柄ちゃん!私、自力で風のコントロールができてるよ!」
「上等上等。次はそれを意識せずともできるくらいに習熟させてみようか。【天狗の風】で空を飛ぶのなら、目で見てその都度風力を調整していたんじゃ到底間に合わないよ」
「むむむ……難しそうだけど、頑張ってみる!」
「はいじゃあ、もう一度やってみようか」
その後の成果は振るわなかったが、可奈美は少しずつ妖術の基礎を身に付けていった。姫和が戻ってくる頃までには、見ながらのコントロールはかなり様になるようになるのだった。
姫和が買ってきた弁当とお茶を分けながら、3人は輪になって朝食の時間を始める。まだ早い時間で半額のシールが貼られた生温かい弁当は、彼女らの口にはあまり合わなかったようで。レンジで加熱されて微妙な感じになった漬物を齧りながら、百柄はせめて、弁当本体と漬物は分けながら温められないものかと考えるのであった。
「うーむ……無駄遣いもできないし、なるべく安いものを選んで買ったのだが。そうなるとやはり味の方はあまりよろしくはないな」
「コンビニ弁当は初めて食べましたけど、これなら自分で作った方がいいかもしれませんね。これでは剣術大会の昼休憩で配られた弁当とは味が比べ物になりませんよ」
「あれと比べちゃしょうがないよ。私はいくらでも食べられそうだったもん。これ食べ終わったら恩田累さんなら電話かけに行くんだよね?」
「ああ、公衆電話から電話をかけるだけだし行くのは1人でいい。また私が行く……と言いたいところだが、電話ボックスは袋小路になるから私ではもし追っ手に悟られた時逃げられないだろう。この任はお前に任せてもいいか?百柄」
もしもの時を考えて、連絡を取るのは逃走手段の豊富な百柄がやることになった。可奈美はまだまだ妖術を扱うには未熟で、姫和は回復し切っていないため選択肢は元々ないのだが。
「それじゃあ行ってきますね。連絡がついたらすぐに戻ってきますんで」
「気をつけてね!」
「よろしく頼むぞ」
可奈美からメモを受け取り、隠れ家から一番近くにある電話ボックスに入って番号を入力。待機音が少しの間ループするのを聞きながら、恩田累が出てくるのを待つ。
1コール、2コール、3コール……
「はい、もしもし?恩田ですが」
「恩田累さん、ですか?こんな朝早くから連絡してすいません、美濃関学院学長羽島江麻からの紹介で掛けてきた者です」
「あー!話は学長から聞いてるよ。折神紫様の裏に潜む大荒魂……それを斬ろうとした子達の手助けを頼まれて欲しいってね。羽島学長には昔よくお世話になったから、二つ返事で頼まれたの!」
「……知っていたんですね」
どうやら、羽島江麻は折神紫と大荒魂のことを最初から知っていたようである。
彼女もまた、折神紫に潜む大荒魂をどうにかしてやりたいと思っていたのだろう。今回の暗殺未遂事件をそのチャンスとし、どうにか自分達の勢力圏に入れて協力関係を築きたいと思った。しかし百柄と姫和は平城学館の生徒であるため、接触するには一工夫加える必要がある。
そのための工夫として使ったのが、百柄と大会を通して関わりを持った可奈美と舞衣。特に可奈美の方は事情を知ってしまった気があるので、彼女を何らかの形で暗殺犯に巻き込ませて、2人の協力者とすることで接点を無理矢理作ったのだ。
「……あんまり納得いかないって感じだね?」
「ええ。事情を知って尚動けずにいた可奈美に理由を与えたかったという意図もあるでしょう。あの子は私達のことを友達と認識していましたから、下手に動けなかった当時の状況は、とても歯痒いものだったはずですから。……でも、それでも教師が生徒の気持ちを利用して誘導するようなやり方は、私はいい気にはなれません」
「うん……その気持ちは理解する。それでも羽島学長もようやく巡ってきたチャンスを逃したくなかったから、こんなことをしたんだということをどうか知って欲しい。あなた達の行動で管理局に混乱が引き起こされた今こそが、大荒魂を討伐するまたとない大チャンスだということを」
「……ま、ここで言い争いはしません。可奈美が良ければ私もそれでいいですので」
自分から首を突っ込んだ百柄と違って、可奈美は取り調べでも無関係と判断されている。本来ならばこんなことに付き合う必要はないはずなのだ。
大荒魂の姿を見てしまったから、与えられた任務をこなす腕に迷いが生まれた。そのせいで試合では互角だった百柄に遅れを取り、こうした人質という体で行動を共にすることになってしまった。本当なら大荒魂なんて見なかったことにして、何事もなくまた任務に赴くこともできたはずなのに……
それでもあのトラックの中で事情を説明してからは、可奈美は共犯となる道を選んだ。彼女の中で納得しているのなら、百柄はもうそれ以上食ってかかるつもりはない。可奈美が考えた上で出した結論に任せる、そう決めていた。
「家の住所を教えておくから、メモを取って19時くらいにそこに訪ねてきてちょうだい。あなた達なら大丈夫とは思うけど、くれぐれもその前に捕まるなんてことがないようにね!」
「19時ですか?それはまたどうして」
「仕事があるのよ!一応私、会社勤めの社会人だからね!」
「……ああ」
まさか何かしら罠でも……と思ったが、百柄は理由を聞いてすぐに納得した。確かに社会人なら普通は朝から晩までは働いている。家で仕事をしている訳でもなければ、そんな時間に家を訪ねたって無駄足になるだけである。
「分かりました。では、そのくらいの時間にお伺いさせていただきますね」
「待ってるよー。それじゃあね!」
〜
「という訳で、19時までは特に予定のない時間となりました」
「あ、じゃあさじゃあさ!せっかく東京にいるんだし町の中を探索してみようよ!ずっと隠れ家に篭ってても気が滅入るだけだよ!」
「馬鹿、それでは追っ手に見つかる可能性が」
「いいんじゃないですか?東京なら人通りも多くてカモフラージュは簡単ですし、むしろコソコソしてるよりも堂々と町中にいた方が追っ手の目を欺けると思いますよ」
「む……それも一理ある、か?」
行動を決定する姫和がその言葉の道理を考えだしたところで、有無を言わせず理論を捲し立てて町に出るように意見を流す。ゴリ押しでどうにか東京を探索する決定を得た2人は、狐に化かされたような怪訝な顔をする姫和を尻目に、しめしめ上手くいったとほくそ笑むのだった。
こうして向かった先は原宿。取り敢えず人の多そうな場所ということで選ばれたが、東京に初めてやって来た百柄と少なからず憧憬があった可奈美は眼を輝かせて辺りを見回していた。
「凄ーい……高いビルばっかり!おっきいね!」
「あまりはしゃぐな、怪しまれるぞ」
「だって、テレビと本物じゃ全然違うもん!」
「ところで、どこか行く当てはあるんです?」
初めてやって来た都会にテンションを上げるのもいいが、まずはどこに行くかを決めよう。百柄はそういった遊びや観光などに詳しくないので、2人に委ねることにする。
「まずは服を探そうか……この逃避行がいつまで続くかは分からんが、その間ずっと制服という訳にもいかんからな……」
「さんせー!」
「では、服屋を探してみましょうか」
姫和の方針に従い、3人はまずは新しい服を求めて服屋を探すことにした。あまり今の所持金に見合うような安い店はなかなか見つからず、探すのにはかなり苦戦したが。最終的には安くてそれなりにおしゃれな服を買うことができた。
「堀川さんは装飾が多いから、服が違ってもあまり変わってる感じがしないな」
「パーカーに帯は流石に合わないよ、百柄ちゃん」
「うーむ……流石に外しておくべきか」
約束の時間まで、3人は東京のいろいろな所を回り楽しんでいった。なるべく目立たないよう自然に楽しそうに振る舞うというのもあるが、それ以上に普通に楽しかったのだ。
これから先、遠くない未来で3人はもう一度折神紫に挑むことになる。その時にこの逃げ回った時間を後悔することのないよう、やってみたいと思ったことは取り敢えずチャレンジしてみた。この息抜きの時間が、プレッシャーを鎮められるように。
「チョコミントが歯磨き粉と同じなどという例えは使い古された骨董品だぞ!そんな四方八方から言い尽くされた例えは禁句と言っていい!」
「ご、ごめんなさい……!?」
「……まぁ、美味しいし何でもいいですよ」
……いろいろなことを、楽しんでいった。