風隠の刀使、荒魂を斬る   作:笛とホラ吹き

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18:強襲

「高津学長、逃亡者2人と人質の居場所を特定できました」

 

「よくやった。成程、美濃関学院出身の元刀使……逃亡者はどちらも平城の生徒だ、恐らくもともとはなかった縁に違いない。くく、羽島学長……墓穴を掘ったな!」

 

 報告を聞き、鎌府女学院学長高津雪那は勝ち誇るかのように高笑いを上げる。これで奴らを捕らえれば敬愛する折神紫に良い報告ができる……あの学長達よりも、彼女からの覚えが良くなると。

 

 折神紫暗殺未遂の報告を聞いてから、高津雪那はずっとこの機を狙っていた。側に付いておきながら暗殺犯を取り逃す親衛隊にも、追っ手として派遣されていながら返り討ちに遭い、むしろ人質として連れ回されている美濃関の刀使にも、腹立たしい思いはあるがそれはそれ。

 

 手柄を奴らに渡すことなく、自分の育てた鎌府の力で立てることができる……雪那はずっとこの時を虎視眈々と狙っていたのだ。

 

「奴らが匿われている部屋……その持ち主の名は恩田累、現在は八幡電子に勤務か。沙耶香!」

 

「……はい」

 

「あなたは今すぐ東京へ向かい、潜伏する暗殺犯供を討ち取りなさい。あなたは確かに剣術大会で敗れはした……でも、私のあなたへの評価は変わらないわ。あなたこそが我が鎌府女学院の誇る最強の刀使なのたから……」

 

「……分かりました」

 

 雪那は呼び出した沙耶香の髪を撫で、彼女の耳元でそう呟く。脳味噌の奥深くまでその言葉を染み込ませるように、深く、甘く……

 

 命令に逆らうという選択肢はない。沙耶香はその言葉に粛々と従い、自身の御刀を手に取って東京へと向かっていった。その佇まいはまるで、与えられた命令のみに反応し動く人形や機械のようで。立ち去る彼女の後ろ姿を見送った鎌府の刀使は、心の底を弄るような強烈な不快感を覚えていた。

 

「……堀川百柄は沙耶香に勝った相手に勝った危険な刀使。沙耶香を行かせたはいいが、任務の遂行に少し不安が残るな。あまり借りを作りたくはないのだが……保険はかけておくべきか」

 

 沙耶香が去った後、雪那はすぐさまスマホを取り出し『保険』に連絡をかけた。沙耶香が任務を成功させ、必ずや鎌府に折神紫暗殺未遂犯撃破の功績を持ち帰れるように。

 

 正直なところ、雪那としてもあまり頼りたくない相手ではあるのだが。実験のために必要なノロの回収を秘密裏に頼んでいたり、既に何度かはその手を借りているので、連絡に躊躇いはない。1コールですぐに出てきてくれた相手に対して、彼女はそれはもうヒステリックに騒ぎ立てた。

 

「遅い!私が連絡したらすぐに応答しろと何度言ったら理解するのだ貴様は!?」

 

『……うるせえなぁ、ババア。てめえの声は耳にキンキン響いて不愉快なんだよ』

 

「貴様には、口の聞き方にも気を付けろと言ってあるはずだがな?長く連絡していない間に、貴様は脳味噌を漂白でもされたのか?」

 

『チィッ……で、今度は何の用だ」

 

「今回の紫様暗殺未遂のことは、貴様も話に聞いているだろう?奴らの居場所を特定したため、私の配下の刀使を1人向かわせた。貴様にはその子の支援をしてもらおう、その力でな」

 

『……いいだろう。報酬はいつも通りだ』

 

 話はついた。雪那はこれで暗殺犯討伐が盤石なものになったとほくそ笑み、その功名心と独占欲に塗れた醜悪な面をより歪める。

 

 今回の件で最も不確定な要素は、暗殺犯の片割れである堀川百柄の使う奇っ怪な技の数々。自在に風を操り空を飛んだりするなど、鎌府の最新研究でもあり得ない無法。こちらもノロの研究をしてきた雪那にとっては、他の四学長に並ぶくらい嫉妬の炎が燃えるものだが……そんな彼女もかけた『保険』がどうにかしてくれる。

 

 最早失敗はあり得ず、これで紫の寵愛を自分だけが受けられるようになる……雪那の心はそんな醜い欲望でいっぱいになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜

 

「うーん、美味しい!仕事から帰ると美味しいご飯が待ってるっていいもんたねぇ。部屋もみんな綺麗になってて、まるでここに初めて引っ越してきた時みたいだったよー。ありがとね」

 

「掃除は私が!お料理は姫和ちゃんと百柄ちゃんが協力して作ってくれました!」

 

「私は手伝っただけですがね」

 

「……それは作ったに含めていいと思うぞ」

 

 仕事から帰ってきた恩田累も含めて4人で食卓を囲み、和気藹々と夕食を摂る。恩田の口から放たれる相変わらずの軽口をいなしつつ、肉じゃがなどをはじめとした献立を食べる。あまり会話に入らずに黙々と食べていた百柄は一足先に食事を終え、食器洗いをしていたのだが。部屋に戻ろうとしたところで恩田に引き止められ、食卓に戻ることとなる。

 

「ふー、美味しかったわ。3人ともウチにお嫁に来てこれからも一緒に住まない……と、言いたいのはヤマヤマなのだけど。ちょっとみんなに見て欲しいものがあるから、少し時間もらえるかな?」

 

「何だろ?」

 

「行けば分かるよ」

 

「行くか……その前に食器の片付けからだな」

 

 先に食べた後の片付けを終え、3人は累の部屋についていく。電気が消えて薄暗い部屋の中に、一台のパソコンがドカンと鎮座していた。

 

 映っているのはチャット画面。累が事前に誰かと連絡を取り合っていたその履歴であった。

 

「ファインマン……グラディ?」

 

「グラディってのは私のことねー。質問にはあなた達の好きなように答えてみて」

 

「『立ち向かう覚悟はいいか?』か……そんなものイエスに決まっているだろう」

 

「『今日という日は完璧になった』ですか。住所が記されてますけど、ファインマンはこの場所にいるということなんですかね……ッ!?恩田さんを守りながら逃げてください可奈美、十条先輩!」

 

 記載された住所をメモに取る手からボールペンを投げ捨て、百柄は七笑を抜いた。すると部屋の窓ガラスが粉々に破砕し、外からやって来た刀使による強襲がくる。鎌府の制服を着た少女は、剣術大会で可奈美と戦っていた彼女──糸見沙耶香で。しかし正気を伴わないその佇まいは、剣撃を受けた百柄に確かな違和感をもたらした。

 

 ──こいつ、意識を無くしてるのか。行動に思考を伴わないから無駄なく体を動かせるし、リスクも気にせず戦うことができる。

 

「舐められたものだよ、まったくね……ッ!」

 

「……」

 

 可奈美達が部屋を出たのを確認し、百柄は無意識で行動する沙耶香の腹を蹴り飛ばす。自分で開けた穴から外に追い出された沙耶香は、【迅移】の速さで空中で体勢を立て直しながら、追撃のため自らも外に出た百柄に斬りかかった。

 

「空中で……私に勝てると思うなッ!」

 

「……ッ!!?」

 

 壁を蹴ることで沙耶香は降りてくる百柄に近付き間合いに入れるが、踏み締める地面のない空中は百柄の領域。【天狗の風】で沙耶香の一撃を空振りにさせ、そのまま背後を取ると制服の襟首を掴んで地面に叩きつける。

 

 マンションの10m以上ある高さから、受け身も取れずに地面に堕ちた沙耶香。写シが剥がれて生身の己が剥き出しとなるが、息を荒げるだけであまり堪えた様子がない。随分と人間味を感じさせない仕草に着地した百柄は警戒を見せるが、沙耶香が次の行動に移ったのは、百柄が刀を構えようとしたその瞬間であった。

 

「【菫の風】──は、効かないか……」

 

「……」

 

「……一言くらい、喋ってほしいんだけどね」

 

「……」

 

 ──無意識のままに、私の風に対抗できる技を使ってるのか。【菫の風】には【金剛身】、【山吹の風】には【迅移】、そして剣術で互角に戦うための【八幡力】。

 

 どの技も1段階目までしか使えない百柄よりもら明らかに強く、段階が進むと持続時間は落ちるという話なのに解除される気配がない。このまま戦いが続けば、生身で神力を使い続ける沙耶香には重大な反動がやってくるだろう。

 

 そうなる前に、一瞬で終わらせる。

 

 百柄は沙耶香の剣を弾いて距離を取ると、七笑を鞘にしまい力を抜いて腰を落とす。七笑流最速の技である【一閃】で、彼女の身に不幸な事故が起きる前に終わらせる構えであった。

 

 ともすれば、その一撃が『不幸な事故』になってしまうかもしれないが。【一閃】は七笑流の技の中でも最も多く振ってきた技、自分なら加減ができると信じて百柄は刀を抜いた。

 

 

 しかし……

 

 

「ッ………!?誰だ……!」

 

「忍法【身代わらせの術】……」

 

 百柄の渾身の【一閃】は、新たなる敵の横槍によって沙耶香に届く前に防がれてしまった。間に割り込んできた誰かが真っ二つになったと思ったら、それが丸太に変わってそれも霧になって消える。

 

 突然の出来事に困惑するが、百柄の勘はそれよりも逃した可奈美達の方が危ないと伝える。自身の勘に従い駐車場の方を振り向くと、3人が乗り込みこれから発車するという車の背後から、無数のクナイと手裏剣がまさに襲いかかるところであった。

 

「──【太郎坊の大風】ッ……痛……!」

 

「……」

 

「ふむ、浅いか……これなら攻撃する順番は逆でも良かったな」

 

「やーっと、姿を見せたか……」

 

 咄嗟に大技を出して、車が血染めの棺桶となることは防いだが。代償として百柄は写シを剥がされた上に腹に御刀を貫通させられてしまう。じくじくと血が滲み出し、百柄の着ている白い着物を赫く黒く染めていく。臓物に直火を当てられたような激しい痛みに脳味噌が悲鳴を上げさせようとするが、鋼のように理性を固めて我慢した。

 

 腹を貫く刃を掴み、これ以上動かせないようにしながら百柄は新たな刺客に名を尋ねる。姿を見せた忍者装束の男は百柄と同じ白髪を夜風にたなびかせながら、呟くようにその名を名乗った。

 

「俺の名は零。風魔の……いや、今や俺は抜け忍。ただの零だ」

 

「して、何の用だいコスプレ野郎」

 

「鎌府女学院学長、高津雪那より貴様らを抹殺せよと依頼を受けた。別に恨みがある訳でもないが、これは任務。そのお命頂戴するぞ」

 

「やれる、もんなら……やって、みな!」

 

 零を名乗った男の狙いは、百柄と姫和をこの場で始末すること。写シを剥がされている上に腹を刺されて動けない今の百柄は、それを遂行するのに最高の状況であった。

 

 しかし、当然のことだが百柄だって始末すると言われて無抵抗でいる訳がない。掴んだ刃をわざと更に深く自分に食い込ませ、距離が近くなった沙耶香に後頭部の頭突きを食らわせ失神させる。無意識を超えてしまえばもう、技を出すも何もない。これで二対一だけは防ぐことができるようになった。

 

「先輩!可奈美!私は後で追いつくから、今はあなた達だけで行ってください!こいつはここで私がどうにかしてみせますから!」

 

「ぐうっ……任せたぞ!無事でいろよ!」

 

「百柄ちゃん……!」

 

「ごめんね百柄ちゃーん!無理はしないでねー!」

 

「白い制服の女子は人質と聞いていたが……随分と仲が良さそうだな?まぁいい、どちらにせよ彼女も始末する対象に加わっている」

 

「だから……やらせると、思ってるのか?」

 

 腹が焼けるように痛い。それでも目的地まで追わせないように、こいつはここで百柄がどうにかするしかない。相手は無傷な上どんな手札を持っているのかも分からず、失神させた沙耶香もすぐに起き上がってはこないという保証はない。あまりもたもたしていると相手の増援もやってくる、百柄にとっては恐ろしく辛い戦いになる。

 

 ──それでも、ここでやるしかない!

 

 深呼吸をして余計な力を抜き、【癒やしの風】で刀を抜いた腹を止血する。そのままマンションを出ていく累の車を守るように立ち位置を変え、百柄は零と目線を合わせて相対した。

 

「車は追わせない……お前はここで斬り殺す」

 

「強がりは見苦しいぞ。大人しく死ね」

 

 野良試合、堀川百柄VS抜け忍の零。命をかけた戦いの火蓋が斬って落とされた。

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