風隠の刀使、荒魂を斬る   作:笛とホラ吹き

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19:VS抜け忍の零

「どうした、あの写シとかいう技を使い直さなくていいのか?女の身体能力で俺に勝てると思っているのか?だとしたらお前は……」

 

「うるさい。私がそんじょそこらの女の子達と同じか弱い身体だと思うなよ」

 

 零と百柄の戦いは、マンションの駐車場を舞台として行われている。柱や停められている車を時に足場として、時に相手の攻撃を肩代わりさせるための壁として使い、お互いに敵の隙を窺いながら致命の一撃を与えるチャンスを狙っていた。

 

 ──ぐっ、うぅ……本当に、ちゃんと堪えてないと意識が飛びそうになる……!あの子から受けた傷が深過ぎるんだ……!

 

 今のところ流れは拮抗していて、どちらが有利不利とも言い難い状況。しかしこの流れのまま戦いが続けば、不利になっていくのは腹に傷を負ってしまった上に、写シを一度剥がされて精神的にもかなり消耗している百柄の方であった。

 

 零を斬ることだけを考えていないと、意識が傷の方に割かれて『痛い』、としか考えられない状態になってしまう。しかも零は身長が高く腕も長いため間合いが百柄よりも広い。攻撃を受け流したり躱したりする技術も百柄より遥かに巧い。心技体全てにおいて、百柄は零に上をいかれている。

 

「【練気】……ッ!」

 

「貴様のその技の数々は……風隠の森の一派と同じものだな。何故貴様がそれを習得しているのかには興味はないが、七笑流の剣士と戦える機会はそうそうあることではないからな。あまり早く自滅してはくれるなよ?」

 

「調子に乗るなよッ……【石切】!」

 

「【シビレ斬り】!」

 

 二振りの刃が激突する。【練気】で威力を大きく引き上げた百柄の【石切】だったが、零の攻撃とは相殺されるだけで有効打とはならなかった。痛みが確実に百柄を蝕み、【練気】でも威力を補うだけになるくらい、刀を握る力を弱らせているのだ。

 

 鍔迫り合いから刃を巧みに動かして、零は百柄の体勢を崩し刀を握る指先に一撃を掠らせる。全身を麻痺させ動けなくする神経毒が塗布された刀はその効果を確実に発揮し、百柄から身体の自由を奪った。

 

「くそ……【菫の風】!」

 

「毒の風か。毒を盛られたから盛り返すなど、今時子どもでもしない単純な発想だな。だが残念……俺にはそもそも毒は効かん」

 

 全身の力が抜け、立つこともままならなくなった百柄に踏ん張って堪えることができなくなった腹の傷の激痛が襲いかかる。全身から氷のように冷たい汗が流れ、頭の片隅に『死』の予感がよぎる。

 

 そんな悪い考えを振り払い、百柄は【菫の風】を発動させる。零にはそれがやられたからやり返すという、とても単純な思考回路で放たれた技に見えたようだが……そんなことはない。

 

 ──かかったな。【菫の風】は毒の風……だけど毒としてしか使えない訳じゃないんだよ!

 

「何だとッ……!?」

 

「ちぃ、浅かったか」

 

 右から斬りかかる零に応戦するため、百柄も刀を右腕に持ち替えて【一閃】を放つ。最短距離から斬れるようにわざわざ利き腕でない手を使ったが、すんでのところで避けられてしまった。

 

 攻撃を紙一重で回避した零は困惑する。自身の刀に塗り込んである神経毒は、特に即効性と持続性に優れた代物。一度血管から入り込めば3秒と経たず全身を巡り、身体の自由しまいには心臓や脳の働きを停止させ命を奪う。刀使なら【金剛身】で少しは抵抗できるが、零から見て百柄にそれを使っている様子はなかった。

 

 ならば何故、百柄は毒への抵抗どころか解毒すら可能としていたのか。その理由が【菫の風】を解毒薬として応用することであった。

 

 オロシ直伝【菫の風】は、悪しき力を纏った菫色の風に吹かれた者に毒を与える技。その内容はある程度自分でコントロールできるのだが、どんな毒も使い方によっては薬となる。百柄は【菫の風】の効果で神経毒と相殺させられる毒を作り出し、それを自分に当てることで解毒を可能としたのだ。

 

「痺れ毒は通用しないか。ならば我が術技によって直接葬るのみ!」

 

「写シ……ッ!?」

 

「何だ小娘……目を醒ましていたのか」

 

「高津学長の敵……私が、斬る」

 

 ──ちくしょう、全然気付けなかった……!

 

 一発虚を突いたことで、百柄の精神も少しは落ち着いてきた。剥がされた写シを貼り直して次からの攻勢に備えようとしたが、展開し切ったその瞬間に百柄の写シはまたしても剥がされてしまう。覚醒した沙耶香が背後から袈裟斬りにしてきたのだ。

 

 気配に全く気付かなかった。もしも写シの展開が遅れていたら生身が斬られていただろう。そうなればもう深手も深手、肩口から股の方まで刃を通されて致命傷になっていた。

 

 写シをすぐに無くしたせいで、精神的にかなり消耗してしまった百柄。自分のコンディションから恐らく写シの再展開は不可能だと推察し、一旦距離を取ると【天狗の風】で浮遊する。

 

「数に対抗するには……機動力!」

 

「……斬る」

 

「無意識は動きが読めんな……臨機応変にいくか」

 

 自己暗示で無意識の状態になることで、行動から思考の無駄を省き神力の消耗を抑える技。その名を【無念夢想】というそれを操り、沙耶香は読めない動きで百柄を翻弄する。そして零は空中をアクロバティックに動き回る百柄を捉えつつ、沙耶香の邪魔にもならないよう、自身の立ち位置を把握しながら手裏剣やクナイを投擲。

 

 ──……物量が、多過ぎる!

 

 建物を破壊してしまうため使いたくないが、こうも苦戦するのなら【荒御魂の大嵐】のような大技も選択肢に入れなければならないか。沙耶香を的確に援護するように飛ぶ手裏剣を【山吹の風】でどうにか弾きながら百柄はそんなことを考える。

 

 ──いや、ダメだ!もっと頭を回せ、こいつらを倒すための策を全身全霊で考えろ!

 

 そしてすぐに思い直した。荒魂を斬るために自分は刀使になったが、荒魂を斬ろうと思ったのは町を破壊し人々に恐怖を与える荒魂を、許すことができなかったからだ。なのにそんな自分がいくら仕方ないとはいえ町を壊す真似をすれば、それはもう荒魂の所業と何ら変わらない。そんなことを百柄は絶対に受け入れられない。だから百柄は町を壊すことのない方法で、この2人をどうにかして倒す方法を考えなければならないのだ。

 

「まずは零……お前からだ」

 

「あっ……」

 

「【練気】……七笑流──【紫電】!」

 

「観念したか、【邪剣乱舞・改】!」

 

 一旦【天狗の風】で自分を後ろへと強く押し出した百柄を、沙耶香はすぐに追いかけていく。高津学長から受けた命令を遂行する、それだけを使命として残した空っぽの心で。【無念夢想】の力で一気に段階を引き上げられた【迅移】は、零を振り切った百柄の高速飛行にも優に追いつく速さ。しかしその速さをもたらす無意識は、命令遂行以外を考えないが故に百柄の狙いに気付けない。

 

 零と沙耶香の距離を十分に離すと、百柄はすぐに踵を返して今以上の速さで零の方へ向かった。百柄の目的は2人の距離を引き剥がし、一対一で戦える状況を作ること。超物量と優れた射的能力で援護に回る零の方から斬るために。

 

 目にも留まらぬ連撃、しかし零もまったく劣らぬスピードで百柄と斬り結ぶ。

 

 頭、首、胸、腹、股、足元……互いの急所を狙う一発一発を冷静に捌きながら、致命の間合いで死をも恐れず刃を振るう。一進一退の攻防が繰り広げられているが……力と体力で上回り、かつ無傷の零の方へ次第に流れは傾いてくる。

 

「っ………ぶはぁ!」

 

「その体調で我慢比べなど愚の骨頂。己の頭の悪さを嘆きながら死ぬがよい」

 

「その刃は……絶対に受けないッ!」

 

「……往生際の悪い」

 

 振り下ろされる剣を百柄は七笑で受け、受け止め切れずに吹き飛ばされ駐車場の柱に激突する。柱が派手な音を立てて粉塵を広げながら崩れ落ち、受け身を取れず倒れた背中に瓦礫が降り注いだ。止血した傷に石飛礫が当たり激痛をもたらす。あまりの痛みに胃の中の物を全て吐き出してやりたい衝動に駆られるが、何とか我慢した。

 

 とても危ないところだった。攻撃を受ける瞬間に蹴りを入れて若干威力を殺せた。おかげで致命傷は免れることができたが、受け身を上手く取れずに倒れたことで左腕を折ってしまっている。二の腕の真ん中くらいから突き出た白い骨が、百柄が重傷であることをこれでもかと主張していた。

 

「……追いついた、斬る」

 

「挟み撃ちだ。これで終わらせる」

 

「お命……頂戴」

 

「──────────【叢穣坊の大風】!」

 

 百柄が叫ぶと、その折れ曲がった左腕から翠色の風が吹き荒れる。強烈な風圧に吹き飛ばされた2人は咄嗟に地に膝を突いて体勢を立て直すと、身体に違和感があることに気付いた。

 

 百柄から受けたダメージが消えている。零は蹴られた腹の痛みが、沙耶香はマンションで空中から墜落させられた時と、頭突きを受けた額、そして写シを貼って消耗した精神力が。何より【無念夢想】が解けてしまっている。

 

 ──あ、れ?私は何をして……そうだ、私は人を斬ろうとしてて……私は……人斬り……

 

「うっ……ええええ!」

 

「小娘!?くそ、この期に及んで役立たずめ!」

 

「そんなこと言ってやるなよ。自分の意識を塞いでまで頑張ってたんだよ?むしろここまでよくやってくれたって、褒めてやるべきだ」

 

「貴様……その技は!」

 

 自分のしようとしていたことを正気の状態で自覚したせいか、沙耶香は嘔吐しながらその場でうずくまり動かなくなってしまう。完全に戦意を喪失した彼女を叱責する零であったが、直後に歩み寄ってきた百柄が全快していることに更に驚いた。

 

 七笑流剣術を使うことは知っていた。天狗の妖術を使えることもそう。しかし今の技を使えるということは知らなかった。いや、あの技を魔王ナナワライ以外の者が使えるなんて知りたくもなかった。

 

【叢穣坊の大風】、あらゆるものに癒やしを与える天狗の奥義。それを使える人間が目の前にいるだなんて、零にとっては任務を放棄してそのまま逃げ帰ってもいいと考えるくらい、それはそれは恐ろしいことであった。

 

 零がまだあちらの世界にいた時、天狗達とは何度か相対した経験がある。その度にあの癒やしの風で何度ダメージを与えても回復され、まるで不死身のように目の前に立ちはだかられた。その時のトラウマを今、零は刺激されていたのだ。

 

「これで振り出し……お互い万全の状態だ。このまま第二ラウンドと洒落込もうか!」

 

「……ッ!俺を舐めるな、小娘ェ!」

 

 体力全快で第二ラウンドが始まるが、実は両者共に本調子ではない。百柄の【叢穣坊の大風】は傷を治せはしても失った体力は戻らず、また技自体でも大きく体力を消耗する。自分の妖力を使って回復を行う以上、そこだけは回復させるためのリソースがないからだ。

 

 零の方もまた、かつてのトラウマを刺激されたことで心が揺らいでしまっている。ただでさえ浅い傷も治り百柄と違って体力も回復したが、そのせいで動きには大幅な翳りが見えていた。

 

「【シビレ斬り】ィ!」

 

「七笑流──【草薙】!」

 

「ぐあっ……!?」

 

「七笑流──【風車】!」

 

 零の刀を腰を深く落として回避し、そのまま抜刀術【草薙】をお見舞いする。間合いが遠く掠っただけだったが、刃は確かに脛を裂いた。振り抜いた勢いを殺さず身体を回転させ、更に追撃の【風車】を放つ。これを受けたら死ぬと判断した零は痛みを堪えて後ろに跳び、これを回避。百柄もまたこれを追いかけてすぐさま追撃を仕掛ける。

 

「七笑流──【明星】ッ……!?」

 

「【身代わりの術】……これで貴様も終わりだ!」

 

 妖力を電気に変換し、渾身の【明星】を振り抜いた百柄であったが。それが当たったのは零ではなく彼が身代わりとして残した丸太。刀がアスファルトの地面に突き刺さり抜けなくなるのを見て、零は勝利を確信し最後となる一撃を用意した。

 

「【虚空剣──────────」

 

「ぐっ……【石切】!」

 

「【零】!」

 

 この世界に辿り着き、生き抜く中で編み出した零の奥義【虚空剣零】。百柄の【石切】と激突したその一撃は、押し合いの後に陽剣【七笑】をへし折り百柄の身体を首元から斬り裂いた。

 

 血飛沫が舞い、斬り離された二つの身体が地に堕ちて倒れる。もうピクリとも動かないそれの首を胴体から離し、光の消えた瞳と目を合わせてようやく零は任務を達成した──

 

「──【御伽莉花の幻】」

 

 

 ──そんな幻影を、見ていた。

 

「なっ……!?」

 

「七笑流奥義──【燕枯】」

 

 七笑流の奥義……【紫電】とは似て非なる、複数の点を超高速の連撃によって『同時に』斬る離れ業である。電光に変換された妖力が威力を更に後押しすることで、この技は不可避な必殺となる。

 

 いつでも出すことはできない。零が勝利を確信し立ち止まったからこそ、この技を繰り出すだけの隙が生まれた。トラウマを思い起こさせる相手と長く相対していたくないという、零の焦りがこの結果を作ったのだ。

 

 急所にキツい連撃を食らい、倒れた零は痙攣したまま動かない。『命だけはある』というべきとても惨めな姿であった。

 

「忍者が騙されてちゃあ、世話ないね」

 

 刀を鞘にしまい、百柄は呟く。

 

 恩田累宅強襲から始まった野良試合は、これにて百柄の勝利で幕を閉じた。

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