風隠の刀使、荒魂を斬る   作:笛とホラ吹き

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20:山中の逃走劇

「うっ、ぐうう……俺、は……」

 

「やっとお目覚めかい。随分とぐっすりだったね」

 

 意識を取り戻した零が最初に見たのは、仰向けに倒れる自分を見下ろす百柄の姿であった。その左手には既に御刀が握られており、下手に動こうとすれば斬られるということは考えなくても分かる。零はなるべく百柄を刺激しないよう注意しつつ、彼女の行動を待った。

 

「あんたの雇い主に伝えときな。私達に刺客を差し向けたところで、返り討ちに遭うだけだからやめておけ、ってさ。今回はその命だけは見逃してあげるから……さっさと私の前から去ね」

 

「……そうさせて、もらおうか」

 

 ザクリ、アスファルトの地面を百柄の刀は軽々と貫通して零の首スレスレに刺さる。もしも自分達が再会するようなことがあれば、今度は一切の情けも容赦もかけないという意思表示。氷を直接耳に当てられたかのような冷たい声色が、その行為の説得力を大いに強めていた。

 

 零としては当然、自分のトラウマと同じ力を持つ上に、実力でも上回る相手にこれ以上突っかかりはしない。百柄の要求を二つ返事で聞き入れると、身代わりだけを残してこの場を去っていった。

 

 ──ちゃんと行ったか。じゃあ、次は。

 

 零の気配がもうしないことを確認すると、百柄はすぐに彼のことを意識から除外し、足早に沙耶香のところへと向かっていく。【叢穣坊の大風】で意識を取り戻してからの彼女は、自分のしようとしていたことの重大さに気付いたことで、精神崩壊を起こし激しく嘔吐する程の重症となっていた。流石に今は少しは落ち着いているが、流す涙だけは変わらず激しく溢れている。

 

「戦いなら、もう終わったよ」

 

「うあっ……!あっ……ああっ……!」

 

「お仲間もとっくに逃げたし……あなたもこれ以上戦う必要はないはずだよ」

 

「私、は……私はッ!」

 

 まだ錯乱しているのか、百柄に声をかけられた沙耶香は差し伸べられた手を跳ね除け、百柄から逃げるように大きく後退る。その手には御刀が握り締められたままであり、まだこの場から逃げ出してやりたいという恐怖と、命令を果たさねばという学長への忠誠心がせめぎ合っているのが分かる。

 

「私はッ……高津学長の、お役にッ……!」

 

「捨て身、か……くだらない」

 

 頭をブンブンと横に振り恐怖に蓋をし、沙耶香は【無念夢想】で無意識に堕ち、【迅移】で勢いのままに百柄に御刀を突き立てる。

 

 百柄はそれを避けることなく、逆に攻撃の間合いに入り込んで刀を突く腕を取る。そのまま空いた右手で御刀を奪うことで、沙耶香を完全に戦闘不能の状態にした。【無念夢想】は解け、写シも御刀を奪われたことで消えてしまう。百柄はここでようやく沙耶香の無力化に成功したのだった。

 

「価値のないものを捨てたところで、捨て身の威力はたかが知れてる。自分の値打ちを知らない者の捨て身なんて、何も怖くない」

 

「何、で……殺さない、の……?」

 

「私の剣は荒魂を斬るためのもの。人斬りなんてロクでもないことをするために、今日まで鍛えてきた訳じゃないんだよ。あなたはどうなのかな?その剣を振るってきたのは、ただ学長の期待に報いるためだけ?それとも、他に理由はある?」

 

「私のっ、理由……?」

 

 百柄は努めて冷静に問いかけ、沙耶香に刀を振るう理由を考えさせる。それは沙耶香の頭の中に大きな迷いを生み出し、彼女の高津学長に尽くす以外になかった思考を呼び覚ました。

 

 しかし、今まで忠誠心以外は何もなかった沙耶香には負担の大き過ぎること。金槌で殴られたように痛む頭を抱え込みながら、うめき声と目尻に涙を溜めて蹲る。そんな彼女に百柄は【叢穣坊の大風】を与えて頭痛を取り払ってやると、痛みが消えて顔を上げた沙耶香にもう一度手を差し伸べた。

 

「きっと答えが出る日はくるさ。だから無理に理由を見つけようと焦らなくていいんだよ。あなたの剣に見つけた答えが乗った時……今度はまた違う形で勝負をしよう」

 

「あっ……あの……」

 

「あの剣術大会であなたが戦う姿を、私はとってもカッコいいと思った。結局その機会が来ることはなかったけど……私はあなたと試合をすることも楽しみにしてたんだよ。それじゃあまた、私は私のやるべきことを果たしに行くから」

 

「あっ……」

 

 短い会話を打ち切り、百柄は先にファインマンとの合流地点に向かった3人を追いかける。背後から沙耶香の「御刀……返して……!」という声が聞こえてきたが、また【無念夢想】で追いかけてこられても困るのでそれは無視する。

 

 ──さて、無事でいてくれるといいけども……

 

 空を飛びながら考えるのは、可奈美達が無事に合流することができたかどうか。彼女らの無事を祈りつつ、百柄は痛む頭と怠い身体に鞭打って全速力で【天狗の風】を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜

 

 一方その頃。百柄の時間稼ぎで先に行った可奈美と姫和は、検問に遭ったことで累とは別れ徒歩で合流地点に向かっていた。車から降りてからかなりの距離を歩いたが、まだまだ目的地は遠い。会話もなしに黙々と歩いていた2人だったが、しばらくして思い出したかのように姫和が口を開く。

 

「そういえば、お前は人質として私達について来ているのだったな。協力者を得られるようになった以上はもう、お前がついてくる意味もなくなる。ここで別れてお前は所轄に保護を求め──」

 

「今更だよ、姫和ちゃん」

 

 そう、可奈美がここにいるのは逃げる時に百柄が人質という体で一緒に連れてきたから。本当ならこうして一緒に逃げる意味はなく、むしろさっきの強襲の時に向こうについても許された立場である。

 

 姫和としても、ただ折神紫の本性を見てしまっただけの者を巻き込むことは忍びない。どうかここで踵を返して伍箇伝に戻って欲しいと思っていた。

 

「姫和ちゃんが戦う理由、トラックの中で聞いた時なんて重たい理由なんだろうって思った。百柄ちゃんが戦う理由、こんな悲しい理由で握られる剣もあるんだってすっごく驚いた。私は2人が戦う理由を知って……それを知ったのなら、少しでも助けになってあげたいって思った。だからこうなったのは偶然でも、ここにいるのは私の意志!今更降りるなんてできる訳ないよ!」

 

「可奈美……すまな……いや、ありがとう」

 

 可奈美の決意に、姫和は巻き込んだことへの謝罪ではなくその覚悟への礼で返した。これで可奈美も大荒魂討伐の同士……もう後戻りはできない。

 

 また移動を再開すると、今度は天気が急に荒れ出し強い雨が降ってくる。道路脇の林に避けて雨宿りしつつ進むことにしたが、この後すぐに彼女らは雨宿りよりも、さっさと進むのを優先するべきだったと後悔することになる。

 

「照合完了……完全一致。捕縛対象十条姫和及び、救出対象衛藤可奈美両名発見。これより捕縛並びに救出作戦を開始します」

 

「ブッヒャヒャヒャヒャヒャ!」「ブリュリュリュリュリュウ……!」「ニョッホゥ……!」「ブブブブブ……!」「ブビビビビィ!」「ンギョギョギョギョギョ……!」「ふかもりゃあ……」「ブリブリブリブリブリブリ!」「ブリュー!ブリュー!ブリュー!」「ブッギョギョギョ!」

 

「うるさい……さぁ行きなさい、ブリュー達」

 

「御意!」

 

 追っ手はもう、すぐそこまで迫っていた。

 

 折神紫親衛隊第三席、皐月夜見。剣術ではあまりこれといった長所を持たない彼女だが、彼女には一つ他の刀使とは違う特異な点がある。それが『己の体内に注入したノロから、人為的に荒魂を生み出すことができる』という点であった。最も今の彼女はそこから更に特異に変質しているのだが……

 

 腕にノロが封入されたカートリッジと御刀を刺し荒魂……ではない何かを生み出していく。まるで魚に人の肢体を繋ぎ合わせたかのような姿をしたそれを、夜見はブリューと呼んだ。百柄も知るかの世界において、とある海域を支配した魔王の操る尖兵と同じそれを、夜見は操っているのだ。

 

「……ッ!?可奈美、追っ手が来ている!このまま全速力で走って逃げるぞ!」

 

「えっ……うわあああ半魚人!?ゾンビ!?何なのあれ!?じ、【迅移】!」

 

 それは体色も合わさって、まるで意志を持った土砂崩れに襲われているかのようであった。一段階目の【迅移】と遜色ない速さで襲うブリューの大群を撒こうと2人は必死で走るが、あちらの方が僅かに速く次第に距離を詰められていく。

 

 このままでは追いつかれる。逃げても埒が明かないと判断した姫和は可奈美にも足を止めさせ、逃げるのではなく応戦することにした。

 

「で、でもどうするの!?刀一本2人だけじゃどう考えても捌き切れない数だよ!?」

 

「……百柄から教わっただろう、こんな時のために使う技を!」

 

「あっ……そうだね!1人じゃまだまだ力不足だけど、2人で力を合わせれば……いくよ!」

 

「──────────【山吹の風】!」

 

 百柄から教わった、御刀の神力を代わりに使って発動する妖術。突風を引き起こすそれの攻撃範囲は御刀一振りとは比べ物にならず、習ったばかりで未熟な使い手である可奈美と姫和でも、神力を合わせて放つことで十分な威力を発揮する。

 

 目論見は大成功を収め、土砂崩れのように襲うブリューの群れは大半が風に煽られ飛んでいった。それでもかなりの数が残ったが、さっきまでと比べればあまりに少ない。姫和はこれならいけると踏んで突撃することを選択し、可奈美も追従した。

 

「くそっ……思っていたよりも強い、が……やはり戦うのを選んで正解だったな!」

 

「うん!ここで数をできるだけ減らして、合流地点まで持ち込まないようにしよう!」

 

「……そうは、いきません」

 

 ブリューの攻撃は【金剛身】を貫き、写シに生身を殴られたかのような鈍いダメージを与える。一段階目の【迅移】より速い移動速度もそうだが、対して強そうでもない見た目の割にかなり強い。と言っても勝てない程ではないので、順調に数を減らすことができていたが。ここでブリューだけでは手に余ると判断した夜見も前線にやってきた。

 

「親衛隊第三席、皐月夜見と申します。我が主人折神紫の命により、十条姫和の捕縛並びに衛藤可奈美の救出に参ったのですが……」

 

「……」

 

「……」

 

「どうやら、どちらも捕縛すべきようですね」

 

 再びカートリッジを刺しノロを補充すると、次は腰に下げていた瓢箪の中の液体を浴びた。溢れた分が地面に落ちると、それは蒸発して空気へと還っていく。【バルバドスの水】、服用した者に超人的な剛力と酩酊をもたらす曰く付きの品である。

 

 明らかにヤバい、可奈美も姫和もその脅威を肌で感じ取った。もし【八幡力】を最終段階まで進めたところで、これ程強くなれるかどうか……ブリュー召喚といい明らかな外法を使う相手を前に、2人は御刀を握り直し気を引き締める。

 

「姫和ちゃん……ここで倒さないとマズいよね?」

 

「ああ……やるぞ、可奈美!」

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