外法で人外の強化を得た夜見に加え、【金剛身】すら貫く破壊力を誇るブリューの群れ。多勢に無勢という状況の中、どうやってこれを切り抜けるか。そのための策の一つとして、可奈美は百柄から教わったもう一つの技を行う。
「ブーリュリュ!」
「ブリァ!あいつ、棒立ち!」
「ふんっ……可奈美をやらせはしないぞ!」
「では……我が僕ブリュー達よ、あなたらに更なる力を与えます。その力を以て……必ずや十条姫和と衛藤可奈美の両名を捕えなさい」
「ギョ御意!」
夜見の命令に返事をしたブリューから、べきべきと不気味な音を立てて姿を変えていく。体格は一回り以上大きくなり、体色も人間なら死体かと思うくらいの白から漆黒へと変わった。形も半魚人といったブリューの姿から、チョウチンアンコウそのままのような姿に変化した。
魔界魚ブブリ、あちらの世界では食用として広く知られているらしい魚だが……この場においては凶悪極まりない敵である。
「ブブリァ!」
「うっぐ……パワーが、増しているだと……!?」
ブリューの頃でさえ、【金剛身】を貫く攻撃力と【迅移】でも振り切れない速さを持っていた。それが更に強くなってしまったことで、技の段階を引き上げても尚力で上回られてしまっている。出力を三段階目まで上げれば、更に上回り返すことはできるだろうが。それをやれば今度は強化を持続させることができずジリ貧になってしまう。姫和は力でも速さでも体格でも数でも上回る敵を相手に、可奈美を守って立ち回らざるを得なくなっていた。
──落ち着け。力や速さで負けていようとそれで全てが終わる訳じゃない。ここまで戦ってきた限り奴らは身体能力一辺倒……肉体で劣るのなら、技で上回れ!不利を覆せ!
未知の相手に対し少々浮ついてしまったが、姫和は構えを改めることで心を引き締める。ただ能力のままに暴れ回るだけの相手など、己が長年母と共に培ってきた剣術の敵ではない。落ち着いて戦うことができたなら負ける相手ではないし、そもそも今は躍起になってまで勝つ必要はない。
「ブリュウ!?こいつ、つよい!」
「みんなやられていっちゃう!」
「怯むことなく進みなさい。それがあなた達の存在意義でしょうに」
「ギョ、ギョイ……!」
攻撃を受け流し、同士討ちを誘い姫和はブブリ達を巧くいなして数を減らしていく。大した成果を挙げられぬまま消滅していく彼らに業を煮やし、夜見も直接参戦する。流石に【バルバドスの水】で酩酊していても親衛隊の実力は確かであり、超強化された膂力も相まって、ブブリとは比べ物にもならない力と技術で姫和を押していく。
ブブリとブリューもその数と力で夜見を援護し、このまま後退させられて、可奈美のところまで辿り着かれてしまうというところであったが。可奈美はその前に技を成立させ、【バルバドスの水】並に強化された力で参戦した。
七笑流【練気】。百柄が使うそれは戦いの中でも一瞬の呼吸だけで成立させることができるが、可奈美では習って時間が経っていないことと、もともとそこまで器用でもないことが合わさり、百柄のように攻防の中で瞬時に使うということはできない。その代わりに、準備時間という隙を設けてでも長く呼吸をすることで効果時間を延長し、【練気】を何度も使う手間を省いているのだ。
「お待たせ、姫和ちゃん!【練気】のパワーアップって凄いんだよ!今なら何でもできちゃいそう!」
「なら、その力でこいつらを倒すぞ!」
「もちろん!一緒に頑張ろうね!」
「……ブリュー、ブブリでは力不足。私も一杯では足りないようですね」
ブリューを消滅させて無駄死にを減らし、夜見は【バルバドスの水】をもう一杯浴びる。更なる能力の向上と引き換えにより酷い酔いに苛まれるようになるが、彼女はそれで構わないと思っている。この身この力は全て、あの方の役に立つために存在しているものなのだから。
「フラフラだけど……大丈夫なのかな?」
「敵に情けをかけるな。来るぞ!」
可奈美と姫和、夜見は同時に突撃しそれぞれの御刀を撃ち合わせる。連携して力で勝る夜見をブブリを減らしながら押していき、少しずつ戦局は2人の方へと傾いていった。
──【八幡力】でも力負けするパワーは確かに凄まじいものだが……どうやら、スピードはそこまで変わっていないようだな!
──この魚もだいぶ数が減ってきた……親衛隊の人の強化がどれだけ続くか分からないけど、この戦い有利なのは私達の方!だって強化が解ければ酔っ払いだもん!
──まるで、古くからの付き合いであるかのような綿密な連携……ブブリの力と数を以てしても軽くあしらわれますか。このままでは任務達成は難しいでしょうね……仕方ありませんか。
「わっ……危なかった!」
「距離を離されるな、追いかけろ!」
「ブリィ!夜見様の邪魔させない!」
「あなた方の相手は骨が折れそうですので……奥の手を使わせていただきます」
カートリッジからノロを補充する、しかし今回は一本ずつではなく温存していた分を全て。せしめて12本のカートリッジを消費した夜見は、ごそごそ懐を探ると蒼黒い玉を取り出した。注入されたノロが玉を通じて妖力に変換され、再び夜見の体内へと還っていく。
あまりにも禍々しい玉の纏う雰囲気に、2人はブブリの相手をすることも忘れて立ち止まった。この雰囲気は知っている、妖術を使う人間ならば身近なところに1人いるから。しかし百柄のそれとは似ていても全く違うと分かる禍々しい威圧感。こんな人間が存在していいのか、そう思わせるくらい圧倒的な力と破壊を予感させてきた。
「『海王のオーブ』……使った時、辺り一帯への影響が大き過ぎるため使用は控えるよう言われているのですが。あなた達2人を捕らえるには必要なことと判断しました。……【うずしお】」
「うっ……わあっ!?」
「可奈美ィ!【天狗の風】!」
「空を飛んで逃げましたか。ならば撃ち落として渦に呑み込んでしまいましょう……【収束ウォーターレーザー】」
「速過ぎる……生身に食らえば肉片だぞ!?」
大質量の渦巻く水が襲いくる。とてつもない迫力とプレッシャーに気圧され、足を動かせなくなってしまった可奈美を姫和は【天狗の風】で無理矢理に地面から引っこ抜き救出した。
可奈美も【天狗の風】は使えるのだが、不安定な上に渦に呑まれそうな恐怖も相まって、選択肢から外れてしまっていたのだ。今回はその後に放たれた水のレーザーも回避に成功したため、姫和の判断が功を奏した形になる。
「あっあっ、ありがとう姫和ちゃん!」
「言ってる場合か!次は弾幕で来るぞ!」
「……【水鉄砲】」
「可奈美、全力で回避し続けろ!」
助けてもらった礼を言う暇もなく、次の攻撃を避けなければならなくなる。一発一発が木々をへし折る威力の弾幕を紙一重で避けながら、それを放つ夜見の元へ近付くのを狙う。ウォーターレーザーも変わらず放たれているし、一度でも被弾してしまえば渦に落ちてお陀仏だろう。無傷が絶対条件の回避はどうにか続いているが、避けられているだけで近付くことができない。歯痒い気持ちを覚える2人であったが、それは夜見もそうであった。
──しぶといですね。環境破壊は後で始末書を書くことになるので観念してほしいのですが……
「────いつまで時間をかけるつもりだ?」
「……え?うっ……う、ああああああ!!?」
弾幕の密度をもっと上げられないか。それを試そうとした時、手に持っていた海王のオーブが妖しく光り輝き声を発した。今までも使う機会はあったがこんなことはなかった……夜見がそう疑問を覚えるよりも先に、オーブから溢れ出した蒼と黒のオーラが彼女を包み取り込んでしまう。
「ひ、姫和ちゃん!今あの玉が光って、それで親衛隊の人がの、呑み込まれちゃって……!」
「ノロの注入にあの玉……外付けの力を正しく扱い切れずに暴走させてしまった、というところか」
「我が名はバローロ……この世全ての海を統べる魔王であったが……それも過去の話よ。今の我にその力は見る影もない……このような小娘を依代として使わねば、現界も満足にいかぬ有様よ。だが久方振りにこうして顕現することができた……ならば海王の矜持として、この地上を破壊し我が楽園たる水底へと沈めてやろう!」
「そんなことは私達がさせない!」
「ここで貴様を斬り、その野望は阻止する!」
「ならばやってみせろ……いでよ我が僕、『魔海王タツドン』!」
そこで力を使い果たしたようで、バローロは消え去り夜見は糸の切れた操り人形のように倒れる。地面を抉り削っていた渦も共に消え去り、残ったのはバローロが描いた魔法陣と、そこから現れた一頭の漆黒の竜の姿だけであった。
魔海王タツドン。そこに存在するだけで暴風雨を呼び起こす、海の魔王が誇る暴虐の化身。
もともと、夜見に襲われる前から天気は崩れ雨が降り始めていたが。タツドンが現れたことで風雨は更に勢力を増し、台風一過と遜色ない暴力的な雷雨が巻き起こされることとなる。
「ギャオオオオオオォ!!」
その咆哮がより雨を強め、山中であるにも関わらず時化が呼び起こされる。まだ2人は飛行中なので地上がいくら荒れようと、あまり関係ないのが幸いであるが……
ギロリ、とタツドンの狂気を孕んだ眼球が可奈美と姫和をそれぞれ捉える。どうやらここでようやく2人の存在を把握し、狩るべき獲物として見定めたようであった。
「……さっきみたいに力を合わせるぞ。堀川さんがやるようにできれば……!」
「確か、こうだったよね……」
「──【タロウボウの大風】」
「ラギャアアア……!」
イメージするのは、神社で戦った時に百柄が使っていた暴風の妖術。2人分の神力とイマジネーションでどうにか術は成立、次はこのまま放たずに風を御刀に留められるようにする。圧縮して小さく纏めることで、一点にかかる威力をより高いものにする狙いがあるのだ。
2人とも分かっている、たかが数日程度の修行でどうにかなる程妖術は甘くない。風を一点に留めるただそれだけの工程で意識が飛びそうになるくらいの負担がのし掛かってくる。それでもここでやらなければ、タツドンが呼び起こすこの暴風雨に山を沈められてしまう。泣き言や言い訳をしている暇も時間もない。
少し【タロウボウの大風】が安定してきた頃、タツドンの方にも変化があった。威嚇するように咆哮を繰り返すだけだったのが、喉に大量の圧縮された水を溜めている。夜見が使っていたウォーターレーザーよりも、遥かに規模も威力も桁違いなレーザーが放たれる。それを察した2人は風が安定している今の内に、勝負を着けることを決めた。
「一発勝負だ……いくぞ、可奈美!」
「うん……必ず勝つ!」
「ギャアアオ!」
「ソレハヤラセナイ。【金剛立ち】……アナタタチハワタシガマモル」
「えっ……ろ、ロボット?」
同時に放たれた攻撃、暴風を纏う二振りの御刀とウォーターレーザー。二つの攻撃が激突する寸前にその間に割って入った影が一つ、人間と変わらないシルエットをした白いロボット。バリアのようなものを展開しレーザーと剣撃を弾くと、そのまま可奈美と姫和の襟首を掴んで何処かへと飛んでいった。
「ま……待って!あのドラゴンが……!」
「そうだ、あれは絶対に野放しには!」
「タツドンハモウモンダイアリマセン。ワガブカガアナタガタニカワッテタイショイタシマス。キニナルトイウノナラバドウゾ、ソノヨウスヲゴジシンノメデオタシカメクダサイ」
タツドンを野放しにしてはおけない、自分達を掴んで逃げるように飛ぶロボットにそう抗議する2人であったが、ロボットは代わって対処するから任せておけという。
見えたのは衝撃的な光景であった。大量の大きな脚を備えたロボットがタツドンに貼り付き、一斉に自爆を行っていたのだ。断続的に繰り返される爆破には流石の海の暴君も耐え切れず、口から水ではなく黒煙を吐いて地に倒れ伏す。そのまま一度大きく反り返ると、ピクリとも動かなくなった。
「ほんとに、倒しちゃった……」
「何なんだ、あいつらは……?」
「ソノシツモンニハノチホドオコタエイタシマスガユエ、シバシゴシンボウクダサイ。コノママワレラガホンキョチ、石廊崎マデチョッコウイタシマスノデオチナイヨウニゴチュウイヲ」
石廊崎……それはファインマンから送られたメールに載っていた彼との合流場所である。それを知っているということはつまり、このロボットは仲間であるということ。このような得体の知れないロボットを製造したとは、ファインマンとは一体何者なのだろうか……疑念を深めたのを察したか、ロボットは2人の知りたいであろうことを答える。
「ワタシハ『ロボ零式』トモウシマス。コレカラヨロシクオネガイシマス、ドウシヨ」
無機質な機会音声のはずなのに、その声色は迷った幼子を慰めるような優しさを纏っていた。