風隠の刀使、荒魂を斬る   作:笛とホラ吹き

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22:その頃

「沙耶香!あなたという子は……なんという失態を犯してしまったの!居場所を特定し、奇襲をかけて増援まで使っておきながら……!そこまでやって尚返り討ちに遭い、標的を討ち漏らすとは!どうやら私はあなたを過大評価していたようね!」

 

「申し訳……ございません……」

 

「あの出来損ないもそうよ……!私の研究を離れた力まで勝手に使用したにも関わらず、標的の討伐も人質の救出も失敗!ろくに御刀も扱えず、紫様に温情で拾っていただいただけの半端者が……我が鎌府の刀使を差し置いて紫様より命令を賜っただけでも許せぬのに、その上で失敗して紫様の顔に泥を塗る結果で終わらせるとは!」

 

「……」

 

 百柄が襲撃を返り討ちにした夜、鎌府女学院では学長高津雪那によるパワハラが行われていた。自分が手塩にかけて育てた最高傑作の刀使が、一月前に伍箇伝に来たばかりのぽっと出に負けた上、万全を期すために遣わせた抜忍の零も一緒にやられ今では連絡もつかなくなった。彼にはこれまでもそれなりに多くの仕事を任せてきたし、これからもそうするつもりであったのに。何もかもが上手くいかない現実に腹を立て、雪那は強く爪を噛んだ。

 

 御前試合で負けたことはまだいい。反逆者に返り討ちにされたことも、任務成功率100%という彼女の長所が消え失せてしまったがまだ許せる。零がこちらへ失敗の連絡や、謝罪もなしに姿を眩ませたことも。彼に支払った報酬の前金が完全に無駄金になったこともまぁ我慢できる。

 

 雪那が何より許せなかったのは、沙耶香が御刀を奪われたことであった。御刀は刀剣類管理局の下で決して悪用されないよう厳重に管理され、選ばれた刀使のみがそれを振るうことができるのだ。御刀を奪われるということは、それを管理する立場にある刀剣類管理局……ひいてはそれを統括する折神紫の顔に泥を塗るということ。

 

「沙耶香!あなたはその失態で紫様の名誉を穢したのよ、この責任をいったいどう取ってくれるというのかしら?妙法村正に選ばれ、紫様のお役に立つためだけに存在しているあなたが……己が仕える主の名誉を貶める。その罪は重いわよ」

 

「……処罰なら、何なりと」

 

「殊勝な態度ね。ならばあなたの処分は追って後日沙汰を出します。それまで取り調べ室で自分の力不足を反省していなさい。今夜はもう、この部屋から出ることは許しませんよ!」

 

「……了解」

 

 その命令に沙耶香は粛々と従う。元より御刀のない刀使にできることなどないし、罰されるべき失態を犯したのは自分であるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜

 

 無機質で冷たい取り調べ室のパイプ椅子に座り、朝が来るのをじっと待つ。その間中ずっと沙耶香の頭の中には、百柄からの言葉が渦巻いていた。

 

『あなたがその剣を振るってきたのは、ただ学長の役に立つためだけ?』

 

 剣を振るう理由……改めて考えてはみたが、何も思いつかない。きっと最初から沙耶香はそうだったのだろう。多くの刀使には何かしら……例えば故郷を荒魂に破壊されたからだとか、人々を守れる力を手に入れるためだとか、そういった刀を振る理由が大なり小なりあるはずなのだ。

 

 なのに自分はどうだろうか。刀使の才能があったからという理由で伍箇伝に入学し、御刀に選ばれてから学長に見初められて、その才能をより伸ばすという理由で、ノロを人体に注入し刀使の力を引き上げるという実験に協力した。そこには沙耶香自身の意思など何一つない──

 

 ──ただ選ばれたから。ただそうするのが良いことだと言われたから、そうしただけ。自分では何も考えず、何も感じず無のままでいることはある意味とても簡単で、楽な生き方だった。

 

「私、は……」

 

 あの戦いでは、そんな安易な生き方を続けてきたツケを支払わされたのだ。いざ【無念夢想】が解けて意識を取り戻してみれば、そこにいたのは自分のしようとしたことを受け入れられず、ただ駄々っ子のように泣き叫ぶだけのちっぽけな自分自身。何の覚悟も持たずに握られる御刀の、何ともちっぽけで軽いことか。

 

 ガタガタと身体が震える。縋るものも何もない冷たい取り調べ室の中では、迷いと恐怖でいっそう背筋が凍えるのを感じた。刀を握る覚悟を、人を斬るということがどういうことかを知ってしまったから余計に怖い。このまま無感情で空っぽだった自分に戻れたら、それはどれだけ楽なことだろうか。

 

「えっと……失礼します」

 

「え……」

 

「いた……あなたが沙耶香ちゃん……だよね?」

 

「あなた、は……?」

 

 無駄な考えは来訪者によって打ち切られる。取り調べ室で沙耶香が謹慎させられているということを知った舞衣が、彼女を訪ねてきたのだ。

 

 訪ねてきた用事はもちろん、拐われた親友可奈美の安否。初対面の相手だし別に答える義理も義務も沙耶香にはないのだが、彼女は舞衣からの質問には拒否することなく答えていた。自分でもなぜそうしたのかは分からない。舞衣の必死で慌てた様子に感化されてしまったのか、それとも……

 

「良かった……可奈美ちゃんは無事なんだね!」

 

「……」

 

「あっ……ごめんなさい!沙耶香ちゃんの前で言うのは無神経過ぎだったね……!」

 

「負けたのは事実……別に構わない」

 

 会話が続かない。用事を終えて話題がなくなったということもあるが、沙耶香の返答が一言や二言で終わるせいで、会話が弾むことなくすぐに打ち切られてしまうのだ。おかげ様で、取り調べ室の中にはとても微妙な空気が漂っていた。

 

 ──あ、よく見たらあの頬……赤くなってるのは腫れてるから……?

 

 どうにかコミュニケーションを続けられないかと会話の糸口を探していた舞衣だが、話題の代わりに沙耶香の頬が赤く腫れていることに気付いた。初めは体温の高い子なのだろうとか思い、特に気にしてはいなかったのだが……気付いてしまっては放っておくことはできない。

 

「ちょっとごめんね……頬、腫れてるから」

 

「え……」

 

「任務では怪我した人の応急処置をすることもあるから、簡単な治療道具はいつでも使えるように持ち歩くようにしてるの。ちょっと染みるかもしれないから、少し辛抱して……はい、できた!最後に痛いの痛いの〜飛んでいけ!えへへ、子どもっぽい言い方でごめんね?上の妹がこういうの好きなんだ」

 

「別に……気にしない」

 

 赤くなっている部分を消毒し、その上から清潔なガーゼで覆いテープを止める。仕上げに痛みを何処へと飛ばす魔法の呪文をかければ、それで応急処置は完了する。最後の呪文が子供騙しっぽいことを自嘲する舞衣であったが、沙耶香にはそれがじんわりと心に染みて温かい気持ちにさせてくれた。

 

「後はこれ、可奈美ちゃんが拐われてから心を落ち着けるために作ったたんだけど……落ち着くまでやってたら作り過ぎちゃってたから。沙耶香ちゃんが良かったら、食べてくれると嬉しいな」

 

「……クッキー?」

 

「趣味なんだ。あんまり長居して見つかったら怒られちゃうから、私はもう行くね。御前試合で可奈美ちゃんと試合してくれてありがとう。可奈美ちゃんのこと教えてくれてありがとう。あの子剣術の勝負が大好きだから……また、勝負してあげてね」

 

「あ……待っ、て……」

 

 用事も済んだし、長居して高津学長に見つかったら面倒だからと退室する舞衣。しかし沙耶香はドアを開けた彼女の袖を掴み、消えるような震えた声で引き留めた。

 

 衝動的な行動なので、自分でもなぜそうしようと思ったのかが分からない。何か舞衣に対して用事があるから引き留めたはずなのに、その用事が少しも思い浮かばないのだ。自分でやっておきながら困惑して停止する沙耶香であったが、そんな彼女に舞衣は優しい笑みで落ち着きを促す。心に整理がついて話せるようになるまで、いくらでも待ち続けてあげるから。目線と表情で雄弁に語っていた。

 

「あ……あ、ま……舞衣、は……どうして、御刀を振るってる……の……?」

 

「刀使になったきっかけ……ってことかな?それなら私は……見過ごせなかったから、かな。私に力があって、それで守れる誰かがいるなら……私は刀を振るえる。美濃関に入って可奈美ちゃんと出会ってからは、一緒に強くなっていくのが楽しくてそれも理由になってるけど……やっぱりきっかけと言えば私はそれだね」

 

 舞衣の話す理由を聞いて沙耶香が思ったことは、『やっぱり……』であった。空っぽな自分とは違う理由のある剣。ひたすら真っ直ぐに『誰かを守れる力を得る』という目的を果たすため、舞衣は御刀を振るっている。断固として語れる理由を持つ舞衣の姿が、沙耶香にはとてつもなく眩しくて……そして溢れた涙で滲んで見えた。

 

「だ、大丈夫……!?」

 

「教えて……舞衣。私は、どうすればいい……?」

 

「……沙耶香ちゃんのお話、聞かせて?」

 

「うん……」

 

 堤防が破れ崩れるように、沙耶香の口からは迷いと悩みが飛び出していく。どんなに考えても分からなかったことを、出せなかった答えを求める感情が爆発して舞衣に降りかかる。舞衣はそれをしっかりとその胸で受け止め──彼女なりの見解を、迷える沙耶香に示してみせた。

 

「沙耶香ちゃんがどれだけ苦しんだか、よーく分かったよ。高津学長のためにっていうのが今までの戦う理由だったなら、まずはその前提からぶっ壊しちゃおう!まずはここから出るよ!」

 

「で、でも今日はここからでちゃダメって……」

 

「……苦しい時、辛い時は逃げたって良いんだよ」

 

 戦う理由がないのならば、これから新しく作っていけばいい。そのためにまずは今の戦う理由である雪那の元を飛び出す。命令があるからと取り調べ室を出るのを躊躇う沙耶香であったが、舞衣は彼女の手を握ると確かな口調で言い切った。

 

 ここにいることが辛いのなら、空っぽのまま戦うことが苦しいのなら。そんなところにいつまでも残り続ける必要なんてない。自分が幸せになれないような居場所なんて、捨ててしまえばいいと。舞衣はそう言って、沙耶香を空気の冷たい取り調べ室から連れ出していった。

 

「美濃関に行こう、沙耶香ちゃんが編入できないか羽島学長に頼んでみるよ。大丈夫……生徒のために親身になってくれる人だから、きっと沙耶香ちゃんの助けになってくれるよ」

 

「美濃関まで……どうやって行くの……?」

 

「これでも私ね、結構お嬢さまってやつだから……人を呼ぶことも簡単にできるんだよ」

 

 

「あれれ〜?沙耶香ちゃんじゃーん?高津のおばちゃんの言いつけ破ってー、こーんなところで何をしようって言うのかなーっ?」

 

 鎌府の敷地から出て、少し離れた所で柳瀬家の使用人に連絡し迎えに来てもらう。そうして美濃関のある岐阜まで逃げた後で、羽島学長に沙耶香を保護してもらうという算段だったのだが……逃避行には追っ手が付き物、ということなのだろうか。

 

「ダメじゃん沙耶香ちゃん、おばちゃんの言うことはちゃんと聞かなきゃ!沙耶香ちゃんがあんまり悪い子だとー、怖ーい刀使さんの『おもちゃ』にされちゃうんだから……ね!」

 

 折神紫親衛隊第4席、燕結芽が御刀を抜き逃げる2人の前に立ちはだかる。

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