「あっはは〜!おねーさん達、ちょっと弱過ぎじゃな〜い!?2人がかりで私1人にこんなに苦戦するってー、修行が足りてないんじゃなーい!?」
「ッ……強、い……!」
「言うだけのことはある、って感じ……!」
「そりゃーそーだよ!私は紫様の親衛隊第四席なんだからね!数字は実力順じゃなくて年功序列だから実力差は関係ない……紫様の部下の中じゃあ、私がいっちゃん強いんだもんねー!」
結芽の鋭い剣筋に苦戦する舞衣と沙耶香。御刀を持っていない沙耶香のことも、結芽は構わず攻撃の対象としてくる。しかし回避するくらいなら何とかできたため、傷は負っていないが……写シがあるのとないことでは、肉体のスペックも、攻撃に晒されるプレッシャーも、行動を続けるための体力も断然変わる。舞衣がいなければ、瞬殺されて学長の元に連れ帰られていただろう。
その舞衣もかなり苦しんでいた。可奈美に勝つために多くの技を習得し、そして鍛え上げてきた彼女でも軽く上回られる相手の実力。相対した時の圧の重さだけで言うならば、神社で戦った時の不思議な術を使う百柄よりも遥かに上であった。
「沙耶香ちゃん、下がってて……!御刀がない状態で勝てる相手じゃないから……ッ!」
「そーそー!せーっかく、高津のおばちゃんが沢山褒めてる沙耶香ちゃんと遊べると思ったのに!御刀持ってないなんて思わないじゃん!?生身で写シの身体に勝てる訳ないんだしさー、大人しく捕まるのを待っててよ!」
「ううん……!沙耶香ちゃんは私が守る……高津学長のところには連れて行かせない!」
「へぇ……おねーさん、あんまり強くないのに結構頑張るじゃん!やっぱりお友達のため?」
「そうだね……ッ、それも、あるけど……!」
語り合う中斬り合いも続くが、やはり結芽は強くじりじりと押されていく。パワーもスピードもそうだが、一挙一動のクオリティが舞衣のそれとは全く違うのだ。
すぐには戦いが終わらないように、少しずつ嬲り殺しのように舞衣は斬り刻まれていく。写シがダメージを肩代わりしてくるとはいえ、それでも多少の痛みはあるのだ。それが全身に少しずつ、終わることなく続くとなれば……舞衣の受けている苦しみは相当なものとなるだろう。見ていられないあまりの痛々しさに、沙耶香は心から叫んだ。
「やめて……やめて、舞衣!私が逃げようとしなかったら……鎌府に帰ったらそれで済むから!あなたが傷付く必要なんて……ない!」
「本当に……それで、いいの?」
「え……?」
「さっき、その怪我治療した時……私の妹の話したよね。とってもわがままで甘えん坊……なのに本当に困っているときに限っては、助けてって言ってくれないの。どんなに辛くても苦しんでても、絶対に弱音は吐かない……おかしいよね」
舞衣が沙耶香を助ける理由……それは、妹の姿と彼女が被って見えたからであった。辛いはずなのに弱音を吐くことができず、孤独を抱え込んで自分の中だけで終わらせてしまう。そんな沙耶香のことを放っておくことができなかった。だって──
「──私は、沙耶香ちゃんよりも少しだけお姉さんだから……!戦う理由は、それで十分……!」
妹を守るのは、姉の務めなのだから。
自分が戦う理由を言葉にしたことで、より強く覚悟が固まったのだろう。舞衣の剣は撃ち合う度次第に鋭さを増していき、遥か格上である結芽にも傷を与えられるようになった。【迅移】も【八幡力】も出力がどんどん上がっていき、このままいけば格上狩りもあり得る……と思わせたが。
「アハッ……いいよ、いいよおねーさん!こんなにできる人だなんて思ってなかった!おねーさんのこと舐めてたよ!」
「あなたにも負けない……沙耶香ちゃんのために、私は勝つ!」
「本当に凄い気迫だね……でも!」
「ッ……きゃっ!?」
舞衣の怒涛の連続攻撃に、反撃の隙もなくじりじりと押されていく結芽であったが。大振りの攻撃に受け止めるのではなく後退を選択し、空振りを誘うことで無理やり反撃の糸口を作り出す。体勢を立て直す前に舞衣の写シは斬り裂かれ、御刀は弾き飛ばされて沙耶香の目の前で地面に突き刺さった。
「私に勝つには、まだ力が足りなかったね……!」
「うぅ……沙耶香ちゃん、逃げて……!」
御刀を失えばもう、刀使と言えども普通の少女と何ら変わらない。それを分かっているからこそ舞衣は自分の身を顧みることなく、沙耶香にこの場から逃げるように伝えた。
生身のまま逃げたところで、結芽は【迅移】を使えるため結局捕まることになるが。それでもこの場に残り続けるよりは可能性はある。
「……逃げない!」
「え……!?」
「へぇ……まさか、その御刀で戦うつもり?他人の御刀じゃあ実力の一割も出せないで……しょ!?」
「舞衣の頑張りを……無駄にしたく、ない!」
舞衣のことなんて見捨てて、一目散に逃げれば良かったのに。沙耶香はそうせずに結芽と戦い舞衣を庇う道を選んだ。きっと今までの彼女ならば絶対に選ばなかった選択肢……初対面の相手でも、真摯に向き合った舞衣の態度が選ばせたのだ。
──胸が苦しい……心が痛い。でも……私だけが逃げる訳には、いかない!
どこまでも高津学長に任せて、自分で戦う理由を持たなかった沙耶香に、舞衣は『戦う理由なんてこれから作っていけば良い』と言ってくれた。それが沙耶香にはとても嬉しいことで……そして、絶対に失いたくないと思える気持ちであった。
だから沙耶香は戦う。【無念夢想】……今は余計なことは考えなくていい。舞衣を守るために全力でその力を振るえと、自分自身に言い聞かせる。
「ウッソでしょ……自分のじゃない御刀でどうしてこんなにやれるの!?これが、高津のおばちゃんも唯一『天才』って認める才能……!」
「ああああああああぁぁッ!!」
「凄い……凄いいいよ、沙耶香ちゃん!」
「ここで……あなたは倒す!」
思考を経由せずとも、身体が最も効率の良い動きを判断してその通りに動く。【無念夢想】の境地がもたらす最適解が、自分の御刀を持たないハンデと元々の実力差を中和してくれる。どうせ及ばないとタカを括っていた相手が、予想外に高い実力で食らい着いてきてくれる。結芽はそのことに喜び更なる実力を解放する……沙耶香もまた、食い下がる。
舞衣もまた、自分が逃げることも忘れて倒された場で戦いに見入っていた。さっきまで自分が戦っていた結芽はまだ実力を隠していて、沙耶香も自分のでない御刀でそれと互角に斬り結ぶ。2人のその力がよく分かるからこそ、目を離せないでいた。
「頑張って……勝って、沙耶香ちゃん!」
「うん……私が、勝つ!」
「ふーんだ……いくら沙耶香ちゃんだって、そんな御刀でいつまでも保つ訳ないでしょ!」
「うっ……まだ、どこにそんな力が……!」
均衡が崩れる。互角だった斬り合いは次第に結芽が押していくようになり、合わない御刀を使う負担から沙耶香の動きが段々悪くなっていく。このままでは負ける、捕まって高津学長の元へ連れ戻されてしまう。そうなったら自分を連れて逃げようとした舞衣はどうなる?都合を考えず好きなように使える実験台として、自分以上に過酷な実験をさせられるかもしれない。
そんなことにはさせられない。何かここから事態を好転させる手段はないか──無意識が疲労で重たくなった身体を動かす中、沙耶香は思考をフル回転させて答えを探し求める。
──────────あった、勝つための一手!
ヒントは見つかった。御前試合の百柄と可奈美の試合……あの時の百柄と同じことができたら、結芽に勝つことも不可能ではない。百柄の技は聞いたこともない流派だし、実際に体感したのも無意識の時だったのであまり自覚がない。
しかし、それでもやるしかない。
「ふーん……?眼の色が変わったね。いったい何を狙ってるって言うのかな!?」
「あなたを倒す……そのための一手!」
大事なのは技を出す隙を作ること。見様見真似でやる分本家よりも威力はもちろん、技の速度や精度なども大幅に落ちる。だから確実に技を成立させるための隙を、こじ開けなければならない。
──けど、速過ぎる……隙を作る暇がない!
しかし、結芽程の実力者を相手に隙を作り出すことはとても困難なことであった。ただでさえ結芽を相手に防戦一方なのに、そこから一歩先に踏み出すのは並大抵の難易度ではない。このまま続けていてもジリ貧になるだけだし、何処かで勝負に出なければならないのに……どうしてもそのチャンスを掴む機会すら、見出すことができなかった。
「あっ……高津学長!?」
「えっ……」
「ええっ!?ちょっと遊びたかったからワザと報告してなかったのに!どうして高津のおばちゃんここに来て……いないじゃん!?」
「……ありがとう、舞衣」
舞衣が機転を効かせ、結芽の意識を逸らすことで隙が生まれた。この機を逃さず沙耶香は御刀を上段に構えて力を抜く。残る神力の全てを刃に集約して放つ最後の切り札──七笑流【石切】。
「うっ……けど、こんな大振り……ッ!」
騙された結芽は沙耶香に意識を戻すが、既に御刀は振り下ろされている。【迅移】の出力を最大まで引き上げどうにか回避を狙う……しかし結芽が跳ぶよりも早く、刃は振り切られた。
地面まで当たった刃はアスファルトを砕き、粉塵を広く撒き散らす。もくもくと噴き上がる灰色の煙が晴れて視界が戻った頃、結芽の前からは沙耶香も舞衣もいなくなっていた。
「ははっ……出し抜かれちゃった。間に合わなくて足をやられちゃったし……こりゃ、負けだなぁ」
写シを解除し、結芽は霊体から生身の自分に戻っていく。回避が間に合わず両脚を完全に斬り落とされてしまったが、やられたのはあくまで写シ、解除すれば五体満足に戻るのだ。
しかし、かなり長い間写シでいたのともう視界外に消えられたこともあって、彼女らを追うのはもう不可能になった。戦っていたのがバレたら高津学長もうるさくなるし、追跡は諦めて今日のことは秘匿することに結芽は決めるのだった。
「ごほっ……はは、今回は結構保ったかな……」
刺すような胸の痛みに、結芽は忌々しそうに顔を歪ませる。今回は戦闘中に発作が起こらなかったので長続きした方と言えるのだが……これが忌々しいものであることに変わりはない。
今日はもう帰って寝よう……せっかくの楽しかった時間を台無しにしないように、結芽は騒ぎを嗅ぎつけた警察が来る前にこの場を去っていった。
〜
「お迎えに上がりました、舞衣お嬢様」
「柴田さん、急な連絡だったのにありがとうございます。それに羽島学長も……?」
「事情を聞かせてもらったのよ。美濃関よりも匿うのにちょうどいい場所があるから、向かうのならばそっちにしましょう。とにかく今はここを離れることを優先するのよ」
「という訳です。ささ、行きましょうか」
結芽を撒いた後、柳瀬家に連絡を入れてしばらく経ったところで執事が迎えに来てくれた。一緒に羽島学長も乗っていたのが気に掛かったが、どうやら家が学院の方にも情報を入れておくべきと判断して来てもらったとのことである。
沙耶香を美濃関に保護してもらう……舞衣が考えていたのはそんな案だったが、羽島学長はもっと良い保護先を用意してくれていた。しばらくの間車に揺られて着いたのは、地方の長閑な小村……という名目でカモフラージュされた、秘密組織『舞草』の隠れ里であった。
「あっ……舞衣ちゃーん!沙耶香ちゃんも!?」
「可奈美ちゃん!?どうしてここに……本当に良かったよ……ずっと会いたかったんだよ!沙耶香ちゃんも可奈美ちゃんに会いたいって、車の中でずっと言ってたし!」
「舞衣はもっと言ってた……」
「……ふふ。良かったな、可奈美」
離れ離れになった親友との再会。沙耶香の強襲から始まった逃避行の末に、可奈美と姫和はロボ零式によりこの隠れ里まで連れてこられたのだ。それは舞衣と沙耶香がここに着いたタイミングの少し前のことであり、ほとんど一致した時間であった。
「いろいろあったけど、これでずっと一緒だね!」
「あれ……そういえば、百柄ちゃんはいないの?」
「彼女ならまだ来ていないよ。元の合流地点に目印を立てておいたから、それを見つけていればじきに辿り着くだろう。とりあえず今は、君達だけでも歓迎しよう!ウェルカム、舞草!」
「ねねー!」
「会えて光栄だよ、勇敢なる叛逆者達に……そしてその仲間達!」
〜
「あまり傷付く前に、降参してはくれないか」
「恩のあるあなたと敵対するのは……私達としても忍びありませんの」
「悪いけど……無理な相談だね」
「異分子よ……ならばここで死ぬがいい」
可奈美・舞衣・姫和・沙耶香が、舞草に合流したちょうどその頃。百柄はといえば親衛隊2人と折神紫本人による襲撃を受けていた。先の戦いから休む暇もなく続く戦いに、既に疲労はピークに達し写シを貼ることすらままならない。
「私は、死ぬ訳にはいかないんだ」
それでも己の本懐を果たすべく、百柄は刀を握る手に力を込める。