「真希さんも寿々花さんも、ノロを利用して自分を強化していたんですね。そりゃあ強い訳ですよ」
「嫌味な言い方だね。荒魂に対抗するために使えるものは使っていく……それだけのことさ」
「まだ実験段階ゆえに、全ての刀使が使える方法という訳ではありませんが……いつかは【八幡力】に並ぶ強化手段として、普及していくはずですわ」
「実験動物ってことですか……それは殊勝な心掛けですね!」
真希と寿々花の2人を相手に、百柄は苦戦を強いられていた。合流地点に向かう途中でこちらを捕捉している2人を見つけた時、百柄はこのまま飛び続けたところで逃げられないと踏んだ。例え捕まることなく辿り着けたとしても、潜伏している相手の方に迷惑がかかってしまう。そうしないためにも必ずここで振り切っておく必要があったのだ。
戦うことを決めはしたが、度重なる大技の使用で百柄は体力も妖力も尽きかけており、正直に言って全く余力がない。全快時を100とすると今の彼女は10〜15もあれば良い方である。気力と根性で保たせているが、ガス欠は時間の問題である。
「技にあの時程のキレがないな!そんな鈍らな太刀筋でいったい何を斬るというんだい!?」
「そもそも二対一……写シも満足に貼れないような者が勝てる勝負ではありませんわ。大人しく御刀を置き、投降してくださりませんこと?」
「そいつは、無理な注文ってやつです……よ!」
「これはっ……危、なっ……!」
「ぐうぅッ……まだ、いったいどこにそんな余力を残して……!」
挟み討ちの態勢で、真希と寿々花は上下から百柄を狙ってくる。既に百柄の写シは剥がされてから再展開されておらず、どちらだろうと食らってしまえば致命傷は免れない。
首を落とされるか、両脚を失うかという地獄のような二択を迫られる百柄であったが……もちろんそんな選択肢選ぶはずもない。七笑流【風車】で二つの斬撃をほぼ同時に弾き出し、首を狙っていた真希を蹴り飛ばして包囲から脱出した。かなり無茶をした脱出方法であるが、百柄はそれを悟られないよう涼しい顔で微笑みを作る。それが親衛隊のプライドを刺激し、彼女らに本気を出させてしまう。
「手負いの獣とはいえど──なりふり構っていては負けてしまいますわね」
「S装備、展開──ここからが本番だよ」
「なら、私も……奥の手を使いましょうか」
「何……?」
ストームアーマー……略称S装備と呼ばれる刀使の戦闘を助けるアーマーを身に纏い、真希と寿々花は更なるパワーアップを果たす。ただでさえ強敵の2人が更に強化されて立ちはだかるなんて、百柄としては勘弁してほしいところであったが。不幸中の幸いというべきか、切り札なら百柄にもある。
──さて。力を貸してもらうよ……妙法村正!
右腰に下げている二振りの刀。一本目はもちろん愛刀である陽剣【七笑】だが、二本目は沙耶香から回収した御刀妙法村正。本来御刀は御刀に選ばれた者以外ではまともに扱うことができない……しかし御刀に選ばれていない百柄には、まだ選ばれる余地がある。
村正の柄を握る右腕から、妖力ではない別の力が巡っていくのが強く感じられる。それは普通の刀使が操る力──すなわち神力。妙法村正はこの修羅場を切り抜けようと手を尽くす百柄に、その力を貸すことを選んだのだ。
「写シ……!?もうそんな気力もなかったはず!」
「慌てるな、寿々花!百柄が満身創痍であることに変わりはない、S装備分の力の差は結局埋まってはいないんだ!落ち着いて戦えば、数でも余力でも上をいく僕達が勝つ!」
「そ、そうですわね、その通りですわ!」
「違いますよ……まさか、新しい写シを貼るためだけの二刀流な訳がないでしょう」
両手の刀を逆手持ちに変え、百柄はS装備を身に付けた2人との戦闘に臨む。イメージするのは師匠ナナワライの息子にして兄弟子、ハヤテの操る忍者のような二刀流。あちらとは違って百柄のそれ太刀の二本持ちのため、勝手は全然違うが……その分はこれまでの経験とフィーリングで補正する。
それにただの二刀流ではない。妖術の風を纏って縦横無尽に飛び回りながら、辺りの木なども使った立体的な立ち回りで真希と寿々花を翻弄する。この動きができること以外は全てが不利のため、百柄の神経は油断のないように研ぎ澄まされていく。少しでも動きを誤ればそれで終わりの極限の中、彼女はこの時間を楽しむかのように笑っていた。
「何を笑っている……!」
「気に障ったならすいません。楽しいと思えるものはしょうがないんですよ」
「減らず口を……さっさと倒れなさい!」
「いいえ、倒れるのはあなた達ですよ!」
「真希、寿々花……このような死にかけの鼠如きに何を手こずっている……?」
「紫様!?」
「どうしてあなたがここに……!?」
「親玉が直々にくるのかい。私も随分と高い価値を付けられたものだね……ッ!」
「堀川百柄……イレギュラーにその存在が許される道理はない。貴様の命はここで終わりだ」
天下五剣の名を冠する御刀、童子切安綱と大包平を携えた折神紫の乱入。上司が介入してくることは知らなかったようで、真希も寿々花も紫の姿を見て驚きの声を上げる。
突然の乱入者による不意打ちがあったが、百柄はどうにかそれを受け止め弾いた。刀使は歳が若い程御刀との相性が良くなるそうだが、折神紫の年齢はアラフォーに達しているはず。それなのに未だ御刀を握れば最強の刀使と謳われる実力、それが誇張でも何でもないことを百柄は思い知った。
──ただの一撃が凄く重い……こいつ1人だけでもまともに相手するのは辛い、か……
増援が来たのでこれで三対一。折神紫を守る私兵や警察も姿は見えないが、どこかで百柄を捕らえるため介入してくるかもしれない。攻撃を受け止めて芯から痺れる腕に【癒やしの風】を当てながら、百柄はこの状況を切り抜ける手段を考える。そうして考えた結果、出てきた結論は──
「【叢穣坊の大風】……!」
「御刀の神力を使って回復したか。だがそれでもう御刀は使えまい」
「紫様、我々が援護致します!」
「紫様にお手を煩わせてしまうこと、申し訳ございません!」
今できる限りの回復をして、正面からこの3人を討ち倒す。
御刀でも妖術を使えることは知っていたが、百柄が御刀を握ったのは今回が初めてのためあまり神力を引き出すことができなかった。せっかくの【叢穣坊の大風】も全快とまでは至らず、妙法村正は使えなくなったがまだ疲労感が残ってしまっている。
それでも傷は治ったし、自分のものでない力で回復できたことである程度は体力も戻った。後はもう自力で上回れるかどうかの勝負……負けたところで何の言い訳もできない。
──せめて、折神紫だけでも斬る……!
例え敗北しようとも、折神紫だけは道連れにする覚悟で百柄は七笑を握る腕に力を込める。息を吸い百柄が一歩を踏み出したのと、3人が飛び出したのはほぼ同時のことであった。
「七笑流──【草薙】!」
「ふんっ……こんなものが今更通じるとでも!?」
「──【御伽莉花の幻】」
「偽モノ……ッ!?きゃあっ!」
わざと見切れる程度に抑えて【草薙】を放ち、それを回避して反撃しようとした寿々花を、逆に罠に嵌めてやる。【御伽莉花の幻】で自分の位置を誤認させ、見当違いの場所に攻撃させる。寿々花の見ていた幻影が掻き消えて彼女が気付いた頃には、本物による攻撃が届いている。
──まずは、1人。
思っていたよりも早く、1人をノックアウトさせて戦線離脱させることができた。この調子でまた次の1人を倒したいところだが、警戒度も高くなっているしそうは問屋が卸すまい。実際折神紫の二天一流による攻撃は重い上にとても速く、こちらの対処に手間取っていれば真希がその隙を突いてくる。そうしてちくちくと写シを削られていく内に、体力と精神力も擦り減っていくのだ。
「はああああああぁぁ!!」
「【練気】──七笑流、【明星】!」
刃がぶつかり合う。S装備と五段階に達した【八幡力】によって強化された真希の一振りと、奥義を除けば七笑流の技の中で最も高い威力を誇る、百柄の納刀【明星】の激突。一瞬の鍔迫り合いの後に百柄は真希を吹き飛ばし、力比べに打ち勝った。
吹き飛ばされたがすぐ向かってくる真希と、致命の一撃を狙う紫を警戒しつつ百柄は納刀する。2人がどう来ようとも対応できる、【一閃】の構えでくるならこいと意思を示す。そんな構えを見た真希は【迅移】を三段階まで引き上げ、だったら望み通りにしてやろうと御刀を振りかぶった。
──この距離なら抜刀は間に合わない、例え間に合ったとしても紫様をどうにもできない!百柄、この戦いは君の負けだ!
いくら【一閃】が神速の抜刀術とはいえ、真希の方が今の場合は速く動ける。百柄のポテンシャルが真希の想像を超えていて、【一閃】が実はこれまで以上の速さを出せるかもしれない。その場合はタイミングをずらして紫が自由に動けるようになるし、勝利は揺らがない。そのはずだったが……
「がっ……!はっ……!?」
「七笑流──【石切】」
納刀状態で放つ【石切】は、抜刀せずに刀の柄で攻撃する技。威力こそそこまで強いと言えるようなものでもないが、抜刀動作を必要としない故小さいモーションで放つことができる。勝ちを確信している時に食らった初見の技……流石に避けられるはずもなかった。
鳩尾への一撃で、思いっきり腰をくの字に曲げてやった百柄。そのまま真希の後頭部へ鞘に納めたままの刀を叩きつけ、その意識を刈り取り写シの維持も不可能な状態にする。
──これで、後は折神紫ただ1人!
倒れた真希には目もくれず、百柄は紫の方へ向き直りノータイムで彼女に突撃する。ここで折神紫を討つことができれば、姫和も可奈美も逃避行をせずに済むようになる。内に潜んでいた大荒魂のことも公表され、百柄の罪も少しは軽くなるだろう。だがそれを実現させるには、ここで百柄が折神紫に勝つことが前提となる。その実現は──百柄の体力では不可能なことであった。
「ぐっ……!」
「軽いな。疲れているからか、刀の一振り一振りが苦し紛れで破れかぶれ。さっさと私を斬って楽になりたいという思いが見え見えだ」
対抗する術がもうない。【一閃】の速さはもう見る影もなく、【石切】【明星】は地面に刺さることもないだろう。妖術はそれを使うための妖力がもうすっからかん、木枯らし一つ起こせやしない。
「奥義──【天津甕星】!」
最後の力を振り絞って奥義を放つ。既に固く絞った雑巾をまだ捻るかのような愚行だが、それが一撃分の元気を捻り出してくれた。
「──────────【覇星剣】」
所詮は雑巾から捻り出した、雨雫の一滴にも満たない微かな力。そんな中で気力体力万全の折神紫を相手に、敵うはずもなかったのだ。