「祟神に成って、隠世と現世を自由に行き来できるようになったのはいいんだけど……まだ帰らない方がいいって私の勘が告げてるんだよね。いったい何があるっていうんだか……ねえ?」
「しろちー!」
「あなたも着いてきちゃったんだねぇ……私の分霊みたいなものだし、別にいいんだけどさ」
「しろつちー!」
祟神となったことを示す紋様を撫でながら、百柄は頭上に乗るシロッチに話しかける。祟りを受け入れ同化したことで、百柄とシロッチは一心同体のような関係性となった。なのでシロッチが着いてくることは普通のことなのだが……小さくて可愛い見た目で戦闘の場にくっついてくるというのは、心配になるというものである。
本人……いや、本竜はそんな百柄の気持ちを知ってか知らずか能天気に声を上げているが。そういうところもまた可愛くて、これから戦いに行くというのにほっこりした気持ちになってしまう。
「シーローつーちー?」
「うん……この世界から、折神紫に潜んでいた荒魂のそれと同じ気配を感じたんだ。スサノヲ様と一緒にいた時は特に何も感じなかったんだけど……祟神に成って、感知能力が上がったのかな?」
「つーち!」
「ふふ……全然何言ってるか分からないや」
大荒魂の気配を感じる場所へ向けて、百柄は更に速度を上げていく。現世で折神紫と共にいるはずのそれがなぜ、隠世にいるのかは分からないが……今ならそんな事情関係なく斬れるはず。もしかしたら現世にいるのは違う個体の可能性もあるし、自分が隠世にいる今の内に、こっちの大荒魂は確実に倒しておかなければならない。
しかし、事は百柄の都合だけで回っているのではない。大小様々な荒魂が無数に進行方向から現れて彼女に襲いかかる。どうやら大荒魂の方も、百柄が向かっていることを察知しているようだ。
──簡単にやらせる気はない、ってことね。
上等だ。
百柄は右腰に下げた七笑を抜刀すると、折れた刃に妖力を込めて再生させていく。百柄の妖力を吸ってむくむくと刃は伸びていき、数秒と経たずに元の長さを取り戻した。感触を確かめるように軽く振ってみると、余剰な妖力がカマイタチのように飛んでいき荒魂を斬り飛ばす。自分がかなり強化されていることを自覚し、百柄はこの力をコントロールする必要性を感じるのだった。
幸いなことに、力をコントロールするための素材なら向こうからたくさん送られている。本命と出逢うまでの肩慣らしとしては、丁度いいウォーミングアップである。
「さて……祟神私の初陣だ!」
「しろちー!」
〜
「タギツヒメ、かぁ……私や百柄ちゃんが見たあの眼はそういう名前だったんだね。姫和ちゃんは既に知ってたの?」
「母の手紙でな」
「別に疑ってた訳じゃないけど……可奈美ちゃんの言ってたことは本当だったんだね。他にもいろいろ驚く話ばっかりで……あの可奈美ちゃん達を連れてきたロボットとかもそうだけど」
「……あれは、本当にびっくりした」
舞草に入った可奈美達は、状況や事情の説明も兼ねて様々な情報を与えられた。20年前に起きた相模湾大災厄の更に詳しい話や、可奈美と姫和の母がどのように関わったのかということ。折神紫の裏に潜んでいる荒魂の名前に、舞草の助けになっている無数のロボットと、その開発者であるドクトルのことなど。頭がパンクしそうになるくらいたくさんの情報が一気に与えられた。
「お母さん達のこともびっくりしたけど……それ以上に別世界なんて本当にあったんだね」
「百柄ちゃんが使ってる妖術も、その別世界で覚えた技っていうことなんだよね……いったいどういうきっかけで、覚えることになったんだろう?」
「タギツヒメは、その別世界の力を手に入れた上で悪用し、その上で復活しようとしている……私達が想定しているよりも、奴の力は遥かに上回っているのかもしれないな……しかも、それがどういうものなのかという知識が、私達にはそう簡単には得られないときた」
「味方もたくさんいて心強いけど、その分敵も強大で尚且つ意味不明……厳しい戦いになりそう」
ロボ零式をはじめとするロボット達を造ったというドクトルから聞いた話は、可奈美達に大災厄の真実以上の衝撃を与えた。
現代社会でも成し得ないオーバーテクノロジーの数々に、人間以外にも数多く存在している多種多様な知性種族。タギツヒメがその世界と繋がりを得て更なる力を得ているという情報は、彼女らに多大な緊張感を与えるには十二分であった。
同時に納得もいく。百柄が使っていた聞いたことのない流派の剣術のことや、風を自在に操る不思議な妖術のこと。彼女もまたあちらの世界と何らかの関わりを持っており、その関係でこれらの技を習得したのだろうということが分かった。百柄は半年程前に、死にかけたところを親切な人達に救われたという話は聞いている。その人物像や過ごした場所については言葉を濁していたのはつまり、そういう訳だったのだろう。
──百柄ちゃん……大丈夫かなぁ。
未だに連絡のつかない友達、当然だが可奈美も姫和も彼女のことを強く心配している。自分達にも勝利したことのある彼女なら、そう簡単に敗北したり捕まったりすることはないだろうが……それでも心配なものは心配であった。
「堀川さんならきっと、大丈夫だ……だから私達は私達の役割を果たすぞ、可奈美」
「うん……!私達がちゃんとしてなかったら、百柄ちゃんが殿になった意味がないもん!」
友の献身に報いるためにも、2人は必ずタギツヒメを討たなければならない。改めて覚悟は決めつつもこの場は休むことにする。逃亡に情報収集にやることがたくさんあって、今日は疲れているのだ。
明日に備えて布団に入る。久しぶりの何も警戒する必要のない睡眠は、2人を速攻で深い微睡の中へと落としていくのだった。
〜
「やっぱり、お母さんだったんだね」
「そんなこと言われてもなぁ……私は17歳の藤原美奈都だし。可奈美のお母さんな私とも違うと思うんだよねぇ……ややこしいけど」
「うん……分かってるよ。そういえば前に話した友達のお母さんが篝さんらしいよ!姫和ちゃん!」
「ええっ、あの篝が結婚できたの!?って、それは私にも言えることだったか……」
夢の中の出来事。可奈美はいつも眠りについた時は同じ夢を見る。母と同じ名を持つ少女といろいろなことを語り合ったり、試合をして剣の腕を高めていったりと。少女の正体がかつて大荒魂と戦った際の母の姿だと分かったのは驚きもあったが、それ以上に納得があった。
「最近何か迷ってるみたいだったけど……今の可奈美はとってもいい顔してる。その友達とやらが理由なのかな!」
「うん……姫和ちゃんの話を聞いて、あの子が倒すべき荒魂が、思っているよりも遥かに強大だということを知って……私も覚悟を決めた。姫和ちゃんに比べれば大したことないものだけど……絶対に死なせたくないから、使命を果たしたその後は、笑っていてほしいから。頑張るって決めたの」
「うんうん、分かるよその気持ち!私も友達のためなら命の半分くらい惜しくないもん!」
「そこは全部じゃないんだ……それに、もう1人の友達も……百柄ちゃんも、命を張って私達のために追っ手を引きつけてくれた。だからその恩にも報いていかなくちゃ、いけないんだよね!」
話を聞いていた美奈都だが、すぐにそんな辛気臭い話よりも試合をしようと御刀を抜く。可奈美の持つそれと同じ【千鳥】を構え、いつものように修行がてら楽しむのだ。
「よろしくお願いします、お母さん!」
「やめてよ、私はまだそんな年齢じゃないし!」
母として扱われるのは恥ずかしいのか、お母さんと呼ばれた美奈都は顔を赤らめ口を尖らせる。結局呼び名は今までと同じく師匠で統一され、気を取り直して心ゆくまで2人は試合を楽しんだ。
夢の中はあまり時間が進まない。結構な数の試合をしたが現実の可奈美はまだまだ夢現である。目覚めてここのことを忘れるまではまだ少し猶予があるので、美奈都は可奈美の話を聞いてから気になっていたことを聞いてみた。
「あのさぁ、お母さんな私ってどんな感じだった?お父さんとはどうやって知り合ったの?」
「全然変わってないよ!その御刀を左右に持ち替える癖とかもそう、師匠と同じまんま!お父さんとの馴れ初めは……一応聞いてはおくけどさ、多分覚えてないなぁ……」
「あー、目が醒めたら忘れるんだっけ?じゃああんまり期待はしないでおこうかな!さ、続き続き!」
「はい、師匠!」
夫との馴れ初めを知りたがる乙女の一面を見せた美奈都であったが、分からないと知るやすぐに気を取り直して試合を再開する。可奈美も試合の誘いに快く乗っかり、夢の中の戦いは可奈美が目を醒ます朝方まで休むことなく続いていた。
〜
「ロボ零式が回収したこのアンプル……中身はほとんど残っていませんでしたが、想像通りのものなら折神家と鎌府が行っている非道……人と荒魂を融合させる研究を白日の下に晒すことができます。これは我々長船が預かり解析しますね」
「任せたよ。こちらの世界の産物に関しては、私も専門外だからね」
「何、きっと無駄にはならんさ!小さな叛逆者達とドクトルのロボが、危険を顧みない覚悟で手に入れたプレシャスなんだからな!」
「よろしくお願いします……くれぐれも、我が家には悟られぬようお気を付けて」
誰もが寝静まった真夜中、舞草を率いる大人達は可奈美・姫和と夜見の戦いから回収したアンプルを解析するべく、長船女学園へ車を出した。
長船女学園学長、真庭紗南。
異界から来た研究者、ドクトル。
S装備開発者、リチャード・フリードマン。
紫の妹にして舞草の首魁、折神朱音。
折神紫とその背後の大荒魂を討つべく、彼らもまた戦っている。来たるべき決戦の日に備えるために準備を整えているのだ。
あまり中身は入っていなかったが、皐月夜見の使用していたアンプルの中身は恐らくノロ。これを暴き晒すことができたら、紫を守っている権力という盾を弱めることができるはず。そのためにもここは細心の注意を払って動かなければならない。長船で解析を進めるのが最も安全であるため、アンプルは長船預かりとなった。
「ドクトル、ロボ達のメンテナンスなどは大丈夫なのですか?」
「あまり大丈夫ではないね。一応決戦まで保たせることはできると思うが、その時に戦力として使えるのはほんの一部になるだろう。あの魔海王タツドンを倒すためにも、何機かを自爆させたし……」
「必ず間に合わせますよ!そうでなければドクトルに力を貸してもらった意味がない!」
「よろしく頼むよ、私がこの世界に来たのは偶然のことだが……滅びを見て見ぬふりはできないからね」
ドクトルはこの世界を滅ぼしかねない存在が自分のいた世界の力をも利用していることを知り、そんなことはさせられないと舞草に協力していた。そのための戦力として自身の製造したロボがいるが、活動させるためのエネルギーや、メンテナンスのための機材の調達が難しく、ロボ達を戦わせられる時間はあまり多くない。そのため早く決戦の日を迎えたいという焦りがあった。
とはいえ、焦ったところで状況は悪いようにしか変わらないし良いことは何もない。今できることはアンプルの解析を待ちながら、送られてくるノロを祭事によって鎮めることのみ。
もどかしくとも、今は待つしかないのだ。
「ふふ……見つけたぞ、朱音」