「いやぁ……楽しいお祭りだったね舞衣ちゃん!」
「うん……本当に楽しかった。可奈美ちゃんが百柄ちゃんに拐われた時も……沙耶香ちゃんを鎌府から逃がす時も……居ても立っても居られなくて、自分で動こうとして……ここまできた」
祭りも終わり、可奈美達は温泉に入って今日の疲れを癒していた。舞衣はお湯に浸かりホッと一息つくと、可奈美の言葉に今日までに起こった出来事を振り返る。
姫和による折神紫暗殺未遂事件から始まり、その追っ手として自分達が選ばれた。見つけた姫和とその協力者である百柄を相手に戦闘になるも、百柄の謎の力によって敗北し可奈美を拐われてしまう。可奈美の安否を気にする中で出会った沙耶香から助けを求められ、そのために動いたら親衛隊第四席燕結芽との戦闘となり、逃走後はそのまま舞草に身を寄せることになった。
今日に至るまで、いろいろなことを聞かされていろいろなことを知ってしまった。正直なところ話に聞くだけでは大荒魂の脅威も、状況がどのようになっているのかもあまり理解できなくて……可奈美と再会した後の姫和に「お前は戦わなくてもいい」と言われたことで、自分が今ここにいる意味を考えるようになったのだ。
「お母さんと同じ御刀を持つ2人──きっと可奈美ちゃんと十条さんが出会ったのは、運命だったのかもしれないね」
「ごほっ、ごほっ……!」
「あ、姫和ちゃん?何やってんのこんなところで」
「う、うるさい!お前達が勝手に私に気付かず運命だの何だの話し込んでただけだ!」
「え〜ホントにー?隠れてたんじゃなくてー?」
「うるさいぞ可奈美!」
星と月に照らされた夜空がノスタルジックな気持ちにさせたのか、しみじみとした顔で舞衣は運命を口にする。そのキザとも言える台詞が心に刺さったようで、隠れて2人の会話を聞いていた姫和は思わずお湯を飲んでむせ返ってしまう。
姿を現した姫和を揶揄う可奈美であったが、舞衣の方は真剣な面持ちで彼女を見つめていた。それは多くのことを見て、聞いて、考えて……己の果たすべき答えを見つけた一端の刀使の顔であった。
「……十条さん、私だって孫六兼元に選ばれた刀使です。全ての人々を助けるには、私では力不足かもしれませんが……それでもタギツヒメのことを知ったから……この手にできることがあるのなら、私は何とだって戦います」
「……本当に、いいのか?」
「ええ。……可奈美ちゃんは本当に強いです、あなたと可奈美ちゃんならきっと、タギツヒメだって討ち果たすことができるでしょう。だから私は、あなた達を必ずタギツヒメの元まで送り届けます」
「本気……なんだな」
「舞衣ちゃん……!あ、花火!」
舞衣の覚悟を応援するように、ちょうどいいタイミングで花火が空に弾けた。色とりどりの炎の花が夜空を明るく照らし、満天の星々と共に地上に美しい明かりをもたらす。温泉に浸かりながら綺麗な花火を眺めるというのもまた乙なもので、可奈美などは大きくお湯の中から身体を浮かせ、最高のシチュエーションに見入っていた。
──百柄ちゃんも、この花火を見てるのかなぁ。
炎天が瞳を照らす中で、思い浮かべるのは未だに一切音沙汰のない友人のこと。百柄は追っ手を撒いて無事に逃げおおせることができただろうか。折神の手下に捕まって、拷問や尋問を受けたりはしていないだろうか。心配は尽きないが百柄は自分にも勝てるくらい強いし、きっと自力でどうにかしたとかで大丈夫だろう。そう思い込むことで気泡のように湧き出る不安を抑えつける。
思えば、姫和とは大会中もお風呂などで出会う機会があったが。百柄とはお屋敷をはじめに見に行ったあの時以来、こうして裸の付き合いをするような機会はなかった。
いろいろとお互いのことについて話す機会こそそこそこあったが、みんなでこうして楽しんでいる中に彼女だけいないというのもまた、寂しいものだと思ってしまう。
──早くまた、会えるといいな。
七笑流の技を教えてもらったこと、追っ手の強襲から逃げるため殿を引き受けてくれたこと。可奈美も姫和もまだ、面と向かってお礼を言うことができていない。なるべく早くタギツヒメを討って百柄との再会を果たそうと、強く決意するのであった。
「ん……?あの花火だけ様子がおかしく……!?」
「きゃっ……!?」
「何だ……何が起こっている!?」
可奈美が百柄のことを考えている間に、舞衣と姫和はかなり交流を深めたようで。会話をしている内に照れで耳まで真っ赤になった姫和は、そんな姿を見られまいと温泉から出ようとする。
爆発が起きたのは、その時だった。
最初にそれを見つけた可奈美も、花火の様子が何だかおかしいなぁ?くらいにしか考えておらず。そのせいで彼女らは、敵の奇襲を前に後手に回らざるを得なくなってしまう。
なるべく早く脱衣所まで走り、着替えて御刀を持ち外で避難誘導をしている先輩の所まで向かう。大規模テロへの関与の疑いで舞草の首魁である朱音を引き摺り出し、捕らえる気でいる県警や自衛隊をどうにかいなしながら行動する。相手は公権力であるために迎え撃つにしても迂闊なことはできない、状況はかなり悪いと言えた。
「カナミン達は私達と来てくだサイ!」
「う、うん……っ!」
タギツヒメとの長い長い戦いの一夜。その火蓋がここで切られた。
〜
「斬っても斬ってもキリがない……いったいどれだけノロを溜め込んでいたんだか」
「つーちー!」
祟神の力を持ってしても殲滅し切れない程の物量に辟易した様子を見せる百柄とシロッチ。祟りによって折れた刀身が元通りに再生した、陽剣【七笑】改め呪剣【七笑】の斬れ味は凄まじく。一振りするだけで数体の荒魂をいっぺんに刈ることができる優れものであったが、斬っても斬っても次から次へと湧いてくる。かなりの足止めを食らっており、大荒魂の思い通りなのが少し腹立たしく思う。
そしてここまで斬って思いつく。自分には剣術だけでなく妖術だってあるのだから、そっちによる広範囲攻撃で一気に滅してやればいいのだと。
──感覚は……いつも通り。
空いている右手で印を結び、【太郎坊の大風】を巻き起こす。祟神の呪われた妖力によって風の軌跡は赤と黒に染まっており、耐性の薄い者が見れば恐怖で卒倒するだろうという禍々しさがあった。風は百柄を中心として嵐のように吹き荒び、荒魂共を構成するノロを吹き飛ばし祓っていく。祟神という神の力によって祓われることで、本来消し去ることのできないノロが完全に消え去っているのだが……その知識がない百柄には知らぬことであった。
「うん……これで大分見晴らしも良くなった」
「シーローつーちー!」
「あっちの方角だね……大荒魂がどこに逃げようと地の果てまでも追いかけてやる。逃げ場なんてないってことを思い知らせてやるよ」
「つーち!」
何度散らしたところで、新たがまたどこからともなく現れて百柄の行く手を塞ぐ。しかしさっきまでとは違い百柄には苛立ちも焦りもない。培ってきたものが、鍛え積み重ねてきたものが助けになってくれていることを理解しているから。
行く手を塞ぐ壁があるならば、何度でもこの刃と風で破壊して見せよう。そして百柄は荒魂を祓うという本懐を果たすのだ。
「呪われろ──【荒御魂の大嵐】」
「つー……ちー!」
先程の【太郎坊の大風】よりも、遥かに威力も規模も段違いな嵐が荒魂を引き裂く。吹き荒れる嵐それそのものが、中に入ってしまったものを斬り刻みペーストに変えてしまう凶器。しかも一度放てばそれで終わりということはなく、勢力を落とし消滅するまでいつまでも猛威を振るい続けるのだ。
更に追い討ちとして、シロッチの【祟神の呪い】が振り撒かれる。例えどうにか嵐から逃れることができたとしても、どこまでも祟りが荒魂を追いかけて取り殺すのだ。最早百柄の進行を荒魂共に止める手段などどこにもなく……それからしばらく隠世をまた渡って、遂に大荒魂と対峙する。
「初めまして、かな?大荒魂さん」
「人間如きが……誰の許しを得てここにいる!」
「私はスサノヲ様に連れてこられたからねぇ、強いて言うなら彼に貰ってるかな?」
「戯言をッ……我が領域から出ていけ!」
遂に出逢った大荒魂──タギツヒメは誰も入り込めぬはずの隠世に現れた百柄に敵意を向け、自身の御刀である【鬼丸国綱】と【大典太光世】を抜刀し斬りかかる。それを見て百柄も二刀流には二刀流で対抗すると言わんばかりに妙法村正を抜き、二刀の構えでタギツヒメを迎え撃つ。
──大荒魂と言われるだけあって、流石にそこらの荒魂とは一線を画す強さだね。まさか荒魂が剣術を使ってくるとは予想外だったけど……
大荒魂が隠れ蓑としていた折神紫は、二天一流の技を以て百柄を圧倒したが。それはあくまで折神紫の技術であって、荒魂のものではないと思っていたのだが。どうやらそれは違ったらしい。折神紫と目の前にある大荒魂では体格や使っている御刀が違うので一概には言えないが、技の冴えやキレはどちらも似通っている。受けた際の一撃の重みは大荒魂の方が断然上であるが。
「現世の私にすらでも足も出ないような雑魚が、どのようにしてここに来たのかは知らないが……現世に置いている分身と違って私は本体、折神紫にすら勝てない雑魚が勝てる相手ではないぞ!」
「ふーん?ここでお前を斬れば折神紫は解放されるし十条先輩達も戦わなくて良くなる訳だ。そりゃあいいことを聞かせてもらった」
「世迷い事を……抜かすなァ!」
「そっちこそ……人が弱いまま、いつまでも変わらないと思うな!」
「つちつちー!」
隠世にいる方のタギツヒメは、言わば残してある保険のようなもの。例え現世で折神紫と共にある自身がやられ消えたとしても、隠世にいる自分が残っている限り死ぬことはない。それに加えて借り物の身体ではなく自分自身が戦っているため、自分の力を無駄なく完全に使うことができるのだ。百柄が戦って負けた折神紫よりも、このタギツヒメの方が断然強いと言っていい。
しかし裏を返せば、ここでタギツヒメを斬れば本体が消えるということになる。もしかしたら現世にいる方も一緒に消えて、可奈美達が戦う必要をなくせるかもしれないのだ。
一度は負かした相手ということで、舐めてかかっているタギツヒメであるが。今の百柄は数多の祟りを取り込み、神と呼ばれる者達と同格の存在となっている。格という面で見るならば、神ですらあると謳われたタギツヒメと同じであるのだ。舐めてかかってどうにかできるような相手であるはずがない。
「くっ……キサマ、どこにそんな力が……!」
「今日まで、いろいろな人達に助けてもらった……力を貰った。全ては大荒魂……お前を斬り人の世の平穏を守るためだ。今この戦いがそれを成す場なのだから、そりゃあ力も湧くってものだよ」
「調子に乗るなァ!【覇星剣】!」
「【横一文字】────」
右手に握る鬼丸に力を集中させ、溢れ出す力を新たな刃としてリーチと威力を引き上げる。20年前に力の大半を失い折神紫の中で雌伏の時を過ごしていたが、隠世の本体は力を蓄える中で別世界の存在を知り、そこの力や技術を紫を通して自分や部下に与えていった。この【覇星剣】もその一つ。この技をどうにかできた者など、1人しかいなかったはずなのに──
「がっ……!?」
「七笑流──【石切】!」
──百柄はその男と同じ技で、【覇星剣】を引き裂いてみせた。忌々しい男と同じ技を使ってきただけでも驚くことなのに、技同士で撃ち負けたことに動揺し【石切】をモロに食らってしまう。七笑から流し込まれた妖力が、呪いのようにタギツヒメを蝕み犯していく。20年前に感じた以上の確かな死の気配に、タギツヒメは冷たい汗を流した。
「キッ……キッ、サマァ……!!」
「いい顔だ。もっと歪ませてやるよ……?」
傷口を抑え悪態をつくタギツヒメに、百柄は追撃を仕掛けようとするのだが。ふと頭の中に浮かんだビジョンに行動を中止させられる。
見えたのは、親衛隊燕結芽に追いかけられる可奈美達のビジョン。その中でも御刀を持たないことでただ逃げることしかできない沙耶香であった。これを見せているのは妙法村正、ここではなく沙耶香と共に戦わせてほしいということなのだろう。百柄は御刀から感じたものを汲み取り、スサノヲがそうするように現世に繋がる扉を開く。そこから村正を投げ入れて沙耶香に渡した。
──借りてたままでごめんね、返すよ。
「さて……仕切り直しだね。第二ラウンドといこうか……って、お前なんて名前だっけ?」
「……我が名はタギツヒメ。名乗ったからには必ずや生かしては帰さぬぞ」