「折神紫親衛隊第四席、燕結芽!私抜きで楽しいこと始めちゃあダメでしょ!?」
「あの子、鎌府で会った……!」
「燕……結芽……!」
舞草の面々は折神朱音を護衛する班と、機動隊を迎え撃つ班の二手に分かれ行動する。可奈美達が合流した護衛班は、米軍の潜水艦なら簡単に手出しはできまいと潜水艦を目指していたが……その道中も多くの機動隊が待ち構えている上に、刀使の写シを対策した装備が苦戦を強いてくる。それこそ彼女らの命すらも考慮せずに。
ここまで機動隊が攻撃的になっているのは、官給品であるスペクトラムファインダーが御刀に反応するよう細工が為されていたからである。折神家支給のスペクトラムファインダーは、折神紫やその配下が取り込んでいるノロには反応しない細工がもともとされているのだが。単なる隠蔽工作でしかないそれとは、今回の件は卑怯さが違う。
「本当に反応が……!」
「撃て!あれは人ではない、荒魂だ!」
何せ、これなら刀使達を荒魂として殺す名目ができてしまうのだから。
舞衣の高精度な【明眼】と【透覚】を頼りに、迂回ルートを通るなど対策しつつ潜水艦に向かう。本来のルートには既に待ち伏せが入っており、彼女がいなければ激戦は必至だったであろう。そうして何とかここまで来ればもう……という所まで辿り着いたのだが、敵もそこまで甘くはなかった。
折神紫親衛隊第四席、燕結芽の襲撃である。
地上での待ち伏せではなく、ヘリコプターを使った上空からの索敵と奇襲。ただの不意打ちでは終わらず味方に位置を知らせる効果もある、二重の効果を持った襲撃。この時点で後手に回ってしまった舞草では手も足も出ず、大半がやられてしまった。
「おねーさん達、弱すぎー。こんなんでよく紫様に刃向かおうなんて気になれたよねー?」
「ぐっ、う……ノロに頼るような刀使に……負けはしないッ……!」
「……チッ」
「グアァァッ!!」
「これはぜーんぶ私の実力なの!私、戦いに荒魂の力なんて1ミリも使ってないし!」
自分のことを愚弄する刀使を斬り刻むと、結芽は警戒して構える中で可奈美に目をつける。彼女こそがこの中の誰よりも強く、自分の戦闘欲を満たしてくれる相手だと確信して。
突撃を千鳥で受け止めた可奈美は、そのまま皆を下がらせて1人で相手することを選んだ。潜水艦を目指してまた走っていくのを確認し、自分は結芽の相手に集中する。剣筋の鋭さも一撃の重さも今まで戦った誰よりも重く、可奈美は苦戦を強いられることを確信したが……それ以上に、結芽の剣から感じる焦りのようなものに違和感を覚えた。
「あはは!流石おねーさん、初めてあなたを見た時からずっと思ってたんだよ!あなたなら私を満足させられる戦いができるって!」
「ぐうっ……速い……!」
「あなたを倒せば、私は……ッ!」
「倒されは……しないっ!」
猛攻の中に一瞬できた隙に割り込み、可奈美は手痛い反撃を食らわせる。写シに大きなダメージを受けたじろぐ結芽であったが、すぐに構えを取り直し可奈美に警戒を解かせない。
──凄い気迫だけど……どうして、こんなに……哀しいような、気持ちになるんだろう?
すぐに落ち着きを取り戻したことから、勝ちを急いでいるという訳ではなさそうだ。しかし何故だか焦っているような、急いでいるような……そんな気持ちが撃ち合った刃から流れ込んでくる。いったい何をそんなにとも思わなくもないが、今は敵の事情を考えている場合ではない。結芽が次の攻撃に入るのを見て、可奈美はその考えを止めた。
「さて……いくよ、おねーさん!」
「私は可奈美……衛藤可奈美だよ」
「可奈美ちゃん!もっと、もーっと楽しもうね!」
「……そう、だね!」
より斬り合いは激しさを増していき、【迅移】の段階も上がって常人には最早、視認すらもできない領域に2人は入っていく。そんな激しくボルテージの高まっていく戦況を、伍箇伝の一つ綾小路武芸学舎学長の相楽結月は、ヘリコプターの上からジッと眺めていた。
恐らくは最期となる、結芽の戦いを。
どんな結末になろうとも、必ずその姿を記憶に焼き付けてやる。その覚悟で他の戦場に向かうでも部下に指示を出すでもなく、結月は結芽が刃を振るい戦う姿を眺めていた。本当ならこんな願い聞いてやるつもりはなかったのだが……いつか教え子になるはずだった少女の願いを、どうしても結月には無下にすることができなかったのだ。
〜
「いたぞ、撃て!撃て!」
「朱音様とグランパはこっちへ!追っ手は私達で引き受けマス!沙耶香ちゃんも行ってくだサイ!」
「クッソ……何なんだこの矢は!?」
「刀使の写シ対策だろ!やられはしないが、身体に刺さって残り続ける地味に厄介なやつだ!」
「あの方々は命令に従っているだけです、どうか手荒な真似はなさらないようお願いします!」
「あーもう!ホントに厄介だな!」
ヘリコプターの灯りを辿ってやって来た追っ手に遂に追いつかれてしまい、姫和達も機動隊からの攻撃を受けることになる。相手は荒魂ではなく命令に従っているだけのただの人間であり、あまり手荒な反撃をすれば余計にこちらを不利にしてしまう。とても厄介な相手であり薫は悪態をつくが、沙耶香は別のことを思っていた。
──私に、御刀があったら……!
今の沙耶香は御刀を持っておらず、刀使であるのに戦うことができない。戦えないから……戦おうとしても無駄だから、みんなに守られるばかりで何もできない。自分の無力さを忌々しく、そして腹立たしく感じていた。
今は戦うべき時なのに、自分にはそのための力がない。数多の矢の雨に晒されて危機に陥っている舞衣を助けてやりたいのに、そのための土俵に上がることもできない。
「あっ……沙耶香ちゃん、避けた!」
「えっ……」
そうやって余計なことを考えているから、自分にも矢が迫ってきていることに気付かない。避けるには遅すぎるタイミングでようやく沙耶香が迫る矢に気付いた時、彼女の鼻先を擦る程近いところに何かが降ってきた。それはもう眼前まで迫ってきていた矢を叩き落として地面に突き刺さる。刀使になってから長年付き合ってきた、相棒の姿。
──妙法村正……もしかして、百柄が?
突如現れた愛刀に困惑するが、柄を握ればそれまで何があったのかが朧げに流れてくる。どうやらあちらでもいろいろあるようだが、それでも沙耶香のために御刀を返してくれたらしい。写シを貼ると今まで感じたこともないような力に溢れていて、沙耶香はそれはもう驚いた。すぐにいいことだから問題ないと切り替えるのだが。
「沙耶香ちゃん!」
「お待たせ……ここからは、私も戦う」
いつもより強化されている【迅移】で戦場を駆け回り、機動隊を一人ずつ気絶させていく。刀の峰による殴打で意識を刈り取るとこで、最低限の負傷で戦闘不能にさせられる。しかしそれだけではそう簡単に人は気絶なんてしない。沙耶香は殴る瞬間に御刀から、神力ではない謎の力が流されていることに気付いていた。
──百柄の妖力ってやつ……かなぁ?
妖力というよりは祟りなのだが、何にせよ機動隊を最低限のダメージで無力化させてくれるのはありがたい。【八幡力】を必要せず人を気絶させることができるのだから、その分神力を節約して立ち回ることもできるし【無念夢想】も必要としなくていいのが大きい。
「強いぞ!容赦はするな!」
「相手は荒魂だ!隙を見せればこっちがやられる、やられる前にやれ!」
「荒魂が……人を荒魂呼ばわりするか……!」
「そんな言葉……聞かなくていい」
荒魂扱いに怒りを見せる姫和に、沙耶香は聞く耳を持つ必要はないと嗜める。【無念夢想】を発動し意識を身体に移して、どんな言葉も響かない自分を作り出し戦う。相手がどんなことを叫ぼうと喚こうと沙耶香の心には響かない。機動隊は手も足も出ず沙耶香の峰打ちに全員沈むこととなった。
追っ手を全滅させ、【無念夢想】を解いて沙耶香は姫和の方に向き直る。こんなところで怒っている暇はないと、彼女に声をかけた。
「姫和の戦う理由はそうじゃない……でしょ?」
「そう、だな。礼を言う」
「ッ……これは、可奈美ちゃんの方角……!?」
「可奈美……!親衛隊がまた、別世界の力を使ったのか……!?こうしては」
機動隊は全滅したが、可奈美が戦っている方角から大きな爆発音とノロのような色をした何かが飛び散ってくる。それに皐月夜見との戦いを思い出して危機感を覚えた姫和は、彼女の助太刀に行こうと飛び出そうとするが。沙耶香がそれを制止する。
「私が行く……姫和はあまり消耗しない方がいい」
「大丈夫、なのか……?」
「沙耶香ちゃん、あんまり無理は……」
「大丈夫……百柄が、憑いてる」
理屈はよく分からないが、今の沙耶香には百柄が力を貸してくれている。相手が親衛隊最強であろうとそう簡単にやられはしないし、そもそも二対一になる。勝てる算段は十分にあると踏んでいるからこその行動であった。
あまり離れてはいなかったので、可奈美の所へはすぐに辿り着く。そこで見た光景は……無傷のまま困惑するように佇む可奈美と、黄色と黒に彩られた禍々しい気配に包まれる結芽の姿であった。
「可奈美……これは、どうなってるの!?」
「沙耶香ちゃん!?見ての通り……結芽ちゃんも別世界の力を使ってきたところだよ」
「別に……強くなった訳じゃ、ない、けどね!」
「ッ……助太刀する!」
斬りかかる結芽の一撃を受け止め、沙耶香は以前よりも心なしか彼女の剣撃が軽くなっていることに驚く。あんなに禍々しいオーラを漂わせて如何にも強くなりましたという雰囲気を出しているのに、その実全くそんなことはない。想像していた強さとのギャップに少なからず動揺した。
「いったい、何があったの?」
「分かんない、戦ってる内にいきなり血を吐いて倒れたと思ったら……あんな感じになったの!」
「だって、もったいないじゃん!こんなに楽しい時間を荒魂に乗っ取られたり、決着前に倒れて終わるだなんて……!そんなの、私は望まない!」
「そう……だったらここで、倒れてもらう!」
結芽は幼い頃から類い稀なら剣術の才を発揮し、刀使としてその将来を期待されてきた。先輩達を鎧袖一触で薙ぎ倒し、同年代でもライバルになれるような者など存在しない、隔絶した強さがあった。
しかし、結芽の人生は順風満帆なものになることはなかった。治療法のない原因不明の病に倒れ、その才覚を発揮することなく一生を終える……誰にも看取られることなく、孤独に。その運命を変えてくれたのが、折神紫であったのだ。
──選べ。このままここで朽ち果てるか……残り短い命で、鮮烈にその存在を刻み込むか。
結芽は選んだ。生きて自分という存在の煌めきを焼き付ける──例え永らえようと、残り短い命であるということを知りつつも。ノロを取り込んで動くことはできるようになったが、病の進行が止まった訳ではない。少しずつ病魔に蝕まれていく身体の活動時間は日に日に短くなっており、最近では10分程度の運動ですら血を吐くようになった。
「最期まで……私は、輝くんだァ!」
「結芽ちゃん……!」
今動けているのは他でもない、結芽の執念の賜物である。この身朽ち果てようとも鮮烈に輝きその存在を忘れられないものにしてやるという、強い精神が織り成す悪鬼の醜宴。
敵であるということは最早関係ない──可奈美も沙耶香も、その覚悟を汲み取った。手加減も出し惜しみも一切せず、全力で彼女の剣と撃ち合う。この時間を心に刻み込むように……燕結芽という刀使の存在を、決して忘れないように。
そして、最期の時が訪れる。
「がっ……は、ああぁ……!」
「結芽ちゃん……!大丈夫……?」
「ねぇ、おねーさん。私達こんな形で出会わなかったら、お友達になれてたかな……?」
「きっとなってたよ。結芽ちゃんが同じ学校にいたなら、私は毎日試合を申し込んでる……結芽ちゃんの太刀筋をもっと見たいからっ!」
「私も……きっと、なってるはず」
「ふふ……同じ学校かぁ。いいね!」
口元に付いた血を拭い取り、結芽は立ち上がって最期の構えを取る。それを見た可奈美は沙耶香を下がらせ、自分だけでその最期の一撃を迎え撃つことを決めた。
耳を澄ませば、風の音しか聞こえない……それ程静かな空間に、土を蹴る音が響き渡る。二つの太刀が互いを斬るべく交差し、そして振り抜かれて両者がすれ違う。しばらくの間はどちらも斬られてなどいないかのように仁王立ちしていたが……
「ねぇ、おねーさん。私……強かった?」
「うん……とっても、とっても強かった」
「あはは……そうか。そっかあ……ありがとう」
「……対戦、ありがとうございました」
……倒れたのは、結芽の方であった。