風隠の刀使、荒魂を斬る   作:笛とホラ吹き

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3:七笑流剣術

「七笑流では、刀を鞘に収めている時と抜いている時で同じ技でも違う扱いになる。今から俺が手本として演舞を見せるから、それをまずは参考にして型を覚えていこう」

 

「動きの細かな違いなどは、間違えたその都度修正していけばいい……今は集中して、ヒエンの動きを背を吹き抜ける風のように追っていけ」

 

「では、お願いします」

 

「まずは『見る』ところからだ。観察眼を鍛え細部まで盗み取るのも大事な修行だぞ、見落とさぬよう心してかかれよ」

 

 ヒエンが七笑流の技を見本として繰り出し、百柄がそれを観察するということから修行は始まった。荒魂事件まで刀に触ったこともなければ、その経験も忘れている百柄にいきなり刀を握らせたところでできることなど何一つない。だからまずは、動ける者からそのコツを『観察して盗む』ところから始めていく。些細な動きも、見逃さぬように。

 

「最初は全ての基本となる技、【一閃】」

 

 腰を落として無駄な力を抜き、抜刀の瞬間一気に力を入れて刀を振り抜く。脱力状態との落差がより大きい程剣撃の威力と速度は増し、鍛錬を重ねれば目にも留まらぬ速さを出すことも可能となる。

 

 抜刀状態でも同じく脱力し、斬る瞬間に力を込めて振り切る。どこからでもどんな体勢でも、脱力さえできるなら成立させられる手軽さがこの技の魅力と言えた。納刀から抜刀への移行など、七笑流のあらゆる技へと繋げられる基本の技である。

 

 この技を習得しなければ、他の技もまともに成立しない。重要なものであるからか、見本を見せるヒエンの動きにも一段と熱が入っていた。

 

「次に、【草薙】」

 

 今度は【一閃】の時よりも更に深く腰を落とし、草の根を払うように刀を振るう。相手の足元を狙いまともな立ち姿を取らせなくし、崩すことを目的とした技である。

 

 コツは人を狙う場合、足首の方を狙うこと。そして斬ることそのものではなく崩しを目的としているため、振り抜く必要はないということ。そっと刃で撫でるように、草を根元から刈るように優しく。

 

 足元を崩すというのは、人でもそれ以外でも有効になりやすい常套手段。【一閃】との違いを踏まえて使い分けることができれば、この技の真価はその時初めてフルに発揮されるだろう。

 

「続いては、【石切】」

 

 この技は納刀時の動きが少し違う。脱力して落差から速度を生み出すところは同じだが、刀を抜かずに柄でそのまま殴るのだ。抜刀のアクションを必要としない分より早く動け、尚且つこの技の存在を知らない相手には不意打ちとして機能する。荒魂に対しては、あまり不意打ちとしては有効ではなさそうなのが痛いところ。

 

 しかし、この技の真価は抜刀時にある。ただ力を抜くだけではなく、筋肉や関節の動きをしっかりと連動させて力を無駄なく放つことで、一撃の威力は鋼の塊すらも砕き割る。その後刀を鞘に収める残心の動作も含めて、七笑流の『必殺』としての扱いを受けていると言えた。

 

 さっきまでと同じように刀を振っただけで、離れて見ていた百柄にも風圧と衝撃波が届く。ただの見せ技なので今回は空撃ちだったが、もしも何かしらの的や床に当てていたとしたら……その時の破壊規模を想像し、百柄は恐ろしさに身慄いした。

 

「少し趣向を変えて……【練気】」

 

 特殊な呼吸法で気を溜めて、それを全身に巡らせることで自身の能力を強化する。身体能力が活性化するだけでなく、自己治癒能力の向上や瞑想のように雑念を振り払う効果もあり、納刀抜刀に関わらず使える時に使っておきたい技である。

 

 隙のできやすい技であるため、抜刀中は相手の攻撃をいつでもいなせるように反撃の構えを取る。無防備だからと言って不用意に突っ込んでくる不用心な相手には、カウンターをかましてやろう。

 

 身体能力が上がるという触れ込みだが、ヒエンはどうやら元の時点で相当強いようである。あまり広くない道場の中では、彼が【練気】でどれだけ強化されたのかは実感し辛かった。

 

「まずは、この四つだな。ヒエンの動きを真似して取り敢えずやってみろ。しっかりと観察できていたなら形だけでも真似できるはずだ」

 

「分かりました……やってみます」

 

 木刀を握る腕に力が入る。初めての誰かに師事して剣術を修めるという経験、自分は弟子としてちゃんとやれるのだろうかという不安もあった。しかし強くなるためには、泣き言は言っていられない。

 

 百柄は深呼吸して集中力を高めていき、脳内に再生したヒエンのイメージを追って、四つの技を一つずつ丁寧に繰り出していった。

 

「うむ、形はサマになっているな。これを反復して形を真似るだけではなく、ごく自然に意識せずとも繰り出せるようになるのだ」

 

「練気が少し苦手そうだな。雑念があると集中し辛くなって気も集まらなくなる。余計なことは考えず全身に力を巡らせることだけに集中しろ」

 

「脱力から力を入れる動作に無駄がある。少しずつ力を込めていくのではなく、右から左へ一気に振れるようなイメージで力を解放するんだ」

 

「成程……アドバイス通りやってみます!」

 

 2人の兄弟子からのアドバイスを取り込み、もう一度百柄は刀を振るう。そう簡単に上達するようなものではないが、集中しひたむきに向き合うことで少しずつ動きを覚えていった。

 

 理屈で……頭で覚えるのではなく、考えずとも技を出せるよう全身に覚えさせる。早朝に始まった稽古はそのまま日が沈むまで続き、疲労で指一本動かせなくなった頃には、無意識の内に技を出すことができるようになっていた。

 

「目を醒ませ百柄、こんなところで寝ていたらまた身体を壊すぞ」

 

「うぅ……すいません、ヒエン兄さん」

 

「しっかりと飯を食い、明日に備えろ。ひたむき、がむしゃらなだけでは強い風は吹かせられない」

 

「ハヤテ兄さん……いただきます」

 

 気を失って倒れた百柄に、ヒエンが水を浴びせて意識を取り戻させる。その口調は病み上がりの身体で無茶とも言える努力をする妹弟子に対する心配な気持ちが聞いて取れ、ヒエンの心の優しさと気遣いが感じられた。

 

 気付けをされて起き上がった百柄には、ハヤテがおにぎりを渡してくれる。夕食はまた別にあるのだが、消耗し切った百柄では食卓に着くまで保たないだろうというハヤテの気遣いであった。

 

 大きめのおにぎりを三口で食べ切ると、おかわりを更にもう一つ渡される。疲れた身体に塩味が染みるおにぎりの中身には鮭や味噌などいろいろな具が入っていて、百柄はついついそれだけで満腹になるのではという程に食べてしまった。はしたない姿を見せてしまったと顔を赤くする百柄であったが、そんな姿を見たヒエンとハヤテはくすくすと微笑ましいものを見るように笑うのみ。

 

 ──うぅ、恥ずかしいところ見せちゃったなぁ。

 

 指摘してくれた方がいっそ楽になるのに。2人の優しさが、百柄の羞恥心に余計に火を付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜

 

「こんな時間にも刀を振るか……熱心なことだな」

 

「……あなたは?」

 

「そういえば名乗っていなかったか。私はオロシと言う、ナナワライが嫡子にしてお前の兄弟子ハヤテの実の兄だ」

 

「オロシ様、ですか。何の用で?」

 

 周りが寝静まった深夜。百柄が1人で日中に教わったことを反復していると、初めて会った相手からいきなり声をかけられた。オロシと名乗るその男には確かにナナワライの面影があり、親子というのはよく似るものだと百柄に思わせる。

 

 何の用でこんな夜中に道場に?とここにいる理由を聞いてみたのだが、その答えは特別大したものという訳ではなかった。風隠の森に迷い込んで、何の因果かナナワライに師事することになった少女がどんな人物なのかを見に来たというだけらしい。

 

「君のことは聞いている。外の世界に存在する災いを駆逐するための力を求めているのだったな。ここでの修行で、望む力は手に入れられそうか?」

 

「分かりません……私は、まだまだ弱いですから。それでもきっと、強くなれると信じてます」

 

 百柄がナナワライに弟子入りしたのは、荒魂を狩れる強さを求めてのこと。しかしそんな力が一朝一夕で手に入る訳もなければ、そもそもそんな力を手に入れられる保証もない。百柄に類い稀なる剣術の才能があるなら話は別だが、現状そんなことが分かるはずもない。

 

 オロシの質問には、言葉にこそなっていないがこんな意図があった。強くなれるかどうかも分からない修行を、勝手も何も分からない土地でよく知りもしない相手を信用してできるのか、と。

 

 百柄の答えに迷いはなかった。確かに強くなれるかなんて分からないが、それはあくまで今の自分が弱いから。弱いままではいられないから、迷っている暇があったらまず行動するのだ。

 

「ここで強くなれなくたって、元の世界にも刀使を育成する機関はちゃんとありますから。今の私が考えるべきことは……本当にここでの修行で強くなれるのかではなくて、どうやって修行の内容を身体に覚え込ませるかだと思うんです」

 

「成程……迷いはないようだな。七笑流の技の練度を上げていけば、いずれは私が其方に何かしらの技を教える機会もあるだろう。なるべく早くその時が来ることを、期待して待っているぞ」

 

 どうやら、オロシは百柄のことを気に入ってくれたらしい。いつか来るであろう百柄に技を伝授する機会を待っていると伝え、目的も果たして満足そうに道場を後にした。

 

 ──もっと、頑張ろう。

 

 百柄が強くなればなるだけ、また強くなる機会がやってくる。伝授された技術を確かにするべく、汗をかいた額を拭い、もう一度深い集中の中に意識を落とすのだった。

 

 ──全身から力を抜いて……抜刀の瞬間に一気に解放する!

 

 少しずつ少しずつ、前進していく。この1日だけで全てをマスターするということはなかったが、それでも経験値が一切ゼロだった最初の頃と比べれば月とスッポン。確かに巧くなっている。

 

 記憶の欠落した百柄には知らぬことだが、本職の刀使すら複数人で返り討ちにされた荒魂を、1人で狩り尽くすだけの力は元々備わっている。才能なら彼女の中に眠っているのだ。するべきは、七笑流の修行の中でその才能を引き出すこと。

 

 タイムリミットは霧が広がり、元の世界と風隠の森がもう一度繋がるまで。結果を言えばそれは果たされるのだが……百柄が自身の才覚を自覚できない今は、まだまだそれは夢の話。

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