「駆け回れェ、テアマト!!」
「くぅ……意外と、隙がない」
魔獣『テアマト』を手繰り、豪快で大味な攻撃をせっかちにも仕掛けてくる狂王マルドク。ナナワライ達天狗が使う風の妖術とは毛色の違う、剣に風を纏わせる乱舞【狂風の乱撃】は脅威の一言。少しでも擦ればそこから、肉体を風に削り取られるプレッシャーは、祟神と化した百柄でさえも精神的にかなり重たいものであった。
「【業剣……クサナギ】ィィ!」
「……七笑流──【石切】!」
祟りの力とはまた違う、禍々しい力を【草薙剣】に込めてヤマトは力任せに振り翳す。百柄も負けじと【石切】で受け止めるが、マルドクの攻撃を避けていく中で飛び上がっていたことが災いし、踏ん張り切れずに打ち負けてしまう。かなり遠くへ弾かれてしまうところであったが、エッジの追撃が戦場を離れることを許さない。
「【魔剣の一撃】……喰らうがいい!」
「……っ!さっせ、るかぁ!」
魔剣ダインスレイヴの一撃が、百柄の魂を求めて黒く線を描く。百柄は吹き飛ばされる勢いに逆らうことなくむしろ風を吹かせて更に勢いを付け、魔剣が振り切られる前にエッジに体当たりを仕掛け彼を撃ち落とした。空中で衝突したことで吹き飛ばされる勢いが死に、百柄に着地のチャンスが来る。だが着地点には戦士達の隙をフォローするように、操られた刀使達が待ち構えていた。
「全員【八幡力】を引き上げろ!仕留めるぞ!」
「ああもうッ……!あなた達は邪魔だっての!」
操られた刀使は全部で7人。全員がS装備で強化されている上に【八幡力】による強化もあり、殺す気で戦えないのに数も質も無視できないという面倒な相手となっている。
とりあえず対策していないことを期待して、着地までの短い間を【菫の風】で埋める。様々な災いをもたらすこの風だが、彼女らは術の発動に合わせて【金剛身】を発動し防いでみせた。毒を防ぐにはそれを跳ね除けられる強い身体を作ること……初見のはずの技であるのに、しっかりと対策ができていることに百柄は表情を歪ませた。
「ギャアアアアア!!」
「うるっせえ……お前は黙ってろ!」
明滅する渾沌の龍が放つ咆哮は、無限の虚無が広がる隠世をその響きだけで震わせる。耳すらも通さず身体の芯を揺さぶるような大声に、耳を塞ぐこともなく百柄はまた飛び上がった。地上にいては刀使達が鬱陶しいし、タイチーロンを放置していては上空から際限なくブレスを吐かれ邪魔をされる。だからまずはあの龍を撃ち墜とす。
耳を劈くような咆哮を放つ五月蝿い口から横一文字に斬り裂いてやるために、百柄は七笑に妖力を注ぎ空中で刀を構えた。七笑流の技ではなく、かつてスサノヲが龍を斬った時の技。その名が示す通り龍を殺すための一撃。
「龍殺剣──【アメノハバキリ】!」
「ゴァアアアアア!!」
龍の顎を上下に引き裂くように、百柄の振るう刃がタイチーロンを斬り開く。灰色を濁った赤と青の光で包む渾沌の龍は、ブレスによる抵抗もままならずそのまま二つに裂かれてしまった。
分たれた龍の半身は、それぞれがまた新たなる一匹の龍として形を成していく。無理矢理混ぜ合わせられた『陽龍ヤンシェンロン』と『陰龍インシェンロン』が、互いの姿を取り戻したのだ。相反する一対の龍は己を取り戻したことへの歓喜か、それともタギツヒメに操られていた己への怒りか、百柄への威嚇とは違う咆哮を上げる。
「グオオオオオォォ!!」
「グギャアアアアアァァ!!」
それぞれの身体を絡み合わせながら、二匹の龍は宙を舞うように空を飛ぶ。黄金や真紅の光を纏い絢爛豪華に天を行く陽龍と、漆黒と深蒼の光を纏い何かを祝うように飛ぶ陰龍。やがて存分に舞い続けた二匹は跡形もなく消え去り、百柄の手元にはかつて何度も手にした龍の鱗が遺されていた。
「これは……あなた達の、だったんだね」
「チィィ……あのトカゲ共、役に立たねえな!」
風隠の森で傷を癒していた時は、ナナワライの風が主な回復源であったのだが。内臓が負った傷を治すのには違う物が使われた。それがあらゆる病気を癒すと謳われる陰陽の龍の鱗であり、百柄がその持ち主を見たことはなかったのだが……ここで初めて出逢うことができたという訳である。
──私を、強くしてくれてありがとう。
既にいなくなった二匹に、百柄は心の中で感謝をしつつ背後から迫るマルドクの刃を受け止めた。
百柄の妖力の元となったのは体内に残留したノロであるが、竜の鱗が宿していた力もまた、彼女に本来人間が持つはずのなかった力を与えていた。この力があったから百柄は戦えるようになったし、この力があったから祟神となって渾沌に呑まれた二匹を救うことができた。いろいろなものに助けられてきたということを、嫌という程自覚する。
「てめェだけで、どうにかできると思うな……!」
「次こそは、我が魔剣の錆としてくれる!」
「追い続けろ!奴に着地する隙を与えるな!」
「邪魔すんじゃねェ!こいつを殺すぐらい俺1人で十分だァ!」
言い争っている割には、戦士達は協力する姿勢を取っている。ヤマトの【ヤキヅナギ】によって燃え盛る炎を、マルドクの【狂風の乱撃】が巻き起こす風で広げて百柄の行動を制限しつつ、2人への対処に意識と手数を割かせて本命のエッジの一撃。
斬った者の魂を吸い取る魔剣【ダークエッジ】の一撃ならば、祟神と化した百柄であっても致命傷となり得る。
当たれば、の話だが。
百柄も別に、あちらの世界で修行だけをしていた訳ではない。本を読んで様々な伝説や逸話についてを学んだり、ナナワライと交友関係にある強い戦士達と交流して戦う者の心構えを学んだり。たまには森の外に出て、ヒエンやハヤテ達に連れられて遊びに行ったりもした。そんな訳であちらの世界のことはそれなりに百柄も知っているのだ。
ダークエッジの凶悪さも当然、知っている。だから百柄はあの刃にだけは触れないよう、常に注意を払いつつ動いていた。そのおかげでこの絶体絶命とも言える状況も、切り抜けることができたのだ。
「……まず、1人目」
「バカッ……な……………!!」
エッジの身体を突き上げるように、下から風を吹かせて体勢を崩す。突然の出来事に驚きながらも剣を振り抜いたことは流石だが、あまりにも手元が狂い過ぎたせいでそこにもう百柄はいない。虚しく空を斬ったダークエッジを握る腕をぶん殴り、根本の方からへし折ってやる。痛みに悲鳴を上げる間も与えずそのまま袈裟斬りにし、エッジは致命のダメージを負ったことで、負け惜しみの言葉とダークエッジだけを遺して消滅した。
持ち主を喪った魔剣を握り、百柄はその闇の力を自分のモノとする。シロッチから吸収した祟りと同様に取り込もうとしたのだ。
魔剣から流れてくる力は、祟神となった今でも強力と実感できるものであった。しかしそれは同時に『敵の魂を刈り取れ』『敵を刻み血を吸って完全なものへと至れ』という、剣の意志も伝えてくる。もちろんそんなことを聞く気はないので、力だけ貰った後で粉々に破壊してやったのだが。
「こんクソアマアァ……!テアマト、潰せ!」
「シロッチ……そろそろ、いいんじゃない?」
「……ッ!!マルドク、避けろォ!」
「カロロロロ……」
エッジがやられたのを見て焦りが出たか、マルドクは己の跨るテアマトに命じてその質量で百柄を押し潰さんとする。
しかし百柄は余裕を貫いており、彼女の一言によってマルドクとの立場は一変した。百柄の足元から三つの首に祟りの札を下げた、純白の鱗と真紅の瞳を持つ神の龍。シロッチの真の姿『祟竜ヤマタノオロチ』の権限である。
元から使える訳ではなかった。この姿になるには時間がかかるため、百柄はタギツヒメと会敵したすぐ後にはシロッチを退避させ、ヤマタノオロチの姿となるための力を溜めさせていたのだ。もっともそれはタギツヒメには間に合わず、こうして足止めの戦士如きに使うこととなってしまったのだが。
ヤマタノオロチの中央の首に乗り、テアマトに騎乗するマルドクと条件を対等にする。あくまで対等なのは一匹とペットに乗ったというだけで、肝心のペットにはあまりにも大きな格の違いがある。これからマルドクは、全身全霊を以てそれを理解させられてしまうのだ。
体長4mはあろうかというテアマトの体躯が、ヤマタノオロチの胴体にすら劣るという屈辱。怒りにワナワナと震えるマルドクの耳に、ヤマトの警告が入ってくるのを遅れさせてしまった。仲間の制止も聞き入れることなく、飛び出すという悪手を取ったのは、軽々と見下ろされるこの屈辱を晴らすためという意味も大きかったのかもしれない。
「ぐっばああぁぁぁぁぁ……!!」
「シロッチ、やりな……【叢雲の尾】。回れ」
三つの首が同時に【水鉄砲】を放ち、それが一つとなって更なる破壊力と規模を伴った一撃となりマルドクごのテアマトを押し潰した。テアマトが飛びあがろうとした矢先のことであり、流されて離れたマルドクは無事であったが、テアマトは水圧で潰されて完全なツブレ……いや、クサレトマトと化していた。
悶絶するマルドクに、そのまま【叢雲の尾】を慈悲として食らわせてやる。マルドクを倒すためではなくあくまでも、彼の心の内に巣食い彼を操っている何かを破壊するために。
回転するよう指示したことで、周りで待機して見守っていた綾小路の刀使達にも当たり彼女らを正気に立ち返らせる。S装備を破壊したことで彼女ら操っていたノロの効果も消えたのが、おそらく洗脳を解除する決め手となったのだろう。S装備を失った彼女らはすぐに正気に立ち返るが、自分たちのしたことを自覚する前に【叢雲の尾】によって現世に強制送還させられた。
心の中の闇を破壊されたことで、マルドクの額に青筋をいきり立たせた険しい顔も格段に柔らかくなっていく。百柄が知識として知っているメソタニアの素晴らしい王子は、己の意思と行動を縛り付けていた悪意から解放されたことで、とても穏やかな表情で元の世界へと戻っていった。
「さて、これで後はあなただけだね」
「てめェも、御先祖様と同じ……!ぶち殺す!」
敵は一気に数を減らし、残るはミコト・ヤマトのみとなる。彼の憎悪に応えるように被っている冠が禍々しい光を放ち、それがヤマトの力を引き上げると同時に戦いの合図となるのだった。