風隠の刀使、荒魂を斬る   作:笛とホラ吹き

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35:星崩しの竜

 姫和の【一の太刀】が貫く瞬間、タギツヒメは自身の中から黒い塊のようなものを取り出した。それは墨よりも黒い禍々しいオーラを放ちながら折神邸を包み込み、一帯を黒に染め上げる。

 

 タギツヒメの持つノロが変質し、その有り様を荒魂から違う存在へと変えていく。変わりゆく彼女に日本中のノロが反応し、惹かれるようにタギツヒメの元へと集まっていく。やがて完全なる変貌を遂げた彼女の身体は、世界を滅ぼす『竜』と呼ぶに相応しいものとなっていた。

 

 満点の星空が如き煌めきを放つボディに、左右の腕の先で舌舐めずりをする無数の鋭利な牙が生えた星と見紛う程の巨大な黒き竜。『崩星竜ブラックドラゴン』の顕現である。

 

「はは……ははははは!どうやら天運は我の味方をするそうだ!これで最早貴様らには、1%の可能性すらも潰えた!己が悪因悪果を呪うがいい!」

 

「ふざけるな……これが、何の賭けになる!?」

 

「ダメ、姫和ちゃん!ここは退いてみんなと合流を目指して!」

 

「何……我は今、危険な賭けを成し遂げたこともあり大変気分が良い。貴様らのこともそう早く取って食いはせぬ、我が話を聞いていけ」

 

 天運が味方をする……それはつまり、巨竜への変身はタギツヒメにとっては大きなリスクを伴った賭けであったということ。それがどういうことかなど興味もない姫和はタギツヒメに怒鳴りかかるが、可奈美の一声で冷静さを取り戻し距離を取ろうとする。

 

 普通なら追いかけるところだろうが。本人の言う通り機嫌の良いタギツヒメは、それを咎めて追撃を仕掛けるのではなく、言葉を紡ぐことで繋ぎ止める方を選んだ。どうやらいくら荒魂が人間とは違う存在とは言っても、自分がしてきた苦労を自慢したくなるところは同じらしい。そんなところに共感したという訳ではないが……せっかく本人が身の上話をしてくれるというのだから、せいぜい多くの情報を曝け出してもらおう。2人は合流を優先しようとする足を止めて、その話を聞くことにした。

 

「20年前だ。柊篝と藤原美奈都らによって重傷を負った我は、折神紫を依代とすることで現世に留まり来るべき復活に備えノロを集めていた。だがそれとはまた別に……隠世に隠していた本体もまた、復活のために何ができるかを探していたのだ。その時に現世とはまた別の世界を見つけた」

 

「堀川さんが命を助けられたという世界か」

 

「天狗とかがいるっていう世界……」

 

「知っていたか。だがあの世界に存在していたのは天狗だけではない、普通の人間もいたし人の形をした虫や爆弾を操る蛙、魔王と呼ばれる我と比べても強大な力を持つ存在もいた……我ら荒魂を形取るノロや、貴様ら刀使が操る御刀の神力ともまた違った力……それらをどうにか復活のために有効活用できないかと考え、そこの住人をいくらか操り手駒として加えながら研究を続けてきた。そして見つけたのがこれだ」

 

 タギツヒメが見せたそれは、巨竜が発するそれと同じ禍々しい気配を纏った黒い結晶。それにいったい何の意味が……と姫和は一瞬思ったが、そんなこと考えるまでもない。

 

 ただの、自慢だ。

 

「崩星竜ブラックドラゴン。あちらの世界ではその名の通り星を滅ぼすと謳われし最強の竜だ。かの竜がかつての戦いで落とした残滓を集め、その力を顕現させる媒体として作ったのがこの『ダークネイザー』という訳だ。もっとも崩星竜の力はあまりにも強大、我が呑み込まれるリスクもあった」

 

「そのリスクを踏み倒せたから、賭けに勝ったってこと」

 

「その通り。見よ、この偉大なる姿を!戯れは終わりだ、星を崩せし黒き神の力を以って、この世全てを打ち砕いてやろうではないか!」

 

「そんなこと、させるものか!」

 

「あなたの思い通りにはさせない!」

 

 力強く啖呵を切るが、姫和の脚は小刻みに震えている。迅移五段階【一の太刀】の反動が失敗したことで相当強く跳ね返ってきていた。

 

 姫和程ではないが、可奈美もまた多くの刀使を模倣したことで酷く消耗している。言葉とは裏腹に二人ともいっぱいいっぱいであった。写シを維持するだけでも辛い中で、竜の力を手に入れた強大な敵と相対する辛さは尋常なものではないだろう。それでも戦わねばならぬからこそ、己を奮い立たせ二人は勇ましく刀を握り立ち向かう。

 

 

 〜

 

 

「何だ……あの、怪物は……?」

 

「紫様のいる方角、からですわ……!」

 

「あれが折神紫に憑いてた奴の正体、ってことか」

 

「凄まじい邪悪な力を感じマス!」

 

「なんて大きい……黒い、竜?」

 

「紫様……どうなっちゃったの」

 

 親衛隊と戦っていた舞衣達にも、崩星竜顕現の瞬間は見えていた。互いの大将が戦っていた場に現れた明らかに『ヤバい』存在に、両陣営は思わず御刀を振るう手を止めてしまう。

 

「あれを見りゃあ、討つべき敵がどっちかなんて一目瞭然だろうよ。お前らまだ戦うつもりか?」

 

「僕は……僕達がやってきたこと、は……」

 

「何ですの、これ……黒い、雪ッ!?」

 

「荒魂!」

 

「何が起きているんだ、分からない、分からない!」

 

「折神紫から何も聞かされてねーのか!?これがお前らのやろうとしてたことじゃねーか!」

 

 崩星竜の顕現に驚いていられたのも束の間、黒い雪が降り出したかと思えばそれが荒魂となり、次々と湧き出しては襲いかかってくる。これが紫の──自分達がやろうとしていたことだと詰られ、否定しようとするが、真希にはどうしてもそのための言葉を口にすることができなかった。

 

「そうだ、折神家が管理していたノロは!?」

 

「真希さん!?お待ちくださいな!」

 

 真希は走る。しかし目的地に着いて彼女が見たのは愕然とする光景──これまで折神家に管理してもらうと集めた大量のノロが、保管場所から跡形もなく消え去っているものであった。

 

「バ、か、な……各地で少量ずつ管理するより、一纏めにした方がリスクは低いと……ッ!波長に合わせて電流を与え続ければ、ノロはスペクトラム化せず安定して管理ができるんじゃなかったのか……!?」

 

「残念デスが、その話は嘘デス。タギツヒメの支配下にあるノロはおとなしいフリをしていたに過ぎマセン」

 

「この国は20年間も、まんまと奴に騙されせっせとノロを集めてたって訳だ」

 

「……毎年毎年、荒魂の被害は無くならない」

 

 真希はずっと苦悩していた。

 

 駆除しても、駆除しても。毎年荒魂による被害は一向に少なくなる気配さえ無く、殉職する刀使も後を経たない血で血を洗うイタチごっこ。

 

 いったいどうすれば、このあまりにも無意味なサイクルを壊すことができるのだろうか。そう考えていた彼女にとって、折神紫との出逢いは正しく天啓とさえ言えるようなものであった。

 

 実際、折神紫による管理が始まってから荒魂による被害は激減し刀使の殉職も少なくなった。新たな力を手に入れたことで守れる範囲も広がり、より多くの命を護れるようになった。

 

 信頼していたのだ。だが……それは、こうして最悪の形で裏切られてしまった。

 

「ハッ、要はビビってたんだろ、荒魂に」

 

 膝から崩れ落ちる真希に、薫は厳しい口調で続ける。

 

 永く荒魂と共存してきた歴史を持つ一族に属する彼女からすれば、真希の話は単なる臆病者の言い訳でしかなかった。

 

 過度に怯え、排除に躍起になるがあまりにその行動はどんどん苛烈に、過激になっていく……血で血を洗うマラソンを続けているのはお前達の意思によるものでしかないと、そう告げる。

 

「お前らがそんなんだから、荒魂はいつまで経っても穢れなんて呼ばれて忌み嫌われるんだ」

 

「……はは、返す言葉も無いね」

 

「行きますわよ、真希さん」

 

「……寿々花?」

 

 呆けたままの真希に平手打ちを入れ、寿々花は彼女を断ち直させるべく叱咤する。

 

「荒魂から国民を守る、私達の職務ですわ。我々は紫様に利用されていた、その事実は消えません……それでも!いや、だからこそ!私達は職務から眼を背けてはなりません!」

 

「……そう、だな。ありがとう、眼が醒めたよ」

 

「ッ……!?」

 

 真希の両眼に光が戻る。自責と絶望に囚われるがあまり忘れていた本来の責務を思い出した彼女は、寿々花の手を取り礼を伝えるとそのまま一目散に混乱の平定に向かっていく。

 

 いきなりの接近に驚き固まっている内に置いていかれた寿々花だが、仕方の無い奴だとでも言いたげにその口元は小さく微笑んでいた。

 

「全く、もう……仕方無いですわね!」

 

「……わ、私達も行きましょうカ」

 

「だなー」

 

「ねねー」

 

 

 〜

 

 

「ヒィィ……!来るな、来ないでッ!」

 

 鎌府の外れの森で、高津は恥も外聞も投げ捨て恐怖で全身を濡らしながら逃げ惑っていた。

 

 大荒魂顕現によって現れた無数の小さな荒魂だけでなく、反旗を翻したこれまで実験のために利用してきたモルモット達、そして崩星竜の覚醒によって開いた時空の裂け目から現れたモンスター達。

 

 誰もが自分の命を狙ってくる。

 

 そこに鎌府女学院学長という地位も、折神紫の懐刀としての活躍も何も関係無い。ただただ獲物として命を狙われているという、ただ死を望まれているという現実に怯え震えることしかできなかった。

 

「誰かッ……誰かッ、いないの!?」

 

 その声に応える者は、居ない。

 

「沙耶香……!紫様ァ……!」

 

 誰も、彼女を助けない。

 

「いぎっ……!?」

 

 逃げる足にも限界がきたか、鈍った高津の走りに追いついたモンスターの爪が彼女の背を切り裂く。あまりの痛みに悲鳴すら上手く上がらず、涙だけが止めどなく溢れてくる。

 

 どうして、こうなったのだろう。

 

 最早これまで、とでも言うべき状況の中で高津の脳はこれまでの彼女の歩みを思い返していた。俗に走馬灯というやつである。

 

 認められたかった。

 

 愛されたかった。

 

 高津は昔から、人一倍そんな思いを強く持っていた承認欲求の強い人間であった。

 

 刀使としていくつもの功績を上げても、結婚して家庭を持つようになっても、伍箇伝の学長となり多くの後進を導く立場となっても、彼女の心に満足が訪れることは無く。高津はいつだって、自分を良く認めてくれるものに飢えていた。

 

 だからこそ、彼女にとって折神紫とは己の心を満たしてくれる良き上司であり、尊敬を超えて崇拝すらする神にも等しい存在であった。

 

 あの方のためなら。あの方に褒めてもらうためならどんなことだってできる。これまでもこれからもずっと、変わらずに……そう思っていたのは自分だけだったということを、思い知らされた。

 

 折神紫こそが全てだった高津、切り捨てられた今もう彼女には何も残っていない。

 

「やだ……」

 

「やだぁ……!」

 

 小悪党は、独り寂しく散るのみ──

 

「私を、一人にしないで……!」

 

「……はい」

 

 ──だが、その結末を否定する者が一人だけ。

 

「……夜見?」

 

 それは、半身がモンスターに変わり果て、意識を保つのもやっとと言った様相の皐月夜見であった。

 

 だが、あり得ない。夜見は【海王のオーブ】を使用したことでその中身たるモンスター『海王バローロ』に意識を乗っ取られ、バローロが再び息を潜めてからも眼を醒ましていないと聞いていた。実際に自分の眼でその様子も確認しているので、その報告には間違いは無い。

 

 なのに、どうして。

 

 どうしてお前は、ここに居るのだ。高津は目の前の光景が現実であるということを、どうしても受け入れられずにいた。

 

「お前、何故……ここに」

 

「あ……あ、ああぁ……!」

 

 その質問に、夜見は答えない。もっと正確に言うのならば、答えられる状態にない。

 

 それに、わざわざ答えを口にするまでもない。

 

 彼女がここに来た理由なんて、一つを除いてあるはずが無いのだから。

 

「──【バルバドスの水】」

 

 フラフラの身体にノロを注入し、【バルバドスの水】を被り、高津に食らいつかんとする荒魂とモンスターを一掃していく。

 

 刀で、水で、生み出した荒魂とモンスターで、高津の身に降り掛かる災いを祓っていく。

 

「どうして……」

 

 既に満身創痍。

 

 力を振るう度に身体は崩れ、血を吐き散らし、足取りは乳飲み子よりも不安定。今こうして動けていること自体が奇跡という有様ながら、夜見は高津を守るために身体に鞭を打つ。

 

 高津は知らない。

 

 夜見にノロを……モンスターの力を与えたのは彼女であるが、それは『失っても痛手にならない劣等生を使って実験をしよう』という程度の意味合いでしかなかった。

 

 対象に夜見を選んだのも、取り敢えず声を掛けてみたら誘いに乗ってきたからであって、別に彼女でなければならなかったということは無い。

 

 だからこそ、欠片も思っていなかったのだ。

 

「高津学長……お迎えに、上がりました」

 

 夜見が、その時のことを返し切れない程の大恩と思っているだなんて。

 

「何故……他の誰でもなく……私の元へ……」

 

 敵が殲滅され、静寂の訪れた森の中で二人は改めて対峙する。

 

 二人とも酷くボロボロで、せっかくの再会ながら語り合えるだけの余裕は無い。ただ静かに互いを見遣るだけの時間が過ぎていた。

 

「夜見……」

 

「夜見さん!」

 

「夜見、無事だったか!良かった……!」

 

 高津が声を発そうとするも、その前に真希と寿々花の声に遮られる。二人は一般人の救助に当たりながら、同時に居場所の分からなくなっていた二人を探していたのだ。

 

「間に合って良かったですわ、本当に」

 

「夜見は私が治療室へ送って行こう、寿々花は高津学長を鎌府まで頼む。学長、生徒があなたの指揮を待っています。どうかいつも通りの辣腕を振るってやって下さい」

 

「え、えぇ……」

 

「よし!行こうか、夜見」

 

「よ、夜見!」

 

 真希の背におぶられ、小さくなっていく夜見の姿を見失う前に。高津は先程言いかけた言葉を彼女に届けた。

 

「私を助けたくらいで図に乗るなよ!そのみっともない身体さっさと治して、任務に戻りなさい!」

 

「ふふ……だ、そうだよ?」

 

「ええ……そうします、とも」

 

 その言葉を聞いて、夜見は少しだけ笑った。

 

 彼女もまた、高津と同じ必要とされることに喜びを覚えるタイプの人間であるから。

 

 今でこそ満身創痍だが、バローロの影響を捻じ伏せ正気を取り戻した以上は、治療を終えれば強力な戦力として復帰が可能だろう。モンスターの強大な力も手伝って、治療にしっかりと専念すれば回復もそれなりに早まるはずだ。

 

「私達を探しに、わざわざこんな所まで……」

 

「本当に、お節介な方々ですね……」

 

「何か言ったかい?」

 

「……いいえ?」

 

 今は少しだけ、休息が必要だ。

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