風隠の刀使、荒魂を斬る   作:笛とホラ吹き

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4:皆伝、そして帰還

「【一閃】!」

 

「──────はっ!」

 

「続いて【練気】、【紫電】、締めに【石切】!」

 

「ふっ……はっ、やあっ!」

 

 ナナワライの声に従い、流れるように次々と技を繰り出していく百柄。風隠の森にやってきてからおよそ四ヶ月の時が経ち、最初はぎこちなかった技も様になるようになった。新たな剣技も教わりオロシからは剣を使わない技も伝授された。

 

 最早、最初の頃とは比べ物にならない。百柄は剣士としての才能をメキメキと開花させ、その成長速度はナナワライをして『天才』とお墨付きを与える程であった。

 

 ──人体の急所を連撃で狙い……【練気】で溜めた気を放出するように素早く斬る!

 

 新たに習得した技【紫電】は、抜刀状態では息が切れるまで急所を斬り続ける連続攻撃。【練気】で力を溜めてから移ることで、より長くより鋭い連撃を可能とすることができる。百柄の技ならば、その持続時間はだいたい70秒くらい。この間は相手に対して常に後手を強制することができる、すこぶる凶悪な技と言えた。

 

 連撃の締めは、【石切】で。【紫電】の動きから淀みない繋ぎで刀を天に掲げ、一瞬だけ力を抜いてから一気に振り下ろす。力任せではなく全身の関節を連動させ無駄なく腕に力を送り、斬る瞬間に固定することで100%の破壊力を対象に伝える。

 

「おぉ、遂にあの巨大な鋼塊を砕いたか!」

 

「そよ風から大嵐へ、成る時が来たようだな……」

 

 ずっと兄弟子として修行に付き合ってくれたヒエンとハヤテが、【石切】で巨大な鋼の塊を粉砕した百柄の成長を見て感慨深そうに呟いた。少し前までは瀕死の重傷で包帯ぐるぐる巻きだったのに、今はすっかり中身まで傷は癒え、自分達とほぼ同じ高みまで技術を成長させている。それがまるで、自分のことのように2人には嬉しいことであった。

 

「うむ、見事だ!剣技に関してはもう、お主に教えることは何もないな!次は妖術か、オロシの奴から受けた教えを存分に引き出してみろ!」

 

「……っ!はい!」

 

 妖術……七笑流剣術とはまた違う、風隠の森に伝わる独自の技術。ただの人間である百柄には普通なら使えないのだが、彼女は治療に使われたナナワライの妖術と陰陽の龍のウロコの力により、その身体に妖力を宿すようになっていた。

 

 更に誰も気付いていないが、荒魂災害の時に倒した荒魂から取り込んでしまったノロも、治療時に妖力に転換されている。妖術を扱う基礎はしっかりと整っており、オロシはそれに目を付けて己が扱う風の妖術を百柄に仕込んだのだった。

 

「まずは……【天狗の風】!」

 

「空を自由に飛び回るか。よく力を御せているな」

 

「攻撃だってできます……!【菫の風】!」

 

「これは兄上の技!百柄、盗み取ったな!」

 

 オロシの得意技、扇に妖力を流し込み様々な効果を持った風を起こす妖術を、百柄は己の身一つで再現することに成功していた。道具はないしオロシと比べて妖力も劣る分威力は低いが、【菫の扇】と同じ毒を孕んだ風はしっかり再現されている。的代わりに用意された案山子が溶けてなくなった。

 

 兄の技を再現した百柄を見て、ハヤテが驚いたように言う。盗み取ったと言われると何だか感じの悪い受け取り方をしてしまうが、当然そんな悪い意味で言った訳ではない。

 

 ──でも、風そのものならともかく荒魂に毒って効果あるのかな?生き物じゃないけど……

 

 効果の程に疑問はあるが、それでも培ってきたものを信じて放つのみ。【練気】の要領で腕に妖力を集中させ、妖術を出しやすい状態を作る。印を結び呪文を唱え、相手を倒すイメージと、心の奥底から湧き上がる怒りを乗せて、奥義を撃ち放つ。

 

「奥義……【荒御魂の大嵐】!」

 

「これは……何と、見事な!」

 

 天狗の起こす風と遜色ない強さの風を起こしてみせた百柄に、ナナワライは心から感服する。その術を放って何がしたいのか、そういうイメージを明確にすることで、妖術の完成度が上がり威力がより増したのだ。そこに強い意志の力も乗せれば、百柄の妖力でも出力は凄まじいものとなる。

 

 大魔王すら唸らせる風を起こした百柄は、そのためにかなり無茶をしたのか空中でバランスを崩し地面に勢いよく落下した。人の形をした大穴を地面に開け、そこからゾンビのように這い出る。かなりの高度からの落下だったが、身体が強くなっていることもあり打ち身にすらならなかった。

 

「最後の最後でやらかしたな」

 

「らしいというか何というか……」

 

「うぅ……やってしまった」

 

「まったく、詰めの甘い……百柄よ。お主に最後の試練を与えよう。今日まで学んできたことの全てを引き出し、儂に一太刀浴びせてみせよ!それができればもう、貴様には皆伝をくれてやるわ!」

 

「分かりました。それでは師匠……その試練全力で当たらせていただきます!」

 

 おっちょこちょいなところはあるが、それでも培ってきたものは十分。ナナワライはもうすぐ元の世界へ帰る弟子に最後の試練として、自らと戦い一撃を入れてみせよと命じた。

 

 その言葉を聞き、ナナワライが自身の得物である扇を取り出したのを見て、百柄もやる気を出し右腰に下げた刀に手を当てる。ただの迷子である自分のために、命を救い薬と食事を用意してくれた。強くなりたいというわがままを聞き入れ、そのための手段を叩き込んでくれた。百柄はナナワライに、この風隠の森に返しきれない恩がある。

 

 次に霧が出たら、その時はもう元の世界に帰るべき時。受けた恩の全てを返すことはできない。

 

 だからせめて、弟子として自分が指導の末に強くなったのだということを証明する。教えられたことは確かに、自分の中で身を結んでいるのだと証明することが、百柄にできる恩返しなのだから。

 

 ──ここで、師匠を越える!

 

【練気】で雑念を払い集中を深め、刀の柄に手を添えて無駄な力を抜いていく。七笑流剣術の基本にして最速の一撃、納刀状態からの【一閃】を先制で振り放った。

 

「ふはは、崩しもなく刀を振ったところで儂には当たらんぞ!」

 

「くっ……流石は師匠です!」

 

 百柄に出せる中で最も速い一撃であったが、ナナワライはそれを事もなげに回避する。空中へ勢いよく飛び上がり身体を翻すと、そのまま風の勢いに乗って強烈なキックをお見舞いした。

 

 音速で近付く下駄の先を紙一重で避け、ギリギリのところで攻撃を掠めた頬に横一文字の赤いラインを刻まれた。攻撃を避けられたナナワライは止まるまでに多くの木々を薙ぎ倒し、もしも直撃したらどうなっていたかを百柄に想像させる。【練気】と妖力による身体強化で肉体のスペックは上がっているとはいえ、タダでは済まなかっただろう。

 

 ──面食らったけど、今の内に背後から!

 

 ブレーキのかかり切らない行動を制限されている内に、ナナワライの背後から力を溜めて【石切】を振るう。普通に刀を振ったところで天狗の風に押し負けて流されるだけ、ならば全ての力を動員する一振りで風に負けない馬力を生み出す。

 

「石……切りぃ!」

 

「甘いわァ!【天狗のうちわ】!」

 

 跳び上がったせいで踏ん張りが効かず、天狗のうちわがおこす風に阻まれる。もう少しで刃が届くという距離まで迫ることができたが、残念ながらそれだけで終わってしまった。

 

「【練気】……!」

 

「させんわ!そう易々とできると思うな!」

 

「いや……やって、みせます!」

 

「何だとっ!?」

 

【石切】だけでは足りなかった。百柄がナナワライに攻撃を当てるには、どうしても【練気】による身体強化が必要になる。百柄はそれを悟り呼吸法を実践しようとするが、ナナワライの方ももちろんそれを阻止するべく動く。

 

 天狗うちわが起こす突風で百柄を吹き飛ばし、気を練る時間を作らせない。しかし百柄の方も成す術なく吹き飛ばされたさっきとは違い、今度は地面にしっかり足を付けている。姿勢を低くして風の流れに抵抗しやすい体勢を作り、大地を両足で踏み締めて踏ん張りを効かせる。足の力で地面が抉れ、底の黒土が露出する中……【練気】の呼吸が成立し切ると同時に、百柄の身体は宙を舞った。

 

「間に、合ったあ!」

 

 練り上げられた気が全身に巡り、力が漲ってくるのを感じる。今この状態で【石切】でも撃てば、それはもう豪快な破壊を実現できるだろう。だが何の策もなく大技を撃ったところで、うちわでいなされるか普通に避けられるだけ。大技を当てるためにはそのための下準備が要るのだ。

 

【練気】が続く内に、ナナワライに一太刀当てるための布石を打つ。剣術だけではナナワライに届かないなら、妖術だって使えばいい。オロシから伝授された妖術は、何も空を飛べる【天狗の風】や毒を撒き散らす【菫の風】だけではないのだ。

 

「木々を運べ、【山吹の風】!」

 

 妖力が生み出す念力で、本来の風が持つ以上の揚力を生み出し重たい物も軽々と持ち上げる。その名が示す通りの山吹色の風は、百柄とナナワライの戦いの余波でへし折れた森の木々を浮かべ、その鋒をナナワライに向けて飛んだ。いわゆるサイコキネシスというやつである。

 

「小癪な!この程度の妨害で……儂の自由を妨げられると思うなァ!」

 

「当然です……欲しかったのは、その一瞬!」

 

「百柄の奴、またやるつもりか!?」

 

「加減を間違えればまた堕ちるぞ!」

 

「同じ失敗はしません!……【荒御魂の大嵐】!」

 

「奥義でくるか!【タロウボウの大風】!」

 

 己の差を串刺しにしようとする木々を苦もなく撃ち払ったナナワライだが、その対処に使った一瞬の間に百柄は次の手札を切った。台風もかくやという規模と禍々しい怒りを備えた漆黒の嵐、百柄が扱える中で最強の妖術【荒御魂の大嵐】。

 

 ナナワライもその脅威を感じ取り、自身も印を結び呪文を唱えた。己もまた、最強の風で怒りの大嵐を迎撃する。EX技【タロウボウの大風】で。

 

 ぶつかり合う二つの嵐は、ナナワライがやや優勢の状態で拮抗する。百柄も踏ん張っているが、風を起こすのは天狗の本領。偶発的に妖力を得ただけの人間である彼女では何もかもが負けている。

 

「ははは、人間の身で大した風だが……このナナワライを越えるには至らぬわ!出直してこぉい!」

 

「………………っ!」

 

「ははは……は?百柄の奴、いったいどこへ消えたっ……!?」

 

「これで……私の、勝ちだぁ!」

 

 百柄の【荒御魂の大嵐】は【タロウボウの大風】によって破壊され、操るものを失った嵐はもう一つの嵐によってかき消される。勝利を確信したナナワライであったが、同時に違和感も訪れていた。

 

 百柄の姿が見えないのだ。

 

 掻き消された黒い風と一緒に、その術者であった愛弟子までいなくなるというのは流石におかしい。ならばどこかに姿を隠しているはずだが、いったいどこに隠れているというのか。その答えはすぐに向こうの方からやってきた。

 

「七笑流、奥義──【天津甕星】!」

 

「ぐっ、おおあぁ……っ!見事だ、百柄よ……!」

 

 妖術が押し負けるのと同時に、黒い風が掻き消されるのに紛れて百柄はより高くへ飛んでいた。ナナワライの視界からも意識からも外れるくらい、遠く高い場所へ。

 

 そしてそこで、最後の一撃の準備をしていた。

 

 事前にしておいた【練気】に加え、【石切】の構えで最も威力を出せる体勢を取り、筋肉、関節、そして第六感まで含めた全ての感覚を動員し、自分に出せる最も速く重い一撃を繰り出す。

 

 全てを懸けた一撃、奥義【天津甕星】。自分自身の出す力に加えて天空からの落下速度が生み出すエネルギーが加わり、本来のポテンシャル以上の威力を発揮した最後の一撃。ナナワライに避ける暇も迎撃する余裕も与えず、翻した刀の峰がその胸を撃ち抜き地面に突き落とした。

 

 ここに、師弟の最後の戦いが決着する。

 

「よくぞ成し遂げたな、百柄よ。文句なし、お主はこれで七笑流の皆伝だ!胸を張って誇れ!」

 

「……今まで、ご指導ありがとうございました!」

 

「……おめでとう」

 

「ここに新たな風が吹くか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜

 

 その日の夜は霧の出る夜であった。それは、つまり百柄が元の世界に帰れることを意味する。およそ四ヶ月近い風隠の森での生活に、遂に終わりの時がやってきたのだ。

 

「さびしーよー」

 

「かなしーよー」

 

「百柄ー、行かないでー!」

 

「怪我も治った、戦う力も得た。向こうでも達者でやれよ、百柄。これは俺からの餞別だ」

 

「我からも、これを。森に伝わる御守りだ」

 

「私からも贈り物を渡しておこう。龍のウロコから得た妖力はいずれ消えるが、この薬を飲めば妖力が君の中で安定化するぞ」

 

「……ありがとうございます。本当に、皆さんからはたくさんのものをいただきました」

 

 別れの前に、付き合いの深かった者達から別れの品が贈られる。ヒエンは自分が着ているのと同じタイプの着物と帯を、ハヤテからはカチューシャタイプの花飾りと、赤い耳飾りを。オロシからは得た妖力を無くさないようにするための薬を。

 

 貰った物を早速身に付け、全身を見せるようにその場でくるりと回る。何だか贈り物を通してみんなから見守られているような気がして、百柄は暖かい気持ちになった。

 

「最後に、儂からも渡しておこう。お主が七笑流を極めた印……陽剣【七笑】だ」

 

「師匠の名を冠する刀……ありがとうございます、大切に使わせていただきますね」

 

「ああ。お主は儂が育てた一端の剣士、荒魂などという怪異に遅れを取ることなどあるまい。くれぐれにも怒りに呑まれることなく、努めて冷静に生きていくのだぞ。息災でな」

 

「怒りは、あくまで原動力……ですね」

 

 分かっているならいいと、そんなことを言っているかのようにナナワライは笑った。そんな微笑みを見て満足そうに頷き、百柄は元の世界に帰るための一歩を踏み出す。送り出してくれる風隠の森のみんなに手を振りながら、霧でその姿が見えなくなるまで百柄は感謝と別れの言葉を叫び続けた。

 

「皆さーん!さようならー!本当に、本当にありがとうございましたー!長い間……本当にお世話になりましたー!」




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