「堀川さん、そろそろ移動の時間になるぞ。準備はちゃんとできているか?」
「あ、十条先輩。バッチリできてますよ。でないとこんな時間まで自主練はできませんよ」
「精が出るな、本当に。いつも暇さえあれば訓練をしているんじゃないか?」
「そうですね……私は経験値では他のみんなよりも数段劣りますから。暇を全て経験値に変えるくらいじゃないと、追いつけません」
剣術大会本戦の前日。選手はこの日に会場入りするため百柄を呼びに来た姫和は、学校の屋上で真剣に素振りをする彼女に呆れ半分、感心半分といった感じで肩をすくめて笑う。
どれだけ長くやっていたのだろうか、百柄は既に汗だくでタオルからも水滴が滴っている。刀を握って半年もないと話には聞いているが、それでもあの強さなのは、この真面目さがあるからなのだろうと感じる姫和なのであった。
──本戦もトーナメント形式。勝ち進めばどこかで会うだろうが、それが決勝なら……
姫和にはこの大会で必ず果たさなければならないある目的がある。それは決勝まで勝ち上がることが前提の、皮算用も甚だしいものであるのだが。もし百柄と決勝で戦うこととなったら、刀使としての全力の自分との再戦を望む彼女には、申し訳ないことになってしまう。
姫和の目的が果たされる時、大会は確実に台無しなものとなるし……何より彼女自身の命すら危ういものとなってしまうのだから。
「堀川さん」
「……?どうしました?」
「大会では同じ学校同士だからといって、最後まで対戦を避けられるということはない。途中であなたと当たることになったとしても、私は全力で戦うとここで誓おう」
「望むところですよ。私こそ、決勝以外だとしても全力で当たらせてもらいます」
意図が分からないタイミングでの決意表明だが、百柄はそれを真剣に受け止め返す。戦いの場がどこになろうとも全力で当たる、姫和の宣言に含まれる想いを汲んで、百柄もまたそう宣言した。
「さぁ2人とも、車に乗りなさい。平城学館の名に恥じぬ素晴らしい戦いを頼むわぁ」
「……はい」
「期待しててくださいな」
学校が用意した車に乗り込み、選手2人は会場へ送られる。1人は師匠より受け継いだ七笑流剣術の強さの証明と、多くの実力ある刀使としての先輩達への挑戦のために。1人はある『目的』のために今日まで研ぎ澄ましてきた太刀筋で、必ずや己が敵を斬り本懐を果たすため。
理由は違えど、剣術大会にかける覚悟と真剣さはどちらも同じ。車内の空気は息の詰まるような緊張感に満ち溢れていた。
〜
「着きましたね、鎌倉。私は荷物を置いたら荒魂退治に行きますけど、十条先輩はどうします?」
「私は……試合の前に見ておきたいものがある」
「それなら別行動になりますね。どうせ帰ってくる所は同じですし、夜まではお互い好きに行動するとしましょうか」
「そうだな」
会場のある鎌倉に到着し、まずは選手に手配されている宿を目指して2人は歩いていく。その道すがらこの後の予定について話していたのだが、お互いやりたいことが違うので、宿に帰るまでは別行動ということになった。
百柄は支給品されたスペクトラムファインダーを片手に、虱潰しに鎌倉の荒魂狩りに。スペクトラムファインダーとは荒魂を感知するレーダーのような機械のこと。百柄は妖術を習得した副産物として人や物の気配を感じ取る能力を得たが、荒魂は内包するノロが余程多くない限りは、百柄の感知能力には引っかからない。そのため微弱なノロもしっかり捉えるこの装置の存在は、百柄にとっては渡りに船と言えた。
屋外では屋内の荒魂を感知し辛かったり、またその逆もあるというのが玉に瑕だが。そんな時は自分の感知能力で見つければいいし、百柄はこの装置を支給された時からずっと重用していた。夜中学校を抜け出して荒魂を狩りに行く時に、何度となくこの装置のお世話になっている。
「それじゃあ先輩、また後で」
「ああ。あまり無茶な……」
宿に着いて荷物を置いたら、百柄はスペクトラムファインダーの反応に従い、それが示す場所に向けて走っていく。姫和があまり無茶なことはしないよう気を付けろと言おうとした途中には、もう百柄の姿は小さく見えなくなっていた。
「……私も行くとするか」
よく見たら百柄は写シを張っておらず、即ちこの高速移動は【迅移】なしでやっている。既に見えなくなった背中を呆れるような目で見届けると、姫和も自身の目的地に向けて歩き出した。
剣術大会の正式名称、『折神家御前試合』の主催である折神の一族が住まう屋敷。宿からはかなり歩くことになったが、この巨大な屋敷を見れば疲労も吹き飛んだ。なぜなら姫和の『目的』は、決勝戦が行われるここに至ることで果たされるのだから。ようやく見えてきた終着点、無意識に御刀を握る腕に力が入る。
──逸るな。勝たねば何も始まらないぞ。
既に目的に届いた気になっていて心を戒め、落ち着くために大きく深呼吸をする。心臓の鼓動が平常に戻ったのを確認し、姫和はもう一度真っ直ぐな目で屋敷を見上げる。
──折神紫……お前は必ず、私が……
「あっ……こ、こんにちは!その制服平城学館のだよね!あなたも明日の試合に出る人なの?」
「……そうだが」
必ず……そこまで考えたところで、姫和の思考は横からかけられた声に中断させられる。見るとそこにいたのは平城と同じ伍箇伝の一つ、美濃関学院の生徒2人であった。どうやら彼女らもまた、姫和と同じ目的でここに来たらしい。口振りから察するにどちらも明日の剣術大会に参加する選手──つまり敵のようである。
普段ならば、話しかけられたところで無視してその場から去るのがいつもの姫和なのだが。ここ最近同じ代表ということで百柄と稽古をしたり交流する機会が多かったからか、人当たりが本人の自覚がない程度だが柔らかくなっていた。
「えっと、いつ当たることになるかはまだ分からないけど……!もしも戦うことになった時は、どうか全力でぶつかってきてほしいな!」
「……そうさせてもらう」
「塩対応……」
「仕方ないよ、敵になるかもしれないもん」
取り敢えず失礼のないように一言は返し、屋敷は見れたので戻ろうとした姫和。
彼女の御刀【小烏丸】が美濃関の少女が持つ御刀に反応し一瞬光を放ったのはその時であった。何が起こったのか分からず柄を握り抜刀術の体勢を取る姫和だが、相手も同じように構えている。光を放ったのは少しだけだし、こんなところで御刀を抜いてもいいスキャンダルになるだけ。お互い今のことは気付かなかったことにして、またそれぞれの道を歩んでいく……
「あ、十条先輩こんな所にいたんですね」
「堀川さん……?何で空から降ってきたんだ」
「ま、ままま舞衣ちゃん!?人がっ、刀使が空から降ってきて親方が!」
「可奈美ちゃん落ち着いて!支離滅裂だよ!」
そんな別れをぶった斬るように、空を飛んでいた百柄が姫和を発見し凄まじい勢いで降りてきた。刀使の強化された身体能力なら、建物の上を跳んで回るくらいは実現できるが、この辺りにはそんな跳び回るのにお誂え向きな建物などどこにもない。明らかに飛行してきた百柄を見て、美濃関の刀使2人は明らかな狼狽を見せるのだった。
そんなことなど気にも止めず、百柄は動揺収まらぬ2人に気さくに話しかける。インパクトのある初対面からの割とフレンドリーな口調に、2人は困惑したまま何とか挨拶を返した。
「おや、その制服は確か美濃関の。あなた達が美濃関の代表ということなんですかね?」
「それはそうと、堀川さんはこことは真逆の方向に走って行ってなかったか?それかどうしてここまで辿り着いて……」
姫和が問う。
百柄が走っていった方向は、宿から折神家の屋敷に向かうのとは真反対のところ。それは百柄がぐるりと鎌倉を一周するように、荒魂を斬って回っていたということになるのだが……いくら何でも道のりを行く速度が速過ぎる。身体中にへばりついたノロからして激戦があったのだろうが、百柄のいつもと変わらない態度からはそんなことを読み取ることはできなかった。
「いやあ、小さいのからそこそこ大きいのまで結構いろんなのを斬ってきたんですけどね。この辺りでスペクトラムファインダーが、一際大きな反応を示したので様子を見にきたんですよ。でもすごい強い反応を見せてるのに、それらしい荒魂の気配はどこにも感じないんですよね……」
「ああ……それは」
「それは、折神家では荒魂を倒した後に出るノロを回収して保管する役割があるからじゃないかな?回収されたノロは『魂鎮めの儀』っていう儀式で荒魂にならないように浄化するんだって」
「へー!折神家ってそんなこともしてるんだね!」
「解説ありがとう、美濃関の人。えっと……」
「柳瀬舞衣です。こっちは「衛藤可奈美です!」明日の試合ではよろしくお願いしますね」
強いノロの反応はあるが、探してもどうしても見つからないことを疑問に思っていた百柄。彼女の疑問は美濃関の刀使によって解消され、同時にまだ聞いていなかった名前も明らかになる。時間が経って困惑も収まったようで、可奈美も舞衣も本来の明朗な性格に戻っていた。
ちなみに。スペクトラムファインダーが折神家に保管されているノロに反応したのは正解だが、実は荒魂を探して回っていた百柄も決して間違っていた訳ではない。彼女がそのことを知るのはもう少しだけ先の話なのだが……何にせよ折神家にはきな臭いものが眠っており、この場でそのことを知っているのは姫和だけである。
──ここで言うことなどできないがな。
それを明かすつもりは、当然姫和には毛頭ないのであるが。
「えっと……それじゃあまた明日!当たった時はよろしくね!」
「可奈美ちゃん……宿はみんな一緒だから、きっと夜にまた会うことになるよ?」
「それならまた後で、ということで」
「……堀川さん、戻るぞ」
予期せぬことはいろいろあったが、問題は何事もなく平城と美濃関の刀使達はその場を後にする。この後4人は宿の温泉で再会し、少しだけ交流を持つことになるのだが……大したイベントではないためそれは割愛させていただく。
「ふぅ……今日もいろいろあったな。明日は向かう敵全員ねじ伏せて……私が、頂点に立つ!」
皆が寝静まったその日の夜に、百柄は今日の荒魂との戦いを反省しながら素振りをしていた。
七笑流の技と刀使の技を合わせ切れず、どちらも中途半端になって【一閃】や【草薙】の一撃で倒せる雑魚に無駄に苦戦させられた。
写シを展開し忘れたまま【迅移】や【八幡力】を使おうとして、技をスカし浅くないダメージを無駄に負ってしまった。【叢穣坊の大風】による回復がなければ、また病院の世話になっていただろう。
明日戦うのは人間だし、殺傷能力が高過ぎる上に写シに対してどう影響を及ぼすか分からない妖術は自重する必要がある。今日の戦いとはまるで毛色の違う戦いが繰り広げられるだろう。それでも今日の反省は明日に活きると信じて、百柄は刀を握る集中力を更に高めていくのだった。
──待っていろ、明日!