Q.欲しいものは?星歌「結婚相手……」   作:ILL・NOtheef

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たまたま

 

 

「えっ」

「あっ……」

 

 

ぼっちちゃんこと後藤ひとりに、店長さんに欲しいものがないか聞いてきて欲しいと頼まれた伊地知虹夏は、姉である伊地知星歌からの予想外の答えに言葉を失う。

やってしまった……と星歌の顔に書いてある。

PAはお腹を抱えて笑い転げている。

 

 

「あーーーーえっと欲しいもの?だっけ?あーー特にないわ!悪いな!あは、アハハ!」

 

 

PAに突っ込みを入れる余裕もなく、星歌は取り繕う。全く取り繕えていないが。

 

「お姉ちゃん……」

「やめろ……!そんな目で私を見るな……!あと店長って呼べ!」

 

 

虹夏は生暖かい目で実の姉を見ていた。

その目に耐えきれず星歌は奥へと引っ込んでしまう。

だが、虹夏は決して憐れむような気持ちで姉を見ていたわけではない。

星歌は早くに亡くなった母親の代わりに、家を切り盛りし、虹夏を元気つけようと色々なことをしてくれた。

このライブハウスSTARRYだって、本当は自分のため……そんなとても優しい、自慢の姉なのだ。

だからこそ、姉が望むなら結婚して幸せになって欲しいと思う。

決して三十路女の焦りを目の当たりにした哀れみなどではないのだ、ただ……

 

 

「ぼっちちゃんになんて言おう……」

 

 

虹夏はそんな風に頭を悩ますのだった。

 

 

 

******************

 

 

「はあぁぁぁぁぁ…………」

 

 

星歌は自室で大きなため息をついていた。

実の妹に何が欲しいかと聞かれてついつい口に出てしまった答え。

普段ならあんなことは絶対に言わないだろう。だが、今朝たまたま届いてしまったのだ。

 

 

『私たち、この度婚約することになりました♡』

 

 

友人の結婚を知らせるハガキが。

30年も生きていると、「結婚ラッシュ」なるものが身の回りで起こるという。

そんなものは単なる偶然だ、そんな風に思っていたのだが、実際にここ一年で何人もの友人が結婚を決めていた。

よもや自分にそんなことが起きるとは。

いや、まだそれだけならよかった。

しかし、星歌はこのあいだ結婚を決めた別の友人に会った時、こんなことを言われていた。

 

 

「星歌ってすごいよね〜バンドでも有名だったし、今はライブハウスの店長でしょ?羨ましいな〜そうやって自分の好きな仕事して、自分の力で生きていけるって〜」

 

 

褒められているはずなのに、星歌は引きつった笑いしか浮かべることができなかった。

なぜならその言葉の裏には「まぁ私は女としての幸せ掴んだけどねw」というメッセージが滲み出ている気がしてならなかったからだ。

 

 

こんなことがあったから、星歌は今まで感じることのなかった"焦り"というものを感じ始めていたのだ。

そりゃあ今の仕事は好きだ。

鬱陶しい上下関係に悩まされることもないし、自分の眼でたくさんの良いバンドを出演させて、このライブハウスも良いものへと作り上げていくやりがいは大いにある。

 

 

ただ……それはそれとして、漠然とした寂しさのようなものはある。

自分はこのまま、40になっても50になっても1人のままなのだろうか?

虹夏だって、いつか彼氏ができて、結婚してしまうかもしれない。

そうなると、自分の隣には誰もいないまま、老いてゆくのだろうか……

そう思うと、ゾッとしてしまう。

だから、たまに、本当にたまーーーに、婚活サイトや婚活パーティーのことを検索してみることはあった。

しかし、出てくるのはろくな男がいないだの、いても選ばれるのは若い子だの、厳しい現状ばかり。こんなふうではまるでやる気は起きない。

それに……やっぱり結婚するなら大好きな人としたい。

見た目とは裏腹に乙女な心を持つ星歌は、王子さまがやって来るのを心のどこかで期待していたのである。

 

 

「おねーちゃーん……」

「バッ!?」

 

 

そこまで考えたところで、突然後ろから声がかかる。虹夏だ。

星歌は結婚について考えていたことを悟られないように、いつものようにクールに振る舞う。

 

 

「どうした?ぼっちちゃんには欲しいものないって言っといてくれ」

「いや違くて……さっき結婚相手欲しいって言ってたよね」

「言ってない」

「いや言ったよ……」

「言ってない」

 

 

足を組んで虹夏に向き直りそうシラを切るが、顔が赤くなっているあたり誤魔化せていない。

 

「お姉ちゃんさ、気になる人とかいないの?」

「っつ……!?い、いないそんなの」

「ほんとにー?なーんか隠してない?」

「い、いないっての!ほらさっさと行け!ぼっちちゃんのギター見にいくんだろ!」

 

 

いきなりそんなことを聞かれ、星歌は慌てて否定する。

虹夏はニヤニヤしながら問い詰めるが、メンバーとの用事もあり、深追いはせずにそのまま出ていった。ただし、

 

 

「でもお姉ちゃん、好きな人できたら、その時はちゃんと言ってね♪お姉ちゃんと恋バナなんてしたことないし」

 

 

というセリフを残して。

星歌は再びため息をつくのだった。

 

 

……そう、気になる人。

いない、と言えばウソになるのだ。実は。

だが、言えるわけがない。

恥ずかしいとかいうことではない、いやそれもあるが、それ以上に言えない。特に妹には。

 

 

なぜなら……………その気になる人、というのは虹夏の通う下北沢高校の、担任の教師なのだから。

 

 

 

 

******************

 

 

 

その人を初めて見たのはここSTARRYだった。

来るという話は虹夏から聞いていた。なんでも音楽が好きらしく、虹夏やリョウともよく話をするらしい。

最初はめんどくさいなーくらいに思っていた。虹夏の担任となると気も遣う。それに自分は大して学校も行ってなかったし……あまり教師という人種は好きではなかった。

だからそこそこに挨拶したらあとは虹夏に任せて引っ込んでおこうと思った。まぁそもそもライブを観に来るのであって自分に会いに来るわけではないのだが……

 

 

「ほら先生こっちだよー」

「へ〜すごいなぁ。ライブハウスなんて久しぶりに来るよ……」

 

 

そんなことを考えていたら虹夏と男性の声が聞こえてきた。

来たか。声を聞く限り若そうな感じだ。ていうか虹夏のやつタメ口かよ。

虹夏が世話になっている以上やっぱり最初くらいはきちんと挨拶しとくか。

 

 

「あ、先生あちらが私のお姉ちゃんでーす!」

「あ、ど、どうも初めまして〜!」

 

 

こんにちは。姉の星歌と申します。虹夏がいつもお世話になっています。

虹夏たちのほうに向き直り、そう定型文で挨拶するはずだったのだ。

だが、できなかった。

 

なぜなら、その男性教師の顔に、釘付けになってしまったからだ。

 

短く切り揃えられた髪。

タレ目気味の大きな目。

色白の肌。

いわゆるイケメン顔、という感じではない。

だが、とても穏やかで可愛らしい印象の顔だった。

なんともいえない、惹かれる魅力があった。

 

 

「あのー……」

「お姉ちゃーん?」

「はっ!?あ、ああ悪い。虹夏の姉の、星歌と申します。いつも虹夏が世話になってます……」

 

 

し、しまった、つい見惚れて……

み、見惚れてなんかない!

って、なに自分にツッコミ入れてるんだ……

慌てて挨拶をした。

向こうは少し不思議そうな顔をしていたが、大して気にした様子もなく挨拶を返してくれる。

 

 

「い、いえいえこちらこそ!下北沢高校で伊地知さんの担任をさせてもらってる近藤と申します!いや〜伊地知さんはほんとに明るくてみんなから慕われていて……」

 

 

けっこう緊張している感じだ。

生徒の家(?)に来るのはやはり緊張するのだろうか。

いや、もしかすると自分の見た目のせいかもしれない……こんな感じだから、初対面の相手には怖がられてしまうことが割とある。

あまり、怖がらないでほしいな……

つい柄にもなくそんなことを思ってしまった。

 

 

「あれ先生ってば緊張してる?」

「い、いや〜生徒のお宅だしね……それにお姉さんもすごく綺麗な方で……」

「ちょっと先生、生徒の保護者にその言い方はまずいんじゃないの〜?」

 

 

き、きれっ……!?綺麗って……!

顔が赤くなるのを感じる。幸い2人には気づかれていないようだが……

近藤先生は苦笑いしながら虹夏にからかわれている。この感じを見るに生徒からは慕われているみたいだ。いわゆるイジられキャラ、なのだろうか。

……笑うと、さらに可愛くなる。

 

 

 

 

あの後、近藤先生は出演バンドを最後の組まで観て帰って行った。帰る時にこちらに深々と頭を下げていた。

 

近藤先生、か…………

自分の今までの人生にはいなかったタイプの男性だ。

今まで何人かの男と付き合ったことはあるが、どれもバンドマンとか、その関係の人間だった。みんな自分に自信があって、ぶっきらぼうで……向こうから言われて付き合ったけど、あまり長くは続かなかった。

だから、そういうタイプとはまるで違う人だった。

虹夏に聞くと、いま27歳らしい。

歳下か……歳下も、悪くないな……って、やめろやめろ!なにもう惚れてるみたいになってんだ……やめておけ。

そう、やめておけ、ともう1人の自分が囁いている。

今日は虹夏に誘われて来ただけ。きっともう来ることもないだろう。

それに、教師と自分では、住んでいる世界が違いすぎる。どっちが良いとか悪いとかではない。

だから、さっさと忘れてしまおう。そう思った。

 

 

 

 

******************

 

 

 

 

これが、2人の出会いだった。

忘れてしまおうとか言いながら、星歌の頭の片隅にはあの教師の顔が今もちらついていたのだった。

だが、もう会う機会などないだろうと星歌は諦めていた。

虹夏にもう一度呼んできてくれなんて口が裂けても言えない。

あの日があったのはたまたまに過ぎなかったのだ。だから結婚だの気になる人だの、そんなのも気まぐれに過ぎない……星歌はそう自分に言い聞かせていた。

それよりも、今日もライブがある。今日は土曜日。ライブハウスは世間が休日の土日が本番だ。星夏は準備のため、昼食も素早く済ませるべくコンビニに買い出しに来ていた。

 

 

そう、たまたまに過ぎないのだ。たまたま妹の学校にいて、たまたま妹の担任で、たまたま音楽の話をして、たまたまSTARRYに誘われて……けれど、

 

 

「あれ?伊地知さんのお姉さん……ですよね?」

 

 

そのたまたまは、運命と言い換えられるかもしれないのだ。

 

 

 

 

 

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