Q.欲しいものは?星歌「結婚相手……」   作:ILL・NOtheef

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それでも

 

「あれ?伊地知さんのお姉さん……ですよね?」

 

コンビニで声をかけられ、星歌は心臓が飛び出しそうになった。

聞き覚えのある声、自分を呼ぶ声。それは最初から諦めていたはずの人の声だったから。

 

 

「あ〜やっぱり。すみません、急に声かけてしまって……僕、伊地知さんの担任の近藤です……覚えてらっしゃいます?」

「う、あ、え」

 

 

いつものクールな彼女とはまるで真逆のしどろもどろな声を出してしまう。

まるでぼっちちゃんだ、と星歌は焦りながら思った。

が、そんなことを考えている場合ではない。

 

 

「あ、どうも……先生」

「よ、よかった〜いや僕、よく影が薄いって言われるもんで……保護者さんどころか生徒にもあんまり覚えてもらえないんですよ〜って、こんなこと言われても困りますよね……あはは」

 

 

近藤はそんなことを喋っていたが星歌はまるで聞いていなかった。なぜなら激しく後悔していたから。

ひとつは緊張してつい無愛想な挨拶になってしまったこと、もうひとつは自分の格好だった。ライブの準備で忙しく、ろくに化粧もしていない顔。さらにコンビニに行くだけだからと下はサンダルだった。

どうしてこんな時に……と星歌は内心ため息を吐くのだった。

 

 

星歌は近藤のほうをチラリと見る。

この間STARRYに来た時はYシャツだったが、今日はポロシャツにジーンズとラフながらも小綺麗な服装だった。

そして手にはビニール袋に包まれた大きな四角い板のようなもの、明らかにレコードだった。何のレコードかはわからないがやはり音楽好きというのは本当のようだった。

何のレコードか知りたい……話が合うかもしれないから、と思いながらも星歌はテンパってなかなか聞き出せないでいる。

 

 

 

「あ……今日はお仕事ですか?」

「あ、ええ、まあ一応……」

「すみません、お仕事中に呼び止めてしまって。それじゃ、僕はこれで……」

 

 

ふと気づいてそう言うと、申し訳なさそうに近藤は退散していく。

 

え?

 

 

「おい待てぇ!?」

「え、え!?なんです?」

「勝手に帰ろうとすんなコラァ!!」

「ひぇっ!?す、すみません!!」

 

 

慌てて呼び止めた。かなり強引ではあるが。

だっていきなり帰ろうとするから。

近藤のほうはいきなり凄まれてかなり怯えてしまっている。何かやらかしただろうか、とその顔には書いてあった。

し、しまった……と星歌は思うが反省している暇はない。何とか繋ぎ止めなければ。

 

 

「あ、ちが、いや、そうじゃなくて、その……」

「ど、どうしました……?」

「……レコード」

「あ、ああ!そうなんですよ!僕はレコード見に来てて〜。見るだけ、と思ってたけどつい買っちゃいました」

 

 

そう言って近藤はレコードを見せてくれた。

それは今年初めにコアな音楽ファンの間で話題をさらっていったイギリスのバンドのものだった。もちろん星歌も知っている。

 

 

「好き……なんですね、そのバンド」

「ええ、僕はこのアルバムが出てから知ったクチなんですけどね。お姉さんはやっぱり前から知ってらしたんですか?」

「ええ……まあ」

「へ〜やっぱりライブハウスの店長さんって詳しいんですね〜すごいなぁ!」

 

 

褒められて内心ニヤケる星歌。

ライブハウスの店長たるもの、今のトレンドはこまめにチェックしておかなければならない。

しかしこんな形で役に立つとは思わなかった。

 

 

「あの……その、時間あればSTARRY、ライブハウスにまた来ませんか?今日もライブがあって……きっと好きな感じだと思うんです」

「えっ、いいんですか!?いや〜実はこの後どうしようかなって思ってたところなんです、嬉しいな〜」

 

 

よし、と星歌はバレないようにぐっと小さくガッツポーズをする。

音楽というとっかかりを得て、その勢いで誘ってみてよかった。向こうも素直に喜んでくれているようだ。

 

 

(これは……い、いけるんじゃないか?前に会った時にき、綺麗って言ってくれたし、印象は悪くない、よな?それにこうやってまた会えるなんて……もしかして、もしかするのか?)

 

 

コンビニを出て、2人で並んで歩きながら星歌はそんなことを思っていた。

偶然にも、再び会えた。趣味も合う。これはもう、縁とか運命とかそういう類のものではないのか。

側から見れば少し飛躍しすぎな思考かもしれないが、星歌は見た目に反してお姫様的な運命とかそういう物語に弱い一面、要は子どもっぽいところがある。

最近の気になるバンドなんかを話し合う。好きなものを笑顔で語る近藤の横顔に、星歌は昂ぶる心を抑えるのが楽しくて仕方なかった。

 

 

 

******************

 

 

 

「あ〜せんぱ〜い、やっほ〜」

 

 

今日ほどこいつを憎いと思ったことはない。

星歌は近藤が隣にいなければすさまじい勢いでため息を吐いただろう。

STARRYに入った途端、目に飛び込んできたのは泥酔した廣井きくりの姿だった。

 

 

「あ、あの方は……?」

「なんでもないです、どうやら近所の酔っ払いが間違って入りこんでしまったみたいです。とりあえず出ていってもらいますね」

「あ、はい……」

 

 

近藤は初めて見る怠惰極まりないその姿に困惑している。

星歌はとにかく一刻も早くこの阿呆を排除すべくきくりへと近づいてゆき、近藤に聞こえないように声を潜めて話し始める。

 

 

「おいお前殺すぞ」

「え〜会っていきなりそれはひどくないれすか〜?シャワー借りにきただけなのに〜」

「わかったから浴びたいなら浴びて帰れ。何で酒飲んでんだよ。帰れ」

「だって誰も相手にしてくれないし……先輩の帰りを待ってたんですよぉ?」

「いいから消えろ。いいか?今日はな、私の運命が……」

「てゆーかあの人先輩の彼氏?」

 

 

そう言ってきくりは視線を星歌の後ろに移す。

近藤は「?」マークを浮かべて固まっていた。

 

 

「ばっ……!!!?おま、ちが……!!」

「えーだって仲良さそうに入ってきたし〜」

「声がデカい!!おまっ、あの人はなぁ!虹夏の学校の先生だよ!!」

 

 

2人の会話にはすでに店内全ての視線が集まっている。もちろん結束バンドの面々も。

 

 

「あれ?先生だ、おーい」

「え、あの2人付き合ってたの?」

「あ、伊地知さんと山田さん……」

 

 

すでに虹夏とリョウの2人は近藤に声をかけている。

PAのほうを見ると口を抑えて震えている。笑っているのは明らかだった。

 

 

「おい!本当にマジで帰れ!」

「わ、わ、ちょっと先輩引っ張んないで〜」

 

 

星歌は慌ててきくりの腕を掴み立たせようとするが、酔っ払いの千鳥足では急に立ち上がることはできず、へたり込んでしまう。

 

 

「ちょっと〜暴力はんたーい」

「人聞きの悪いこと言うな!だいたいお前が……」

「立てないんですか?」

 

 

星歌は自分の口を抑える。

近藤がいつのまにか自分のすぐ隣に来ていたからだ。こんな醜い場面を彼に聞かれたくはない。

 

 

「あはは、いつものことだから気にしないでくらさ〜い」

「お前が言うな……」

「それでも床に座ってるのはよくないですよ。ほら」

 

 

そう言うと近藤はきくりを軽々と抱きかかえた。

いわゆるお姫様抱っこである。

一瞬、その場にいる人間全員の思考が止まる。

 

 

「なぁっ!!??」

「わわっ、初めて見た……」

「おお、近藤……やるな」

 

 

星歌は固まり、

虹夏は顔を赤くし、

リョウは感心していた。

 

 

「そこのソファに一旦座って落ち着いたほうがいいですよ。ね?」

「………………」

 

 

近藤本人は特に何か意識しているわけではなく、単に酔っ払いの介抱のための行動だった。

抱っこをしながらソファに運ぶことをきくりに伝える。が、彼女は聞いてるのか聞いていないのか、一升瓶を抱えたまま目を丸くして近藤の顔を見つめている。

 

 

「ど、どうしました?」

「んーん、なんでもないでーす笑笑」

 

 

しかしすぐにいつもの調子でカラカラと笑い始めた。

ソファに運ばれ近藤がいったん離れると、すぐに星歌がきくりのもとに飛んでくる。

 

 

「おい、廣井……!!!」

「先輩どうしよ〜生まれて初めてお姫様抱っこされちゃった♡」

「お前さぁ……あの人虹夏の学校の先生って言っただろ!お前が絡んだら虹夏の印象が悪くなるんだよ!」

「もー今日の先輩当たり強くないれすか〜?彼氏に抱っこさせたのは謝りますから〜」

「彼氏じゃないっつってんだろ!」

 

 

結局その後も酔っ払いとの漫才は続き、近藤ともろくに話せないままライブの時間が差し迫るのだった。

 

 

 

******************

 

 

 

きくりは外に放り出した。

ライブはなかなかの盛況だった。が、星歌は柄にもなく焦ってしまい、いつもはしないミスを連発してしまった。それは演者や観客に影響のないささいなものだった。

しかし今日の星歌はそんなささいなミスをするたびに惨めな気持ちになっていくのだった。最後のほうはちょっと泣いていた。心の中で。PAに差し出されたハンカチは拒否しておいた。

全てのバンドが終わってから、近藤が星歌とPAのもとに挨拶に来る。

 

 

「いや〜今日はありがとうございました。最近は忙しくてライブも観る機会がなかったんで……とても楽しかったです!」

「それは……よかったです」

 

 

そう、ともかく重要なのは演者が気持ちよく演奏できて、お客が楽しむこと。それが出来たのだからよかったのだ。自分のミスなどよっぽどでなければ気にすることなどない。そもそも客は裏方など見ていないし、裏方が目立つなどあってはならないのだから……

 

 

「でも……」

「?」

「伊地知さんと、お姉さんの働いている姿も見れてよかったです。伊地知さんは元気に頑張ってたし……お姉さんも、こんなに色々なバンドの出るライブを取り仕切っていて、とてもかっこいいなって思いました!」

 

 

けど、それでも見てくれている人は見てくれているのである。

近藤は、それを言葉にして伝えてくれる人間だった。

星歌は、とても救われた思いがした。

PAはふふっと微笑み、前に歩み出る。

 

 

「よろしければ店長と連絡先を交換してみては〜?」

「え?」

「はっ!?」

「ここを気に入っていただけたのでしたら、ライブの情報なんかを店長のほうからお教えしますよ?」

「えーそんな、いいんですか!?」

 

 

いきなりの提案に星歌は狼狽えるが、近藤は乗り気だった。

その後すぐに連絡先を交換した。ロインのアイコンには笑顔の彼が写っていた。

 

 

「すみません、こんな特別扱いみたいなことまで……嬉しいです!

「いえ……よろしく、お願いします」

「はい!今日はありがとうございました!ではまた!」

 

 

そう言って彼はSTARRYを出て行った。

また。

また、って言った。

彼の連絡先。

繋がりができた。

星歌の体中に、嬉しさがこみあげてくるのだった。

 

 

「頑張ってくださいね……♪」

 

 

PAにそう言われてハッとし、顔が赤くなる。

もう完全にそういう事なんだと思われてしまっている。

 

……この後の打ち上げ、奢ってやるか。

星歌はそう思うのだった。

 

 

 

 

 

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