しかし筆が進まない。
書く予定になかった場所を書くのはきついなぁ。
「私に続いてお前まで停戦を拒否したことだ」
黒雪の言葉に俺は必死に目を泳がせた。まず黒雪が怖い。二年前がどうとかより怖い。まさに蛇に呑み込まれたカエル、猫に食われたネズミだ。やられちゃってるし。
「いや、停戦協定を拒否したことはいい。そんなの個人の自由だし私だって反発したわけだしな。異常だったのはそのあとだ」
「…もういいだろ。こんな事で時間を潰すのは不毛過ぎだ」
半ば逃げるように目を逸らす。何が悲しくて怪我人と口論なんてせにゃならん。しかも過去には様々なトラウマがあるのにそこを踏み抜かれたらたまらない。
「………そうだな。ここではそんな話はするべきではないな」
「分かってくれたか。なら俺はこれで…」
「あっちの話をするならあっちに行くべきだったな」
……ん?は?ちょっとま……
「バーストリンク!」
そのコマンドと合わせて周りの世界が変わっていく。
フルダイブ用の紳士服のアバターの色がどんどん消えていき、最終的には無色透明になった。そして目の前にはシルバー・クロウとブラック・ロータスが向き合っている光景が目にはいる。
ドロー申請をしたらしきクロウとロータス二人はすぐさま横に並んだ。その姿はまさに仲間とか友達みたいに軽い雰囲気を醸し出している。実際そうなんだろう。
きっとここが小学校なら俺が加わった瞬間
「ヒキガヤ菌だー!」
「タッチー!」
「今バリアしてましたー」
「ヒキガヤ菌にバリアは効きませーん」
とか始まったんだろうなー。あー懐かしい。懐かし過ぎて殺意が出そうだわ。てかロータス達いつまで黙ってるんだ?ずっとキョロキョロしてるだけ……あ。
「ウルフ!どこだ!?出て来い!」
「う、ウルフ先輩!何処ですか!?」
まだ俺の姿見えてないじゃん。普段のクラスメイトの対応と全く変わらなかったから気づかなかった。姿があってもなくても変わらない希薄な存在感であったとさ。ちゃんちゃん。
というかこれならもう帰ってもよくね?ここにいるメリットないし、むしろデメリットの方が遥かに大きい。ここはとっとと退散を……
「出てこないなら今度学校で校内放送で食堂に呼び出すぞ!」
「よう、呼んだか?」
「ひっ!」
「…っ!そこにいたか」
メリット?シャンプーかなにかですか?俺めっちゃシャンプー好きですよ。水かけると猫になるし可愛いし。
その反面二人の反応は酷いもんだ。クロウはビクッと肩を震わせ小さい悲鳴を上げたしロータスも多少なりとも驚いたようで声がうわずっている。呼んだロータスまでこの反応ってどういう事?
……しかしこの反応に慣れてきた自分が恐ろしい。加速世界でも現実世界でもこんな反応だから仕方ないか。
「ようやくゆっくり話せるな」
尖った両腕を器用に組み、話を戻すぞと前置きしてから黒雪は話し始めた。ついでに顔の向きが俺から30°くらいズレてる。しかし全く気づいていないようで真剣な声色を出し始めた。
「あの停戦は私達のような王達ではないバーストリンカーにとっては二つの側面があった。一つは他レギオンを好き勝手に倒す事が出来なくなる事によるレベル上昇への不安。
そしてもう一つは全損への危機が圧倒的に少なくなった安心感だ」
「レギオンは自分の居住地、もしくは行動範囲にあるところに入る事が多い。んで自分のレギオンの領地では対戦を拒否できる、だろ」
俺は領地が遠過ぎて無縁な話ですけど。
「そうだ。純粋な対戦をしたければどのレギオンも保有していない地域に行けばいいし、ただレベルアップしたいだけだったり全損の危機に陥ったならあまり好きではないが自分の領地で絶対倒せるレベルの相手を淡々と狩ればいい」
「もしくはオトモダチを誘って上でエネミー狩りをしてチマチマポイントを稼ぐとかな」
これもオトモダチ居ないし俺には無理な方法だな。ちょっと運営しっかりしてくれよ。レギオンの恩恵全く受けれてない人がここに居ますよー。
「う、上?エネミー?なんですかそれ?」
唯一全く話についていけてないクロウが困惑の声を上げる。こいつインストールしてからまだ一週間も経ってないんだよな。そこらへんも配慮して説明口調で話してたんだけど気づいてるのか?
「ああ、すまないクロウ。今度説明するから今は話半分で聞いていてくれ。一定レベル以上が行ける上位ステージだと考えてくれれば問題ない」
「は、はあ」
「まあとにかく、停戦によってそういう懸念事項も減ってったんだよ。停戦するという事は敵に警戒しすぎる必要がなくなる。それによってレギオン内部に目がいくようになった。
……と、思われてたんだ」
言葉に一区切り付けると、ロータスは威圧感溢れるオーラ(不可視)を放ち始めた。それに気圧され後退りをしてしまうと、ジャリっと音を立ててしまい今度こそ真っ直ぐにマスク越しに睨みつけられた。
「協定が結ばれてから直ぐ、加速世界で様々な噂が流れ始めた。曰く、『いきなり衝撃とダメージを喰らった』『レベル9が挑んできたと思ったらよく分からないうちに負けた』『催眠術とか超スピードとかそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ』などだ」
「………」
…突っ込んだら負け突っ込んだら負け突っ込んだら負け。すげーツッコミを入れたいがここはスルーだ。見ろ、クロウはなんかスゲーみたいにボーッとしてるしロータスも本気っぽいじゃないか。
だから、だから突っ込ませんな黒雪ィィィィ!!
「もちろん噂が広がれば広がる程正体は掴めてくる。しかもそいつはレベル9だし乱入する相手のレベルは常に6〜8、それも全勝。全レギオンの高レベルプレイヤーは気が気じゃなかったそうだ」
「え、でも自分の領地なら対戦を拒否できるんじゃ…」
「その通りだ。だがなハルユキ君。それは『逃げ』なんだよ。高レベルプレイヤーというのはこのブレインバーストというゲームを勝ち抜いてきた猛者達だ。当然プライドがある。相手がレベル9、つまり自分達の王と同格であろうと逃げるわけにはいかなかったんだ。それどころか嬉々として立ち向かったそうだよ」
まあ気持ちは分かる。ゲームってのは自分よりちょっと格上の相手をする方が楽しく感じるものだ。一撃で死ぬスライムよりは倒せるか倒せないかくらいのボスキャラ相手にした方が楽しいのと同じだ。
どっかの世界作り変えた魔神さんだって弱過ぎる相手にはストレス感じるらしいし。
「高レベルプレイヤーが浮足立てばその波を受けるのは低レベルプレイヤー達だ。そいつに注目し過ぎた結果、ノウハウを理解しきれなかったプレイヤー達の全損が相次いだそうだよ。漠然とした他レギオンという敵ではなく、明確な敵が現れた事による弊害でな。
その上当時は丁度停戦協定と共に赤のレギオンは後続争いが勃発していたから皆がピリピリしていた時だ。外に目を向け中に目を向け、気づけば私の噂なんて片耳にも残らない程度になっていたよ」
人間というのは不思議なもので何かを信じる時は大概が目で見た時だ。百聞は一見に如かずという言葉の通り、自分が見たものは殆ど信じる、ライト兄弟とかは別として。実際にロータスがライダーの首を落とした所は王達しか見ていないわけだから噂しか聞いていない奴らは『な、なんだってー』と一応のリアクションをとってその話は終わってしまうのだ。そんな噂に構うくらいなら目の前の噂、しかも目で見れ参加できる噂に食いつくのは当然の帰結だった。
それによって王達とその側近以外のメンバーには大きな隔たりが生まれる。それに加えて分かりやすい敵が現れたので遂には『黒の王』という存在を見ていない人間の方が多くなったんだ。
「その上どうタイミングを見計らったのか、何時の間にかその敵すらも消えていたのだから不思議だよ。始めは騒がれていたのに直ぐ様忘れられてしまった。存在そのものに心意……あのシステムが使われているのかと疑ってしまう程の消え方だった」
「………」
「それでも一部の高レベルプレイヤー達の間ではまことしやかに噂されていたそうだ。
協定どころかレギオンにすら人を寄せ付けず、色を纏わなくともその名に恥じない凄まじい狩りを見せつけ、対戦中の咆哮は正に『王』であったとな」.
「………」
「そいつは
『無色の孤王』
空気が止まった気がした。ロータスの演説のような話し方と相なってか、余計な言葉が出ないでいた。もうクロウも分かっているだろう。元々の話から脱線しているようで脱線していない二年前の話。
……そう、先程から話に上がっている二年前のブレインバーストをしっちゃかめっちゃかにした犯人とは…
「クリア・ウルフ。八幡、お前の事だ」
いい機会だし筆が進まないしヒッキーの加速世界での立場を軽く書き出してみた。
では良いお年を。、