しかし無理矢理感がどうしても抜けない!
「大ハズレだ」
俺の言葉の後に小さな沈黙が訪れる。黒雪の仮定の話を、可能性の話を否定した。
しかし堂々とした話を否定されたにも関わらず、黒雪は安堵の溜息を吐いた。
「…そうか、ならよかった。いやな、またウルフが自分を犠牲に何かをするんじゃないかと心配していたんだ。考え過ぎなら、それでいい」
そう言って身体の力を抜く黒雪を俺は無意識のうちに冷たい目で見てしまう。
ああやっぱりだ。こいつは勘違いをしている。
元ネガ・ネビュラスのメンバーはこいつを慕って集まっていたし、現実でも生徒会副会長という立場から人が集まっている。そんなこいつにとって誰かが自分のために何かしてくれるのは普通のことだったのだろう。
でなけりゃあそこまで自分を助けるために、俺が何かをするなんて仮定は考えられない。
だけど、それは違う。『みんな』がそうであっても『俺』はそんな殊勝な事考えちゃいない。
二年前はコスモス達への反抗心から、今回の件もただ見捨てては自分の気分が悪くなるからってだけ。全ては自分のためだ。
そして今の言葉で納得した。二年間もわざわざ教室でぼっちな俺に話しかけてきたのも、昼食の誘いをしたのも、黒雪が勝手に感じている罪悪感だ。自分のために傷ついたと誤解して、勝手に負い目を感じているだけだ。
「ロータス」
理由なき善意を、俺は信じられない。けれどようやく、その理由がはっきりした。そして、理由がそんなことなら、もうそんな重荷は下ろしてやるべきだ。
「俺は別に、お前だから助けたわけじゃない」
全てが終わったように安心していた黒雪に唐突に言い放つ。驚愕からか疑問からかロータスもクロウも動きを止めた。
「今回のは俺の気分を悪くしないためだし、二年前のも俺の自己満足のついででお前の噂が消えたってだけだ。それについてお前がどうこう考える必要なんてない」
「う、ウルフ?いったいなにを…」
狼狽えるような黒雪を見て思う。こいつは優しい。思い込みが激しくて、どこか子供っぽいくせに、どんな相手にも正面からぶつかっていく優しさと強さがある。そんなやつにとって俺はただ優しくする一人でしかない。いちいち気にさせるくらいなら、その必要性をなくしてやるべきだ。
「今更だけど、悪かったな。変な気を遣わせたみたいで。ぼっちな俺にわざわざ話しかけたりとか、怠かっただろ?まぁ、でもこれからはもう気にしなくていい。そうやって俺の心配をする必要もまったくなしだ。だから…」
黒雪にも子が出来た。なら、時期的にもちょうどいい頃合いだ。黒雪は余計な事を頭の中から消せるし、俺は本来のぼっち生活に戻れる。まさにwin-win。余分な物は少ない方がいいに決まっている。
「……気にして優しくしてんなら、そんなのはやめろ」
だから俺は拒絶する。気を遣われて保たれる人間関係なんて、俺はごめんだ。
ゲームと違って現実は過去が付きまとい、現在に影響を及ぼす。たった三十分のぶつかり合いだけじゃない。現実とは誰かが発する一言一言ですら何を引き起こすか分かったもんじゃない、そのくせ誰もが抱えている天然の地雷原なのだ。みんな同じ現象を見ていても、受け取る側が勝手に地雷を撒き散らしてしまう。
普段から地雷を踏み抜かれてる俺とてわざわざ爆発させて欲しくなんてない。だから爆発する前に取り除くんだ。そこに存在しなければ、爆発する事もなくなる。綺麗で素敵に解決だ。
「…ち、違う。私は…!」
ガシャン!
黒雪が何かを言う前に、いつの間にか一桁まで進んでいたタイムカウントが0を刻んだ。なんと測ったようなタイミング。何かを言われる前に終わって助かった。
現実で言われる事なら無視すればいい。逃げ道なんてすぐ後ろにあるからな。これが本当の戦略的撤退!でも逃げ道って言った時点で逃げる気満々ですがね!
そうこうしている間に透明な身体に色が付き、気づけば三十分前に見た病室に戻っていた。
目の前には不安そうに黒雪と俺に忙しなく視線を移動させている有田と、呆然という言葉が似合いそうな顔をしてベッドにいる黒雪。
一秒待っても何も言われないという事は特に言う事もないのだろうと判断し、俺は踵を返し病室を出る。後ろから聞こえる黒雪の声も今となっては足を止める理由にもならなかった。
それに現実時間では病室に入ってから十分も経ってないだろうから帰っても寝る時間はある。ならこれ以上時間を浪費する訳にもいかない。忘れかけてたけど、レイカーとの約束もあるしな。
☆☆☆
「もう今日は本当になんなんだよ……」
憂鬱な朝、憂鬱な学校、憂鬱な病院を乗り越え勇者八幡は自宅への旅路を歩いていた。しかし今日という日はどこまでも俺の邪魔をしたいらしい。
目の前に立ちはだかるはコートを羽織った男。指ぬきグローブをはめ、腕組みをしながら道の真ん中に仁王立ちをして通行人に迷惑そうに避けられている。
それに気づいた瞬間、俺は進行方向を180度回転させた。
はちまんはにげだした!
しかし!まわりこまれてしまった!
「フハハハ!八幡よ、なぜ逃げる!ふむぅ、知らなかったのか?大魔王からは逃げられない!」
「……何のようだよ、材木座」
予想以上の脚力を発揮した大魔王(笑)の材木座。余裕ぶってはいるが額が汗だらけだ。拭けよ。
「けぷこんけぷこん。何の用とは心外なり。この剣豪将軍・材木座義輝を古の世から召喚したのは他ならぬ八幡であろう?」
「………あー」
……完全に忘れてた。昨日の夜に黒雪がヤバいから何とかする方法を考えて、めっちゃ簡単な方法見つけたってんでメールしたんだったな。
まあ本気で眠かったから『・明日・放課後・交差点』しか送ってないのによく待ってたなこいつ。
「あー、とあれだ。……お疲れ、もう帰っていいぞ」
「ヘポン!?……ご、ごらむごらむ。さ、さすがは我が相棒。我を欺くなど、かの調和の女神コスモスですらなしえなかった事をやすやすと成し遂げるとは!」
剣豪将軍は神と対立してんのか?てか調和の女神なら騙くらかしたりしないだろ。騙し合いしたけりゃ混沌の方とやれよ。
「まあ悪かったよ。何日かかかると思ってたら朝だけで解決しちまったんだ」
「ふむ、おぬしのセリフから察するにぃぃぃ!その問題、我らの
「大体あってる」
気づいたと思うがこいつは俺の数少ないリアルを知ってるバーストリンカーだ。何年か前に不幸にも、不運にも知り合ってしまった。全てはこいつのキャラが悪いんだが、今は置いておこう。
材木座はレベル6のバーストリンカーだ。こいつと直結する勇気ある親を見てみたい気がするが、それも今は置いておこう。
結局黒雪に話さずに帰ってきてしまったから、ここで作戦を説明することにする。俺の作戦、それはぁぁぁぁ!!
1.シアン・パイルに黒雪が負ける→黒雪-15ポイント
2.レイカーに黒雪の病院を教えて、レイカーにわざと負けてもらう。黒雪-6ポイント
3.材木座に病院行かせて以下同文。黒雪+1ポイント
4.報酬として俺が材木座とレイカーに多めにポイントをやる。
5.黒雪の目が覚めたら改めてシアン・パイルと脅し合ってもらい、レイカー達にやった分のポイントを黒雪に返してもらう(ここ重要)
これだけ。対戦に一日一回の制限がある以上、シアン・パイルが他の奴にバラさない限り黒雪が全損する事はない。そして全てのプレイヤーにメリットがある。後はレイカーに話した人海戦術での嫌がらせ。レイカーに負ければ-6ポイント。材木座にも援助を頼めば-8ポイント。勝つかは知らんが。つまり-14で黒雪に勝っても一日+1なので余裕はなくなり毎日病院に通う事だろう。まあ黒雪の後にグローバルネット切られたらその限りではないが、その時はその時だ。
この作戦の最も大きい利点は、俺が殆どなにもしなくていい所。最善の選択肢を他人がやってくれるなら万々歳だ。
黒雪は早急な解決をすると予想していたらしいが、俺は長期的な解決を考えた。材木座の存在を黒雪が知らない以上、黒雪が辿り着けるはずがない答えを導き出したわけだ。
……本来なら黒雪の病院さえ教えればレイカーとリアルで会う必要なくね?とも思ったが時すでに時間切れ。後の祭りはお片づけなので、正直本気で今材木座がいらない子になってる。
「つってもさっきも言ったがもう解決したんだ。今度なんか埋め合わせするわ」
「ほむほむ。ならば今宵は我とタッグ戦を…!」
「うん、それ無理」
「だろうな、我も嫌だ。
しからば!いずれ再び邂逅したとき、我の望みをその身を持って叶えるが良い!では、新刊を買わねばならぬのでな。サラダバー!」
ダダダダッ!ではなくドタドタッ!という効果音を立てながら材木座は走り去った。
こういう時はあいつの性格はありがたい。バカみたいに騒ぐのに此方について毛ほども追求してこない。俺があいつの立場なら呼んだ奴を殴ってるところだ。呼んだのに「お前に用なんてねぇよ」とか言われたら間違いなく殴ってた。
ふむ、少しだけ材木座相手に罪悪感が芽生えてきた。今度材木座が問題を抱えてきたら余程の事がない限り助けてやる事にしよう。
とはいえ同じ区に住んでるといっても今までろくに遭遇しない事からエンカウント率は低いだろう。材木座も次に会った時と言っていたから会わなければ借りを返す必要もないのか。
哀れ材木座。己の無駄口を呪うがいい。
ヒッキーの中学生っぽさも書きたいけど上手くいかんでおじゃる。
今度こそ三月半ばまでさようなら。