やはり俺の加速世界は間違っている   作:亡き不死鳥

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2週間お待たせしました。
難産すぎるから二つに分ける戦術に移ったぜ!
しかし問題がある。これ何谷何幡?



高く、飛びたい

 

 

 

クリア・ウルフこと比企谷八幡がスカイ・レイカーのホームへ訪れる前の時間、彼は優雅に空の旅を楽しんでいた。

先程テイムしたばかりの烏型のエネミーの背に寝転がり、黄昏に浮かぶ雲の間を羽音と共に駆け抜け、上空より見下ろす風景は成る程確かに素晴らしい。

空を目指すのも悪くないと思える程度には絶景だった。

 

「…ここまで飛べればレイカーも満足だったんかね?」

 

ずっと気になっていた。

現在のレイカーの最高到達地点は約350メートルらしい。そして今俺がいる場所の高さはおよそ5000メートル。レイカーの限界の十倍を優に超えるこの場所を、レイカーは望んでいたのだろうか。

 

あいつはもっと高く、もっと遠くまで飛びたいと願ったと言っていた。だがその身に宿ったのはその願いを叶えるにはえらく不適切な物。

俺は運営じゃないから、欲望やら劣等感やらから生み出されると言われても何%反映してるかなんて分からない。むしろレイカーのアバターを見るとそこまで影響してないようにも見え、それっぽい理由で適当に作ってるんじゃないかとすら思えてくる。

 

だが俺は、そんな楽観的な考えは出来ない。加速、ソーシャルカメラのハッキング、更には全損後の記憶消去までやってのける奴が、このゲームのプレイヤーにとってのメインイベントを適当にするなんて思えないんだ。

だからレイカーのアバターと欲望の関係性も必ずある。といっても俺がどうこう言ってもレイカー本人じゃない以上正解には辿り着けないだろう。

なら連れてってやろうじゃないか。空の果てまで、この俺が(テイムしたエネミーで)!

 

実際に見るのと憧れるのは違うからな。目指すべき場所をその目で見れば、折れた夢も少しは修復出来るかもしれない。

 

「…よし。なら後はレイカー次第か。てかまだホームにいるのか?」

 

呟きながら手綱を操り下降させる。

……きっと俺を知る人間なら、俺が誰かの為に動こうとしている事を驚くだろう。だが俺には理由なんてない……わけがない。異常事態に緊急事態が重なっても、やるべき事は早めに終わらせたいんだ。

 

今俺がやるべき事は、レイカーとの関係を『終わらせる』か『続けるか』だ。

元々レイカーとの関係は、景色を見たり茶会をしたりするだけの関係だった。王だとか他レギオンだとかの立場を無視して、気軽に過ごせる加速世界のベストプレイス。そのベストプレイスを構成する要素の一つにレイカーが入っていたことは否定しない。

なんやかんや言ってもレイカーの指示通りホームに行く前に連絡していたのは、あいつの出してくれるお茶や話が好きだったからだ。

 

だが今日、そこに痼りが出来てしまった。

今まで燻っていたはずのレイカーの夢を、俺の軽率な行動で消し去ってしまった。

別に努力を止めるのは構わない。自分の限界を悟って、歩き続けるのを辞めてしまうなんて事もあるだろう。現にレイカー自身は隠居としてホームを買ったと言っていたくらいだ。

だけど、諦めてはいなかった。歩みを止めても、空への憧れを消してはいなかった。

 

諦めなければ、いつでもまた進めるんだ。

黒雪がいい例だ。現実時間で二年の間止まっていた時間が、今日再び進みだした。きっかけ一つでまた進めると、黒雪が示したばかりだった。

 

「…だからこれが、俺のケジメだ」

 

最後の最後で人任せだが仕方がない。

レイカーの望む場所を見せてあいつが満足し、夢を諦めるなら俺はもうレイカーのホームに行く事はないだろう。

勝手に感じる負い目だが、諦めの原因は消え去るのみだ。

 

だけど、まだあいつが空へ行こうと言うのなら……

 

「よう、さっきぶり。空の散歩、付き合ってくんね?」

 

また、あの心地の良い空間を作れるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

六枚羽根の烏のエネミーの上で、スカイ・レイカーは困惑していた。現在の高さはおよそ5000m。手を伸ばせば雲に触れそうな場所まで彼女は訪れていた。

 

 

「狼さん、どこまで上がるつもりですか?」

 

「……空の果てまで?」

 

 

此処に連れてきたのは、目の前で手綱を弄んでいる狼さんことクリア・ウルフさん。険悪な雰囲気で別れてしまったので、散歩の誘いは喜んで受けた。

だけど空の散歩というには、高度を上げ過ぎな気がする。私を乗せてからはずっと上へ飛び、そうこうしているうちに目測10000m程の高さに到達している。

 

ここまでくると景色は一面空か雲ばかり。曇っているわけではないので下の景色も見えるのだが、ただただ小麦色の大地が広がっているだけだった。

 

「…狼さん、少し高度を下げましょう?散歩というには…」

 

少し不適切です、と続けようとした。しかしそれは、不自然に遮ってきた彼に止められた。

 

「…なあレイカー。お前は、ここで満足か?」

 

「え?」

 

突然の問いかけ。満足かと聞かれても、何に?と返す。それが当然だと首を傾げると、あちらもわかっていたのかそのまま続ける。

 

「今回の散歩は謝罪のためだ。悪かったなレイカー。お前の夢、諦めさせちまって」

 

少しだけ上がっていた気分が、再び急速に下がった気がした。

 

「…ですから、私はあなたを責めてなんていません。自分でも、今回は満足しているんです!」

 

知らず知らずに語気が強くなってしまう。

アバターの翼が空へ届いた。その翼が自分の背中になくとも、空に届きえない自分は満足したはずだった。そう自分に言い聞かせ、納得させたはずだった。

なら、実際に感じているこの虚無感はなんだ?満足とは虚しさを感じる事だっただろうか?

 

「いいじゃないですか。もう…終わらせても。

人の身で空を目指すなど烏滸がましかった。そう自分に言い聞かせ、空に最も近い場所に留まり続けてきました。

それでも今日、人であっても空を飛べると、自由に羽ばたけると、証明されたじゃないですか。

同じ人であっても、彼は飛べて私は飛べない。なら私は選ばれなかったんです。

彼の下を飛び、ただ空を見上げる程度の飛行能力しか得られない、私の弱さの結果です」

 

今日シルバー・クロウが飛んだ事を知らなくとも、きっと数日のうちに私の子が教えてくれただろう。

早いか遅いか、それだけの差だった。

 

二番手は嫌い。負けるのだって大嫌い。私より空が飛べる人がいるなら、それより高く飛べばいい。そのための努力なら幾らでもした。

……そう、()()

心意に縋った。友を裏切った。己の身体すら犠牲にした。時間の浪費は当然したし、空の為にすべてを捨て去った。…でもダメだった。

……不可能に向かい続けられるほど、私の心は強くない。

 

諦められなくても、諦めざるをえない。でも、諦めるキッカケがなかった。だから最近まで、惰性で夢を目指していた。

 

そこへ私より高く飛べる存在が現れた。夢を諦めるには、最良の理由が現れたのだ。

空を目指す私に、私よりもその夢に相応しい人が居たからという理由なら、他の理由よりは潔く諦められる。

 

 

「……捨てさせてください。数年越しの、私の夢を」

 

 

今日この空で、私は夢をきっぱり諦める。

そう決意し、彼の言葉を待った。

彼は何て言うのだろう。彼の事を考えると、沈んだ気持ちが少しだけ浮かんでくるように思える。

 

先程のように、「そうか」で終わりかもしれない。

私がホームで期待していたように、「まだ終わってない」と引き留めて来るかもしれない。

もしかしたら「そんなんでどうする!」なんて説教をされてしまうかも。

 

マスクの下だけで小さく笑う。真剣な時に不真面目な事を考えてしまうのは彼の影響だろうか。

そんな彼も、今回ばかりは真剣な雰囲気を消さなかった。そして逆に、私も微笑みを消す事はなかった。

 

 

「……ああ。夢を捨てるなら、俺は止めない」

 

 

ようやく彼の口から出されたのは、私の考えを受け入れるものだった。

多少残念に思いつつも、それが当然だと思う。今まで話していて能動的な人とは思わなかったから、今私のために空へ連れて来てくれたことは素直に嬉しい。だから、これで十分。

 

自分を納得させ、一言お礼を言ってこの散歩を終わりにしよう。そう考え、口を開こうとした。

 

「……止めはしないが、せめてお前が目指した場所を、俺に見せてくれないか?」

 

「…え?」

 

続いた意外すぎる言葉に、おもわず思考が止まった。そんなレイカーを気にすることなく、ウルフは言葉を紡いだ。

 

「言ったろ、今回の目的はお前への謝罪だ。だがお前は謝罪なんてしなくてもいいと言う。

なら、今度はお願いだ。お前が目指した夢を、お前が目指した場所を、全てを犠牲にしても辿り着きたかった高みを、俺のこの目に見せて欲しい」

 

そこまで聞いても思考は動こうとしない。疑問が溢れるかと思えば、勝手に頭が都合のいい解釈を生み出してしまう。

これも私のためで気を使ってくれているんだとか。夢を捨てるという辛さを共有してくれようとしてるんだとか。そんな考えが湧き出てくる。

それと同時に、ただ責任を感じているだけとか、ただの思いつきなんじゃないかという考えも湧き出てきた。

 

そして、もう一つ。

この人と、思いを共有したい。そんな願いも生まれ始めた。

サッちゃんには理解されなかった。ういういにも難色を示された。カレンにも賛同されなかった。グラフにもいい顔はされなかった。

だから独りで目指してきた。何を言われ、どんな壁にぶつかっても独りで乗り越えてきた。なら、最後くらいは、壁から降りるときくらいは、誰かに捕まってもいいかもしれない。

 

「…分かりました。一緒に、空の果てに行きましょう。

そこで、私が夢を捨てるのを見届けてください」

 

「…ああ。任せろ」

 

小さく答えると彼は先程よりも早くエネミーに高度を上げさせた。

下を見ると、既に地面は途轍もなく遠く見える。その後上を見ると、まだまだ果てしない空が続いている。

 

…私が目指していた場所の高さを、改めて実感した。でも、まだだ。こんな高さじゃ足りない。もっと、もっと高くと心が訴えてくる。

 

 

 

 

 

 

高く、飛びたい。

 

 

 

 

 

 




ワンモアタイム。
これ何谷何幡?
はやくヒッキーのバトルタイムを書きたい。

次回(こそ)!レイカー編終了(のはず)!

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