あと遊戯王のパックが発売したから仕方ない。ええ仕方ない。
ーーそれが、君の望みか?
耳に残らないのに、嫌に不快な気分になる言葉を言われたような気がする夢。そもそも夢を見ていたのかも定かでないが、見ていたとしたらきっと悪夢だったのだろう。そう思えるほどには、身体中を汗が舐め回していた。
時計で確認した時刻は午前3時ほど。起きるには早いが、妙に目が冴えてしまい二度寝は難しく思える。そんな時にこそ、変な思考が働くというものだ。第一に思い浮かぶことと言えば、やはりスピリットさんと最後に話したあの日のことだろう。
「気をつけて、か」
そう警告されてからおおよそ二ヶ月。年がもう変わってしまったというのに、未だに怖〜い敵とやらは登場しない。結局あの日スピリットさんに言われた言葉の意味を、俺は全く理解できていないようだ。
「……平和を喜ぶべきか、平穏を訝しむべきか。まああれ以来何も起きてないみたいだが」
そう、結局あれからは何も起きていない。カレントには問題がないことだけ告げて終わらせてある。そもそもテイムは個人の自由だし、エネミーを使ってEK、エネミーキルをしていたわけでもないのでそこまでキツく取り締まる必要も元々ないのだ。
「……平和が一番…」
そうだ、平和が大事。悩んでも仕方がないことで悩み続けるなんて、俺には向いてない。悩んでダメなら諦める。きっとそれが楽に生きる方法に違いないのだから。とはいえ…
「結論が出たとしてもやることがないなぁ」
脳内会議が終着点を見せたとしても、時間は早く進まないし眠たくなるわけでもない。結局、俺はそのまま朝日が昇り小町が起こしに来るまで天井を眺め続けるしかできなかった。
☆☆☆
「……うん、平和だ」
バクッとパンをかじりながらぼやいてみる。今朝の焼きましをする気はないが、ここはそうつぶやいてしまうほど静かで気持ちがいい。俺が最近昼食を取っているのは、校舎裏に存在しているさほど広くない中庭である。中庭といってもただ生えっぱなしになっている林もどきがあるくらいで、リア充達のお気に召すものは少ない。だからこそ人が寄り付かず、静かに独りで昼食を食べるには最適な場所だった。
「えーとなんだっけ?モノを食べる時は、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ、だっけ」
独りで美味い飯を食うのはなんとも素晴らしい。多少肌寒くはあるが、木々の音や遠くに聞こえる喧騒、目に見える緑に加えて…
『比企谷八幡、比企谷八幡君。至急、いや大至急生徒会室に来なさい。来なかった場合、時間休みごとに校内放送をかけます』
……突然起こる校内放送。あるぇー?最後だけ飯を邪魔されて不自由で救われないんですけど。というか今の絶対教師の声じゃなかったぞ。いや生徒会室を指定するのだから当然生徒会役員。
…そうなると黒雪?いやあいつとはもう二ヶ月全く話してない。むしろ目が合うと勢いよく顔ごと逸らされる程度には離れている。むしろ無関係まである。それ以前にあいつなら自分で校内放送をかけるから違うだろう。
「……わからん」
わからんが、とりあえず呼び出しには応じたほうがいいだろう。経験則だが、大抵俺に用がある奴はやると言ったことは必ずやる奴ばかりだ。今回もその例に外れないのなら間違いなく何度も放送を繰り返すに違いない。
「…めんど」
せめてもの抵抗に小さく溜息を吐き捨て、俺はゆっくり生徒会室に向かった。
☆☆☆
「来たわね。入って」
のっそり歩いて辿り着いたわ生徒会室。本来生徒会役員しか入れない場所なのだが、職権乱用はよくあることなのだろうか。
しかし放送の声からして女子であるのは予想していたが、まさか見知らぬ女子に個室に呼び出されるなんて!この流れは間違いなく告白……に見せかけた罰ゲーム!くっ、まさか生徒会まで敵に回っているなんて…。空気になりきるスキルがまだまだ足りなかったか。
「なにしてるの?早くして」
「アッハイ」
見るからにご機嫌斜めで、罰ゲームじゃなくてリンチを勘繰りたくなる八幡である。しかし最近は誰とも話さぬ毎日が続いていたのに急にこの展開はどういうことなんだ。昨日何かあったんですか?私、気になります!
「呼び出したのは他でもないわ。姫の件よ」
「姫?」
「ええ。あなた、二ヶ月前までは姫と直結してお昼ご飯を食べていたでしょ。なんで急に辞めたの?」
……あ、姫って黒雪のことか。って黒雪姫でも痛いのにそのうえ友達に姫って呼ばれてるのかあのお姫様は。いや、それ以前になんでそんなこと知ってるんだ?まさか俺のこと好きな(以下略。ないな、ありえん。
「なんでって言われてもなぁ。流れで、としか言えないが…。てかさ、こっちも聞きたいことがあるんだけど…」
「?なに?」
「だれ?」
ピシッと、何かにヒビが入ったような音が聞こえた気がする。まあ何かの比喩ではあるが、間違いなく目の前で固まってしまった女子から響いたのであろう。
「わ、私を知らない?姫が親友である私を放っておきながら直結したりお昼ご飯を食べたりしているあなたが、知らないですって?姫しか眼中にないとでも言いたいのかしら。直結しているあなたや有田君に私がどれだけ嫉妬したと……」
ぶつぶつと呪詛でも吐きそうなレベルで黒くなってる女子に半歩引いてしまった俺は悪くないと思う。これが…気⁉︎怖い、怖いよ。
「………ふぅ。申し訳ありませんでした。私は若宮恵。生徒会の書記をやらせていただいていますわ。比企谷君のことは何度か姫から話に聞いています。随分姫に好感を持たれていたというのに、最近食事に同伴していないので気になり生徒会にお呼びしました。
改めて、姫と何があったのか教えてください」
……お、おう?なんか口調変わってません?疑問系がなくなってるのは慣れてるからいいとして、一瞬お嬢様口調になったよな。黒雪の親友というくらいだしどっかのお偉いさんの娘なんだろうか。
「……何があったと聞かれたら、そうだな。勘違いを正した、ってとこだな。黒雪が勝手に感じてた罪悪感だかを取り除いただけだ」
「罪悪感?」
「ああ。それがなにか、は勘弁してくれ」
というかここまで言っただけで出血大サービスで出血死するレベルなんだ。初対面の女子相手にここまで話せるなんて、これも成長というやつだな。最近話した相手が小町とレイカーだから無意識に鍛えられているのかもしれない。小町マジ天使。……おや、寒気ががが。
「……それって、入学してすぐのこと?」
「は?」
入学してからすぐなんてむしろ一番恐怖状態の頃だろう。俺も含めて。俺は黒雪を、黒雪は俺を互いに警戒していた時期で、停戦を決めるまでは毎日いつ対戦を挑まれるかビクビクしていた。おかげで対戦が終わるまで授業中も居眠りできなかったな。
「比企谷君は一年生の頃は姫と違うクラスだったのよね。私は姫と同じクラスだったんだけど、姫って入学してから一ヶ月くらいの間すっごい怖かったのよね。なんというか、常に警戒してるとでも言うのかしら?それなのに一日に一回必ず爆睡したりしてて、よく分からなからない状況があったのよ」
わかる、わかるぞ黒雪。一日一回対戦という縛りは厄介ではあるが、逆に安心感もある。一回戦えばその日は絶対(直結された場合を除く)対戦を挑まれない。なので緊張感が一気に切れ、その後の授業を爆睡してしまうのだ。俺も毎回やってたわ。
「それが急に、というか君とご飯食べだしてから少しして収まったのよ。初めは警戒続けてたんだけど、授業中に眠ったりとかトゲトゲしさとかはまるっきり。なにしたのよ?」
「なに、と言われてもなぁ。話以外してないが」
「ふ〜ん。秘密ってことね。やっぱり妬けちゃうかも」
「いや、妬けないから」
今妬くべきは俺じゃなく有田だろう。あれ以降も黒雪と食事してるらしいし、盗み聞きした噂じゃ登下校までご一緒だそうじゃないですか。さぞやお楽しみなんでしょうなぁ。爆発すればいいのに。
「ま、いいわ。今の姫は有田君の方に夢中みたいだし。ドジっ子の中に乙女っぽさも出てきたからそれについてはいいのよ」
「隠れドジっ子だからなあいつ。たびたび片鱗見せるわ」
「そうなのよねぇ。普段は周りに凛として見せてて可愛いんだけど、たまにドジって照れ隠ししてまたそれが可愛いいのよね。その上有田君の前ではさらにかっこつけようとしててそれがまた…」
「若宮さんや、色々ギリギリだからそのへんにしてくれ」
え、何この人あっちの人なの?ゆるゆりしちゃう人?ガチの人なら黒雪に避難勧告くらいしてあげようかなと思える程度には危険を感じる。
「姫の魅力はこれからなのに。とにかく、姫の変化はいい方に向いてるから問題ないわ。それでもたまに乙女の方じゃない悩みを見せるのよ」
「乙女じゃない方の悩み?」
「ええ。入学直後の姫みたいに、何処か不安げなところを見かけるのよ。それも退院する前から、しかも貴方が原因でね」
「は?退院する前なら俺関係なくね?」
「私がどれだけ姫の親友やってると思ってるの?姫がわざわざクラスメイトを見舞いに来ないようにさせるなんて、どう考えても貴方しか考えられないじゃない」
「俺以外にも有田と二人っきりになりたいとか…」
「姫はクラスメイトなんかに構わず、有田君とイチャイチャしてるわ。そのために一々人払なんてしないもの。なら残りはぼっちの気がある比企谷君のためでしょ?」
す、鋭い。こう簡単に当てられると、『面白い想像だ。君は小説家にでもなればいい』とか言いたくなる。遠回しの自白ですねわかります。
「だから比企谷君のせいなのは間違いないの。かといって比企谷君が何かしてるのかと言えばそうでもないのよね。少し比企谷君のこと見てたけど、本当に姫に関心失くしたみたいだったし」
「俺が原因なのは確定ですかそうですか」
だが俺が原因というのはないだろう。俺と黒雪の関係はリセットされ、もう無関係同然になっている。だったら黒雪の悩みも俺以外の、あるとすればシルバー・クロウやシアン・パイルとか加速世界関連だろう。子を持って悩むのはよくある話だ。
そう結論付けた、のだが目の前の若宮がじぃ〜と此方をジト目で見つめ続けているのは何故だろうか。俺の目に何か付いてる?いえ付いてるんじゃなくて腐ってるんですよ。こいつは一本とられたZ・E!HAHAHA!
「……比企谷君って隙がないのね。もうちょっと簡単に話してくれると思ってた」
「隙を見せると人に付け込まれるからな。常に完全防備してないと目がさらに腐っちまう」
「あはは。姫の言ってた通り捻くれてるね」
「世界が捻じ曲がってるから真っ直ぐな俺が捻くれて見えるんだよ。だから俺は悪くない、世界が悪い」
「スケールが大きいのか小さいのかわからないわ」
そう言いながら若宮は笑い続けた。今の話に面白い部分があったのかは心底疑問だが、まあ気持ちがられるより千倍マシだからよしとしよう。
「…でも、その不思議な安心感が比企谷くんの個性なのかしらね」
しかし若宮はそれで終わらずさらに意味深のことを言い放った。
「不安を持たれるのはよくあるが、安心感を与えたのは初めてだ」
「そう?姫も同じことを感じてたと思うわ。今の不安そうな様子も、やっぱり比企谷君がいなくなったからかしら」
「過大評価のし過ぎだ。俺はそんな大層な奴じゃねえよ」
「それは言えてるね。なんか小物っぽいし」
「褒めてるのか貶してるのかどっちだよ」
「もちろん褒めてるよ。あ、褒めてるついでにお願い」
ジト目でも真面目の表情でもなく、親友を想う優しい笑顔を若宮は浮かべた。
「いつか、姫が困ってたら、助けてあげてね」
それは、俺が見ていたら汚れてしまうのではないかと錯覚するほど真っ直ぐな目だった。本気で、誰か自分以外のためのお願い。それを直視することができず、俺は目を逸らした。
「……機会が、あればな」
「ええ、それでかまわないわ」
とても満足そうに頷く若宮を前に、予鈴のチャイムが鳴り響く。ああ、また一つ昼休みを消費してしまった。
「鳴っちゃったわね。それじゃあまたね、比企谷君。お願い、忘れないでね」
そう若宮が言った後、生徒会室を出た俺は生徒会室に鍵を閉める若宮と別れ教室に向かう途中、なんであんな約束をしたのかと今更ながらに後悔していた。でも仕方ないだろう。
「……あの顔は、反則だよなぁ」
あんな優しさを前面に出しまくった顔、その優しさの対象が俺じゃないと分かっていても惚れそうになる。勘違いだと確定しているのに、それでもなお勘違いしそうになるのだから、男というやつは救えない生き物だ。そして俺もその救えない生き物の一匹なのだ。だから、仕方ないのだろう。
やはり、優しい女の子は、苦手だ。
わっかみーやさーーん!口調安定してー!普通だったり〜いますわとか口調変動しないでぇ!
しかし日常編に戻るのに都合よかったのも事実。
次回は書く予定だったの話なので早めに書けると思います。多分メイビー。