やはり俺の加速世界は間違っている   作:亡き不死鳥

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今年最後の投稿です。
なんやかんやで投稿してましだが、まだ暫くは月一投稿になりそうです。
今年一年お付き合いいただきありがとうございました。来年も拙作ですが、楽しんでいただけるようがんばります。


喰ラエ、強クナルタメニ

 

 

 

時間が経つのが早く感じる。そんな経験をしたことがないだろうか。授業を受けている時とゲームをしている時。寝ている時と起きている時。まるで普段の時間を無視したように時が進んでいく感覚は、おそらく誰もが知っていると思われる。

嫌なことがある時はなぜか早く、嫌なことが起きている時は遅く。どこか理不尽な人体の不思議を本当の意味で理解できるのは、人間そのものを創造した神様くらいのものだろう。科学者という人間の不思議を解き明かす存在は、既存の法則を見つけ出すことかそれに新たな刺激を与えるくらいしかできないものだ。つまり見つけ出すことすら出来ない一般人な俺にそんな体感時間を操作することなど不可能であることは確定的に明らかであって…。つまり何が言いたいかというと、

はやい、授業さん終わるの早いっす。数学しか寝ないからもっとゆっくりしやがれください。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「よし、全員揃ったな」

 

やっぱり時間には勝てなかったよ…。

そんな後ろ向きな気持ちを抱きつつ、新たな集合場所となった有田の家にお邪魔していた。有田の親は夜遅くまで帰ってこないとの事なので、迷惑を考えなくていい点ではありがたい。まあ他人の家にいるという状況だけで精神ダメージが発生するが。

 

「今んとこまだ大丈夫だ。チェリーに動きはない」

 

方法は分からないが上月がチェリー・ルークの動向がある程度分かるらしい。なので暫くはここに待機。それから上に行き、飛ぶなり走るなりして災禍の鎧に奇襲をかける作戦だ。

 

「そういやそいつの動きが分かるのはいいけど、移動はどうするんだ?俺はともかく中でエネミーに引っかかるのも怠いと思うんだが」

 

無制限中立フィールドは大型のエネミーがうろついているし、なにより有田はまだ潜った事すらないという。見られないし見つかったとしても逃げられる俺ならともかく、一体ずつ捌いて焼いていくのも手間だろう。なにより災禍の鎧がその間に狩りを終えてしまう可能性もなくはないのだ。

 

「んー、中からでいいだろ。このメンツならエネミーにも引っかからねえだろうし。もし引っかかったら…」

 

「引っかかったら?」

 

「お兄ちゃん、先によろしくね♪」

 

「……やっぱそうなるのか」

 

ちなみに今のよろしくね♪は先に災禍の鎧と戦って足止めしとけ、という意味だ。見えない俺にエネミーを任せるのは得策ではないという考えだろう。むしろエネミー相手なら何度も経験あるからそっちを一人で受けたいくらいなのだが。

 

「…いやそれなら上月もこないとダメだろ。断罪の一撃が今回のキーアイテムだからお前が来ないと意味ないし」

 

「……ああ。分かってるよ」

 

今度は真剣味を増した表情で上月は答える。状況が状況だから仕方ないとはいえテンションの上がり下がりが激しくて反応がし辛い。自分のレギオンメンバーを全損させるというキツイ事態故の事だろうが、なんとなくこいつらしくないと思った。上月の内側はこいつ自身が意図的に隠している節があるのではっきりとはいえないが、どことなく追い詰められている気配がする。ただ所属しているメンバー以上の感情があるのだろうか…。

 

「…来た!チェリーが西武池袋線上りの電車に乗った。今までのパターンからして今日の狩場はブクロだ」

 

「池袋か。中から行くならとっとと加速しちまおうぜ。あいつが潜る時間がどのくらいか分かるか?」

 

「大体2分ってとこだ。今から潜れば一日以上は余裕がある」

 

現実の2分なら大体三十時間ちょい。移動中になにも起こらなければ大目に時間を考えてもなんら問題はない。だが、今回は確実に何かが起こる。そんな確信を持てる不確定事項が俺の中で存在している。スピリットさんが今回のことに絡んでいることは明らか。そこにコスモスもいるのか、それ以外の勢力がいるのか、はたまたスピリットさんの単独で行っているのか。それがわからない以上は警戒して事を進める必要がありそうだ。

 

「それではハルユキ君。キミに我々バーストリンカーの真の戦場へとダイブするためのコマンドを教える。バーストポイントを10消費するが、問題はなかろうな?」

 

「え、ええ。10ポイントくらいなら。それより、真の戦場って…?」

 

「言葉通りだ。我々が加速世界と呼ぶものの本質がそこにある。私のコマンド通りに、続けて唱えろ」

 

一人慌てる有田を横目に、それ以外の人間は経験済み故にゆったりと待機する。その一人である俺も、有田ではなく上月を見ながら黒雪の号令を待った。隠しきれない闘志、後悔、決意。ここまで大きな感情を体感した事はあまりないが、見るからに危うい。今にも暴走しそうな目だ。

 

(…最悪、背中から撃たれる覚悟もしとかねえとな。あっちもこっちも敵だらけで嫌になるな、ほんと)

 

 

「行くぞ、五代目クロムディザスター討伐。ミッション・スタートだ!」

 

 

心の不満は届かない。心の叫びも届かない。心の内の感情は何処にもいかずに押し込められている。せめて、それらが暴発しないことを祈りながら、小さく口を開いた。

 

 

 

『アンリミテッド・バースト!』

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

変化しきった視界が開けると、そばには4つのアバターがいることから初めて無制限中立フィールドに昇ったクロウが置いて行かれたという事態は免れたようだ。

 

「……ここが、『無制限中立フィールド』」

 

「そうだ」

 

呆然としたようなクロウの呟きにロータスが簡潔に答える。加速した場所がマンションの内側なため、まだ普段の対戦フィールドとの違いが分かりにくいのかもしれない。

 

「あちらが出口だろう。実際に見た方が早い」

 

「だな、行こうぜ」

 

ロータスが先導し、それに皆がついていく。俺も定位置の最後尾をゆったり歩きながらそれに続いた。

 

「そういやルークは池袋のどこらへんに出るんだ?池袋って一言に言ってもかなり広いだろ?」

 

ふと気になり前を歩くレインに問いかける。その瞬間前を歩いていた4人全員がビクッと肩を震わせたのは何故だろう。クロウなんか一瞬浮きかかってたし。

 

「…いきなり喋んなよ。びっくりするじゃねえか」

 

「そうだぞウルフ。目に見えないというのは人がそれから意識を外す最大の理由なのだぞ」

 

「…無色の王。都市伝説の類と思ってましたけど、本当に見えないんですね。会議の時は色が付いていたので改めて驚きました」

 

「……知ってても気を抜くとビックリします」

 

「…………」

 

ねえなんなの?喋っただけでこの言われようって俺人権否定され過ぎじゃない?いきなり喋るなってならどうすればいいんだよ。喋るなってか。得意だけどさ、得意だけどさ!

 

「……で、どうなんだよ」

 

「あー、これまでのパターンからしてサンシャインシティの周辺だよ」

 

「そうか。なら俺ゲージ溜めてくるわ」

 

それだけ言い残しそこいらにある彫像や格子を蹴り壊していく。そこまで硬くない貴重なオブジェクトを行き場のない遣る瀬無さと共に破壊する作業は、少なからず楽しさを感じる。なにより喋らなくていいからな。ほら、俺ぼっちだから。

 

「…ふぅ。よし、満タンだな」

 

辺りがグチャグチャになり、俺の必殺技ゲージも溜まったのであいつらが行ったと思われる場所に戻っていく。少し歩くとロータスとレインが騒いでいる声が聞こえてくる。それを頼りにいくと、やけに広々とした部屋に着き二人の王が怒鳴りあっていた。

 

 

「私が抱えてもらうしかなかろう、この腕なんだから。貴様はシルバー・クロウの脚にぶらさがれ」

 

「冗談じゃねー!なんでそんな屈辱的な真似しなきゃなんねーんだ。あんたがそんなデザインなのが悪いんだろが、一人だけ電車でいけよ!」

 

 

……あー、なるほど。移動手段にクロウにぶら下がろうって話か。前から思ってたんだけど、真のリア充って有田なんじゃないかなぁ。加速世界だけならともかく、現実でも黒雪がいるし。ヤバイな爆発させたい。

 

「落ち着いてくださいマスター、赤の王。せめて無色の王が戻ってきてからに…」

 

「今戻った」

 

「うわっ!」

 

「…………」

 

「………す、すみません」

 

「…いやもう慣れたわ」

 

イケメンパイルの叫び声に毒気を抜かれたのかロータスもレインも一度怒鳴り合いを辞めた。クロウも今しがたゲージが溜まったようで、改めて全員集合準備万端といったところか。

 

「えーと、改めて移動方法なのですが…」

 

「俺は走ってくから抜いていいぞ」

 

「そうですか。でしたら、マスターがハルの右腕に。赤の王は左腕に抱えてもらう。そして僕が両脚にぶら下がります。いけるかな、ハル?」

 

「あ、うん。スピードは出ないだろうけど。それより、ウルフ先輩はいいんですか?」

 

「一回対戦したろ。あれ見ても不安か?」

 

「そ、そうですね。すみません」

 

「いや別に謝らなくてもいいけど」

 

基本低頭なクロウが軽く頭を下げてくるが、雑な扱いに慣れつつあるこの頃だとどうにも接し辛い。もちろん高圧的に来られてもアレだが。気遣われないのが一番なんだなやっぱ。

 

「じゃあ先降りてるから先導頼むわ」

 

気遣われないためには一緒にいない、つまり物理的に距離を取るのが一番と言えるだろう。幸いここは二十三階相当。地上からの声も上空からの声も聞こえない。普段のソロプレイに戻れるわけだ。

 

「よっと」

 

軽く助走を付けてマンションから飛び降りる。一人なら「イヤッホォォォォ!」と叫びたくなる風を浴びながら地面に向かって進んでいく。俺の耐久力なら当然この高さから直撃したら即死なのは間違いないな。しかも命綱なし。自覚すると怖いです。

 

臆病風の発生地(ナーブ・エスケープ・ゾーン)

 

ある程度の高さに来たところで真下に必殺技を放つ。俺の口から突風が発生し、みるみる落下速度が下がっていく。攻撃力は皆無だが人を吹き飛ばせる程度の風力は余裕であるので、こんな使い方もできたりして地味だけど便利だ。

 

「……行くか。独走者(ワン・トップランナー)

 

特に体力を減らすこともなく着地に成功し、そのまますぐに走り出す。四足歩行に姿を変え、必殺技も使用して風を切り裂くように駆ける。

 

(クロウ達は重量的にすぐに池袋に着くことはない。そもそも時間の余裕を考えるとまだまだ何も起きない可能性の方が高いが…)

 

ダメだ。スピリットさんに洞窟の奥でされた警戒が未だに身体に染み付いて離れない。普段の生活で忘れる事は何度もあったというのに、ここ数日はこびり付いているかのように消え去る事はなかった。『何か』は分からないが、『何か』ある。ただの直感だが、どうしても外れる気がしない。だが俺が解決できるとも限らない。なのに足が動く。抑えられない危機感が背中を押し、焦燥感が首を引いていく。取り越し苦労であることを祈りつつ、サンシャインシティまでの道のりを全速で走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

同時刻。とある加速世界の一角で、一つアバターが口を動かしていた。ガリゴリと硬い音を立て、目の前の物を喰らっていく。

 

「ユルゥゥゥゥ…」

 

呻き声をあげるアバターの周りは数多の光が浮かんでいる。その光は一つ一つに数字を持ち、しばらく経つとそれが1ずつ減っていく。遠目に見れば光が集まり綺麗に見えたかもしれない。

 

「……ニコ」

 

それが、この加速世界において死亡マーカーと呼ばれる一時的な墓でなければ、だが。

 

「…喰ラエ、モット喰ラエ。強ク、モット強ク…」

 

その喰い終わった残骸を投げ捨て、また別の場所に向かっていく。巨大な剣を抱え、飢えた獣のように徘徊し、彷徨う。

 

「強く、ナルんだ」

 

獣の願いは、誰もいないフィールドの中に消えていく。最速の王が災厄の鎧と激突する時は近い。

 

 

 

 

 

 




作者はまあまあせっかちです。ホモではありません。
なのでイエローさんの心配も消えたところでとっとと対鎧編に入る予定です。そして原作の変化も幾つか突っ込んでいくので、納得いかねーと思ったら何でも言ってやってください。待ってます。

では改めて、一年間ご愛読ありがとうございました。作者の次話にご期待ください。

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