やはり俺の加速世界は間違っている   作:亡き不死鳥

37 / 54
一週間で投稿とか久しぶり。




孤王の独白

「これは…俺の友達の友達の話なんだが」

 

 

レインを背負いクロウ達が向かったであろう方向へ歩き出す。遠くから聞こえてくる僅かな音をBGMにし、背中で《零化現象》に陥ったレインに向けて俺が俺のトラウマを語る時の定型句を紡ぐ。

 

「そいつには妹がいたんだ。社交的で明るくて、ちょっとバカだけどそんなところも可愛らしい妹がな」

 

ロータスに頼ると言われ、俺は了承した。かといって、俺にできる事など俺の過去を語ることで引き攣った笑いを起こす程度だ。だから少しばかり聞いてもらおう。その間に僅かでも反応があれば万々歳だ。

 

「妹と違ってそいつはボッチだった。学校でも一人だったし家でも両親は基本放任主義だったからほとんど一人。そんなだからブレイン・バーストはそいつにとって最高の暇潰しだった。四六時中プレイして、現実がかなり薄くなるほどにはな」

 

そう、一戦一戦が楽しくてしょうがなかった頃だ。毎日毎日外に出ては対戦に打ち込んでいた。

 

「そんな時に『子』を作るシステムを見つけちまった。大喜びで妹に教えたよ。まだ小さい妹に自分が時間かけて見つけたコツを教えたり、やられそうになった時は紙装甲で盾になったりもした」

 

「…」

 

背中で小さく動く気配がした。しかし、それを無視して話を進める。

 

「楽しかったよ。唯一大好きな存在と共有するものができたんだ。『兄』と『妹』、『親』と『子』。他に親しい奴がいなかったからそれが唯一で絶対の絆だった。それがさらに深まったんだと小さいながらに思ったもんさ。

 

 

 

だがある日、妹は加速世界から消えた」

 

自分の口から出た言葉を噛み締めながら、続きを口にする。

 

「無制限中立フィールドに行っていた妹はプレイヤーキルにあったんだ。馬鹿みたいな話でな。あと五分、いや、一分早く帰ってりゃ助けられたんだ。それも普段なら、いいやその日だってできたはずなんだ」

 

もうレインに話しているのか自分を責めているのか分からなくなってくる。それでも口を止める事だけはできない。なぜなら、俺がレインに伝えたいことはここからだからだ。

 

「加速世界から戻った時、もう妹は加速世界のことを全部忘れてた。その日は枕を濡らして泣いたもんさ。俺たちが積み上げてたもの、思い出とか絆とか、そういうもんが一瞬でなくなっちまった。もう俺の知ってる妹はいないんだ、てな」

 

繋がっていたものが切れた。だから俺たちの関係はなくなった。あの日の俺は、純粋にそう思っていた。

 

「それで次の日。泣き腫らした顔を洗おうと思って部屋から出た時にちょうど妹と鉢合わせしてな。そん時に言われたんだ」

 

 

 

 

『おはようお兄ちゃん!』

 

 

 

 

「……これだけで、昨日泣いてた俺が馬鹿だったことに気づかされた。なんせ、そん時の顔が今までずっと見てきた笑顔と寸分違わず同じだったんだからな。思い出だの繋がりだの、それだけに囚われてあいつ自身をちゃんと見てなかったのは俺の方だった」

 

レインを背負い直し、少しだけ立ち止まる。

 

「なあレイン。このゲームに現実よりのめり込んじまうのは分かる。このゲームがお前とあいつとの最も強い繋がりだってのも、まあ分かるつもりだ」

 

もう分かっている。スカーレット・レインとチェリー・ルーク。この二人は親子だ。鎧に呑まれてなおレインを認識できるルーク。《零化現象》に陥るほどルークに思い入れがあるレイン。さらに言えばレインがルークの加速時間を把握していたことからしても確定的だ。

だからこそ、俺は知っていてほしい。

 

「だから断言してやる。

人は変わらない。環境が変わっても、周りが変わっても、記憶が変わったとしてもだ。もう一度、ゲームで覆われた表面じゃなくて、『親』や『子』っていう立場を通さない、本物のあいつを見てやってくれないか?

きっと、そいつはお前の知ってるそいつと何も変わらない」

 

前回は何も感じなかったが、今日会った災禍の鎧からはとても懐かしい何かを感じていた。強く、ひたすら強くなりたいという願望。暴力的な言動に惑わされていたが、あいつが望んでいたのは本当に強さだけだった。過去の災禍の鎧のように喰らうことは目的ではなく、それを手段にしかせずに強さだけを追い求める。それはまるで小町を失ったばかりの俺のようだった。

ダメな自分、弱い自分、そんな見たくない所から目が背けられるほどの、失敗した自分より強い力をつけて過去を塗り潰そうとしている。それを後悔の発散にしていた俺と違い、あいつは今をまだやり直せると信じて、否、妄信して突き進んでしまっている。

 

「だから救ってやれ、とは言わない。ゲームで培った絆は無くなるだろうし、改めて関係を作るのは難しいだろうし、鎧なんてもので無理矢理変えられたあいつは、現実でも変わってしまったかもしれない」

 

あの鎧による影響がゲームの中だけならば、きっとレインはルークを止められただろう。『親』と『子』である以上リアルをお互い知っているはずなのだから。

そこまでくるとそれはもう呪いだ。ゲームの中だけでなく現実にすら悪影響を及ぼしてくる。それも使ってる本人の意思すら蝕んで、だ。弱い辛さと追いつけない苦しみ、誰もが通る苦痛に囚われてしまったルークにとって、もうこのゲームは楽しいものではなくなってしまったことだろう。

 

「それでも、もう目を逸らすのは辞めてやってくれ。このゲームの呪いに侵されたあいつの苦しみは、たぶんお前が一番よくわかってんだろ」

 

望みを捨てきれない。当たり前だ。誰だって大切な人が望む形で願いを叶えたいと思うことだろう。だが今回のことを解決せずにルークが災禍の鎧としてこのまま加速世界で狩りを続け、強くなって強くなって、もっともっと強くなって、ついにレベル10に達したとしよう。そうなればルークはレインと仲直りして、鎧に打ち勝って、みんな笑っていられるのか?

 

 

…無理に決まっている。鎧に呑み込まれるだろう、周りに恨まれるだろう、今日この日のことだって禍根が残るかもしれない。

呪いは解けない。鎧の呪いを解いても、今度は人間に呪われる。負の連鎖を断ち切らなければどこまでだって呪いは付き纏う。そして、その呪いを断ち切る最大のチャンスは、解放してやれるチャンスは、今だ。

 

 

 

 

「だから、立ち上がってくれ。もう、解放してやれるのは、お前だけなんだよ」

 

 

 

 

 

途轍もなく歯痒い。『断罪の一撃』を俺が使えたら、恐らく俺は率先してルークを撃つだろう。そうすればレインは俺を恨み、俺に怒りをぶつければいい。だがそんなことは不可能。だからみっともなく、そして残酷に、レインにルークを撃つよう促している。

いつまで経っても無力な自分に幾百度目の後悔が襲いかかる。その中で、後悔の波の中から小さい声を拾い上げた。

 

 

「………わかってるよ。もう、あいつにとってブレイン・バーストが呪いでしかないなんてこと」

 

 

後悔を噛み締め、責め苦を呑み込んだような掠れた声だ。同時に首に回された腕の力が強められる。

 

「あたしさ、こんな性格で学校でも馴染めないからいつも独りでVRゲームやってたんだ。そんな時に、真っ赤な顔で笑っちゃうほど一生懸命な声で、もっと面白いゲームがあるからやらないかって誘われたんだ」

 

腕の力がさらに強くなる。声や体から震えが伝わってくる。俺はそれを誤魔化すかのように再び歩き出した。

 

「ほんと、すげえ真剣にあれこれ教えてくれて、『子』として大事にしてもらったよ。なのに、そのうちあたしのレベルが追いついて、追い抜いて、気づけばレベル9なんかになっちまってさ。レギオンマスターなんてもんになってからは、学校であった時に様子が違うことにすら気付けなかった…!あいつの真面目さは、あたしが一番よく知ってたのに……!」

 

『親』と『子』。リアルを知り、直結をし、これまでの時間を積み重ねてきた存在。それほどの関係になってすら、相手のことは分からない。どちらも互いを想っているのに、どちらも正確に理解することなどできはしない。例えその相手が、すぐ隣にいたとしてもだ。だからこそ、今回のような事件が起きてしまった。

近過ぎる故に見えなくなる、見え過ぎる故に見なくなる。強すぎた関係は、脆くなっても気づけない。それが常にそこにあり、自分はまだそれを持っていると思い込み、誤ったことにすら気づけない。間違ったと無理矢理自覚させられて、レインは今ここにいるんだ。

 

「……今は一つ前の選択肢を誤って『あの時こうしとけば良かった』、なんて思う時じゃない。まだお前がやるべきこと、いや、やらなきゃいけないことがあるだろ。愚痴るのも泣くのも、その後だ」

 

レインは間違いを自覚した。ならばこそ、自覚を後悔で塗りつぶすべきじゃない。後悔は過去を否定するためのものではなく、過ちを自認することで肯定していくものだ。間違っても、今この時を逃避するために使い潰すほど軽いものではないはずだ。

 

「…ハハッ、キッツいなぁ。ったく、悲しむ暇もありゃしねぇ。

…よし!んじゃあチェリーのとこまで急ぐぞ!黒いの達だけじゃ逃げられちまうかも知れねえからな!」

 

「ああ、しっかり掴まってろよ。

……あー、それと…」

 

空元気だろうし、まだルークを撃つ覚悟は出来ていないかもしれない。だがロータスに頼まれたレインを起こし、連れてくること。これについてはこれで達成しただろう。

 

「…まあ、その、なんだ。終わったら愚痴聞いたりするくらいならしてやるから。だから、えー、あれだ…」

 

だから少しくらい俺の事情で御節介を焼いてもいいだろう。妹ではないが、年下のせいかお兄ちゃんスキルが働こうとしているのだ。口が上手いこと回らないし、俺に愚痴ること自体愚痴りたい事かもしれないが、何かしらしてあげたいと思ってしまう。

そんな俺への返答は、後頭部への頭突きだった。

 

「〜〜ッ!痛え…」

 

「………ケッ。お前があたしの話し相手とか10年早いんだよ!あたしを最大限のもてなしが出来てようやく相席できるかどうかってとこだ!」

 

「……そりゃ悪かったな。って最大限のもてなしってなんだよ」

 

「ふん、そりゃあ…」

 

そこで一度言葉を区切った。その先が続く前に、俺の顔の隣にレインの頭が現れる。それに続いて抱きしめられるように腕の力が強くなる。先程より密着したレインの感触、その小ささと儚さを感じる。そのまま耳元で囁くような小さい声で、絞り出すようなか細い声でこう言った。

 

 

「あたしの独り言を聞かないでくれ」

 

「おう」

 

「あたしの顔を見ないでくれ」

 

「ああ」

 

「それと……今みたいに背中を貸して、絶対振り向かないでくれ」

 

「分かった」

 

 

 

それは強気な王の、最大限の甘えの言葉だった。

 

 

 

「……サンキュ」

 

「……おう」

 

 

 

 




正直これ八幡らしいかぁ?と悩む事幾たび。これ以上抵抗できなかったので投稿。
最近は夜が更ける前に書いてる深夜テンションなしなので、違和感だのがあったら感想よろしくです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。