あれは俺が小学二年生の時だった。《Brain Burst 2039》とタイトルのついたゲームらしきアプリがいつの間にか俺のニューロリンカーにインストールされていた。学校でクラスメイトとうまくいっていなかった俺は休み時間や帰ってからの殆どの時間をそれに費やした。当時は100人と数十人しかバーストリンカーが居なかったので東京の隣区を歩き回ったりもした。
そして二ヶ月ほど経った頃俺は一つのシステムを見つけた。それは自分の『子』をつくるシステム、つまりバーストリンカーとしての後輩を一人参加させる事ができるものだった。
すぐさま俺は小町にこの事を話した。小町も俺も生まれてから直ぐにニューロリンカーを付けられている。後に俺は子育ての簡略化、小町は正しい教育の為と知ったのだが今は関係がないので割愛。
小町のインストールは無事終了。小町のアバターは《レモン・サン》。明るい黄色のアバターで、フラッシュの目潰しやレーザー光線が得意だった。明るい性格も相成って対戦相手と友達になったりもしていた。
それからは俺と小町はタッグを組んだり、あまり差がなかったので兄妹同士で対決したり、東京中を一緒に散歩したりもした。学校で楽しみが無かった俺は妹の小町と遊んでいるのが凄く楽しかった。
ブレイン・バーストをインストールして一年近く経った頃、レベル4以上から入れる無制限フィールドに入り浸っていた俺はレベル6、小町は学校の友達も順調に増えて忙しくなりレベルは4だった。レベル差に文句を言われる事もなくエネミー狩や対戦に精を出し、一年前と変わらず俺達はずっとこのゲームを楽しんでいた。
☆☆☆
そして……ある日、俺は机の中に一通の手紙を発見した。それにはピンクの紙に女の子らしい文字で『今日の放課後校舎裏に来てください』と書かれている。直ぐに机の中にしまい込んだ。
その日の授業中は貧乏ゆすりが止まらなかった。授業が終わると速攻校舎裏に待機。ガラスで髪を整え格好の乱れを確認し、何時でもバチコイの覚悟で望む。
そのまま一時間待った。だが誰も現れず、そこまできてようやく俺は騙された事に気づいた。思い返せばクラスの何人かがずっと俺を見て笑ってた気がする。
「……うぜぇ」
ブレイン・バーストで一、二年分くらいは他の奴より年上のつもりだったので、イタズラをされても気にはならないが取り敢えずあいつらは許さない。俺の絶対に許さないリストには加えとこう。
苛立ちを抑えつつ帰路につく。帰る際には手帳を一つ買った。いい加減絶対に許さないリストが覚えきれなくなってきたからな。
……ついでに小町にプリンでも買ってってやるか。
「小町〜、入るぞー」
プリンとスプーンを片手に小町の部屋を訪ねる。当然ノックは忘れない。返事がないので入ってみると、椅子に座って目を閉じているところをみると無制限中立フィールドに潜っているらしい。プリンが温まると勿体無いので冷蔵庫に入れ、直ぐに自分の部屋に戻り椅子に座る。
「アンリミテッド・バースト」
世界が変わると空から煌々と月の光が降り注ぎ、足元が白い砂一色になった。
《月光ステージ》だ。レアなステージに来たもんだ。ここはエネミーが少なく危ないトラップもない比較的安全なステージ。唯一音が響きやすくて他のバーストリンカーに見つかりやすいってのが難点…
バシュ!
突然、視界の端で一筋の光が空へ向けて飛び立った。まるで夜空の月に飲み込まれるように伸びた光線を見た瞬間、俺は弾かれるようにその場から駆け出した。なんせあの光は俺が体感時間数年もの間見続けた小町の…《レモン・サン》の必殺技だからだ。
俺の記憶上あのレーザーを真上に放った事はない。取り越し苦労なら上等、緊急事態なら……小町に手を出した奴らはぶっ殺す!
流石は隠密と移動術に優れたアバターなだけはある。風になったかのような速度で光の発生源に辿り着いた。
そこで見たものは……六人のアバターに囲まれ、倒れ伏している小町の姿だった。しかもただ倒れ伏しているのではなく、黒い鉄板のようなものに押しつぶされているのだ。それをしているであろう鉄板を何枚も並んでいるだけのアバターは他の五人より少し離れた位置で五人が小町のHPを削るのを待っているようだ。
そうこうしている間に五人のうちの一人が剣を持ち上げ小町の腕を切り落とした。
「きゃあああああぁぁぁ!!」
その時の俺は今思えば風よりも速く動いた自信がある。風切り音がすぐ隣を通り過ぎる感覚を無視しながらそいつに殴りかかった。
「俺の妹になにしてんだてめぇらぁぁぁぁぁぁ!!!!」
キレた。その時ばかりは普段温厚な俺もキレた。一人を殴り飛ばした後、すぐさま小町にたかってた四人を蹴り飛ばす。何をどうやったかなんてもう覚えてない。ただガムシャラにひたすら小町から遠ざけた。
殴り、蹴り、踏み、噛み、五人のHPを一瞬で削り取った。六人目、とも思ったが何時の間にか消えていたが、今はそんな奴より小町だ。鉄板をどけ、辛そうな小町を抱き寄せる。
「お…にい、ちゃん。…遅い、よ」
「こま…レモン。悪い。遅くなっちまった」
「まったく。…帰ったら、私、プリン食べたいな」
「任せとけ。既に冷蔵庫にはお前用のプリンを入れてあるから」
「あはは、流石はお兄ちゃんだね」
声が震えている。当然だ、集団で襲われた上、全損してしまうかもしれなかったんだから。それに無制限中立フィールドでは痛覚が通常対戦の時よりも格段に上がる。
…小町はここで殺され、行き返り、また殺されるという行程を何回されたんだ。小町を襲った奴らは一時間すればここに生き返る。そいつらに小町の分をやり返したいが、今は小町の安全が大事だ。
小町を背負い、脱出用ポータルを目指し歩き出した時、背中の重みが消えた。
「油断大敵だよ、ウルフくん」
声のした先には何処かに消えたはずの鉄板野郎が右手部分をなくしたまま立っていた。どうやって現れたのか、何故右腕がないのか、そんな疑問も流れたがそんなものはどうだっていい!小町は!?
「お、にい……」
聞こえた声は……そこまでだった。吹き飛ばされた小町は空中で霧散し、後にはもう何も残らなかった
「そん……な…。嘘……だろ?」
「嘘じゃないさ。ポイント全損。そうだね、ゲームオーバーってところかな?」
「ポイント……全損…」
ポイント全損。俺はポイントを全て失った人間がどうなるのかを直接見た事はない。だからポイント全損に陥った人間がその後どうなるのか……まさか現実世界でも……。
「……ッ!」
嫌な予感がする…。俺は身を翻しポータルがある方向へ走り出した
「ウルフくん。どこへ行くのかな?」
「……邪魔だ鉄板野郎」
どう移動したのか俺の行動を阻害するように目の前に立ちはだかる鉄板野郎。今はお前の相手をしている暇はないんだ。現実での小町の安否を確認しないと…
「酷い言われようだ。そのどの色にも属さずメタルカラーにすら属さぬ君のアバターについて知りたくて今宵の茶番を演じたのにさ」
「茶番…だと?」
……そうだ、実際俺を見たけりゃ通常対戦で十分だ。それをわざわざ無制限中立フィールドで俺を待つ必要なんてない。
……つまり、こいつは…そんなお遊び感覚で小町のポイントを全損させやがったのか?
「………あぁ、限界だ」
「なにを……む」
俺の体を半透明な光が包んでいく。だが、それも一瞬だけ。今度は濃い過剰な光が透明な俺の身体に纏わり付いていく。
…でもそれもどうだっていい。さっきまでは我慢できた。小町を助けられなかったのは俺のせいだ。あと五分早くイタズラだと気づいていれば小町は全損しなかった。あと五分早く買い物を済ましてれば小町を助けられた。……あと少し、俺に力があれば……。
…だがな、幾ら何でも仮想世界とはいえ妹の死を茶番扱いされて…
「キレねぇ兄貴はいねぇんだよ!!」
全身を黒い光に染め上げ鉄板野郎へ突撃する。奴は板を一枚俺との間に広げた。だが今の俺にはそんなもんは効かねぇよ。四足歩行にチェンジし加速しながら真っ直ぐ板へ突っ込む。力を、光を、両腕に集め、放つ。
「
両手の光が巨大化し右手と左手がまるで顎のように間の板を、そしてその後ろの鉄板野郎をまるごと呑み込んで行く。攻撃力とは縁が無かった俺には考えられない攻撃だ。
そんな余韻に浸る余裕もなく鉄板野郎の死亡マーカーの確認だけ行い俺はポータルから現実へ戻った。
「小町!」
「うひゃあぅ!?お、お兄ちゃん?どうしたの?」
現実に戻った俺が向かったのは当然小町の部屋。悪いがノックはなしだ。それでも能天気そうに俺の買ってきたプリンを口に含んでいる所をみると現実にブレイン・バーストの力が及ぶ事はなさそうで安心した。まあ当然っちゃ当然だよな。
「…よかった。悪かったな小町。俺が遅れたせいでポイント全損させちまって」
「?ポイント?なにそれ、新しいゲームの話?」
「は?」
……ついさっきの事を覚えてないのか?うちの小町なら謝ったら『許してあげるからなんか頂戴』くらい言ってくるはずだ。それをまるで知らないかのように……
「……おい小町、ブレイン・バーストって知ってるよな?」
「なにそれ?」
その日俺は、一つの絆と一つの思い出を同時に失った。
そしてこれにより俺と小町のレギオン、《ロスト・ネメシス》を作る事になるのだが、それはまた別のお話。
アニメで黒雪姫先輩とハルユキがイチャコラしすぎて構成がつらい…