やはり俺の加速世界は間違っている   作:亡き不死鳥

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年末の前のクリスマス。
サンタを狩りに行きたい気分。


鈴の音が聞こえる戦場

蒼騎士(シアン・ナイト)

 

正の心意と負の心意を重ねた一人の到達点。その圧倒的な存在感を前にした、この場にいる誰一人として目が離せなかった。

シルバー・クロウもライム・ベルも、そしてダスク・テイカーは今まで浮かべ続けていた薄ら笑いすら引っ込めて心底信じられないと言った様でシアン・パイルを見つめていた。

 

「……待たせたね。決着をつけよう。

……ダスク・テイカー」

 

ヒュン、と右手の剣を軽く振るタクムも能美を見つめ返す。もう目の前のアバターに余裕は感じられない。全身を震わせるように一つ目のアイレンズを片手の触手で頭を抱えるような動作は一体何を表しているのか。

恐怖か、それともまだまだ愉悦が消えないのか。

 

「………んで、……が」

 

聞こえない。搔き消えるような小さな声は目の前の奴から放たれた。コマンドではない。それでも油断なくタクムは左手の盾を構えた。不意打ちも闇討ちも相手の得意分野だ。

守ることを自覚した今、既に慢心は消え去っていた。

だが相手が起こしたのは想像とはかけ離れたものだった。

 

 

「…んで、なんで、……なぜ!お前がその心意を使っている!!!」

 

 

能美がぶつけて来た感情は恐怖でも余裕でもなく、ただ純然なる『怒り』だった。計画が崩れた時の怒りを堪えた状態ですらない。ただただ、受け入れられないと言わんばかりの癇癪。

 

「その力!その心意!なぜ()()()が生み出した技術を、力を!お前如きが使ってるんだ!」

 

「……君の言うあの人が僕の師匠と同じかは分からないけど、なぜ使えるかというのは答えるよ。

教えてもらったからさ。……まあ、及第点レベルとのお達しが下ったけどね」

 

「……嘘だ。あの人が、あの方が、ネガ・ネビュラスのメンバーに教えるわけが……」

 

そこまで言って、急に能見は動きを止めた。

 

「………あぁ。ああ、なるほど。その可能性をすっかり忘れてました」

 

そう言うと今度はまた狂ったように笑い出す。しかし今度の笑いは嘲笑ではなく、怒りを無理矢理笑いとして外に弾き出すかのような危険な笑いだった。両手で頭を覆い、現実なら顔を掻き毟るのではないかと心配するほど力が込められた手の隙間から絶えず笑い声が響き渡る。

 

「ク、ククク。……あーそうでしたねぇ。()は……無色の王はあの人のお気に入りでしたね。なら教えてても不思議はないですねー。

……あの人の力を?まるで自分の物のように?他人に教える?そもそもそれを教えられるほどに使いこなして?

 

 

 

………そんなこと、僕にもできていないのに!?」

 

「くっ!」

 

 

突如心意を纏い伸びて来た触手をタクムは盾で弾き飛ばす。

 

「……消してあげますよ、シアン・パイル。あなたなんかがその心意を使う。それが僕には耐えられない。あの人の存在すら知らないあなたが、あの人のために全てを捧げた僕が使えない力を使っているなんて。許せないでしょう?」

 

触手の形状を剣に戻し、嘲笑すら消して構えを取る。どうやらようやく、パイルを獲物ではなく敵として見做したらしい。

 

「その首、頂きますよ!」

 

距離を詰める能見は何を隠すことなくタクムの首元に切っ先を向け、今にも貫いてやろうと動き出す。

すぐさま左手の盾を突き出すことでその突きを防ごうとする。だが首元を狙われ、それを盾で防ぐということは自分の視界を大きく妨げることに他ならず、待ち構えていたかのように能美はタクムの視界に潜り込んだ。

 

「チェェェェ!!」

 

「セエアアアア!!」

 

瞬時の送り足。後ろへ下がり剣を打ち合う。

普段の剣道と違い大きな盾が能美の行動を大きく阻害する。元々の強度の差は頭に入れている。()()()()は自分の使う力とは全く違う。このゲームの根底にある恐怖すら力に変える心意。

……自分では未だ辿り着けない領域の力だ。だから心意の破壊は考えてはいけない。必殺技の魔王徴発令(デモニック・コマンディア)で奪うことも無理。

ならばどうするか。能美は既に()()を破る手段を見据えていた。

 

「……へぇ、随分戦えるじゃないですか。盾と剣だなんて、普段じゃ全く使わないでしょうに」

 

「まあ昔色々あってね。()()()の時を考えて少し練習してたんだよ」

 

スイッと盾を横に流す。見せたのは持ち手の部分。それはまるで竹刀と同じくらいの取っ手が備えられていた。

 

「『二刀流』をね!」

 

本領発揮とばかりに今度は盾を構えるのではなく振り始める。体全体を使った()の攻撃。面を打つ攻撃ではない。

それはまるで壁とぶつかったかのような衝撃を能美に与えた。吹っ飛ばされながら体勢を整え、無理矢理体を横っ飛びさせ振り下ろされた剣をみっともなく回避する。優雅さとはかけ離れた泥臭さ。タクムはようやく対戦らしくなってきたと闘志が湧き上がってきた。

 

 

 

 

 

「『予定通り』ですよ、黛先輩!」

 

が、そんなものは能美にとってはクソ喰らえ。緊急回避で逃れた場所からはようやくタクムという巨大な壁が消え去った。その先には人質兼回復役であるライム・ベルが無防備に立っているのだから。

数メートル先にいるパイルが駆け寄ってくるよりも伸ばした触手がベルを捕まえる方が早いという確信を持っての行動だった。

 

「…ッ!クロウ!」

 

「ああ!任せろ!」

 

即座に反応したハルユキが右手に心意を触手の纏い躍り出る。不意をつかれてのアクションではあったが、タクムはそこまで焦ってはいなかった。アクシデントを予想してわざわざ2対1というアドバンテージを手放して、前衛と後衛に別れてチーちゃんを守れる位置に陣取っていてもらっていたのだから。

 

光線剣(レーザーソード)!」

 

心意は心意でしか防げない。だが一定の力さえあれば他人の心意と戦えるのは分かっている。しかも今の能見は伸ばした触手の行方だけでなく目の前のタクムの相手もしなければならない以上意識全てをこちらに向けることなどできないだろう。なら競り負ける道理もない。ハルユキは力の限り引き絞った右手を触手に叩きつけようと抜き手を放った。

 

 

 

 

 

 

 

………ィン……チリィーン……

 

 

 

 

しかしそれは、本当に何も起こらなかった時の話。警戒もしていたし何かあった時の備えもした。だが考えるべきだったのだ。能見という男が、シルバー・クロウが守っているライム・ベルに向けて何の躊躇いもなく触手を伸ばしたことの意味を。そして本当に今更ながら、二対一などという不利な条件を能見自身が提案したことの重要性を。

 

校舎の方角から届くその鈴の音はハルユキの聴覚を暖かく包み込むかのような響きで入り込んできた。ライム・ベルのようなリンゴーンという重低音ではなく、まるで今では実物はなくなりアニメでしか見なくなった風鈴のような美しい音色だ。

この音を聞いていると今にも自分が戦いの場にいるということを忘れてしまいそうになる。全身がほんわかしてきて風呂に浸かりながらため息でもはいているかのような安心感。

 

(……ああ、俺なんでこんなことやってんだろ)

 

そう思った時にはハルユキの能動的な動きは全て停止し、その横を能見の触手が通り過ぎてチユリのその細い身体を巻き付けていた。

 

「クロウ!?どうして…!」

 

「あっははは!無駄、無駄ですよ!()()の鈴の音が響く限り、そこのドブネズミはもう戦えない!」

 

タクムの声を無視して触手は一瞬で収縮し、元の居場所である能見の元まで引き下がる。当然巻きつかれたチユリはクレーンゲームの景品のごとく能見の腕に収まった。

 

「形勢逆転、ってやつですかね?いやあ本当にあなた方は…っ!僕の思い通りに動いてくれる!おかしくって笑いが止まりませんよ!その心意には驚かされましたがなんの影響もなく踊ってくれるんですからねぇ!」

 

能見の顔が再び嘲笑に彩られる。仕掛けた罠に動物がハマったのをよろこぶ猟師が如く、腕の中のチユリを締め付けながら動けない二人のプレイヤーを見下していた。

 

「そんな…。なぜ、どうやって⁉︎無制限中立フィールドで待ち伏せなんてできるはずがない!」

 

「できるはずない?なぜそう思うんです?僕とあなた達が同じ時間にダイブできるように、彼女にだってその権利があるだけだというのに」

 

「それを防ぐために僕たちはダイブする時間を変更した!一時間も始めの時間をずらしたのに!なら彼女は何年間もここで待機していたとでも言うのか!」

 

能見は梅郷中学校の、ひいてはネガ・ネビュラスを攻撃するために様々な攻撃を仕掛けてきた。今思えば剣道の試合で加速能力を使ったのも一部のバーストリンカーを罠にかける撒き餌だったようにも思えてくる。

ハルユキに写真を通してウイルスを流して盗撮動画を撮ったり、わざわざ姿を見せての対戦でハルユキの全てと言っても過言ではない翼を奪い取ったりと用意周到さも垣間見せ、その上で友情を嘲笑いチユリをハルユキ達から裏切らせたりもした。

だからこそ、タクムとハルユキには能見にリアルでこんな決闘に付き合う人間がいるとは思えなかったのだ。

 

「………先入観に囚われ過ぎなんですよ。僕が《あの人》の許可なくポイントを全損できるわけないじゃないですか。そして《あの人》を崇拝する人間は僕以外にもいて、利害の一致があればリアルを晒すことも厭わない。そんな人間なんですよ、僕たちはね」

 

ヘラヘラ笑う能見にタクムは苦虫を潰したような表情を浮かべる。なんせ問題は増え続けている。チユリは人質に取られ、ハルユキは能見の言を信じるならば行動不能。さらに能見の後ろには想像以上の組織が存在していることも判明した。そして最後に、校舎から鈴の音を起こしている本人が来てしまったのだ。

 

「も〜。そんな言い方は酷いなぁ。別に私はテイカー君の頼みならこれくらいいつでも聞くよ?」

 

タクムは違う意味で度肝を抜かれた気分に陥った。チリンチリンと手に握られた風鈴のようなものを鳴らしながら歩いて来たのはぱっと見青くて美しい姿の女性型アバターでしかない。ほぼ完全な人形で膝より上に備えられた同色のスカート。そのスカートの端々には今彼女が手に持っているのと同じ風鈴がくっついていて彼女が歩くたびにリンリン小さく音を立てている。

だがそれはあまり重要じゃない。当然彼女も他に漏れずフルフェイスなのだが、能見とは笑い方が存在からして違っていた。見るだけで相手を安心させるようなほんわかした雰囲気を醸し出し、むしろ敵のこちらですら安心させられるまであるかもしれない。

 

「さて。初めまして!『コンメリナ・ウィンドベル』っていいます!よろしくね!」

 

動かなくなったハルユキの横で清々しいまでの綺麗な挨拶。もうそろそろタクムの脳が限界を迎えて来た。

 

(僕が思っているより、マズイ状況かもしれないな)

 

短い短い第一ラウンド。

運命の第二ラウンドは、綺麗な風鈴の音で幕を開けた。

 




余計なことをしすぎて筆が進まない今日この頃。
と思いきやいつも通りだった。
4000文字基本で投稿なのになんで一ヶ月かかるんだろう。

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