9割書いてなぜかそのまま二週間放置しちゃったです。
でもようやく例のあの人が本編出場させられました。
sideパイル
さて、現状は最悪だ。チーちゃんは人質、ハルも新手との距離を考えれば人質と言えなくもない。
その上敵は二人とも同じ場所ではなくある程度離れた場所にいるのも問題だ。同じ場所に居てくれれば一網打尽を狙えたというのに。
(…まったく。守る意味を心に刻んでもこれか。ほんと、自分の無力さが嫌になる)
自己嫌悪にまた陥りかけるも、首を小さく振り叱責する。言われたはずだ。自分の弱いところを受け入れろと。
一回守れなかった自分が今回は守れる、という都合のいい出来事が起きなかっただけだ。むしろこれはあるべき状態であると言い切れる。
なら大切な守れなかった後のことを考えろ。人質が二人といってもすぐに殺されるとは思わない。
あのお喋りな能美が、何も語らずに終わらせるわけがないのだから。性分も性格も、驕りも何もかもそう簡単には変わらない。だからこそ焦らずに思考の海に溺れることができる。
「……くくっ。いやぁ、あっさり引っ掛かっていただきありがとうございます」
「……彼女も加速研究会とやらのお仲間かい?」
「ええ、多少語弊はありますがまあいいでしょう。さすがの僕でも二対一で戦う以上アクシデントがあるかもしれない。それなら、もう一人を呼ぶのは当然でしょう?」
「……そうだね。君に仲間といえる存在がいると思えなかった僕らの失態だ。でも何故クロウは動かない?こんなことになったら直ぐにでも怒るのがクロウだ。それなのに動くどころか反応すらないなんて…」
会話を長引かせながら少しでも現状の把握を務めていく。とりあえずこれ以上の伏兵がいないことは分かった。わざわざ『一人』を呼ぶと教えてくれる雄弁さが故の棚ぼただと小さく笑みを浮かべる。
「ああ、それは彼女の心意ですよ。所詮は付け焼き刃のちゃちな心意。守りに回す技量もないらしいですね」
「くっ、やはりか。だが相手の動きを完全に停止させる心意なんて…」
「違いますよ、先輩。彼女の心意はそんな壮大なものじゃない。けれど、もしかしたらそちらの方がよかったかもしれませんね。なにせそれなら力尽くで破れたかもしれないんですから」
ニヤリと笑う能美に顔を向けながらチラリとウィンドベルと名乗った少女を盗み見る。能美の雄弁さ故に話に入らないのか、それともただこちらを見守っているのか。ニコニコしながら時折鈴を振りリンリンと鳴らしている。何故ニコニコしてるのかが分かるのか分からないが、間違いなくニコニコしている。
そんなニコニコとは程遠い愉悦を浮かべながら、能美はどんどん情報を吐き出し続ける。
「彼女がしているのはね、『闘争心』の消失ですよ」
そして盛大にして重大な事をもよこしてくれた。
「『闘争心』、だって?」
「ええ。戦おうとする力、怒ろうとする力、抗おうとする力、刃向かおうとする力。それを彼女は無くしてしまうんですよ。
彼女は僕たちの中では変わり種でして、争いを好まないラブアンドピースを信条にしている底なしのお人好しです。まああの人に関わること以外ですがね。
しかしその純真故に心意に力が宿ってしまう!あのシルバー・クロウを見ていたでしょう!?今にも僕に襲いかかろうとしていた人間が今までの行動全てを否定し、何もしなくなってしまった!」
能美の言う通りハルユキはダランと腕を下げて脱力し、何をするでもなくボーッとしていて動かない。
「何故動かないのか教えてあげますよ。何かをしようとするのは向上心が働くからです。向上心とは上手くなりたい、強くなりたいという気持ちであり、誰かに勝ちたいと密かに願う闘争心。そうでなくても誰かと戦うなら最低でも負けたくないという闘争心が働く。それがたった一合の斬り合いであってもね。
それがなくなればどうなるか。言うまでもありません。何もしなくなるんですよ!食事や睡眠のような生命活動は闘争心ではありませんがここはゲームの世界。そんなもの、究極的には必要がないんですよ。
ようするに、彼は完全にただの木偶人形になってしまったわけです。ふふ、あの人の最期にはお似合いでしょうね!」
ケラケラと手の中のチユリを揺らしながら勝ち誇る。
…そろそろいいだろう。もう十分に考えることができた。あとは自分にできることをとことんやればいい。
「貴様あああああっ!」
「あっはは!怒っちゃいました?ほんと、もっと冷静になれないんですかねぇ」
怒号をあげて馬鹿にするような能美の姿を納めるまでもなく走り出す。
ああ、本当に遅い足だ。能美がその気ならきっと手の中のチーちゃんを三回は殺せているだろう。右手に剣を、左手に盾を持ちながら俊足になれるほど僕にスペックはない。だからこそ能美はノってくる。屈辱を与えるにはどうすればいいか、あいつなら一瞬で考えつくだろう。
「うおおおおおっ!」
「……ふっ」
能美に向けていた剣の切っ先の射線上に腕のチーちゃんを持ってくる。ああ、僕には効果的だろうさ。ちーちゃんは僕達のサドンデスルールに参加していないとはいえ、僕がちーちゃんを傷つけるなんてできっこない。
「………え?」
「なっ!?」
見えてるかい、ハル?闘争心がなくなったなら、驚愕でいいから思い出してくれ。
「……正気ですかあなた。まさか、本当に、一緒に貫くなんて…」
信じられないといった声で能美が問う。右手に掴んだ蒼い剣は、ちーちゃんの体を
もちろん、承知の上だ。だから
「ああ。正気で、本気さ」
「……このっ」
「
ギュルルルルル‼︎
右手の剣が高速の紫電を帯びながら回転する。
回り、巻き込み、回り、回り、弾けた。
「ぐあぁああああっ!!」
爆発のような火力に巻き込まれた能美の左肩は弾け飛び、その傷は胸部すら巻き込んでついていた触手を再生することすら出来ないほどに抉れている。
「……クソがっ!
結局、あなたはそういう人間でしたか!友情だの守るだのと謳っておきながら、邪魔になったら容赦無く切り捨てる…と」
能美の言葉が尻すぼみになっていく。左手に加わった重みを確かめながら、ゆっくりと
「………無傷、だと」
能美の驚愕は当然だろう。なんせ目の前には、傷一つないライム・ベルが立っているのだから。
「そうだ、僕は彼女に傷一つつけていないよ」
「そ、そんな馬鹿な!ありえない!確かに剣は貫いていた!それだけじゃない!あの爆発を至近距離で受けてタダで済むはずが…!」
能美の言葉が止まる。それと同時に、僕は膝から崩れ落ちた。
「………は、はは。やはりあなたは正気じゃない。狂ってますよ。まさか、
その言葉に自分の体を見下ろす。腹に丸く風穴が空き、背中は焼かれたような痛みが迸る。ほぼ満タンにあったHPも半分近くまで消滅していた。
「…たっくん」
ちーちゃんが不安そうな声を出すが、無事な姿を見るだけで痛みで食いしばっていた口元に笑みが浮かぶ。どうやら、今回はしっかり
左手の盾を支えに立ち上がり、未だ倒れている能美を見下ろした。
「……僕の心意は『攻撃威力拡張』が主体だ。僕は相手に誰かを傷つける暇がないほどの攻撃をすればいいと、初めは思っていたよ。でも、お前のおかげで理解できた。
…僕は弱い。圧倒できるほどの心意なんて、ありはしないんだ。でも守りながら戦うなんて器用な真似はもっとできない」
ここ最近は自分の弱さを突きつけられてばかりだった。でもそれでよかったのかもしれない。
「守りながら戦えないなら、守りきった状態で戦えばいい。大切な人達の全てのダメージが僕にしか来ないなら、誰かが傷つくことはないんだから」
そう、弱かった
「……く、はは。いやほんと、計算外ななことばかりですよ。でも忘れてませんよね、僕にはまだ
能美が前屈みになり拳に力を入れると、バサッ!と音を立てて背中にハルから奪い取った悪魔のような翼を広げた。
…………右翼だけを。
「………な、なぜだ?なぜ左の翼が開かない!」
「無い物は開かないさ。君が言った通り、忘れちゃいないさ。親友から奪われた大切な物を、僕が忘れるわけないだろう?」
「…なら、さっき僕の肩を潰したのは、そいつを助けるためじゃなく…」
「助けるつもりだったさ。そしてもう一度言うが僕は翼のことを少しも忘れちゃいない。いつお前が空に逃げるかを常に警戒して、飛ぶ瞬間の隙を突く算段を立てていた。その翼を吹き飛ばせば、もう君が一度死ぬまで空は飛べないからね。それが同時になっただけさ」
その言葉に能美の翼がダランと、下を向く。
…もう能美に奥の手もなさそうだ。チラリと行動を起こす気配もないウィンドベルと名乗った少女を盗み見る。能美がピンチだというのにハルを人質に取る気配はない。能美よりもむしろこっちの方が今は不気味だ。
早いところ能美を倒して憂いを断つべきだ。
「………まだ、まだだ!おい!そこのネズミを人質に…ッガァ!?」
「…させないよ。もう一度だ!
「ご……ァァッ!」
意識をよそに向けた能美に剣を伸ばし、今度は右肩を弾き飛ばす。これで両腕が能美の体から離れ落ちた。
満足に立ち上がることすら出来ずにもがき苦しむ姿に同情を覚えなくもない。けれど、君は僕たちの居場所を荒らしすぎた。
「……さよならだ、能美」
「ま、待て!そ、そうだいい案がある!翼は返す!ポイントだって毎週貢いでやる!土下座だって望むならしてやる!
そ、それにいいのか!?ここで僕を殺せばこの翼は二度と元には戻らない!彼の背中から未来永劫消えるんですよ!それが、あなたが親友にすることなんですか!?」
上半身だけを起こしあげ、足だけで後退りして命乞いをする姿。それに強いデジャブを感じる。かつて親友に命乞いをしたとき、僕はこんな姿だったのか。
「………やれるなら、やってみるといいさ」
「…っ!う、受け入れてくれるんですか?ここまでやった僕を?」
「ここでクロウの翼を返し、このサドンデスを何の後腐れなく終わらせられるなら、僕は君を一度だけ許してみたくなるよ。
……できるのなら、ね」
「そ、それはもちろん…」
「無理なんだろう?君の能力は相手の必殺技やアビリティを奪うとても強力な技だ。だからこそ保有量に限界があるはずだ。そうでなきゃわざわざライム・ベルを仲間として共に連れて行く理由がない。僕たちの弱みは既に現実で握られているんだからね。
かといってその保有量を空けたからといってそれが所有者の元に帰るなんて、強化外装の受け渡しにすら直結を条件付けているこのゲームがそんな緩いことをするようには僕には思えないよ。
だからさ、やってみるといい。クロウに翼を返し、このどちらかが死ぬまで終わらない戦いを終わりにできるなら、僕はそれを止めはしない」
かつて間違え、一度だけチャンスを貰った身としては、同じチャンスを目の前の男にも与えたくなる。それがただのエゴでも、そうでもしないと心が潰れてしまいそうだ。
…きっと、今から見るのは昔の僕の姿だ。ハルの慈悲を与えられず、空から落ちてブレイン・バーストを失う、もう一つの可能性の僕。
「…………………………………クソッ!くそ!こんなところで、こんなところで終わってたまるか!ベル!お前ならその場でも全員を止められるはずだ!早く助けろ!」
「うーん、やってもいいけど多分その蒼い人は止められないよ?私の心意は心意での防御を受けやすいし、私の心意じゃ攻撃しても威力ないし」
「役立たずが!ならせめて僕が帰るまでの時間稼ぎをする努力をしろ!効き辛くても足止めくらいできるだろ!?」
「無理だよぅ。それに帰ったら帰ったでポイントなくなっちゃうよ?そうしたらテイカー君何も出来なくなるけど、いいの?」
「……ッ!ぁぁぁ!」
崩れ落ちる。見ていられない、見ていたくない。もう、楽にしてやろう、楽になりたいよ。
剣を構え、能美に定める。
「……待って」
「……ベル」
その射線上に出てきたのは、またしてもちーちゃんだった。今度は能美に操られてではなく、自分の意思で僕の攻撃を阻むように両手を広げて。
「……ベル。もうあいつに操られる必要はないんだ。もうこれ以上…」
「違うの、そうじゃない!ハルの翼、私なら戻せるかもしれない!ううん、戻せるの!」
リンゴーンと鈍く鳴る腕の鐘を見せながら、ちーちゃんは今までの全てを語り始めた。
「私ずっと考えてたの。なんで私に回復なんて能力が宿ったのかなって。私の心に回復だなんて傷は思い当たらなかったから。
でも何日もこの力を使ってて思ったの。なんで壊れた強化外装まで元に戻るんだろうって。それじゃあ回復じゃなくて修理だって思ってたら、ようやくわかった。
私の能力は『時間を巻き戻す力』なの!だから私思ったの!この力が強くなれば絶対ハルの翼を元に戻せるって!」
「そうか、だからずっと…」
「…うん。ずっとあいつに協力してるフリをして、レベルを上げ続けてた。それでようやく、ようやく翼を戻せるまでレベルが上がったの!だから今なら…」
「うーん、そこまでされちゃうと困るかも」
リィーーンと鈴の音が鳴り響き、ハルと同じようにちーちゃんの動きも静止する。下手人はもちろん今もプラプラと風鈴を鳴らしている彼女に他ならない。
しかしここで先程まで何もする気配を見せなかった相手の介入に少しばかり焦りが出てくる。いや焦るな。二人のダメージは全て僕に流れる。なら一撃で仕留められれば…。
「テイカー君。今回は辞めとこう?本当に翼まで取られちゃったら、あの人への言い訳も無くなっちゃう」
だがその介入は仲間の能美を助けるものではなく、むしろ降伏を促すものだった。
「………どういうつもりだ?君達は仲間、ではなくても同じグループの人間じゃなかったのかい?」
「そうなんだけど〜。ほら、あくまで目的のための共闘っていうか。それに、あの人はテイカー君よりもっとも〜っと先まで考えてるから。
私っていうテイカー君が消えちゃった時のための保険も用意してたわけだし」
「ま、待て!僕がやっていることをあの人は知ってるのか!?今回のことも全部…!?」
「うん、ちゃ〜んと彼女が教えてくれたよ。だからさ…
テイカー君もあの人の為の行動を取ってほしい、かな?」
ゾッと、背筋に寒気が走る。
さっきまでのゆるほわした声とはまるで違う。能美と同じ、狂信者を思わせる確固たる意志を感じさせる冷たい言葉。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
能美はバタバタと所在無さげな片翼を荒げ、存在しない両手で頭を抱えるように蠢く。それでも否定の言葉を欠片も出そうとしないあたり、やはりこいつらはどこか狂ってる。そう、まるで洗脳されているかのような…。
「………はぁ。そう、ですね。僕の行動であの人の計画が上手くいくのなら………」
スルッと、先程まで反吐を吐きちらすほど全損を拒否していた能美が余った翼を首元に掲げる。そこには既に心意が宿っていて、それが通過するだけで能美の首は地に堕ちるだろう。
「待て!いいのか、それをすれば君は…!」
「僕とあの人の計画の一端。比べればどちらが重要なのかなど、比べるまでもない。そもそも、言っちゃえば今回のは僕の独断専行です。事が上手く運べないなら、あの人にとって僕に価値はない。ならば、これが最適でしょう」
「まっ…」
静止を聞くこともなく、ボロボロの悪魔の翼を振りかぶり自分の首元へと一閃を走らせる。その刹那の間に、心の中で少年は懺悔した。
(申し訳ありません。せっかく救ってもらったのに、僕はあなたへ何も返せませんでした。兄から全てを奪う力も、
………少しでもあなたの役にたてたでしょうか?スピリットさん。
……いや、)
「………陽乃さん」
「…………?」
目を閉じ懺悔を終え、自らの世界の幕を閉じた。そのはずなのに、いつまでたっても痛みも自分が消える感覚も襲ってこない。まさか僕はこの世界から消えることにすら失敗したのか?
恐る恐る、視界を開く。
眼に映るのは自分の翼。それを掴んでいる左手。その手は白く、そして見慣れていた色で…。
「うーんどうかなー?まだなんとも言えないから、これからも役立ってもらわないとね?」
そして頭上からは崇拝したあの人の声で。後ろを振り返れば彼女の胸にある大きな瞳の模様がこちらを覗き込んでいた。
「遅れてごめんね?まだ君は消えちゃダメだよ」
ホワイトレド・スピリット。幾人もの信者を加速世界に生み出した『あの人』が、そこに立っていた。
かつて感想で作者がネタバレとかいうしちゃいけないことしちゃったので早めに回収しなきゃと思いつつ回収できなかった悲しみを晴らせました。