勇者では無い者のレジスタンスーバトンを渡せない少年ー 作:蒼京 龍騎
西暦2015年、7月30日。
空から白い化け物が降り注ぎ、平穏な世界は突如として終わりを迎えた。
化け物は町の建造物や人を好き放題に食い荒らし、辺りに亡骸と残骸をぶちまける。
「待ってくれ父さん!!!母さんが……母さんが!!!!」
「駄目だ!!母さんはもう……助からない……!!!だから、俺たちだけでも生き残らなきゃいけなんだよ!!!分かってくれマクスウェル!!!」
そんな世界の中で、父である
先程、突如空から降ってきた白い化け物がマクスウェルの家に侵入し、口のような器官を広げマクスウェルに喰らいつかんと迫ってきた所を、母が身代わりとなってマクスウェルを押し飛ばし化け物に食われてしまった。
そんな光景を目の当たりにしたマクスウェルは服にべっとりと張り付いた母の血と化け物が迫ってきたことによる恐怖で狂ったのか、それとも母が死んだ事実を認めたくないのか、母を助けに行こうと壊れたおもちゃのように何度も喚き散らしていた。
しかし、父はそんなマクスウェルを一喝し、車に備え付けられた無線機を手に取ると、どこかへ無線をかけ始めた。
「こちら幕洲輝斗大尉!!!Sー11地区の機密ドッグを開けておけ!!!
無線の先に居る誰かに怒号を飛ばした父は無線機を叩きつけるように元の場所へ戻し、車のエンジンを始動させアクセルを全力で踏み込んだ。アクセル全開でガレージから飛び出した車は、そのままどこかへ向かって走り出す。
流れるように移り変わる車の外の景色は、どこを見ても地獄としか呼べない惨状と化していた。あちこちに人だったモノが飛び散り、建物は原型を留めていないほど破壊されている。
「……なんだよ……なんだよこれッ!!!!」
その衝撃的な景色を見て母の死を一瞬忘れたせいか、はたまた先程の一喝が効いたのか、取り戻さなかった方が幸せだった正気が戻ったマクスウェルは俯き嘆いた。
今日の朝までは、平和だったというのに。
いつも通り、父の作ったゲームで遊んでいたのに。
いつも通り、日本で友達になった千景と電話で話していたのに。
いつも通り、美味しい母の手作りランチを食べていたのに。
そして……今夜は、久しぶりに父の友達が運営しているレストランで外食するはずだったのに。
日常が、容易く壊れてゆく様を見せつけられる。
そんな中でも、父は焦った様子を見せつつも冷静に、まるで、今どこへ向かうべきか分かりきっているかのような様子で車のハンドルを握っている。
数分車に揺られていると、目前に巨大な建物……父の勤務先であるアメリカ陸軍の基地が見え始めるが、既に化け物どもに襲われているようで戦車や歩兵が化け物に攻撃を始めている。しかし、攻撃は直撃しているのにまるで効いておらず、歩兵は抵抗虚しく食われ、戦車は化け物に踏み潰され爆発する。
最早、壊滅も時間の問題だろう。
世界最強を誇る軍隊が容易く蹴散らされてゆく光景を見たマクスウェルの心は、絶望しきっていた。
「絶望するのはまだ早いぞ……まだ俺達には希望がある」
マクスウェルの心境を察したのか、父が励ますような言葉を言いつつ座席の後ろのスーツケースを指さした。
「そこにお前のバルジャーノンのスーツが入ってる。今のうちに着替えてくれ、この後必要になる」
「……は?」
マクスウェルの口から呆けた声が漏れる。
バルジャーノン。それは父がマクスウェルのために作った世界に一つだけのFPSゲームの名称。
戦術歩行戦闘機。通称、戦術機。その人型ロボットをコクピットのような空間に設置された二つのコントローラーと足元のペダルを用いて操作し、
実際のロボットのように動けばコクピットが揺れる上モニターのような画面が無い為、怪我防止に専用のスーツと専用のヘッドセットによる網膜投影が無ければ遊べないが、マクスウェルにとってそれは軍の技術者である父からの最高の誕生日プレゼントであり、一日最低一回は遊ぶお気に入りのゲームである。
だが、何故そのスーツを今着る必要がある?
そう質問を投げつける前に、父は口を開いた。
「……マクスウェル、実はな。
────戦術機は、実在するんだ。そして……
「……は?」
再び、呆けた声が漏れる。
どうやら父もこんな状況になったせいでおかしくなってしまったようだ、と悲嘆出来ればマクスウェルにとってどれほど良かったことだろう。
しかし、そんな父の目は濁っておらず、むしろ凛としていることから嘘偽りなく本当のことを言っていると理解する。してしまう。
「……着いたぞ。外で待ってるから早く着替えてくれ」
「ま、待ってくれよ父さん!!!」
会話を交わしていた間に目的地に着いたようで、父はマクスウェルの言葉を聞かずに車から降りてどこかへ向かって歩き始める。
「……もう、なんとでもなりやがれ……ッ!!!!」
現状を理解出来ず、半ばやけくそになりながらマクスウェルは着ている服を全て脱ぎ始めた。
バルジャーノンのスーツを着るためには下着を含む服を全て脱がなければならず、そのためマクスウェルはいつも風呂上がりにバルジャーノンを遊ぶことが多かった。
何故服を脱がなければならないのかは父から聞いていたが、素肌の上からこのスーツを着た方が怪我を防止する効果が高いらしい。
なおこのスーツの外見は非常に恥ずかしいものとなっており、前側のほとんどがぴっちりとした灰色の皮膜で覆われており、それが体のラインを強調するように張り付いてくるため実質色違いの裸のようなものだ。
しかしその他の腕や足、それと背中には機械的な装置と黒色の硬いパーツが装着されており、これのおかげで怪我をしにくい上怪我を負っても一目で分かるようになっている。さすがに軍の最新技術を使って作られただけあって、性能は現代のあらゆるスーツを凌駕していた。
着替え終わったマクスウェルはすぐさま車から降りて父の後を追い、目の前に聳え立つ建物の扉に飛び込むように入り。
「……マジ、かよ」
その広い格納庫のような場所で、この世界には存在しないはずのものを目にした。
────機械の巨人……戦術機を。
見上げることでようやく全貌を知れるほどの全高。戦闘機のような角々しい機械的なフォルム。腰に着いた戦闘機の推進器のような見た目をした戦術機の推進装置である
ゲームの中だけの存在だと思っていた戦術機が、確かに今、マクスウェルの目前に存在した。
しかも、見える機体全てがマクスウェルの知っているものであり、バルジャーノンで選択出来る機体として登録されているものだった。
一番左には、ゲーム中での対戦術機戦において特有のステルス性能により無敵とも呼べる性能を誇る薄緑の第三世代戦術機
その隣に二機連なって立っているのは、圧倒的にバランスの良い機体として登場したかなり使いやすい空色の第二世代戦術機
更にその隣にはそんなFー15の背部にある可動兵装担架システムをスラスターユニットに換装し、跳躍ユニットをより大型のものへ換装して機動力を大幅に上げた土色の第二世代戦術機
そして最後には、最初に開発された戦術機であり高い防御力をコンセプトにした灰色の第一世代戦術
その巨人達は、まるで自身を操る乗り手を待つかのように、黙してただ立っていた。
「……マクスウェルは確か、Fー15Eが一番慣れていたな」
「……おい父さん、これってどういう……!?」
後ろから突如と響いた父の声。その方へと振り向き現状を問いただそうとしたマクスウェルだが、その口は開いたまま固まることとなる。
なぜなら……父は今、マクスウェルと全く同じ格好、バルジャーノンのスーツを着ていたからだ。
「……俺はFー4に乗る。悪いが細かく説明する時間は無い。とにかくお前もFー15Eに乗ってくれ。コクピットは開けておく」
マクスウェルが呆然としていることに気付いていないのか、それともいちいち気にしていられないから無視したかは分からないが、返事を待たずに父はFー4の横にあるエレベーターのようなものに乗る。
それによってFー4の胴体まで近づいた父がエレベーターに備えてあるコンソールのようなものを操作すると、Fー4と三機あるFー15EのうちFー4に最も近い一機の胸部装甲が前面にせり出し、父はFー4の中へ乗り込んだ。その直後、せり出した装甲が元の位置に戻るとその頭部にあるセンサーが発光する。それがその機体が起動した証のようで、ゆっくりと巨大な足が歩みを始める。
「……ッ、後でたっぷり色々聞いてやる……!!!!」
恨み言のような独り言を呟いた後、マクスウェルも父と同じように胸部装甲がせり出したFー15Eの横にあるエレベーターに乗り込んで胸部付近まで登ると、開いた装甲内へ飛び込んだ。
内部にあった座席のような場所に座ると、網膜投影により様々な情報が視界に投影され始める。
『マクスウェル、聞こえているな?』
「うわっ!?父さん!?どっから声が!?」
唐突に父の声が聞こえたことで驚き、マクスウェルは取り乱してしまう。
『安心しろ、お前が今つけているヘッドセットからだ。まずそっちの起動シーケンスは全部俺の方でやっておく。お前は今のうちバルジャーノンの操作方法を思い出しておいてくれ。それの操作方法やコントローラーの配置はバルジャーノンのものとほぼ同一にしてある』
「……あ、本当だ」
そう言われ、初めてそのコクピット内を見回したマクスウェルは驚嘆した。
全くと言っていいほど、このコクピットはバルジャーノンのものと同じだったのだ。操縦桿から足元のペダル、果てには操縦桿の付近にあるサイドコンソールのボタン一つ一つの位置まで同一だった。
試しに操縦桿を手で握り、ペダルに足を添えて見たが、その感覚すら遜色ない。
ゲームをやっていた時の感覚を思い出しながら、操縦桿を前後左右に倒し引き金を引いたり、ペダルを踏んだりしてみるが、やはり違和感の一つも覚えない。
まるで……
と、そんなことを考えていると急に視界に『OBW』となにかのロゴのようなものが表示された後に、映る景色が一変し、先程まで居た格納庫の壁が視界いっぱいに写った。
ここまで来れば、マクスウェルもさすがに理解していた。
「……コイツのカメラからの外部映像か」
今マクスウェルの視界に映るのは、Fー15Eのカメラが捉えている映像であると。
マクスウェルが顔を横に向ければ、Fー15Eの頭部も同じ方向に向き、隣で既に歩き始めている父のFー4の姿を捉えることができた。
父は器用にFー4を器用に歩かせ、格納庫の端まで着くとクローゼットのような扉を開け……その中に所狭しと並べられた巨大な銃……戦術機用の突撃砲を取り出し、背部の可動兵装担架システムに二挺取り付け、更に両手にも銃を持ち合計四挺の突撃砲を装備した。
『マクスウェル、こっちまで来てくれ。これからお前の武器と増設タンクを渡す。それを取ったあとは……日本の四国へ向かうぞ、そこなら安全なはずだ。コイツの推力と燃料ならギリギリそこまで行ける計算だ』
「……は?なんで四国……ジャパンに行く必要が────!?」
何故四国、それも日本という遠い場所まで向かう必要性があるのか。それを聞き切る前に、何かが崩れたような音が格納庫内に響き渡った。
「何が……ひっ!!」
崩れた音の方を向けば……白い化け物が格納庫の壁を破壊して侵入してきたところだった。
母が食われた光景がフラッシュバックし、恐怖で体がすくみ体が動かなくなる。
逃げるための操縦桿とペダルを動かす四肢が、言うことを聞かない。
『マクスウェル!!!後ろに避けろ!!!』
しかし、その父の一喝で反射的に体が動き、機体を後ろへ後退させる。直後、格納庫中に銃声のような……マクスウェルにとって聞き慣れた戦術機の武装である突撃砲の36mmチェーンガンの発砲音が響き、白い化け物へ何発も銃弾が撃ち込まれる。
だが、戦車の主砲より威力の弱いそれでは化け物の肉体に傷一つつかない────
「────っ!?」
はずだった。
現実は違った。化け物はその銃弾により肉を抉られ、大部分が消し飛んだ頃にはピクリとも動かなくなった。
……何故だ?その疑問がマクスウェルの頭を埋める。
先程も言ったが、36mmチェーンガンは戦車の主砲より威力が弱い。ならば当然、戦車の主砲が効かなかった化け物に36mmチェーンガンが効かないことになるというのに。
「……たお、した……?」
先程まで人々を、軍すらも圧倒した化け物が、戦術機の放った数発の弾丸で絶命した。
……これなら、戦える。
最初に、その一言がマクスウェルの頭に浮かぶ。
母を殺した化け物に、やり返せる。……殺せる。
先程まで恐怖に埋め尽くされていたせいで湧いてこなかった怒りが、ぐつぐつと音を立てて煮えたぎってくる。
その感情に身を任せ、マクスウェルは行動を始める。
Fー4の隣まで機体を歩かせ、まず最初に銃を取り出し父と同じように四挺の突撃砲を装備させた。
すると視界の端にその装備の情報が投影され、2000と残弾のような表記が加えられる。更に跳躍ユニットに酷似した形をした燃料増設タンクを跳躍ユニットに被せるように取り付ければ、燃料の残量が大きく上昇する。
『……分かっているとは思うが、奴らに効く弾には限りはあるし、燃料もこれでやっとギリギリだ。道中は最短距離のルートを突っ切るから邪魔になるやつだけ撃て。母さんが殺されて奴らを恨んでいるのは俺も同じだ。だけど俺らは母さんのために生き残らきゃいけない』
「……わかってる。だから……邪魔な奴はみんな殺して、絶対生きてやる」
操縦桿を握る手に力が入り、ギリリとスーツが擦れる音が鳴る。
復讐したい気持ちは溢れんばかりにあるが、ここで自分が死んでしまっては、母が身代わりになってくれた意味を無くしてしまうことを理解していた。だからこそ、マクスウェルは復讐より生き残ることを選んだ。
『よし、今から格納庫のハッチを開く。開き切った瞬間にスラスターを全力で吹かして四国まで飛ぶぞ。……準備はいいか?』
「いつでもいい」
既に覚悟は決まっている。
あとはそれを行動に移し、生き残ることを最優先に考えるたけだ。
ゆっくりとハッチが開き、隙間から再び白の化け物だらけの外の地獄が目に映る。
『スリー……ツー……ワン……』
ペダルを踏みきる準備を済ませ、父の合図を待ち────
『────今だッ!!!』
ペダルを限界まで踏み込み、跳躍ユニットから炎を放出させながら開いたハッチから飛び出す。
ゲーム通りの凄まじい速度で加速し、そのスピードは後方からマクスウェル達に気付いた化け物達が必死で追いかけようとしても追いつけず、むしろだんだん引き離せるほどのものだった。
しかし、ある程度進んだところで……元々そこにいたらしい数体の化け物がレーダーの反応となって正面に現れた。そのままマクスウェル達が目視できる距離まで近づいたことで向こうもにこちらに気付いたらしく、正面から逃すまいと迫ってくる。
「鈍いんだよクソ虫が!!!」
先程までの怯えを怒りで消したマクスウェルは迷いなく操縦桿を動かして戦術機の腕を動かし、狙いを定めて引き金を引き36mmチェーンガンの弾丸を化け物に向かって放つ。
いくらゲームと現実という違いがあっても、慣れた手つきで放たれた弾丸は幾らか外れたもののほとんどが化け物に当たり、その肉を貫いて絶命させる。
『ナイスだマクスウェル!!!このままのペースなら早めに日本に着けるぞ!!!』
「……そういや、すっかり聞きそびれたんだけどなんで日本……しかも四国に向かってるんだ?こんな状況じゃどこが安全かも分からないのに、親父は……四国は絶対安全だって言ってるように感じるんだけど」
周囲に化け物の反応がないことを確認したマクスウェルは問いかける。
こんな状況ではどこが安全かなど分からないというのに、何故父は日本が安全だと分かっているかのように動くのだろうか。
今この状況がアメリカだけではなく、世界中で起こっているかもしれないというのに。
『ああ、それはだな……日本に着いたら話す。悪いが今は化け物がいつ現れるかも分からないから警戒しておきたい』
「……そうだよな。ごめん父さん」
確かにこんな状況だ。化け物がいつ現れるかも分からないのに話をしている暇なんてないと反省する。
気持ちを切り替え、マクスウェルは周囲を警戒しながら飛ぶ。その道中で何度か化け物に遭遇したが突撃砲で軽く蹴散らし、もうすぐ5時間が経とうとしたところで。
『……そろそろだ』
視界に大地……日本が見えてきた。ただし、化け物というおまけ付きで。
「やっぱここにも居るのかよ……ッ!!!」
こちらに向かってくる化け物に対し、即座に突撃砲を構え発砲しようと引き金を引いた。
ダダダダッカチン。
「……は?」
銃は弾丸を数発撃ち出すが……突如として弾の発射が止まる。
故障かと思い何度か引き金を引くと、視界に『突撃砲36mmチェーンガン、装弾不良発生』の四文字が表示され、ようやく現状を理解した。
「ちくしょうめ……こいつジャムりやがった!!!!」
頬に冷や汗が伝う。
どうすれば良いか分からなくなったマクスウェルは父のほうへ助けを乞うように顔を向ける。
……目前から迫ってくる化け物に気付かずに。
『……っ!!マクスウェル!!!』
「どわっ!?」
突如、父が慌てて機体を寄せてきたかと思えば、マクスウェルのFー15Eを突き飛ばした。
衝撃でコクピットが揺れ、脳みそがシェイクされるような感覚を覚える。
そのせいでバランスを崩し墜落しかけるが、即座に機体を動かし体勢を整えると、文句の一つでも言おうと父の方を見た。
「痛ってぇ!?何すんだ父さ────」
そんなマクスウェルの視界には……マクスウェルの代わりとなって化け物に胴体を噛まれ、海へ墜落していたFー4の姿が映った。
「────っ!!!父さん!!!!」
すぐさま逆方向へ反転し、マクスウェルは使えない銃を海へ放り投げると膝の装甲を展開。そこに格納された戦術機サイズのナイフである近接戦用短刀を片手に持たせ。
「離れろこの野郎!!!!」
胴体を噛みちぎろうとしている化け物の背に刃を突き刺し、それでもまだ暴れる化け物にトドメとしてもう一度刃を深々と突き刺す。
そうしてようやく化け物は動きを止め、胴体に食らいついた口を開くと転がるように海へ落ち、歯型がくっきりと残った胴体が顕となる。
「父さん!!大丈夫か!!!」
真っ先にそう問いかけると、ノイズ混じりで父の音声が聞こえ始めてきた。
『……ああ、どうにかな。だがもうこの機体はダメだ、海水が入って跳躍ユニットはもう使い物にならない。
……クソっ、ダメだ。左腕が動かない……骨折したか。なら
「……?父さん……もしかして出られないのか!?」
いつまで経ってもコクピットから出てこない父の焦った声色から、今父はそこから出て来れない状況にあるのではと予想し、視界にFー4の機体ステータスを映し出す。
そこで『コクピットハッチ破損、緊急脱出不可、緊急破壊脱出不可』と書かれた表記を見たマクスウェルは大慌てで短刀をコクピットに構えた。
今の父のFー4はどう足掻いても内側からコクピットが開かない状態だ。ならば手は一つ。
「父さん!!今ハッチを切るから後ろへ下がってくれ!!!」
『すまない、助かる!!!』
開かないのであれば外から切り開けばいい。胴体の中央、コクピットブロックがある箇所へ短刀の狙いを定め……
「オラァっ!!!」
誤って父ごと刺さないよう装甲だけを貫く力加減で突き刺す。
さらに、その状態で短刀を上下左右に動かして刺した穴を人1人が通れる程度に広げる。
開いた穴から父の姿が見えたマクスウェルはすぐさま負傷した父を引っ張り出すためサイドコンソールを操作しコクピットを────
ピーッピーッピーッ!!!!!
開ける前に、その警告音……敵の出現時に鳴るその音がコクピットに響き渡る。
「ッ!?……おいおい……嘘だろ」
レーダーを見れば、マクスウェル達が来た方から夥しい数の化け物の反応が迫ってきていた。
わざわざアメリカから追ってきたというのか。その化け物共は真っ直ぐとマクスウェル達に迫ってきていた。
接触するまでの時間は……残り三分。
「……クソっ!!!急がないと」
残された時間が少ないことを確認し、大慌てで行動を開始する。
サイドコンソールを操作し、コクピットを開けようとした所で……異変に気付いた。
「……は?なんだこの表示……ッ!?操作が効かない!?」
いつの間にか、マクスウェルの視界には大きく『自動操縦モード』と表示されており……あらゆる操作が一切効かなくなっていた。何かを操作した瞬間に目の前の文字が光り、操作の一切が戦術機側から拒否される。
しかし、Fー15Eはまるで誰かからの命令を受け取っているかのように勝手に動き出し、父を置いて四国に飛び始める。
「!?おいふざけんな!!!なんで勝手に動いてんだよ!?」
『……すまんな、マクスウェル。まだあれだけの数の敵を近づける訳にはいかないからな……こうするしかなさそうだ』
「っ!!父さん!?何したんだよ!!!」
父からの通信に、怒鳴るように言葉を返す。
口調からして父が何かしたことは間違いなかった。ならば父は自分を引き離して何をする気だ。そう考えても答えは浮かばない。────だが、直後その答えは判明することになった。
『……俺を囮に化け物を集めて、コイツに内蔵している
「なっ────」
『Sー11』。その兵器の名前が聞こえた瞬間、マクスウェルは絶句した。
それもまたバルジャーノンで登場する兵器。しかし、もしそれの威力や運用方法がゲーム通りならば……
「バカな真似はやめてくれ父さん!!!……自爆する気だろッ!!!!」
そう。Sー11はゲーム中に登場する一種の爆弾である。しかしその威力は戦術核に匹敵し、作中でも威力だけなら最強格に入る程だ。……しかし、その運用方法が問題だった。
基本的には設置して時限爆弾として使うこともできるが、なんとその爆弾は戦術機に装備させることが可能である。ただしその場合は……緊急時に敵を巻き込んで自爆するという倫理観が皆無なものであった。
ゲーム内では死に体の状態で最後に大量のスコアを稼ぐための最後っ屁のような扱いの兵器であったが、現実なら話は違う。それだけの威力の爆弾を戦術機が耐えられるわけもなく、自爆すれば当然パイロットは死ぬ。
「やめてくれ……やめてくれよ父さん!!!!クソっ、戻れよ!!!頼むから言うこと聞いてくれよ!!!」
離れてゆく父に必死で訴えるが、聞き入れる様子は無い。
機体を動かせるなら、今すぐにでも父のいる場所まで向かい無理やりにでも引っ張り出して連れ出したいのに、自動操縦モードは解除されず、機体は言うことを聞かない。
『……マクスウェル、最後にお前に言っておかなきゃいけないことがある。……聞いてくれ』
「……嫌、だっ……!!!!」
父の穏やかな声色の言葉を跳ね除け、マクスウェルは目からこぼれ落ちる涙を拭い、叫んだ。
母を失ってしまったのに、更に父まで失うのは嫌だ。それに自分一人逃げれたとしても、家族のいない世界になど居たくはない。それにまだ……何も返せていない。
言いたい言葉がありすぎて、口から上手く言葉が出ない。
父の近くには既に化け物が群がっており、獲物を品定めでもするかのように父を睨んでいた。
それでも、恐怖で怯えてもおかしくないというのに、父は変わらず穏やかな声色で話しかけてくる。
『……ごめんな、母さんを守れなくて。俺の仕事にお前を巻き込んで。あんまりお前にかまってやれなくて。……ごめんな、お前を一人にして』
これが今生の別れだと言うように、父が言葉を紡いでゆく。
そして……
『……こんなダメな親だけど……俺はお前のことをずっと……愛してるぞ』
優しく、暖かいその一言を最後に、通信が切れる。
「……ッ!!!父さ────」
咄嗟に父の居る方へ手を伸ばす。だが、マクスウェルのその手は届くことなく。
父の乗るFー4を中心とした巨大な爆発が起こり……化け物がそれに巻き込まれ、吹き飛ばされていった。
「父さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」
「ううっ……ぐすっ……父さん……母さん……」
自動操縦モードによってなされるがままの状態の間、マクスウェルはコクピットで絶えず泣いていた。
母に続き、父までも居なくなってしまった。もう、希望など無かった。
このままコクピットの中で死のうかとも考えていた矢先、ピピッと軽快な電子音が鳴り響き、Fー15Eがどこかへ足を着けた。その直後自動操縦モードが解除され、マクスウェルの手に戦術機の操縦権が戻ってくる。
「……今更戻すなよ、ぶっ壊すぞクソ野郎」
先程まで言うことを全く聞かなかったくせに、今更従順になったとしても不愉快なだけだった。
少しでもぐちゃぐちゃになった感情が纏まれば良いと思ってコクピットの壁を強く叩くが、感情は変わらず混ざりあったまま。マクスウェルはコックピット内で膝を抱え、黙り込む。
……静寂が、コックピット内を包んだ。定期的な機械音のみが鳴り響き、それ以外の音は一切聞こえない。
「……僕、一人だな」
改めてその事実を認識する。
家族は皆死んだ。もうこの世界に自分しか居ないのではないかと思えてしまう。
「……千景」
そんな中で頭に浮かんだのは、日本に来て初めてできた友達である
共に色々なゲームをして笑いあったり、家に篭っている千景を引っ張り出して近くの山にあった神社まで散策に出かけたりした記憶が、鮮明に浮かび上がってくる。
父と母が死に、アメリカにも帰れなくなった今……マクスウェルの知人で会える希望があるのはその少女だけ。
「……っ」
胸を苛む孤独感に耐えかねて、マクスウェルは跳躍ユニットに火を入れ千景の住む高知県の村まで訪ねることにした。
父の話から察するに四国は安全なようであり、高知に住む千景なら無事だろう。
その確信に近い予想に基づき、燃料を使い切った増設タンクを排除した後跳躍ユニットから火を吹かし、現在自らのいる瀬戸大橋から高知目掛けて飛び始める。
しかし、さすが戦術機と言うべきか。アメリカから日本までを5時間で横断できた速度は伊達ではなく、数分で高知まで到着し、見慣れた村が視界に映った。
人目につかないよう千景の家の近くの山にFー15Eを着地させ、跪かせるような体勢に変えてからコクピットを開き、飛び降りる。
慣れた景色を味わうこともせずに、足を全力で動かして目的地に向かう。
草や枝が生い茂る獣道を転がり落ちるように走り抜け、道路に出て右に歩けば、それはあった。
「……頼む、居てくれ」
息が上がり、心臓の音が強くなってゆくのを感じながら、その一軒家の前に立ちインターホンを鳴らす。
直後、扉の向こうからどたどたと大きな足音をたてながら誰かが扉の前まで来ると、ガチャンという音と共に扉が開く。
「……マクスウェル君……?その格好は?」
「げっ……」
そこから現れた三十代程の男性を見た瞬間、マクスウェルは顔をしかめた。
マクスウェルを見て首を傾げるその男は千景の父であるのだが、マクスウェル本人はそれに対して良い感情を持っていない。
無邪気な子供がそのまま大人になったような存在の千景の父は、千景に対して育児放棄紛いのことをしていた挙句、千景が学校で虐められていたことに気付きもせず干渉もしてこなかったからだ。
端的に言って屑同然のその男に、胸の内で嫌悪感を溢れさせながらなるべく平然を装い、口を開く。
「今はそんなことどうでもいいです。それよりも、千景は今居ますか?」
「ああ……千景ならさっきどこかへ行ったよ。今流れてるニュースのせいだと思うけど、どこへ行ったかは知らないよ」
「……っ!!!」
それでもお前は千景の保護者か。と、千景を微塵も気にしていない様子の男に苛立ちが募っていくが、幸いマクスウェルは千景の行きそうな場所は把握している。
すぐさまその場から駆け出し、来た道を戻って山に戻ると獣道の途中から道を逸れて、その先にある……よく千景との待ち合わせ場所にしていた古い神社へ向かう。
「千景っ、千景……!!!」
少女の名前を呟きながら走れば、あっという間に神社へ到着し……開いた神社の戸の先に、その背中を見つけた。
「千景っ!!!」
その背に向かって全力で叫ぶ。
すると、長い黒髪を靡かせながら、千景がおそるおそるといった様子でこちらへ振り向いた。
「……マクス、ウェル?」
戸の隙間から、その見慣れた顔が見え、聞きなれた声が聞こえた瞬間。
「……っっっ!!」
マクスウェルの胸の内で何かが崩壊し、千景の居る方へと走り出した。
神社の戸を更に開き、中に入って千景の目の前まで近づく。
「なんでここに……?アメリカに帰ってたはず……」
なぜか両手で大鎌を持っていることも、困惑して固まっていることも気にせずに、マクスウェルは両腕を広げ────思いっきり千景を抱きしめた。
「……!?!?!?」
「……無事で、よかったっ……千景まで居なかったら……僕はっ……ぼくはぁっ……!!!」
感情のままに言葉を吐き出すマクスウェルの目から、涙が溢れ出す。
目の前に千景がいる。その事実を確かめるように、強く、強く抱きしめた。
そうして千景の温もりを感じながら、同時に、マクスウェルは心の内で一つの誓いを建てた。
もう、これ以上奴らに奪わせない。この手から大切なものを零さないように。
そのための力は、父が遺してくれた。ならばマクスウェルはその力を以て、この先何があろうと────
────奴らから、
西暦2018年7月30日。
『……起きて……マクスウェル……時間よ、起きなさい……!!』
「……んがっ」
ヘッドセットから響いてきた千景の声で、マクスウェルは自らの
「やべっ!!悪い千景、寝落ちかましちまった!!!」
『もう……しっかりしなさい』
どうやら寝落ちしていたらしく、呆れたような千景の声を聞いたマクスウェルは大慌てで落ちていたシステムを起動すると、視界を今自らが乗っているFー15Eと連動させ網膜に投影する。
視界に映ったのは、よく飛行機の滑走路に似た道路……丸亀城付近に新しく作られた戦術機用の滑走路だった。
そこでマクスウェルは、自分は今から完成したこの滑走路に作られた
「こちらマクスウェル・幕洲・テルミドール、遅れてすいません、準備完了しました!!!」
ヘッドセットの先にいる現場監督の人に遅れたことを謝ってから機体を動かし、戦術機を加速させ飛ばすための足場の前に立たせる。
『わかりました。これより戦術機用滑走路の射出機試験を行います。マクスウェル君、予定通りにお願いしますね』
「了解!!!カタパルト接続開始!!!」
優しい声色のその声に軍人気取りで返事を返し、事前に記憶した手順を頭の中で思い出しながらFー15Eの足を射出機に乗せる。直後、固定用のアームのようなものが展開され、Fー15Eの足を掴むようにして機体がしっかりと固定される。
「接続、並びに固定完了!!!跳躍ユニット起動!!!いつでもいけます!!!」
甲高い音をたてながら跳躍ユニットが起動し、マクスウェルはペダルに足をかけていつでも飛べるように準備する。そうして全ての準備が完了すると、再びヘッドセットから声が響いてきた。
『それでは、射出機の射出タイミングを譲渡します。頑張ってくださいね』
「了解!!!射出機起動!!!Fー15E、マクスウェル・幕洲・テルミドール……
自らに気合いを入れるように叫び、マクスウェルはペダルを踏み込んだ。
直後、射出機によって機体が急加速を始め、体が後ろへと引っ張られる。
「うおぉっおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
急激な加速に気分が悪くなるが気をしっかり保ち、再びペダルを踏むと次は跳躍ユニットが火を吹かし始めた。そしてある程度加速したところで射出機の固定が解除され、そこで跳躍ユニットの出力を上げて空へと飛び始める。
初めにある程度加速していたこともあり、かなりの速度で上昇したマクスウェルは空から地上の景色────今はバーテックスと呼ばれる三年前に襲来した化け物達の被害から逃れた四国を一望する。
当時は人々が混乱し街も荒れていたが、様々なことが起こって今やその影は跡形もなく消えており、平和と言っても過言では無い状態へと戻っていた。
だからこそ、その景色を見たマクスウェルは改めて誓う。
「奴らにここを……千景のいるこの世界を、奪わせはしない」
これは、機械の巨人を以て勇者と共に厄災へ抗う、一人の少年の物語である。
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