勇者では無い者のレジスタンスーバトンを渡せない少年ー 作:蒼京 龍騎
久しぶりの投稿になります。知り合いに急かされていたというのに完成が遅れてしまった……
その分長く書いたはずなので、楽しんでいただけると嬉しいです。
西暦2018年、八月末。
『「うどんと蕎麦、どちらが優れているか!!!!」』
「……また始まってるなぁ、乃木さんと白鳥さんのそばうどん論争」
内装を一部改装され、学校になった丸亀城内にある放送室にて無線機の先にいる少女の声と言い争いを始めた少女を見て、マクスウェルは呆れて呟いた。
今マクスウェルの目の前で話す少女の名は
ここで言う勇者とは、土地神から力を授かりバーテックスに対抗出来る者のことであり、今現在勇者はその二人とその他四人……四国に五人と長野県に一人存在し、マクスウェルの幼馴染でもある千景もその中に数えられている。また、その全員が三年前のバーテックス襲来時に勇者として目覚めている。
更には、この場には居ないが巫女という土地神の声……正確には象徴と暗示によって伝達される情報を伝える者も居る。
そんな勇者と巫女は、すべて幼い少女である。
穢れを忌み嫌う神に触れることができるのは、無垢な少女だけだからだ。
「もちろん、うどんの方が優れているに決まっている。比べるまでもない」
『ええ、比べるまでもなく、蕎麦の方が優れているのは明らかです』
「……何を愚かな。貴様は香川のうどんを食ったことがあるのか?あの玄妙な歯ごたえ、輝かんばかりの純白さ、毎日三食食べても飽きない奥深い旨み……蕎麦など及びもつかん」
『フフフ、あなたこそ長野の蕎麦を食べたことがあるのですか、乃木さん?気品あふれる香り、程よい細さと喉越しの良さ、麺とつゆの絶妙な交わり……うどんよりも遥かな高みにあります』
現在進行形でそばうどん論争(マクスウェルが勝手に名付けた)に熱が入りだした若葉は、現在四国の勇者達を纏める暫定的なリーダーとなっており、歌野は四国からかなり離れた場所にある長野県の諏訪湖東南にある集落を一人で守護している。
なお今こうして話している若葉と歌野だが、通信のみでしか話したことがなく、実際に会ったことは無い。
この場で歌野と会ったことがあるのはマクスウェルのみである。
元々長野は諏訪湖を中心として広い範囲が安全であったが、度重なるバーテックスの襲撃により幾つもの地域が侵攻され、現在残っているのは諏訪湖東南の一部のみという惨状である。
そのため長野が一年ほど前に土地が減ったことによる食糧難に陥ったことがあり、四国から救援を送る案が出たが……距離が離れていることもあり勇者を派遣する訳にもいかず、自衛隊を送ろうにも四国から出た瞬間バーテックスに倒されるのが良いところ、ということで諦められる。
……かに思えたが、そこでマクスウェルが戦術機を使った高速コンテナ運送を提案して許可が下りることとなった。
マクスウェルがその時既に戦術機について調査、勉強し熟知していたことでメリットデメリットをしっかり明確にしたプランを書いて提示したことが効いたようで、あっさりと許可は下りた。
そのためマクスウェルは何度か長野に戦術機で向かったことがあり、その際に歌野とも会っているため面識はある。なお初めて会った時に、コクピットから出てスーツを見られた際「きゃぁぁぁぁ!!!変態ぃぃぃぃ!!!!!」と歌野に叫ばれたが今となってはいい思い出……いや未だに十分トラウマものである。
今でこそ長野はある程度の自給自足ができるようになり救援物資を届けに行く機会が激減したが、こうして若葉と歌野が定期通信として話している所に入り、一緒に話すことが多々あるのだ。
ただ……マクスウェルは一度そばうどん論争をしている二人に話しかけたことがあり、その時は論争に巻き込まれた挙句どちらが好きかという質問に食べたことのある蕎麦を言ってしまったせいで若葉から死ぬほどうどんを食わされた為、今は黙って二人の論争を見守っていた。二度とそばうどん論争中には入らないとマクスウェルは自分に誓っている。
「…………」
『…………』
と、話が終わったのか、二人が黙り込む。
「やぁ、二人とも」
それを話しかけるチャンスと捉えたマクスウェルはすかさず軽い挨拶を行い、会話に入り込もうとする。
が、マクスウェルはどうやら
「……すいませんなんでもないです僕はこの辺で……」
「幕洲……お前はそばとうどん、どちらが優れていると思う?」
マクスウェルはそそくさと逃げ出した。しかし回り込まれてしまった。
頭の中でゲームによくある選択肢を選ぶ画面が出現し、再び逃げるかここで返事を返すかの二択を迫られるが、マクスウェルは真っ先に逃げるにカーソルを合わせ選択する。が、もう逃げられない!!!と表示される。
確かにもう逃げようが無かった。返事をするしかこの場を凌ぐ方法がない。
『もちろん、前と同じく蕎麦だと思いますよね、幕洲くん?』
「もちろん、前にたっぷり食わせたからうどんだと思うよな、幕洲?」
「……助けて」
前と同じくという部分をやけに強調して、声だけだと言うのに恐ろしい威圧を放ってくる歌野と、声に加えて顔まで恐ろしい形相になっている若葉に板挟みにされ、逃げ場が完全に無くなる。
もしうどんと言えば次に救援に行った時に歌野から死ぬほど蕎麦を食わされ、もしそばだと言えば明日にでも若葉に近くのうどん屋に連行され死ぬほどうどんを食わされ、どちらとも良いと言えばその二つが同時に襲いかかってくる。
なので実質的にそばかうどんのどちらかを選ぶしかない。だがどちらかを選んだとしても待つのは地獄である。その道がうどんの麺か蕎麦の麺のどちらかでできていること以外に違いは無い。
「…………」
『さぁ、どっちですか幕洲くん!!!』
「さぁ、どちらだ幕洲!!!」
マクスウェルは腹を決めた。麺を入れる方の腹ではなく、決意の方の腹を。
「どっちとも良いと思うよ、僕は」
あえて自ら最大の地獄に落ちる。それがマクスウェルの選択だった。
こうすればどちらか片方の機嫌を大きく損ねるより、二人の機嫌を少し大きく損ねるだけで済む。マクスウェルとしては、なるべく勇者達からの信頼を損ねたくないのだ。
「……へぇ、乃木さんにうどんをたらふく食べさせられて寝返ってしまいましたか幕洲くん……ふふふ」
『幕洲……お前はまだうどんの良さを理解していないようだな……うどんを食べ足りていないと見た』
「あ、アハハ……」
目の前の修羅二人の声を聞きながら、マクスウェルは乾いた笑みを浮かべる。
と、そんな状況に救いの神が降りた。
キーンコーンカーンコーン。と鳴り響いたのはチャイムだ。神はまだマクスウェルを見捨てていなかった。
「じゃ、じゃあチャイムも鳴ったことだし僕はそろそろ部屋に戻るよ!!!この後Fー15Eの点検あるから!!!白鳥さんまた明日!!諏訪の無事と健康を祈ってます!!!」
これを好機と見たマクスウェルは早口で挨拶を済ませ、歌野の返事を聞かず足早に放送室から去った。
翌日。
今日から九月となり、長い夏休みを終えて新学期が始まる。
しかしマクスウェルに新学期が始まるという初々しい気持ちは微塵もなかった。夏休み中も学校に通い勇者達と同じく訓練を受け続けていたため、当然と言えば当然である。
マクスウェルは勇者達とは違い、唯一バーテックスに対抗出来る兵器である戦術機のパイロット
勇者達とマクスウェルは義務教育をまだ終えていない身であるため普通の学校と変わらない授業を受けるが、その後バーテックスと戦うための訓練を丸亀城内でする勇者達とは違い、マクスウェルは訓練となると付近の自衛隊基地に赴くことになる。
そうして、そこの格納庫にて格納されている戦術機Fー15Eの整備や操縦訓練を行ったり、自衛隊員達と混ざって体力を鍛えることが主であり、勇者達とは訓練する内容が大きく違う。
「考えるのに夢中になりすぎた……眠い」
「馬鹿ね……早く寝れば良かったのに」
「ぐふっ……お、幼馴染が辛辣で辛いよ……」
隣で歩く幼馴染から辛辣な言葉を貰ったマクスウェルは、胸を殴られたような感覚を覚え苦しげに呻いた。
現在二人は丸亀城内に存在する勇者達が通う教室へ向かって歩を進めているところであったが、昨夜に今日が登校日だということも忘れ、徹夜で戦術機に組み込むプログラムを考えていたマクスウェルの足取りはおぼつかないものだった。
「……まるで酔っぱらいみたい」
「そう言わないでくれよ千景、普通に歩こうとしてこれなんだ……」
確かに今マクスウェルの歩き方は酔っ払いのそれと同じであり、傍から見れば酔っているようにも見える。だが普通に歩こうとしても、どうしても足が上手く動かないのでどうしようもない。しかし歩く速さは普段となんら変わりは無く、いつも通りの時間に教室へと辿り着いた。
「おはよう、皆」
「……おはよう」
扉を開けて教室内へ入り、二人は視界に入った三人の少女へ向かって挨拶を送る。
「来たか、二人とも。おはよう」
「お!!!二人ともおはよー!!!」
「二人とも、おはようございます」
最初に黒板の前に立つ若葉、それに続くように二人の少女が挨拶を返してきた。
小柄な体を弾ませるように動かす、活気溢れる
性格こそ正反対の二人だが、まるで本当の姉妹であるかのように仲が良い。
三人からの挨拶を貰ったマクスウェルと千景は自分の席へ向かい、机の上に教科書を広げ机にしまい始める。
「おはようございます、皆さん」
ちょうど準備を終えた時に響いた声に反応して入口を見れば、穏やかな声と表情に気品溢れる立ち居振る舞いと、とても同学年と思えない少女……巫女である
と、そんなひなたに向かって球子が視線を上半身に……正確には同年代よりも膨らんでいる箇所に向け、自分のものと見比べるように数度視線を往来させた。
「くぅ、いつもいつも見せつけてきやがって……こんな悪魔のブツ、今すぐ成敗だっ!!!」
そして悔しげに言ったかと思えば、唐突にひなたの胸に手を伸ばし、胸を揉み始めた。
「ちょっ、タマっちさん、胸、揉まないでください!!!」
「揉んでないっ!!!むしろ、もぎ取ってやるっ!!!」
「……これが
暴走する球子と恥ずかしがるひなたを見て、マクスウェルは微笑む。
喧嘩をしている二人が仲睦まじく見えて微笑ましかったというのもあるが、以前聞いただけの日本の文化……女の子と女の子が仲良くする百合というものが、どれほど素晴らしいものなのかを改めて実感することができた喜びもあり、口角が自然と上がってしまう。
「は〜な〜せ〜!!!タマはあの悪魔のブツを成敗せねばならんのだーっ!!!」
「落ち着け、土居!!!」
「そうだよ、タマっち先輩はまだ成長途中なんだよ!!!」
「うわ〜んっ!!!なんかあんずにも上から目線で言われたっ!!!」
「……ああ、本当に微笑ましいねいだだだだっ!?!?」
和みすぎて若干悟りを開きかけていたマクスウェルだが、突如左腕に走った痛みで我に帰る。
焦って隣を見てみれば、千景がマクスウェルの腕を強い力で掴み、じっと睨むように細めた目で見ていた。その目はなにか、黒い感情を含んでいるように感じる。
「…………」
「……?千景、どうかしたのかい?」
「…………」
千景から無言の圧力をかけられる。
どうすればいいのか分からないマクスウェルは、現状を打破するための策を頭の中で考えるが、喋り出さない千景に対して行える行動が限定されすぎていて迂闊に動けない。
「おはよーございまーす!!!
そんな時に、活気に満ち溢れた声と共に一人の少女が教室に飛び込むように入ってきた。
少女の名は高嶋友奈。勇者の一人である。
友奈は教室に居る皆に挨拶を交わすと、マクスウェル達のいる方へ近づいてくる。
「おっはよー、ぐんちゃん!!!まっくん!!!」
「おはよう……高嶋さん」
「あ、おはよう高嶋さん」
愛称で呼ばれた二人が挨拶を返すと、友奈は千景の隣にある机に荷物を置き始める。
そこでマクスウェルは、既に千景の手が離れていることと、痛みがすっかり消えていたことに気づいた。
「今日は……遅かったね」
いつもはここまでギリギリの時間に来ることがなかったからか、千景が尋ねる。
「うん。昨日、格闘技のテレビ番組を見て、見よう見まねで練習してたら興奮しちゃって眠れなくなっちゃって。てい!!!縦拳!!!回し蹴り!!!」
友奈は嬉々として拳を振るい、体を回転させて足を突き出す。
しかし体を回転させたせいでスカートがふわりと浮かび上がり、下着が見えそうになる。
「……高嶋さん。活発なのはいいことだと思うけど、下着見えそうだったよ……決して僕は見てないけど」
「高嶋さん……あんまり足、高く上げない方がいい……パンツ、見えそうだから」
「あ!!!えへへ……」
二人の忠告に顔を赤くしながら、友奈がスカートを押さえる。
(……それにしても、本当に良かったな。こうして千景にたくさん話しかけてくれる子がいるのは)
誰にも、特に隣に居る千景には聞こえないようにマクスウェルは心の内で呟いた。
以前まで千景は、とある出来事によって一部の人を除いた他人と壁を作るようになってしまっていた。
故に人との交流をほとんどしない千景だったが、高嶋友奈という誰とも分け隔てなく接する少女が現れ、積極的に友奈が話しかけているおかげか三年前より雰囲気が少し明るくなったように感じる。
それが、出来れば千景に人との交流を持てるようになって欲しいと願うマクスウェルにとっては、何よりも嬉しい出来事だった。
と、そんな考え事をしていればチャイムが鳴り響き、立っていた勇者達が一斉に座り始める。
しばらくすると教室の扉が開き、担任の教師が入ってきて教卓と黒板の間に立ち、授業が始まる。
最初の二時間程度は一般的な学校と同じような義務教育としての授業が行われ、その後バーテックスに対抗するための訓練が始まった。
新学期最初の訓練には、三年前のバーテックスと自衛隊が戦った映像記録を見せられた。
街中に現れたバーテックスに対して、戦車や自衛隊員が砲弾やライフルの銃弾を浴びせる。しかしバーテックスは傷つくどころが怯みさえせず戦車と自衛隊員に向かって群がり、戦車は鉄の装甲を容易く食いちぎられ沈黙し、自衛隊員は生きたまま貪り食われる。
「……っ!!」
三年前にニューヨークで見た光景が掘り起こされ、胃の内容物が迫り上がる感覚に襲われたマクスウェルは口元を手で押さえる。
何度見ても、この光景には到底慣れそうにも無かったし、慣れたくもなかった。
映像を見る度に腸が煮えくり返り、心臓が鼓動を早める。
「大丈夫?無理なら私が代わりに言っておくから、医務室に行きなさい」
「……大丈夫だよ。ありがとう千景」
気遣うように言う千景に対して、マクスウェルは礼を言った。
映像で見た通り、バーテックスに通常の兵器は通用しない。
しかし勇者達の専用武器と、戦術機の扱う武装は何故かバーテックスに通用する。
そこで
当然、大社は通常兵器でもバーテックスの討伐が可能となるその刻印の解析、他の兵器への転用を目論んだが……結果的には失敗に終わっている。
その刻印と突撃砲の弾丸は相当特殊な代物であったようで、弾丸自体が突撃砲にしか使えず転用も利かない専用で希少なものである上、そのサイズに合うようにぎっしりと複雑怪奇な刻印が刻まれているため弾丸自体の複製は容易であったが刻印を拡大縮小しての利用は不可能となっていた。
実際に、それぞれ拡大と縮小を行った刻印を刻んだ砲弾でバーテックスを攻撃した実験が行われたが、全く効果を発揮しなかったことから、戦術機のみがその弾丸を用いてバーテックスと戦うことが可能であることが証明された。
「バーテックスに対抗できるのは勇者と戦術機のみです。あなたたちの力が必要なのです」
映像が終わり、教師が告げる。
その言葉も、先程の映像も、マクスウェル達にとってはもう嫌になるほど見聞きしたものだった。
バーテックスとは何者なのか。
なぜ人類が攻撃されるのか。
具体的なことは一切不明である。
分かっているのは、バーテックスが人類を襲う敵であり、土地神が人類を守るために力を貸してくれているということだけ。
「どうせだったら……土地神が戦えばいいのに……」
不満げに千景が呟く。
確かに土地神自身が戦えば事は早く済むとは思うが、神は神なりに様々事情があるのだろう。理由があるとすれば、四国を守ることに力を費やしているから人類に力を貸すだけで精一杯、といったところか。
「多分、戦ったんだと思いますよ。ほら、バーテックスが攻めてくる前に、地震とか災害とか起こってましたし。あれ、土地神がやりあってたせいだったんじゃないですか」
「…………」
球子の考えに千景は何も言い返せなかったようで、ふてくされるように黙り込んだ。
そうして映像を見る訓練が終わり、戦闘訓練が始まる。
次に若葉達勇者はこのまま丸亀城に残り多様な訓練するが、巫女であるひなたと衛士であるマクスウェルは訓練場所が異なるため、ひなたは大社から派遣された大人にどこかへ連れて行かれる。
「ああ、訓練の励む若葉ちゃん……きらめく汗、上気する肌……その姿を、私の若葉ちゃん画像コレクションに加えたいのに……」
その際若葉に対する感情が常に爆発しているひなたは、訓練中の若葉の写真を撮れないことを残念そうにしていたが、そんな我儘が通るわけもなく連行されて行く。
「……さて、僕も基地に行って相棒の調子を見ないとね。それじゃあ皆、また昼に」
「……またね、マクスウェル」
「ああ、また昼に会おう」
「またねーまっくん!!!」
「また昼にな!!!」
「頑張ってください、幕洲くん」
マクスウェルも皆と挨拶を交わすと、ひなたと同じように丸亀城を後にした。
「まっくーん!!!一緒にご飯食べにいこーっ!!!」
自衛隊の基地にてFー15Eの点検と試運転、そして過酷な訓練が終わり、休憩室で一息ついていたマクスウェルの耳に随分と元気な声が響く。
「……ははっ、元気なことで」
向こうも訓練を受けていただろうに、まだ元気が有り余っていそうな友奈に呆れ気味な声が漏れた。
「すいません
「ああ、分かった。楽しんでくるといい」
マクスウェルは隣に居る自身の訓練担当である
ロッカーにしまっておいたタオルを取り出して体の汗を拭き、上着を着た後休憩室を出る。
外に出ると、顔パスで通れるようになったおかげで堂々と自衛隊基地に入っている六人の姿があった。
いくら丸亀城の近くにあるとはいえ徒歩となると少し大変な道のりになるというのに、この六人は律儀なことに自らの訓練が終わる度に集まりここまで来ているのだ。
「毎回来なくてもいいって言ったのに。そっちも大変だろう?」
「いや、皆で食べようと提案したのは私だからな。本当は私一人で呼びに来るべきなんだが……」
「……あの二人が、ね」
「皆で呼びに行った方がいいんじゃないかなって、いつも言ってたんですけどね……」
「……すっかり別のものに夢中になってるみたいです」
四人がチラリと右を向く。
「うおーっ!!!いつ見てもでっかー!!!!」
「久しぶりにまっくんの相棒見た気がするよー!!!やっぱり大きいねー!!!!」
四人の視線の先には、訓練で使っていた関係上、外に出されているFー15Eを見上げて目を輝かせている球子と友奈が居た。
戦術機は現在Fー15E一機しか無い上、本来ならば有用性などほぼ皆無なため存在しないはずの人型兵器。その希少性と異常性に加え、勇者の皆は見る機会が極端に少ないからか、見れる時となると二人はああなるらしい。
「アハハ……まぁ、戦術機はあれしか無いし、皆は滅多に見れないからね。毎回訓練で実機出してたら修理費で四国の物資が吹っ飛びかねないから……冗談抜きに」
戦術機は機械である為、使う度に点検や破損箇所の修理は必須である。しかし、ただ修理するだけでもかかる費用が自衛隊の保有する戦闘機などと比較できないほどに高く、日頃戦術機による訓練をしてしまえばすぐに四国全ての資金が枯渇してしまう。これは、四国に戦術機の修理パーツを作れる程の工場が少ないことも影響している。
そのため、戦術機の訓練はシュミレーターによる仮想訓練がほとんどだ。しかし今日のように訓練が本格的に始まる日などは、腕が鈍っていないか確かめるため実機に乗ることができる。
「っと、もうこんな時間か。急がないとご飯がゆっくり食べられなくなるな……高嶋さーん!!!土居さーん!!!僕もう行けるよー!!!!」
時刻を確認したマクスウェルは二人の方へ顔を向け、息を大きく吸い込んでから叫ぶように呼びかけた。
声に気づいてくれたようで、二人は皆が集まる場所まで大慌てで走ってくる。
「ごめん!!すっかり戦術機に夢中になってしまった!!!許してくれタマえ!!!!」
「ごめんねまっくん!!!私から呼んだのに……」
「そんな謝らなくていいよ二人とも、僕も夢中になって周り見えなくなることあるし。
……さて、これで皆揃ったし、ご飯を食べに行こう」
謝る二人に言うと、マクスウェルは皆と共に自衛隊基地から離れ、丸亀城へと歩き始めた。
「……それにしても本当にカッコよかったなぁFー15E……なぁ幕洲、今日が訓練の開始日だったしあれに乗ったんだろ?」
各々が話しながらしばらく歩いたところで、ニヤニヤと笑いながら球子が聞いてくる。
その笑みは、何か期待のようなものを含んでいるような嬉しげな笑顔である。
「え?乗ったけど……」
「今度良かったら一緒に乗せてくれ!!!!タマも空飛んでみたいぞ!!!」
「あー!!!なら私も乗りたいな!!!空をびゅーんとひとっ飛びしてみたい!!!」
キラキラと目を輝かせてながら球子と、それに同調するように友奈が詰め寄ってくる。
勇者と言っても空を飛べるわけでもないため、二人はそれができる戦術機に乗りたいらしい。……しかし戦術機はただで飛ばせる代物ではないため、マクスウェルは顎に手を当て思い悩む。
「うーん……今日の訓練で実機使ったし、二人には悪いけどしばらくは無理かな。どうしても乗りたいなら乗せてあげられるけど……」
「乗りたい乗りたい!!!どうしても乗りたーい!!!」
「じゃあ、摩耗したパーツ交換とそのパーツ費で軽く二千万は吹っ飛ぶから、それの支払いをお願いするよ」
「にっ……?!
……前言撤回。大人しく次を待つことにするぞ」
「あはは……私も二千万円払えないし乗らないことにするね」
二千万円という中学生には払えるわけもない大金が必要になると分かった二人は、流石に諦めてくれたようだ。
(……本当にごめん、二人とも。次乗せられる時にはできるだけ楽しめるようにするから……)
がっかりしている二人に対して良心が痛み、マクスウェルは心の内で謝る。
と、気づけば全員揃って丸亀城へと到着しており、全員が迷わずに食堂まで歩を進める。
食堂に入ると、複数の大人の姿が目に入る。マクスウェル達の教育を受け持つ教師や、大社の人間だ。
食べ物はセルフサービス形式で置いてあるため、各々が好きな食べ物をトレーに取っていく。
「フライドポテトと……ああそうだ、うどん取らないと……」
マクスウェルも好きな食べ物である細切りのフライドポテトと、取らないと後々乃木にあれこれ言われてしまうためネギとナルト、少しの豚肉を入れたシンプルなうどんを一杯取り、既に皆が集まっている席へと歩く。
「……お疲れ様」
「お疲れ様です、幕洲くん」
「ありがとう。千景も上里さんもお疲れ様」
空けられていた千景とひなたの隣の席に座ると同時に、労いの言葉をかけられたためマクスウェルも労い返す。
皆が揃ったことで、食事が始まる。
それぞれが他愛のない話をしながら、それぞれ好きなトッピングを乗せたうどんを食べ進める。
「訓練の後のご飯は美味しい!!!」
友奈が屈託のない笑顔を浮かべながら、うどんをすする。
そんな友奈を、千景は微笑ましげに見ている。
「こらっ、あんずっ。行儀が悪いぞ」
球子が、食事中にも関わらず本を読んでいた杏から本を取り上げた。
「あぁ!!今、いいところだったのに……」
悲しげな声を上げる杏。見れば、取り上げられたのは中高生向けの恋愛小説であることが分かった。
本好きの杏は、いつもポケットに文庫本を忍ばせているのだ。
「ダメだ、食べ終わってからな」
「はーい……」
杏は諦めて、目の前のうどんを食べ始める。
と、皆が楽しげに話している一方、マクスウェルに向かってため息を吐く若葉の姿があった。
「またか幕洲……うどんの汁にポテトをくぐらせるのは止めろとあれほど言っただろう」
「悪いけど、こればっかりは譲れないぞ乃木さん。こう食べるのが僕にとって丁度いいんだ」
ポテトをうどんの汁にくぐらせて食べるマクスウェルと、それを目を細くしながら見る若葉。
うどん好きの若葉にとってマクスウェルの食べ方は邪道そのものであり、受け入れ難いものだったようで今すぐやめろと言わんばかりに視線を飛ばしている。
「まぁまぁ若葉ちゃん。幕洲くんには幕洲くんの食べ方がありますし、うどんの食べ方は個人の自由じゃないですか」
「しかしだな……いくらなんでもうどんにフライドポテトというのは……」
そんな若葉を窘めるように、ひなたが間に入る。
(上里さんナイス!!!よし今のうちに……)
若葉が言い淀んでいるのをこれ幸いと、マクスウェルはまた説教が始まらないように急いでうどんをすすり始めた。勿論ポテトを潜らせて食べることも忘れずに。
「……にしてもさー、毎日毎日訓練訓練って、なんでタマたちがこんなことしないといけないんだろーな」
突然、不満を漏らすように球子が呟いた。
「バーテックスに対抗できるのは、今のところ勇者の皆さんと幕洲くんのFー15Eだけですからね……」
「そりゃ分かってるよ、ひなた。でもさ、普通の女子中学生って言ったら、友達と遊びに行ったり、それこそ恋……とかしちゃったりさ。そういう生活をしてるもんじゃん」
ため息をつく球子。
言われてみれば、とマクスウェルも今置かれている現状が普通では無い事を改めて認識した。
敵と戦うのは大人ではなく子供。それも育ち盛りで青春真っ只中の中学生。
そして、戦うために普通とは違う日常を過ごす。
文句を漏らしたくなるのも、よく分かる。
「今は有事だ、自由が制限されるのは仕方あるまい」
返ってきた若葉の答えに、納得していないように腕を組む。
「うーん……」
「我々が努力しなければ、人類はバーテックスに滅ぼされてしまうんだ。私たちが人類の矛とならねば────」
「分かってるよっ!!分かってるけどさぁっ!!!」
球子が声を荒らげる。が、すぐに顔を俯けてぽつりと呟く。
「……ごめん……」
「タマっち先輩……」
杏が球子の裾をそっと握り、球子を見つめた。
その瞳は不安そうに揺れている。
気まずい雰囲気に、場が沈黙する。
球子がただわがままを言っている訳では無いことは、マクスウェルも理解していた。
……不安なのだろう。
本来なら無縁だったはずの、命を賭けた戦いというものに半ば強制的に巻き込まれたことが。
バーテックスとの戦いには、決して小さくは無い危険が付きまとう。下手をすれば命を落とす。
その恐さを、マクスウェルはよく知っている。
勇者も衛士も、力があっても死ぬ時は死ぬ。自らの父がそうだったように。
(それに……土居さんは自分が傷付くのよりも、伊予島さんが傷付くのが怖いんだろうな)
俯いている球子を見ながら、マクスウェルは心の内で呟いた。
球子は伊予島のことを大切に思っている。だからこそ、戦いが不得意な伊予島のことを思って、不安を募らせてしまっているのだろう。
「ごちそうさま!!今日も美味しかった!!!」
場違いなほど元気な声が食堂に響く。
長い沈黙を破ったのは友奈だった。うどんを汁まで余さずに平らげ、丼をテーブルに置いて満足そうに手を合わせる。そしてキョトンと不思議そうな顔で周りを見回した。
「どうしたの、みんな?深刻な顔して」
「……友奈……さっきまでの話、聞いていなかったのか?」
「え、えっと……ごめん、若葉ちゃん!!うどんが美味しすぎて、周りのことが意識から飛んでっちゃって……」
その言葉を聞いた直後、その場にいたマクスウェルを含む全員が一斉にため息をついた。
「ええ!?なんでみんなため息つくの!?」
友奈は心外だと言うように周りを見回して。
「大丈夫だよ。私たちはみんな強いし、みんなで一生懸命頑張ればなんとかなるよ!!」
笑顔で、そう言った。
「……応答、まだ来ないのか」
「ああ……こちらから何度も呼びかけているのだが」
放課後、マクスウェルは若葉と共に放送室にいた。
しかし、歌野からの定期連絡が来る時間帯だと言うのに一向に連絡は来ず、何度かこちらから呼び掛かけても応答がない。
なにかあったのかと心配しながら、応答を待つ。
日が落ちて、窓の外が暗くなってきた頃にようやく回線が繋がった。
『すいません……ザー……さん。少々こちら……ザー……ごたついておりまして』
通信に何度かノイズが混ざる。回線が安定していないらしい。
「いや、構わない。何かあったのか?」
『本日午後、バーテックスとの交戦がありました』
「……被害は?」
『問題ありません……ザー……敵は撃退。人的被害は無しです』
「そうか……」
「……よかった」
ノイズだらけの報告に、マクスウェルと若葉が同時に安堵の吐息をついた。
歌野と無線機越しでしか話をしたことが無くとも、若葉は白鳥を掛け替えのない仲間だと思っている。
その思いは、とても大きい。
会えないからこそ、膨れ上がる思いもある。
長野地域と歌野が無事で良かったと、心の底から思っているのだ。
『四国の様子はどうですか?』
「変わりない。こちらはバーテックスの侵攻もなく、訓練と学習の一日だった」
『そう……ザー……安心しました』
そこから、若葉が今日の食堂で起こった事を話し出した。
皆が抱えている不安や、仲間との協力関係のことに関して白鳥からヒントを得ようとしたのだろう。
『そうですね……私も初め、似たような悩みを抱えていました。しかし、いずれその心配はなくなります……ザー……現実は想像よりも遥かに重く、私たちに決断を迫るのですから』
歌野から返ってきたその答えは、歌野が自分自身を言い聞かせているようにも聞こえた。
……何事もなく、日が過ぎてゆく。
マクスウェルは衛士としての訓練を。勇者達は勇者としての訓練を。巫女達は巫女としての訓練を、その間も欠かさず行う。
時々皆から不安や不満も出たが、日常生活が平和だったことが幸いして大きな問題は発生しなかった。
諏訪とのノイズだらけの通信も、変わらず毎日行われた。
『いつもうどんと蕎麦の争い……ザー……ではらちが開きません。今日は別の名物で勝負しましょう』
「いいだろう。……そうだ、ならこちらも一捻り加えるとしよう。幕洲、私の代わりにお前が挑んでみろ」
「嘘でしょ?僕まだそんなに詳しくないんだけど……」
「何を言う。我ら香川の丸亀には、骨付鳥という病みつき確実な名物があるだろう」
「あー、確かにあれは美味しかったな」
『フフフ、長野には日本中に名を轟かせた信州味噌があります……!!!幕洲くんも今度来た時に食べてみるといいですよ……フフフフフ』
変わらず学校での訓練という日常は過ぎていき、諏訪との定期連絡も続いた。
だが、日を追う事に諏訪からの定時連絡の時間が不安定になってきた。
それだけにとどまらず、一日中繋がらない日も増えてきている。運良く繋がったとしても、ノイズが酷くて全く聞き取れないこともあった。
そんな異常が確かなものになったのは、数週間が過ぎた頃だった。
『ごめんなさい、通信の……ザー……悪くて……ザー……』
今日は特に通信のノイズが多い。そしてそこから聞こえる歌野の声にはほんのわずかに……疲労の色が見えた。
(なんだ、この嫌な感じは……)
その声を聞いた途端、マクスウェルの体に言いようのない悪寒が襲い始める。まるで、冷たい空気が常に背に纏わりついているような、不快感。
「どうした、何かあったのか」
『……いえ、ちょっとしつこいバーテックスを退治してやっただけ……ザー……ックス襲来の影響で通信機が壊れて……ザー……しばらく通信はできなくなりそう……ザー……そちらも大変だと思いますが頑張って……ザー……なんとかなるものです。私も無理な御役目かと思いましたが……ザー……予定より二年も長く続けられて……ザー……』
ノイズの間から聞こえる歌野の声にも、ノイズがかかり始める。
そこで、マクスウェルはようやく悪寒の正体の気づいた。気がついてしまった。
歌野の声が、既に満身創痍の身から絞り出されているような声であることに。
「白鳥さん!?聞こえているか!?」
長い長いノイズが続いた後。
『……乃木さん、幕洲くん、後はよろしくお願いします』
その言葉の直後に、通信が切れた。
「……ッ!!!!」
「!?どこへ行く幕洲!!」
若葉の声を無視して、マクスウェルは駆け出した。
全力疾走で放送室から飛び出て、丸亀城から抜け出し、息を切らすほどに走って向かう目的地は、
「……もう、これ以上奪わせてたまるか……ッ!!!!」
走りながら、怒りを込めた言葉を吐き出す。
歌野からの最後の通信。察するに、もう諏訪の結界は限界なのだろう。
今頃、歌野は傷付いた体を酷使して、諏訪を取り囲むバーテックスと戦っているはずだ。
勇者達が今から向かっても間に合わないだろう。
だが……戦術機なら。戦闘機に匹敵する速度で移動できるあの機体ならば、まだ間に合う。助けられる。
────否。助けてみせる。
「っ……はぁっ……着いた」
格納庫の中に入ったマクスウェルは、そのすぐ隣の扉を開けてロッカールームのような場所へと入った。
そこから自分の名前が書かれているロッカーを選び、中から一着のラバースーツのようなものを取り出した。急いで着ている服を下着も含めて全て脱ぎ捨て、それを体全体に纏う。
次にラバースーツの後ろにあった機械的な装置を取り出し、その部分部分をラバースーツに取り付けていく。全身にそれを装着し、顎と頬にも装置を着ける。
「……よし」
全ての行程が終わり、その服……戦術機に乗るための装備である衛士強化装備をしっかりと着れていることを確認してから、マクスウェルはロッカールームを出る。
格納庫の中に戻るとすぐに、Fー15Eの足元にある昇降機に乗り、搭乗口付近まで足場を上げる。
上がりきった足場から遠隔操作でFー15Eのコクピットブロックを展開し、顕にさせた搭乗口に飛び込む。
マクスウェルが乗ったことを確認したコクピットブロックが再び戦術機の中に格納され、マクスウェルはその中のシートに衛士強化装備を接続させる。
視界に網膜投影で機体の情報が映し出される。軽く目を通してみるが、整備が行き届いて万全の状態だった。
確認を終えてから操縦桿を握り、ペダルに足を添えた直後、視界が一変しFー15Eのセンサーからの情報が映し出された。
これで、ようやくこの機体を動かせられる。
「……これで良し。後は」
操縦桿とペダルを操作してこの機体の主武装である突撃砲が置かれている格納場所に移動させ、たった四つしか格納されていないその銃を全て取り出す。二丁は手に、残りは背の可動兵装担架システムに取り付けてから格納庫のシャッター前まで戻り、目の前のシャッターを遠隔操作で開ける。
ゆっくりと格納庫と外を仕切るシャッターが上がり、外が見える程開ききった所で通信音が鼓膜を揺らした。相手は……暁月陸曹長だ。
「……すいません、暁月陸曹長。話してる暇は無いんです」
通信に出ずに回線を切る。確実に、無断で戦術機を動かしているマクスウェルを止めるための呼びかけだろう。
だが、どう説得されようがマクスウェルは止まる気は無い。
機体を動かし、格納庫の外に出て滑走路へと向かわせる。そして滑走路のカタパルトに足を乗せてから、機体を前傾姿勢へと移行させる。
サイドコンソールを指で叩き、跳躍ユニットに火を入れてからゆっくりとペダルを踏み込む。
スラスターから轟音と共に炎が吹き出し、後はカタパルトの固定を解除すれば飛び立てる。
「……どうか、持ちこたえてくれ。白鳥さん、藤森さん……!!!!」
祈るように呟いてから、操縦桿を操作して機体を発進させる。
「今……助けに行く!!!!!」
頭の中で二人の笑顔を思い浮かべ、決意に満ちた声で吼えながらマクスウェルは四国から飛び出した。
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