アリアは玉座に座って考えていた。
彼女の身体は丈の長い外套ですっぽりと覆われ、前はピッタリと留められていた。
ただその下で彼女は全裸である。
正確には見えない服を着ているのだが、見えなければ裸と一緒である。
即位の際に裸体を臣下達に晒したアリアであったが、唯一、この外套だけは半狂乱で身に付ける権利をもぎ取った。
神より賜り代々馬と鹿の国の王に受け継がれてきた七色の薄衣は裸である限りあらゆる攻撃を防ぐ無敵の鎧となる。反面、他の衣服を身につけてしまうと無効化されてしまう。
そのため、今のアリアは正に無効化された状態なわけだが、それをアリアは家臣達への信頼という形にして納得させた。
「外套なら文句ないでしょ!?いざという時はすぐ脱ぎ捨てられるんだから。というか、裸でないと傷を負うっていうなら死ぬ気で私を守ればいいじゃない!!」
そういって臣下達の反対を押し切ったのだ。
それでも渋面を作る連中には自らの短剣を自分の胸元に押し当てて脅した。
「これ以上、私に裸で過ごさせようってんなら、今ここでこの国の歴史を終わらせてやるわ!!もう私しかいないもんね!?アンタたちが滅亡の引き金を引くのよ!!いいの!?」
こうしてアリアは見事、身体をすっぽり覆う外套を手に入れたのだった。
とはいえ、着用は城の中だけに限定された。
特に国民達の前では変わらず裸体を晒すことを余儀なくされたのである。
馬と鹿の国は代々裸の王が治めてきた国だった。
当然、裸であることが誇りであり、王としての威厳を保つためには必要なことだったからである。
そしてそれは他国に対しても同じことがいえた。
裸の王は無敵であり、王が裸である限り馬と鹿の国には決して手を出してはならないと恐怖と共に周知されるのである。
それなのにアリアが身体を隠して現れたらどうなるか?
国民達は絶望して膝をつくだろう。
彼らは皆知っているのだ。
裸の王が如何に偉大であるかを。
アリアがそれを知ったのは、つい先日のことである。
即位したアリアは国民達に自分の存在を知らしめるためにパレードを行った。
当然、全裸である。羞恥心で死にたくなっていたが、その時の国民達の反応がアリアが想像していたものとは大きく違っていた。
人々はアリアの姿を見ると歓喜の声を上げたのだ。
「見て!女王さまははだかだよ!!」
一人の子供が声をあげた。
「何たるお姿……まるで神の造形物のような美しさ……」
老婦人が感嘆のため息とともに言った。
「ああ、我らの王だ!裸の王が君臨なされた!!」
中年男性が涙を流しながら叫んだ。
「美しい!あの御姿を目に焼き付けなくては!」
青年が天に向かって拳を突き上げた。
「そうだ!我々は今まで何を見ていたんだ!!神は我々を見捨てなかったぞ!!!」
壮年の男が両手を広げた。
「見ろ!あれこそが王の肉体美だ!!」
アリアは表面上、威風堂々としながら、内心困惑していた。
(どゆこと?)
アリアは元々、末の娘で王位継承権は最下位であったため、王位には全くといっていいほど興味がなかった。
父である前王は美丈夫であったが、パンツ一丁で過ごしているのはただの趣味か病気だと思っていたし、いつか見せつけるために黙々と身体を鍛える兄達を不思議に思いながら眺めていた。
勿論、初代裸の王であるオセル王の伝説は寝物語に聞いて育ったため、偉大な存在だと尊敬していたが、まさか裸の王という存在がここまで国民達にとって大きな存在であったとは思いもしなかった。
アリアはこの国の成り立ちについて改めて知ったのであった。
その後、アリアは国民の歓声に応え、手を振った。
「ありがとー!これからこの国の女王として頑張るからよろしくねー!!」
そう言って笑顔を振りまく。
すると民衆から再び歓呼の声が上がった。
アリアは嬉しくなって何度も手を振った。
そして、現在に至る。
アリアは肘掛けにもたれ掛かり、ため息をついた。
「どうかしてたわ……私……」
民衆のテンションに飲まれ、自らもノリノリになってしまった。
冷静になってみると自分がとんでもない変態であることに気がつき頭を抱えたくなった。
「あーもうやだやだ!!なんで私がこんな格好で外を出歩かなきゃならないわけ!?」
この国の奇妙な慣習は理解した。したが、それとこれとは別問題である。
そもそも何故、裸でなければならないのか? 答えは単純明快だった。
「そりゃ、この国が馬と鹿の国だからでしょうが!!!」
そう、この国は裸の王が代々治める国なのである。
「どうして……兄様達は死んでしまったかなぁ……」
アリアには他に六人の王子がいた。
全員、後継者争いで亡くなっている。アリアの父である前王は、鹿狩りの途中、流れ矢が股間を射抜きそのまま絶命してしまった。
これが、他の部位であったのなら、死ぬ事などなかったはずであった。
しかし、アリアの父はパンツを履いていたのである。
家臣達も少々お可哀そ……お可愛らしいサイズの父王を強く諌めることが出来ず、それが原因で無敵であったはずの裸の王が死んだのだ。
あまりに急死であったため、後継者を指名しておらず、長男の第一王子が父より先に亡くなっていたため、熾烈な後継者争いに発展することとなった。
その結果、双子であった第四王子と第五王子が相討ちになったのを最後に、残ったアリアに順番が回ってきたのである。
「バカばっかり……ほんっと、みんな死ねばいいのよ」
その言葉とは裏腹にアリアの顔は綻んでいた。
アリアは父である前王を愛していた。
彼はパンツ一枚でいつも国中を駆け巡っては国民達を喜ばせては、アリアを困らせてきた。
だが、それでも憎めないのは、やはり彼が裸の王であり、民草の事を誰よりも考えていたからだ。
裸の王は常に全裸である。故に彼は常に国民達の動向を把握していなくてはならない。
そして裸の王が民達の期待に応えるために行動を起こす時、そこに敵はない。
懐かしさと寂しさで涙が出そうになるのを抑えながらアリアは呟く。
「私が守らなきゃ。もう私しかいないんだから……」
アリアは覚悟を決める。
「申し上げます!!」
扉の向こうから衛兵の声が響いて来た。
アリアはハッとする。
今の声は、まさか……? アリアが返事をする間もなく、衛士が部屋に飛び込んで来た。
そして叫ぶ。
最悪の報告を。
アリアは膝をつき、項垂れた。
「隣国の熊と兎の国が国境を侵しました!数は三万!真っ直ぐこちらに向かっております!」
「…………」
アリアは顔を上げ、窓の外を見た。
そこには青い空が広がっていた。
「はぁ……???」
思わず声が出る。
アリアの受難はまだまだ始まったばかりだ。