〜海兵の日記〜
ー ○の月 △日 ー
清々しい晴天だ。
ネイビー海賊団の船に出会った。
そして今、彼らの船とこの船は並走している。
さぞ奇妙な光景だっただろう。
東の海は今日も穏やかだ。
…
「お前らぁ!俺らがどんなもんか言ってみろぃ!」
白い
「へいお頭!俺たちゃ悪い海賊をやっつけるいい海賊!」
「そうだ!俺たちゃ、いい海賊だい!」
同じく
「弱きを助け、強きをくじく…それが俺たちネイビー海賊団だ!」
腕を組みながらそう述べる強面の男。
…その言葉に偽りは無かった。
彼らは
普段は島々の輸送ルート上をウロチョロし、現れた民間船を…片っ端から手助けしている。食料、医療、護衛、必要とされればなんでも。
そこで現れたのが海賊船なら追いかけ、追いかけ…しつこく追いかけて船ごと捕まえて海軍に突き出している。
そんな実績があるもんだからその周辺に近寄る海賊はめっきり減って、彼らの通る航路上では安全な輸送ができるようになったとの話だ。
普段は故郷の港街を守っているらしいが、不定期に行うパトロールでは襲撃を受けた街を再建させたり、要人を護衛したり、襲撃を受けた民間船に助太刀したり、海軍と共に戦い、その後追いかけ回されたり…
とただの良い奴らである。市民からの評価は英雄そのものだ。
しかし全てがそうというわけではなく裏で何かをやっている…ということは全くなく。
どこを引っ掻き回しても(海賊と犯罪組織以外から)悪い噂の1つも立たない、本当にただのいい奴らであった。
その活動資金はすべて今まで助けた商人や再建させた街からの寄付で賄われており、それも半分くらい断って寄付し返しているという。
ただ、団員たちの出自には影が多いという話は聞いた。
行いの数々を見るには海賊に村を焼かれた生き残りだとか、焼き討ちから逃げ延びた生存者だとか、現実を見てやりずらくなった海兵だとか、それらの寄せ集めだという説が有力。
だが一応彼らも海賊であるために(かなり少額の)懸賞金がかかっており、今もこうして我々海軍が追いかけているのだが…
「追いかけているというか、並走してるよな」
自分はつい最近ここに配置されたのだが、こんな光景は海軍に入って以来初めて見る。
海賊船と海軍船が声の聞こえるような距離を並走するなどという奇っ怪な様子にやや辟易しつつ、とりあえず任務である監視を続ける。
…というか本来あってはいけないような光景なのだが、先輩と将校に聞いたところここではよく見る日常の風景らしい。
「まぁ、変なことをすれば容赦なく倒せとのことだが」
「奴らに限ってそんなことはしないと断言できるよ」
皆の信頼はなかなか厚い。
いち海兵としてなんだかとても不思議な気分だ。
「だが、やはり色々と苦労をしているらしいな。そこまでして海賊をやるくらいなら海兵になればいいのに」
それはそうだ。だが彼らもわかっていてそうしていない感じがある。
何が彼らなりの考えがあるのだろう…
「しかし、そんなことをしていて彼らは大丈夫なんだろうか」
海賊の恨みをとことん買ったうえ権力の保護を受けているわけでもない彼らは日常的に命を狙われていてもおかしくない。
「奴ら相当強いらしい。聞いた話じゃ頭は海軍基地を一人で吹っ飛ばせる程の実力者だとか…」
「それはさすがに尾ひれがついているんじゃ…」
「いや、わからないぜ?何でも…"覇気"?が使えるとか」
「それが本当なら将校レベルの強さじゃないか!」
納得だ。彼らは自らの強さでそういった力を寄せ付けていないのだ。
また一兵卒レベルまで高度な戦術を使うらしく、彼らに移乗戦闘をさせると海軍主力艦レベルでも確実に負けるという。幹部が乗っていなければ…
「まあ、幹部の方々は異次元の強さだ」
それには全面的に同意する。
特に能力者で海軍大将の黄猿さんはとてつもない強さだという…聞いたことしかないが。
しかし単身で強敵や艦隊をうち滅ぼしたという事実のみを見てもとんでもない力を持っていることはよくわかる。
対応する実を食すことで得られる能力、それを持つ能力者は基本的に強い。
液体に膝までつかると力が抜けて泳げなくなるという海賊をやるには致命的と言える欠点を得ることになるがそれでも能力者の海賊が多いのは強いからだ。
船が沈まないほどに強ければ問題はないのだから。
「彼らは能力者よりも強いだろうか」
「強くあってほしいよな、あいつらは」
「一応海賊だが…」
「なんか応援しちまうだろうよ、あんなに気持ちのいい奴らはそうそういないんだ…」
「そうだな…」
できれば、彼ら正義の海賊とは今後とも長い付き合いをしたいところである。
ー ○の月 □日 ー
能力者だ。
乗っていた船が沈んだ。
ネイビー海賊団の船も燃え上がっている。
今はタルの中に隠れて海軍船の救助を待っている。
3本マストが折れて帆が海水に濡れた。
誰の姿も見えない。
今や一人で2隻を沈めたバケモノがいるだけだ。
誰か、誰か助けてくれ。
──────
〜3年後〜
ここは東の海のとある酒場。
日々の疲れを癒やす者や酒にかまけて騒ぐ者で溢れているが、その内心はみな穏やかである。
彼らは言う。
実入りの少ない仕事をしても、なんの気無しに一日が終わっても。何事もなくその日を終えて明日が待っているならば幸せだと…
そこへ一人の男が、継ぎ接ぎだらけのコートを纏った海兵が現れる。その枯れ木のような見た目からは強さを微塵も感じられないが、客たちは黙って彼が席につくまでを見守った。
「クロードの旦那、今日はどうしたんですかい」
「久々に飲みたい気分でね、強いのを頼むよ」
「久々って…いつもじゃないですか旦那」
その言い草に何人かが笑い、客たちがまた騒ぎ始める。
クロードと呼ばれた海兵はバーテンが酒樽からジョッキに直接酒を注ぐ様子を見て昔のことを思い出していた。
あれはこの島の基地に配属されてすぐの出来事。とある海賊団との出会いと、その後の壮絶な戦い。と言ってもその海賊団と戦ったわけではない…
「ネイビー海賊団…彼らは死ぬには惜しかった…」
巡航中にこちらへ接近する別の海賊船を見つけたのが災いの始まり。
ヘルミー海賊団、それが奴らの名前だった。
奴らの戦闘員はみな取るに足らないならず者、当時のクロードでも2人は相手できただろう。
しかしその
海軍とネイビー海賊団の必死の抵抗、とくにネイビー海賊団団長と敵の頭の一騎打ちはとてつもない迫力だったがそれでも只の人間であった彼は理不尽な能力の前に倒れ伏し、白兵で負け知らずのクルーたちもその理不尽に殺されてしまった。
持ちこたえていた海軍も将校が不意打ちで倒されてからはあっという間に蹴散らされてしまい、あとには沈んだ船と死体と不気味な高笑いだけが残った。
己の不幸と無力を呪い、命からがら樽の中へと逃げ込んだクロードだけが助かったのだ。
穏やかな東の海といえど、それなりの実力者はいる。いつかはこうなる運命だったのだろうが彼らの抜けた穴は大きかった。
周辺海域の治安悪化、海賊団の急増、輸送ルートの崩壊…確実に暮らしは悪くなった。
「この穴は我々が埋めなくては」
クロードの纏うコートはあの戦いで死んでしまった将校から屈辱を忘れぬためにと貰い受けたもの。
方面隊が彼除き全滅した事で異例の繰り上げ出世を得て准尉になった彼だが、そのコートを纏うのに相応しいかと問われればいささか実力不足。
それを自覚する本人は日々血の滲むような鍛錬をしているが優秀な指導者のもとにつけなかったためか進捗は宜しくない。
しかし彼が責められることはない。他の海兵も毎日ほぼ独学で枯れ木のようになるまで鍛錬する彼を見ている。その過去も知っている。
その目的が上官と仲間たち、そしてネイビー海賊団の仇を取ることであるのは言うまでもなく分かっている。
それができずに打ちひしがれている事も…
「ほら、飲みな」
「多いですよこれ」
「いいじゃないか旦那、たまには休みな」
「…そうだね」
ジョッキを持ち上げ、口をつける。
強い酒精で喉が熱くなる。
と、酒場の扉が勢いよく開かれた。
「おい!ネイビー海賊団が出港していったらしいぞ!」
あまりの衝撃に酒が噴射された。
バーテンの顔に。
彼らは死んでいなかったのか?
まさか、あの場に俺以外の生き残りが──
──────
〜海上〜
「主砲、射角40!」
「角度調整-2度!」
日の光を浴びて黒光りする砲身。
それがゆっくりと動き狙いを定める。
「弾種、徹甲!」
「装薬!」
後方で装填作業を行うクルーが2人。
しかしよく見るとこの船には2人しか乗っていない。
その2人で船の全長とほぼ同じ長さ大きさを持つ砲を操作する姿は滑稽にさえ思えた。
しかし。
「目標、ヘルミー海賊団旗艦!」
「角度再調整+3度!」
彼らの目は、体は、細胞の一片までもが真剣だ。目前の"敵"を、"仇"を、海の藻屑とするために全ての労力を費やしている。
「発射!」
「てーーーっ!」
ズッカァアン!!
おびただしい白煙と共に大質量の砲弾が飛ぶ。
弾け飛ぶとも言える反動を受けて船体は後ろから沈みかけ、戻り、また沈みかけ、上に乗る2人も放り出されそうな勢いで揺られる。
だがその目は目標を捉えて逸らさない。
「弾着5秒前!」
水平線ギリギリ、甲板上から見て約16kmの位置に浮かぶ海賊旗を掲げた船へと死の鉄槌が降り注ぐ。
「弾着…今!」
ボンッ…
鈍い音が響き、巻き上がる木片と布片。
この瞬間、水柱と共に一つの海賊団が消えた。
着弾後数分間、かすかに感じられた喧騒の気配もやがて小さくなり…海に飲まれ。
消えた。
「………」
「………」
「弾着確認、ヘルミー海賊団撃沈」
「………」
一撃によって仇を葬り去ったクルーたちは憑き物が落ちたように黙り込む。ひどくあっさりとした仇討ちだった。しかし確実に葬ったという手ごたえのある仇討ちだった。一つの物語が終わった感覚を、余韻を全身で感じていた。
そして、脱力。彼らを突き動かしていた復讐心が満たされたことで体の制御が失われたのだ。
甲板上に倒れ込む二人。晴れやかな顔で見上げる空はどこまでも青い。
「艦長、やりましたな」
マリンブルーの
「ああ、父さんと皆の仇は討つことができた。父さんの、仇を…」
かつてのマリーン海賊団団長、"白兵のクローメ"。
その息子である彼には団長の跡継ぎとして期待されていた時期もあった。今もそうだ。
期待してくれる仲間が、地位を譲ってくれる父が、受け入れてくれる海賊団が、一人を除いてみんな消えてしまっただけで。
「"砲術のキャリバー"、貴方がいてくれて良かった」
「只の砲術師に何を。艦長がいなけりゃ私は一人のクルーでしかない」
親の仇、仲間の仇、かつて全てを奪い去ったヘルミー海賊団を葬るために費やしてきた3年間は無駄ではなかった。完璧な計算と設計のもと殆どの財産をつぎ込んで完成させた新型砲と弾薬をなけなしの金で買った船に載せ、ずっと待っていたその日が訪れたのだ。
奴らの船が近海を通ると聞いて沈む覚悟で挑んだ決戦は、復讐は、こうして成功した。成功してしまった。
「奴らに復讐する、艦長がそんなことを言い出したときは何の冗談かと思いましたよ。せっかく助かった命を投げ出すのかとね」
「まあ、実際は賭けだった。接近を許せば手も足も出ないし、島の人たちや海兵たちを巻き込んでしまうから逃げるわけにもいかない。船と砲の耐久力から見積もって撃てるのは多くても3発…優秀な砲術師がいて助かったさ」
「白兵で敵わないのなら砲戦で沈める…いい作戦だった」
2人はしばらく力の抜けた体を横たえていたが、不意に砲術師が起き上がる。
「…で、艦長。これからどうするおつもりで?」
「このまま海に出るのも悪くないと思ってる。東の海も、西の海も、みんな平和にするのがお頭…父さんの夢だった」
「お頭の夢…ねぇ…」
「あとはこうも言っていたな。『俺は世界一の…』」
メキッ!
木材の裂ける音。
2人はいったん話すのをやめて顔を見合わせる。
「ああ…艦長、気のせいでなければすぐに港へ戻ったほうが良いかと」
「…そうだな。それがいい」
あまりの反動に船が持たなかったのだろう。
裂けた船体から徐々に浸水するのを見た艦長は慌てて舵を操作した。
───────
〜港〜
「ネイビー海賊団だ…本物か?」
「あのでかい砲で敵を仕留めたのか!」
「もうとっくにやられちまったもんかと思っていたよ」
港に集う人だかりを抑える海兵、その中にクロードはいた。
こちらへゆっくりと、見間違いでなければ徐々に沈みながら近づく小型船を見つめ…見間違いではない、徐々に沈んでいる。
「船が沈むぞ!」
「大砲が重すぎたのか?」
「助けないとまずいぞ」
称賛から一変、沈没しかかっている船へ向けられる言葉は乗員の身を案ずる物となり、程なくして乗組員が2人海へと飛び込んだ。
「救助を!」
クロードの指示を受けて海兵たちがボートを向かわせる。
ネイビー海賊団と思われる2人はすぐに引き上げられ…拘束された。
英雄とはいえ海賊なのだから当然だ。
しかし本当に生きていたとは。クロードは手元の手配書と2人の顔を見比べて生還が事実であることを確認した。
「あの砲は軍船のものより大きい。どこから仕入れた?」
「………」
「答える気は無いか。まあいいさ」
今や完全に沈んでしまった彼らの船。
そこに座していた巨大な砲の事も気になるが今は。
「准尉、彼らをどうしますか?」
この者たちをどうするか。
大人しく縄についた2人を前にクロードは考える。
悪人ではない。周辺海域を荒らし回っていた海賊を、仲間の仇を討った恩人ですらある。
できればすぐに開放してやりたい。繰り上げ出世とはいえ、それをしてもつべこべ言われないだけの階級は持っている。しかし只でやるわけにも行かない。
クロードの中では既に良い考えが浮かんでいた。
「ネイビー海賊団砲術師、砲術のキャリバー」
白髪混じりのガタイのよい男が黙って顔を上げる。
「ネイビー海賊団団長の息子…ネイビー」
茶髪の青年が顔を上げる。
「お前たちは海賊だ。首には金がかかっている」
「それが多かれ少なかれ…だ。だが仮に、この場で誰かが懸賞金を、保釈金を払えば解放しても問題はない」
周りの海兵たちも、市民たちもその意図をすぐに察した。
「キャリバー、50ベリー。ネイビー、100ベリー。合計150ベリーだ。払えるものはいるか」
途端に市民たちが財布を取り出し、札や硬貨を掲げる。
「150ベリー、ここにあるぞ!」
「300ベリーある!彼らを自由にしてやってくれ!」
「持ち合わせが50しかねぇ…おい、100あるか!」
瞬く間に、過剰に集まる保釈金。
ネイビー海賊団の2人はものの数秒で解放されることとなった。
その様子に微笑むクロードと地元出身の海兵、困惑する新任の海兵。
「仲間の仇を、先任将校の仇をとってくれたことを感謝する。新たに罪を犯さない限りはこの港に立ち寄ることを許そう」
ネイビー海賊団の出航と拘束からの保釈。この報せは数日中に東の海を駆け巡ったが、特に相手にされることはなかった。
保釈については懸賞金が非常に安かった事、市民から慕われていた事、そして政府にとって、海軍にとって、取るに足らないうえに都合の良い正義の味方であったことがこの珍事を成り立たせていた。
しかし2人、たった二人で再結成して何ができるのか。海賊からも海軍からも期待も恐れも何もなかった。彼らはこのあと海に出るだけ出て終わりだと、その終着点は酒場だと誰もが言った。
彼らはこの選択の是非を知ることになるがそれはまた数年後。
ただ言えることは、合計賞金150ベリーの彼らはここで立ち止まる気などさらさら無かったということだ。
「…これは父さんの言葉だ」
「俺は大提督になる」
「仲間を集めて、世界最強の艦隊を持つ」
「今の俺の夢であり、目標でもある」
「だが、俺の言葉でもう一つ足そう」
「そして、砲戦でカタをつける」 と。
誰かさんが筆をここで止めたようです。
思い出したように続くかもしれません…