Infinitum Exosphere - 無限の成層圏を超えて - 作:一般通行ポーランド空軍士官
はてさて、昨日はISを受け取ってここまで空路で飛んできたわけだが…………何でわざわざここに寄る必要があるんだろうな?早くこいつを飛ばさせて欲しいもんなんだがなぁ…………軍人って奴はどうにも薄っぺらい紙切れ一枚の命令に振り回されちまうからやんなるね。
「お待たせしました、シャレ=グルスキ…………大佐」
「どう言うことだ?俺はまだあのとき殴り倒したあんちくしょうのせいで当分は昇級できずに少佐のはずなんだがな」
「小官はその大佐がおっしゃるあんちくしょうをトヴェリの野戦司令部で殴り倒した時にそこにいた人物ですが」
「そうかい。で、なんで君がここにいるんだ?そっちも上に振り回された口か?」
「いいえ、大佐への辞令の通達です。辞令の内容としましてはまず第1に本日付でシャレ=グルスキ少佐は大佐へ二階級特進することが決定しました。また第2の辞令として私"クリスティナ・ヤドヴィガ・コヴァルスカ"騎兵大尉が貴方様の副官として配属されました。そして最後に第3の辞令です。これが本日モドリン要塞まで赴いてもらった主な理由でもありますが、従兵としてバイオロイドが配備されることが決定されました」
「待て待て待て!少し…………整理させてくれないか?」
「わかりました、こちらが正式な辞令書になります」
「どうも、助かるよ…………」
目の前に立つ以前陸軍に異動させられた時に何度か肩を並べた─女性にしてはかなりの高身長で豊満な体付きの─軍服の上からポーランド軍の
先程眼前のクリシャが伝えてきたことは全てが事実であることを示す書類に眩暈を覚えながらも読み進めていくが、やはり最後の
『スタニスワフ・エウゲニウシュ・シャレ=グルスキ大佐へ従兵としてモドリン軍事技術研究所で製造された"バイオロイド"(正式名称:
コールサイン及び登録名はそちらで記入するように。また引渡しはモドリン要塞内で行うように』
といった内容の文言が記された書類を数回読み返すが何か書類の中身が変わることはなく、結局受け入れることしか選択肢はないので諦めてこの事実を受け入れる。
「全く…………機械の部下を持つなんて初めてだぞ?そりゃあ人間とか軍用犬やらマスコットの熊やらが部下になったことはあるんだがなぁ……………機械人形か…………」
「整理は終わりましたか?早いうちに大佐を連れてくるよう命じられたのですが…………」
「わかったさ、もう腹は括った。さあ行くぞ、案内は頼んだ!」
「わかりました、それでは私についてきてください」
先導するクリシャに付き従いながら襟にある自分のISの待機形態である純白と深紅の羽根飾りに手を触れる。さて、機械仕掛けの部下は一体どんな奴なんだか楽しみになってくるな。
無言で通路を進み、途中で曲がったりしながら到着したのは分厚く大きな防爆扉と検問が側に待ち構える空間であった。そこで保安検査を受け、警備兵が内線電話でどこかに連絡を入れながら端末を叩いて防爆扉を開く。
「ほぉ…………いつの間にここにこんな立派な施設ができたんだ?」
「さぁ?おそらく10数年前から工事は進められていたとは思いますが…………」
「まぁいいさ、ここに例の"バイオロイド"がいるんだろう?」
「ええ、その通りです。"バイオロイド"の詳細はあちらのプワフスキ主任に訊ねてください」
「ああ、わかってるさ。こういうのは彼みたいな専門家に任せた方がいいってのもな」
扉の先へ足を踏み入れ、これまでのコンクリートによる灰色の壁から一面真っ白で清潔感あふれ、奥行や高さに余裕のある広々とした─しかし作業補助用のロボットアームや机の上に散乱した書類等で若干狭さも感じる─部屋の中にクリシャと共に入る。
クリシャから詳細を知りたければあそこで書類を読んでいるゴーグルと職員証の入ったパスケースを首にかけて白衣を着ている研究者へ話しかけるようにと言われたのでとりあえず彼に話しかけてみることにしよう。
「あー…………えーっと………確かプワフスキ主任で合っているか………?」
「これはどうも、私がプワフスキ主任で合っていますよ。それにしてもポーランドの英雄に出会えるなんて今日はツいてる!サインもらえますか?」
「お………おう、構わないが…………色紙は?」
「色紙はこちらに。それで、本日は何のご用ですか?」
「ここで"バイオロイド"とやらを引き渡してもらうようにと上から書類が届いたんだが、引渡しはできるか?」
「もちろん!いつでも引き渡せるように整備は万全の状態でやっておきましたよ!」
「助かるよ、それとサインはしっかりとあるからまあ…………俺のでよければどうぞ」
「いよっし!これであいつにマウント取れるぜ!」
「…………マウント…………?」
「それはこっちの話でさあ!それじゃあちょいっとそこで待ってくださいな!すぐに引っ張ってきますんで!」
プワフスキ主任とやらに話しかけるとサインをねだられたので色紙にサインとちょっとした遊び心を記入しつつ要件を伝える。書き終えた色紙を手渡し、おそらく碌でもない言葉が聞こえたがそれを追求する暇もなくとあるシャッターのそばにあるコンソールの元へ向かい、それを操作する。
モーターの低い作動音と共にシャッターが上方へ巻き取られて行き、それに合わせて少しずつとある人影らしきものが見えてくる。シャッターが完全に巻き取られ、その小部屋の中の電灯に通電されて光が灯されると共にその全体像は顕となる。
それは、通常の人間の女性と同じであった。ただしとある二つの人体には存在しない器官を除けばの話ではあるが。
「ほーう…………見事なものだな…………IEや機械化軍馬で慣れたと思ったがやっぱり我が偉大で静謐なる祖国の技術力には驚かされるよ。正確には技術者らの努力か?」
「どちらでも問題はないでしょう、それよりもこちらがシャレ=グルスキ大佐へ引き渡す"バイオロイド"になります。正式名称は
「登録名は…………"バルバラ・
「"バルバラ・モツヌィ"ですか…………名前の由来は?」
「我らが祖国の国歌、ドンブロフスキのマズルカの一説に出てくる人名。それからこの仕様書にあるデータ等からちょうどいい感じの異名を
「なるほど、そういうことですか。その名前、良いと思いますよ!」
「そりゃどうも、ところでこれで必要な事項は終わりか?」
「一応その仕様書に目を通したでしょうが、3点伝えておくことがあります。第1にこの馬耳の形をした器官ですが、こちらにはセンサーとアンテナが入っております。これによって音響測定やレーダーの使用等が可能ですが、デリケートですので整備には気をつけてください。
第2の事項ですが、"バルバラ・モツヌィ"はこの尻尾を用いて戦闘や先端部に搭載したレーザー砲による射撃支援が可能となっております。ただしレーザー砲はかなりの電力を有するのであまり多くは使用できません。
また第3の事項として、"バルバラ・モツヌィ"は無補給でも最大336時間………つまり2週間は搭載された生体機関と内蔵された専用のバッテリーによってある程度の動作こそ可能ですが、戦闘を行う場合は最大動作時間は半数の168時間、つまり1週間になります。
但し人間と同じ食糧を生体機関内のナノマシンで分解することによって動力に変換することが可能であるため、ある程度は維持することが容易です。とは言っても最善なのは電力を供給することですが」
「なるほどね、つまり糧食の摂取で補充可能な点以外はほとんど機械化軍馬と同じってわけだろう?」
「まあ、あっちの方はサイズも大きい分もっと長く動くんですけれど大体は同じです。補給間隔がいくらか短い点以外はね!」
ふーむ…………隣で満面の笑みになってこいつの解説をしているプワフスキ主任は一旦放っておいて、"バルバラ・モツヌィ"の方に目をやれば未だに身動ぎ一つせず目を閉じた状態で立ち続けている。
かと思ったら唐突に目を見開いて俺の方に視線を寄越してきた。怖いからちょっとやめてほしいとは思う、せめて何か話してからやってくんねえかな…………
「初めまして、スタニスワフ・エウゲニウシュ・シャレ=グルスキ少佐、クリスティナ・ヤドヴィガ・コヴァルスカ騎兵大尉、プワフスキ主任。これより本機、登録名"バルバラ・モツヌィ"はスタニスワフ・エウゲニウシュ・シャレ=グルスキ少佐の指揮下に入ります」
「ああ、起きて早速だがシャレ=グルスキ少佐じゃなく大佐になったんだ、今後は大佐と呼ぶように」
「理解しました、階級の変更を確認。それではシャレ=グルスキ大佐、よろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」
「それではここで行うべきことは完了したのでシャレ=グルスキ大佐は私とそこの"バイオロイド"と一緒にキェルツェへ飛んでもらいます、いいですね?」
「了解。それじゃあプワフスキ主任、案内感謝いたします」
「いえいえむしろこちらこそ礼を言いたいくらいですよ!サインにスケッチまで描いていただくなんて!これは家宝にします!」
「しなくていいから」
「用事は済みましたか?済みましたら移動を開始しますよ」
「よし、これで多分問題はない………よな?」
「異常は見受けられません…………問題はないかと」
「まあいいか、それじゃあ案内は頼んだぞ!」
「ええ!私にお任せあれ!どんな任務でもこなして見せましょう!」
「昔から思ってたが頼もしいやつだな、助かるよ」
これでとりあえずモドリン要塞にあった用事は終わったわけだが…………今度はキェルツェか、ここ一週間でかなりの距離空を飛んだもんだ。それでもこれまでの総飛行時間には敵わないわけではあるんだがな。
クリシャの先導のもと、次は再び訪れた─今回は同行者が増えているが─モドリン要塞側の空港から軍の高速輸送機で今度はキェルツェ近郊の飛行場へ空路で移動する。