凡人擬きは少女を曇らせたい   作:コンソメ

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第2話

「エレボスという神を知っておるか?我が眷属(玩具)よ」

 

「知らない」

 

「天界にいた時はどこぞの処女神と同じく自身の神殿に引きこもっており、混沌を司る神とは思えなかったのじゃが、どうやら最近面白いことをしているようじゃの」

 

ステータス更新のためにアリウスをベットに寝かせ馬乗りになっている童女姿の神は、ケラケラと哂った。

 

「最近、イヴィルスの動きが不穏じゃろ?」

 

「知らねえよ。あいつらの動きはいつでも不穏だしいつも俺を狙ってくるじゃん。白妖精と黒妖精のディース姉妹とか5日に一回は襲ってくるぞ?暇なのか?大人しくフレイヤファミリアの妖精と遊んどけよ」

 

「大変じゃな」

 

「あんたのせいだけどな」

 

「儂が格上との戦いを演出してやったからお前のような凡人がLv3まで到達できたんじゃぞ?」

 

メーティスの言う通り、少年が12歳という年齢でLv3に到達できた理由は神のお膳立てと神の権能を用いた不正があったからである。

 

ちなみに、アリウスの持つ未来視の魔法は魔導書由来、スキルは神の呪いともいえる不正の塊である。

 

アリウスの自力ではこの年齢でこれほどのLvに到達することはなかった。知性の神たる彼女でなければできない芸当だ。

 

「それで?俺が『預言者』として狙われることもあんたのシュミレーション通りかよ」

 

「感謝して欲しいものじゃ…各勢力から狙われているからこそ、お前は彼女に出会った」

 

「そうだな」

 

「驚いたぞ?帰ってくるなり「好きな女を曇らせる知恵を俺に授けろ」なんて叫ぶとはな」

 

メーティスは、アリウスの首に手を伸ばし指を絡める。

 

「儂の想像を超える下界はやはり退屈せぬ。のう――――アリウス」

 

メーティスはアリウスの耳を全力で噛み、顔を上気させたまま邪悪な笑みを映し出す。

 

「儂を飽きさせてくれるなよ?唯一無二の儂の玩具(眷属)よ」

 

それはアリウスの心を恐怖させる音色であると同時に極上の快楽を感じさせる声だった。

 

嗜虐心あふれる笑み。相手を征服した神の顔だ。

 

心のどこかでわかっている。どこまで行っても神の掌で踊っているにすぎないと。

 

「7日後、アーディ・ヴェルマが死ぬ。それを止めたいか?止めたいじゃろ」

 

「ッ!」

 

「場所と大体の時刻は教えるのじゃ。好きにするがよい」

 

わかっていても、アリウスにはメーティスに依存する以外の選択肢がなかった。でも、彼女に対する感情だけは自分のものだと断言できた。

 

 

 

 

アーディ・ヴェルマと最初に出ったのはオラリオに来てから1年と半年後だった。1年間でのランクアップを果たし、二つ名の影響もあり他の派閥に狙われることが多かった。アストレアファミリアやガネーシャファミリアがなければ、速攻で詰んでいたであろう。

 

ランクアップしてからはモンスターではなく人を相手にすることが多かったまである。懸賞金を掛けられた冒険者など前代未聞だったが、掛かってしまったのだから仕方がない。主神は、友人の神の下に隠れるからとりあえず半年間耐えろ、後このリストにある指示通りに動けと意味の分からない指示を出して消えた。

 

激動の半年だったと思う。一般人を巻き込まない様に立ち回っていたのも原因だが、一番は主神の指示の影響である。

 

主神が渡してきたリストには、10名の名前とその死因、予測日時が書かれていた。そして、『ここに名前のある人間の死を可能な限り回避すること』と書かれていた。

 

俺は狙ってくるバカな冒険者を往なしながら、オラリオ中を奔走した。

冒険者の喧嘩に巻き込まれる酒場の店主を救い、薬を買えないスラムの女の子に薬を届け、ランクアップを理由にいつもよりも軽装でダンジョンに潜った冒険者を助けたりなど、本当に大変な半年間を過ごした。

救えない人間もいた。娘のために金を稼いでくると深く潜った冒険者は帰ってこなかった。抗争で火の海になった区画の子供たちは目の前で殺された。家族のために金が要ると叫びながら俺を捕まえに来た冒険者を殺した。

 

そして、その冒険者を殺した現場に居合わせたのがアーディ・ヴェルマだった。

 

捕まると思った俺はアーディを殺そうとした。血に濡れ泥を纏い、死の気配を漂わせている俺は様に怪物だっただろう。

 

度重なる襲撃と主神からの指令で判断が鈍った結果、アーディに対して剣を振るってしまった。

 

恐ろしかっただろう。しかし、アーディは俺に対して攻撃をしなかった。防具で剣を受け、防ぎきれなかった攻撃に顔を歪めても少女は決して俺を傷つけなかった。

 

「大丈夫だよ、君は頑張った」

 

剣を持ったままの俺を優しく抱き留めたアーディに俺は戦意を抱けなかった。今でも、春風のような笑みとふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐったことは覚えている。

 

 

 

 

 

「だーれだ?」

 

太陽のような声色が俺の耳を刺激した後、視界が塞がれる。

 

「離れろ、アーディ」

 

語気は強いが声色は優しくなるように気を使った。気づかないうちに表情筋が緩み、口角が上がった。

 

目を覆っている手を優しく解き、後ろを振り向けば、えへっといつものあざとい仕草ではにかんだアーディは両手を広げる。

 

「うんっ、そうだよ〜!都市の憲兵でシャクティお姉ちゃんの妹で、アリウスと同じLv3のアーディ・ヴァルマだよ〜!じゃじゃ〜ん!!」

 

「知っている」

 

「どうしたの~?表情が暗いよ~」

 

「うるさい」

 

「え~、私の方がお姉さんなんだからさ………相談しよ」

 

上目遣いをしながらわざと俺の体にもたれかかるように話す。一瞬、ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐったことを覚えている。破壊力抜群の上目遣いに一瞬たじろいき、くらくらとしたが、本気ではないことを知っているため少女の体になるべく負担をかけないように優しく自分の体から離す。

 

すると何がおかしいのかクスクスと笑うアーディ。

 

「いや~流石私!アリウス、今笑ってるから」

 

「これは呆れ笑いだ。図に乗るな」

 

「何か悪役っぽいね。そのセリフ」

 

「ほっとけ」

 

花のような少女の笑顔を見るたび、心が満たされる。同時にどうしようもない黒い感情が渦巻く。この笑顔を曇らせることはどれほどの背徳なのだろう。

 

彼女の前で非道を犯せば、彼女は俺だけを見てくれるのだろうか。

 

ああ………どうしようもなく目の前の少女を汚したい(愛したい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女を曇らせたいアリウスから見れば、今回の闇派閥の動きは凄まじく都合がよかった。主神に教えられた時刻と場所に到着すると、殺帝とその部下がガネーシャファミリアやアストレアファミリアと交戦している。

 

ナイフを持った子供がアーディに襲いかかった。

 

「こんな子供に………武器を持たせるなんて」

 

温厚が人の形をしていると評されるアーディが、通常抱かないはずの怒りがありありと浮かぶ。

 

「ナイフを捨てて! 戦っちゃダメだ! 君みたいな子に武器を持たせる大人の言うことなんか聞いちゃいけない! 私は君を傷つけたりしないよ?」

 

アーディは声を放った。

 

振るえるだけの子供を救わんとした。

 

呼びかけられたヒューマンの少女は、目を見張りそこから眦をぐしゃぐしゃに歪め、涙をボロボロとこぼす。

 

アーディは笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だから」

 

少女の目の前で、彼女は剣を下ろしてもう片方の手を差し伸べる。

 

少女はぼうっとした表情で手を伸ばし、右手で小さな胸を握りしめる。

 

「――――――ヒャハ」

 

「ああ、これか」

 

それを見た殺帝の笑い声が響く。

 

アリウスのラプラスがアーディの死を視認する。

 

「いい、絶好の曇らせタイミングだ」

 

「………………かみさま」

 

瞳から光を消し、声からも感情を消す。

 

敵意もない。悪意もない、そこにあるのは願いだけ。

 

「おとうさんとおかあさんに、合わせてください……」

 

少女が撃鉄をさせる前に、少年は詠唱を紡いでいた。

 

「業火を謳う、道化は笑い、愚者は嘆きと憎悪を寿ぐ――――『愚者の炎(イグニス・デストロイト)』」

 

少女がアーディと接触する直前、熱線が走った。

 

「――――え?」

 

アーディの前にいた少女の身体に大穴が空いていた。

 

呆然とするアーディを含め、状況を飲み込めない少女たちが辺りを見回す。

 

殺帝とアーディだけは、一瞬で視線を固定させていた。

 

やがて全員の視線が定まる。呆然と全員が向けた視線の先に、それを成したものが立っていた。

 

炎熱の残滓を宿した腕を向けて、傍観者の立ち位置から大きく前に踏み出した少年。

 

そして、最も愚かしい選択をこれからわざと取る少年が立っていた。

 

「アリ………ウス」

 

ハイライトのない瞳で、こちらを見る少女を認識して込み上げる笑みを押し殺しながら、アリウスは剣を振った。

 

地面に転がる狂信者たちへ。

 

鮮血の残影が軌跡を描く。一人、また一人と狂信者である一般人を殺していく。撃鉄を操作する前に、狂信者を殺せば起爆できないことを知っているからこその動きだった。

 

「や、やりやがった…てめえ、それでも冒険者かよ!?」

 

殺帝の焦りが木霊して、全員の認識が追い付いた時にはすべてが終わっておりアリウスはアーディの前に立っていた。

 

「アーディが無事でよかった」

 

少年は誰よりも純粋に、誰よりも邪悪に、主神とよく似た笑顔で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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