凡人擬きは少女を曇らせたい 作:コンソメ
凄まじい轟音と熱波がやってきた。莫大な火の粉が散り曇天を燃やしていく。
街が燃えている、見慣れた何もかもが炎の舌に巻かれて呑まれていく。そこはつい先ほどまでは、どこにでもある普通の都会だったはずだ。しかし、それが見るまもなく炎に飲まれて消えていく。
「クソが、しくった」
「ええ、おかげで命拾いしたわ」
甲高い金属音、そして鮮烈な火花が散っていく。アリウスの斬撃を妖精が逸らしたのである。
白妖精であるディナの方は重症ではありつつも戦闘は可能、黒妖精のヴェナはピンピンしていた。詠唱をしている間に先に斬られていたディナが、妹へ伸びていたアリウスの腕を掴み自分が割り込むことで妹が受けるはずだった魔法から庇って見せたのである。
愚者の炎は格上殺しと言われるほど、強力な魔法ではあるが一撃でLv5を沈められるほどのものではない。
「だから追い打ちを仕掛けるはずだったんだけどな………妹の方が白兵戦に対応できるなんて反則だろ」
先ほどの、アリウスの斬撃を対処したのはヴェナの方だった。姉妹の戦闘方法は広く知られている。
各々の戦闘スタイルは、姉のディナが二振りのスティレットを巧みに操る近接戦、妹のヴェナが魔法や魔剣を駆使する遠中距離戦で、この二人による隙のない連携こそをディース姉妹は得意としている。
「俺を殺すために近接戦も練習しましたってか」
アリウスのラプラスは何をどう動いてもこの盤面では勝ち目がないことを見せてくる。レベル5二人に小細工なしに勝てるほど、アリウスは強くないのだ。
切り札の切り方次第では殺せるという確信がある。しかし、リスクもある。
アリウスは考える。ここで姉妹を殺さずに逃亡する未来を。考える。ここで切り札を切って殺す未来を。考える。それは本当に割に合うのかを。考える。考える。考える。そして、結論を出す。
「ここでレベル5を二人落とす。そういう未来にする」
アリウスは剣を握り、血で濡れた刃を振り鳴らした。
「「アハッ、その殺気立った眼、とっても素敵よ」」
「………」
「でも残念」
「ええ、残念だわ」
姉妹は心底残念そうに頬を赤く染めた状態で、溜息を吐いた。
「「時間よ」」
その瞬間、アリウスは自身の負けを悟った。
アリウスの背後、そこに立っていたのは一人の男だった。総身は3M近い。全身をフルプレートの鎧で多い、黒い兜で顔を隠しているその男は、オラリオにとっての終末だった。
「お前があの神が話していたメーティスのガキか」
火の粉の風を孕んで怪物の尾のごとく揺らめく黒い大剣が薙いだ。
「!!!????!???」
未来視で切り裂かれる未来を観測したアリウスは体と斬撃の間に剣を挟んだ。瞬間、肘の骨にまで響く衝撃に血を吐きながら20Mは離れた壁に衝突した。
「未来が見えるというのは本当らしい。惰弱であることには変わりないが、対応して見せたか」
「ガッ………あああ………これで撫でたって?マジか」
未来の会話を読み取り、冷や汗を流すアリウス。先ほどの剛撃で周囲を取り囲んでいた火の海が消し飛ばされ、いつの間にか男と少年以外は消えていた。
掠れて揺れだす視界で、アリウスは立ち上がる。何のためらいもなく、スキルを使用しようと構えた瞬間………。
大地が啼いた。地面どころか都市を揺らす一撃が少年の意識を完全に刈り取った。
「いたいけな少年を誘拐するとは言い趣味してるな、エレボス」
「目を覚まして最初の一言がそれか。絶体絶命のこの状況で、その返答。メーティスの眷属なだけはある。壊れてる」
眼を開き、周囲を見て瞬きを繰り返した少年の視界に入ってきたのは、一人の神だった。地下世界の邪神にして、今回の大抗争を仕掛けた神。それが、エレボスだた。
「ここは闇派閥のホームか?」
「…いや?ここは先の戦いで半壊した教会だ………そんな顔をするな。別にお前のトラウマを刺激したくてここに連れてきたんじゃない」
瞳孔を開き今にも飛び掛からんとするアリウスの気迫に笑みを浮かべ、敵対する気がないとアピールする。
「………闇派閥と俺の思惑は同じじゃない」
アリウスは自分の拘束が緩いことと、周囲に闇派閥の人間が見当たらないことでエレボスに敵意がないことを断定した。
「それで?俺に何の用だ?」
最も最低限の治療のみで拘束されているため、アリウスが自力でこの場から逃げ出せるかと聞かれると、Noと答えざる得ない。
「傷に障るんで早く解放して欲しいんだけど」
「そう焦るな、気の短い男はモテないぜ?」
「ハハハハハハハ、まるで自分はモテるみたいな言い分だな?主神に振られた神とは思えないよ」
「お前も気を付けた方が良いぞ?お前の主神は顔はいいし知的だが、その内面は邪神もニッコリな混沌っぷりだ」
「知ってる。マジで辟易しているから」
遠い目をしているアリウスを見て、エレボスは本題を告げる
「なあ、メーティスの眷属。
「え?やだ。誘拐犯の要求を素直に聞くと思ってるのか?預言者の俺が?バカなのか?」
「…メーティスとお前の小細工で予想以上に死者は出なかった。実に鮮やかな手並みだ。だが、冷徹で巨悪を退けるという選択肢を民衆は許容できない」
主神と自分の小細工?いったい何のことを言っているのだろうか。
アリウスは混乱していた。不敵な笑みで訳知り顔を浮かべるエレボスと無表情で困惑しているアリウスは外野から見るとシリアスだが、内情を知る人間が見ればコミカルだった。
アリウスは思った。ここでの正解は適当に話を合わせることだと。自分にはそれができる。嘘を見破る神であっても真意を見破ることはできない。嘘さえついていなければ、話を合わせること自体は可能だ。そして、自分が嘘を嘘と思わなければ絶対にバレることはない。
簡単な話だ。昔はいつもやっていた通りロールプレイをすればいい。
「関係ない。
「…哀れだな。それがお前にとっての答えか?」
「ああ、そうだ。お前好みの言い方で表現すると『常に最善の選択肢を選び目に入る悲劇を消すことこそが僕の正義』だ」
男はため息を吐き、教会の瓦礫の上に腰を下ろした。
「………どうしてメーティスの眷属は悲劇的な道を進むんだろうな。アリウス、お前の正義とは『逃避』だ。誰よりも現実と可能性を強制的にわからされた子供が自分を守るための幻想に過ぎない。お前は俺の見てきた眷属の中で最も悲劇的だ」
神の寂しげな瞳はアリウスの心を掻き立てた。あの夜。メーティスが自分の住んでいた街を滅ぼした夜。血の海で、怨嗟の声が響く教会で自分を守った人間と同じ目だった。
「その目を………その目で!俺を見るんじゃねえ!!!!!憐れむな!憐憫の情を俺に抱くな!それを抱いていいのはこの世界でただ一人だッ」
感情が爆発した。事情を知らない者からすれば、彼が感情を剥き出しにする理由がわからないだろう。
しかし、エレボスとメーティス。その二柱の神は知っている。彼の過去を。愚かな凡人が愚かな狂人に至った過程を。
「俺を止めたければ足搔け。諦めたいならここで座っていろ。次の侵攻でオラリオを落とす」
言いたいこと言い終えたのかエレボスは教会から姿を消した。残されたのは仮面を外された凡人擬きだけだった。