『あのバンド』俺の出番は…?
…………ないです
結束バンドの初ライブは成功裏に終わった。
ライブ中に台風も過ぎ去り、きれいな夜空が広がっていた――
「まあよく頑張ったな。今日は私の奢りだから飲め」
「やったぁ~。先輩すきぃ~」
「お前は自腹だよ。くっつくな!」
――なんていうしんみりとした空気とは無縁の世界、
とある下北沢の居酒屋から、この話は始まる。
この場は結束バンド初ライブの打ち上げという名目だが、僕を含めて何人かは部外者だ。
まあ今日は僕も頑張ったから、打ち上げに参加する権利はあると思う。席順はこんな感じ。
後藤さん|虹夏さん|喜多さん|リョウさん
――――――――――――――――――――
僕 |PAさん |星歌さん|廣井さん
人数比的にしょうがないけど、できれば高校生側で座りたかった。喜多さんからも遠い席だし…。
ただまあ、廣井さんやリョウさんといった、
特に廣井さんにとって、居酒屋はホームグラウンド。騒がしそうだから隣にいたくはない……
背中を押してくれたことに感謝はしてるけど、それはそれ、これはこれ。今日も命より大事なはずのベースを、どこかに置き忘れてきたヤバい人なのだ。
天才ベーシストによる武勇伝の数々(観客に酒を吹きかけ、ライブ中に歌詞を忘れ、観客の顔を踏みつける)を聞いた喜多さんが、「私ってロックのこと、まだぜーんぜん理解してないみたい……」とボケ顔を披露している。
理解できずともノリで同調することが多い喜多さんが、理解が及ばずに思考放棄するというのは珍しい。結構レアな表情だし、心のメモリーに保存しておこう。後で絵にしてみたい――
(あ、喜多さんに気づかれた。観察していたのバレちゃったかな?)
ちょっとじっくり見すぎたようで、視線を気取られてしまった。
お茶に手を伸ばして誤魔化してみるけど……まあ無駄だろうな。絵に描こうとしていたのまでバレたとして、どんな反応になるだろうか?
周りに人がいるし、無言の笑顔で釘をさしてくるのが一番ありそうかな。一瞬で反応を予想して、喜多さんの出方をうかがっていると――
喜多さんは無言で目をそらした。
……え、なにその反応? ……なんで?
~~~~~~
「おい、ぼっちちゃん燃え尽きてないか!?」
「今日がんばったもんね~。ほら、何か注文しよ? 唐揚げもあるよ」
「あっ、はい」
真っ白に燃え尽きていたぼっちちゃんを呼び戻して、一緒にメニューを見る。居酒屋って初めて来たけど、結構メニュー充実してるなあ~。
目移りしているぼっちちゃんを眺めながら、畔くんの様子を窺ってみると……なぜか固まって動かなくなっていた。なんで!?
(喜多ちゃん! ……はリョウに夢中だし、大人達は三人組で固まってる。あれ? もしかしてあたし一人でぼっちちゃんと畔くんを担当するかんじ?)
畔くんも時々おかしくなるし、一人で両方担当するのはちょっと大変かも…?
とりあえず、畔くんを正気に戻さないと。
「畔くんは何頼むか決まった?」
「え? えぇっと、そうですね……」
畔くんがメニューを見始める。彼は呼びかければすぐ正気に戻ってくれるから、対処は楽な方だ。
あとは継続的に話題を提供すれば大丈夫なはず…。話題、話題かぁ……
畔くんについて気になっていること。
そう考えると、真っ先に浮かんでくるのはコイバナしかない。ズバリ、ぼっちちゃんと喜多ちゃん、どっちが本命なのか?
いやでも、2人ともいる場で聞くのはちょっとなー。これが元でバンド内に不和が生じたら笑えないし……でもでも、花の女子高生としてちょっと気になる……
(って正気に戻れあたし! どう考えてもここで聞くことじゃないでしょ!)
他の話題を探さなきゃ…。喜多ちゃんにメニューを回しながら考える。
……ライブ前、応援してくれたことについてのお礼? うーん、できればもっと落ち着いた雰囲気で言いたかったけど、ここで言うのもありか。
「畔くんも今日はありがとう! あの絵、元気をもらったよ~!」
「いえ、ライブうまくいってよかったですね」
「……私はアレなくても大丈夫だったけど」
「無観客ライブがどうとか言ってたくせに。もう、素直じゃないなー」
ライブ前のことを思い出す。客席の様子が気になってドアから覗いてしまい……そこで聞こえた、お客さんの言葉。
初ライブなんだし興味を持たれていないのは当たり前なんだけど、元々期待していた集客ができなかったこともあって、かなりきつかった。
……あのまま演奏していたら、どうなっていたんだろう。正直、うまくできた自信はない。
だから、もし畔くんが困ったときには……力になってあげたい。友達として。
リョウも口では素直じゃないけど、少なからず感謝しているはずだ。たぶん。きっと…?
「あっありがとうございました」
「あれはファインプレーだったわね。ありがと!」
ぼっちちゃんや喜多ちゃんもお礼を言って――ぼっちちゃんは目をそらしながらだけど――和やかな雰囲気になってきた。
……喜多ちゃんよりぼっちちゃんの反応が早いのって珍しいな。まあそういうときもあるか。
喜多ちゃんはアボカドとクリームチーズのピンチョスにしたみたい。ドリンクといい、オシャレ感出てるなー。
リョウは何にするんだろう? なんか変わったものを頼みそうだけど…。
「(……よし!)私はマチュピチュ遺跡のグランドキャニオンサンディエゴ盛り合わせ……」
「えっ」
「ふんふん、マチュピチュマチュピチュ……」
変なものを頼むのはリョウかと思ったら、ぼっちちゃんの方だった。さっきはフライドポテトって言ってたのに。
というかお姉ちゃんはなんで平然とメニューを探してるの!? そんな奇天烈なメニューあるわけないじゃん。もう酔ってんの?
「(ここでボケれば注意を引けるかも…?)僕はモンサンミッシェルとカンタベリーのアヴィニョンで」
「もうっ乗っからないでよ! 2人とも真面目に注文するの!」
「「あっはい」」
いい感じだったのに、どうしてこうなるんだろう?
結束バンド=ボケ軍団なんて図式が浮かんできたけど、あたしはその想像を振り払った。私達はロックバンドだもん…。
~~~~~~
色々ありつつも打ち上げは続く。
後藤さんが社会の闇を感じて崩壊したり、修復に失敗して声色が変わったりとイベントが進行していき……その間、喜多さんと僕はほとんど目が合わなかった。
ヤスリがけを手伝おうとした時も、丁重に断られてしまった。
……もはや気のせいではないだろう。
喜多さんは僕を半ば無視している。リョウさんもそれに気づいているらしく、意味深な目を向けてきている…。
なぜだ? 拗ねてるのは分かる。でもどうして拗ねているんだろう…?
後藤さんが虹夏さんの不在に気づいて、追いかけにいった。いよいよ名シーン…。邪魔したくないし、なんとか扉の前で盗み聞きできないかな?
いや、喜多さんの様子が気になるし無理に離脱しなくてもいいか? そんな風に方針を決めかねていると、リョウさんが爆弾を放り込んできた。
「そういえば郁代」
「うぐっ」
「ギター始めて数ヶ月で、よく頑張った」
「? 郁代ってだれ~?」
そ、そういえばこのイベントもあったな…。
郁代は言うまでもなく喜多さんの下の名前だ。かわいい名前だと思うけど、本人は嫌がっている。幼い頃にわざと呼んでみた時もかなり嫌がっていて、丸一日無視された記憶が…。
名前コンプレックスを刺激された喜多さんは大荒れで、星歌さんの名前を羨ましがったり、「きたー、いくよー!」と自虐ネタを披露したあげく、ダウンしてしまった。
これはこれでレアな姿なんだけど、絵にしたら本気で怒られそうだしやめておこう。喜多さんもダウンしちゃったし、虹夏さんの話を聞きに行こうかな?
そんな余裕の態度だった僕に、リョウさんが刃を向ける。
「ところで畔」
「ん? なんですか?」
「畔は子供の頃、郁代のことをどう呼んでたの?」
「あ、私も気になりますねー。名前がダメなら、あだ名とか?」
あああああだ名っ!?
確かに小さい時はいっくん、いっちゃんなどと呼び合っていた時もあるけど、そんなこと言ったら絶対からかわれる…!
リョウさんだけじゃなくてPAさんまで興味を示してるし、ちょっと……いやだいぶ分が悪い。ここは逃げるしかない!
「いやー、普通に喜多ちゃんとかですよ」
「えぇー? なんかつまんないですねぇ」
「私の勘だと、もっと面白くなりそうな気がする。嘘ついてるんじゃない?」
す、鋭い…。でも嘘はついてないです。喜多ちゃん呼びの時代もあったので。
心の中で言い訳して、僕は
~~~~~~
「逃げられちゃいましたねぇ……」
「残念。でもまだ郁代がいる」
「いや休ませてやれよ。鬼かお前ら」
まだ名前呼びのダメージから復活してないのに、死体蹴りしようとするリョウ。
ちなみに廣井のやつは既に潰れている。さっきぼっちちゃんにアドバイスしていた時はまともそうだったが、酒に溺れるのだけはどうしようもないらしい。
昔からこうだったわけじゃないのに、どうしてこうなったんだか。
しかし畔が外に行った……か。
なら、話をするいい機会かもしれない。次に会えるのはいつになるかわからないし。追いかけるか。
「私もちょっと出てくるわ。ついてくんなよ」
「もう人数半分じゃないですか…。しかも2人潰れてますし」
「郁代。起きて」
「私の名前は喜多喜多です……」
「くっ。強情な……」
お前に言われたくはないだろうよ。
しかし喜多ちゃんも珍しく粘るな。そのうち根負けしそうではあるが…。
まあ呼び方なんてそれぞれの問題だし、そこまで面倒見るわけにもいかない。
私はそう結論づけると、畔のあとを追ったのだった。
打ち上げが1話で終わらなかった……だと?