なんとかホワイトデーには間に合ったけど…。
部屋の中で、赤髪の少女が浴衣片手に悩んでいた。
悩みの内容は他でもなく、明日これを着ていくか否か…。
(やっぱりこれ着ていくと気合い入りすぎてるような気が…。みんなで着ていくのとは違うし)
悩んだ末に、浴衣を仕舞い直した喜多郁代。友達と祭りに行く時には示し合わせて浴衣にするが、今回はそうではない。
気心知れた異性と、2人きりでのお出かけ。いわゆるデート。
そんなことを考えながら、頬に手を当ててみるが……特に熱を持ったようには感じられない。その意味について考えながら、喜多は明日の服装を決めた。
誰かに見られても問題ないような備えと……
特に自分に似合うお気に入りの服や、ちょっと背伸びして買った香水を無意識に選んで。
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僕にとって、喜多郁代とはどういう存在か?
幼い頃は唯一の友達で、気になる相手。
中学生のときは、どう接すればいいのか分からない、昔の思い出。
そして今の僕にとっては、夢を取り戻させてくれた恩人であり――――特別な人だ。
特別な人というのは、気になる異性としての意味もある。笑顔が可愛くて、一緒にいると楽しいし、安心する。時折落ち着かない気分になることもあるけど……いわゆる、嫌じゃない気持ちってやつだと思う。
性格についても、行動力がありすぎるところを含めて好ましいと思っている。僕自身はあまり活動的なタイプではないけど、彼女と一緒なら嫌とは思わない。
なぜそうなのかは自分でも不思議だけれど…。あるいは幼い頃に散々連れ回されて、耐性ができているのかもしれない。
でも一方で、彼女にとって僕がどういう存在なのかを考えると、ちょっと憂鬱な気分になる。
面食いでかっこいいもの・映えるものが好きな彼女にとって、僕は好みのタイプではないだろう。実際キャーキャー言われたり、キラキラ興奮した目で見られたことなんてないし…。
頼りがいがある相手とか、そう思われていることもあり得ない。むしろ年下みたいに思われている気がする。
そういった観点で見ると、喜多さんの好みにドはまりしているのは後藤さんだ。
外見や雰囲気ではリョウさんがリードしているけど、内面とかを含めると後藤さんが圧勝しているだろう。ぶっちゃけ後藤さんが男の子だったら勝ち目はないと思う。
僕が後藤さんのことを半ばライバル視しているのは、才能や内面といったもののほかに、喜多さんを巡る恋のライバルのような側面もある。もっとも、後藤さんにとってはいい迷惑だろうけど…。
ちょっと話がそれたけれど、現状を客観的に分析すると、僕は恋愛面でリードしているようには思えないということだ。
幼馴染というアドバンテージこそあるが、好みのタイプという意味ではかすりもしていない。喜多さんの様子からしても、そういう恋愛的な意識やぎこちなさを感じる場面は全くない。
だから、夏祭りに2人だけで行くなんてイベントがあっても、喜んじゃいけないんだ。
今日の彼女がいつも以上にかわいく見えるのはただの気のせいだし、自然と手を繋がれたりとか、なんか甘い香りがするのにドキドキしている場合じゃない。
なんか距離感が近いように思うのはお祭り補正だし、異性として意識されていないことを嘆くべきだ。だから平常心にならないと。落ち着いて……落ち着いて…………
(……落ち着けるわけないって! 心臓ドキドキして死にそうなんだけど!?)
夏祭りを回り始めて早数分、畔は声なき叫びをあげていた。
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下北縁日祭り。
下北沢近郊で行われるこのお祭りでは、子供から大人まで楽しめるように様々な催しが行われている。屋台にステージの他、夕方からは手持ち花火ができるスペースも開放されるなど、内容は多岐にわたる。
景品はキッチン用品や食べ物などささやかだが、ビンゴ大会にスタンプラリーといった催し物も行われる。地元住民にとっての夏の楽しみである。
畔がこれに参加するのは数年ぶりであり、本来なら懐かしさを感じたり、子供の頃とは違った視点で楽しめたことだろう。まあ、今の彼にそんな余裕はないわけだが…。
さて、2人の屋台巡りの様子はというと……
「お祭りならまずはりんご飴よね! 写真撮ってくれる?」
「い、いいよ。……これでどうかな?」
「ありがとう! ちょっとポーズ変えて……もう1枚お願い!」
「……はい、撮れたよー(これ長くなるやつだ)」
りんご飴片手に映え写真を追求し――
「ヨーヨーも可愛くていいわね!」
「いいと思うけど…。ヨーヨーって浴衣のイメージじゃないかな?」
「うっ確かに…。しょうがない、別のにしましょう……」
撮影会part2がそれとなく阻止され――
「あっ! 美味しそうなクレープ屋さん。ちょっとここで休憩しない?」
「いいよ。何味にするの?」
「うーん…。ちょっと高いけど、スペシャルクレープにしようかな。畔くんは?」
「(やっぱりそれ選ぶんだ……)バナナにするよ」
他より倍以上お高いクレープを(見た目がいいから)躊躇なく選んだ幼馴染に畔が遠い目をしたりと、和気藹々とした雰囲気で祭りを楽しんででいた。
時に畔が落ち着きそうになる場面もあったが、そのたびに再び接近してきた喜多により心がかき乱され、落ち着かない様子になる。柔らかな手の感触と甘い匂い、満面の笑顔に”とある付属品”が、お祭りという非日常的な雰囲気も相まって、彼の心にクリティカルヒットしていた。
その様子は傍から見ればカップルのようで……当然、畔には周りの男から暗い感情がぶつけられていた。それに気づきこそしたが、気にする余裕がなかったことや、嫉妬混じりの嫌がらせやナンパに遭わなかったことは幸運というほかない。
そして、彼女が注目を集めつつも”喜多郁代であるとバレなかった”ことも幸運と言えるだろう。
もっともこれは単なる幸運というわけではないし、お祭り会場に秀華高校の生徒がいなかったということでもないが…。
その幸運をもたらしたものと、スペシャルクレープの写真を撮りまくる喜多郁代のことを、畔はただ眺めていた。手に持った自分のクレープには口もつけず、呆けた様子で彼女を見る様子を見れば、彼の内心は丸わかりである。
満足いくまで写真を撮った喜多がこちらを見る前にと、視線をクレープに戻したものの、果たして効果があったのかどうか…。
誤魔化すようにクレープを口にしながら、畔は喜多に尋ねた。
「ところで喜多さん」
「ん? なあに?」
なんで、眼鏡をかけているの? という、
今更な質問に対して、郁代はいたずらっぽく微笑んだ。
~おまけ~
「ん? いま郁代がいたような…?」
「え、喜多ちゃん? ……どこどこ? いないよ?」
「一瞬だったけど、後ろ姿がそれっぽかった。頭数を増やして……」
「いやこんなのに後輩を付き合わせようとしないの! ほらさっさと行くよ。スタンプ集めて野菜をもらうんでしょ?」
「……それもそう。久しぶりのまともな草だし、早く食べたい」
(なんか男連れだった気がするけど…。まあいいか)