「いや~助かったよ。ありがとね~」
「いえ、気にしないでください」
「すっきりした分、また飲めちゃうよ~ んぐっ、ゴクッ……」
「あはは…。お酒好きなんですね……」
つ、つらい…。早く解放されたい…。
ぐびぐびと音を立てながら酒を飲む廣井きくり。僕はその横で愛想笑いを浮かべながら、早くこの時間が終わるよう切実に願っていた。
匂いもキツイし、絡み方というかテンションがうざい。
後藤さんはというと、体育座りで小さくなって、ひたすら存在感を消している。
関係構築を考えたら、後藤さんこそ廣井きくりとお話してほしいんだけれど…。まあせめてもの罪滅ぼしだ。なるべく間に入ってあげよう…。
酔っ払いは次のターゲットに弁財天を選んだようで、石像に向かって「君もこっちにおいでよ~ ねえなんでじっとしてるの~?」なんて手招きしている―――やっぱりヤバいなこの人。ネタなのか本気なのか分からない…。
ドン引きした目で廣井さんを見る僕の腕を、後藤さんがそっと掴んだ。
「い、今のうちに離れませんか…?」
「うん、そうだね……」
離れたいのはやまやまだけど、離れるわけにはいかないんだよね…。
言葉とは裏腹に腰を上げようとしない僕を見て、後藤さんがおろおろと戸惑う。この状況で一人だけ逃げるなんて無理だよね。知ってた。
逃げるに逃げられない状況が続き、やがてその時が訪れた。
「お、それもしかしてギター? 弾けるの~?」
「ぴっ…。いやあの、その……」
「そういえば名前聞いてなかったっけ。なんていうの~?」
「あっ、あわっあわわわっ」
ギターに目をつけられる&いきなり名前を聞かれる、のコンボで後藤さんが壊れ始めた。
こういうダメなところを見ると、安心するというか、優越感みたいな感情がわいてくる…。我ながら面倒な性格してるよね―――
毎日6時間という、とてつもない時間をギターに捧げられる強い意志。
強烈な個性をきちんと発揮し、それを受け入れてくれる仲間がいる幸せ。
”普通の人”として振舞うことしかできず、特技といえるものも持っていなかった僕にとって、後藤さんはコンプレックスを抱く相手だった。
だから後藤さんのダメなところを見ると安心するし、自分がそれをフォローする立場に立てると満足感を覚えてしまう。
今は僕にも特技といえるもの――絵を描くこと――があるけれど、それだけではこの悪癖は直らなかったようだ。我ながら情けない…。
あるいはもっと自信が持てるようになれば、この性格を直せるのかもしれないけど…。今はまだ過去のトラウマを克服できていないから、学校で絵のことを話したり、描いた絵を誰かに見せることはしていない。
幸い僕のトラウマは学校と強く結びついているみたいで、今日みたいに地元から離れたところとか、自宅でなら普通に描ける。それに結束バンドのみんなになら、見られてもちょっと息が詰まる程度で済む―――進んで見せようとは思えないけどね。
とりあえず目下の目標は、自信を持って見せられる絵をもう1枚描くことかな。
成功体験が積み重なれば自信がつくはずだし、自信がつけば周りの人にも見せられるようになるはず。それまでは、この性格と付き合っていくしかないのかな…。
―――ともかく今は、後藤さんのフォローに入るとしよう。
自己紹介ついでに、後藤さんの紹介もしてあげる。
ギターを見せて――なんて言ってくる廣井さんに対して、後藤さんは不安そうな態度を見せた。まあ客観的に見ればただの酔っ払いだし、不安になるのも当然だよね…。
後藤さんの内心を察したのか、廣井さんが言葉を紡ぐ。
「大丈夫。私もバンドマンなんだ~。だから楽器は大事に扱うよ~」
「あっそうなんですね……」
「………」
でもあなたベースを飲み屋に置き去りにするんですよね、なんてツッコミをいれたくなるのを我慢して、成り行きを見守る。
後藤さんは迷った末に、ギターを廣井さんに渡した。廣井さんはギターを取り出して、感嘆の声を上げる。「いいギターだね~」なんて言いながらギターを触る手つきは優しく、言葉通り大事に扱っているのがよく分かった。
……これで酒癖が悪くなければ、言うことないんだけれど。
「いや~いいギターだねぇ~。大事にしてるのが分かるよ~」
「あっありがとうございます」
「私はベースやっててね~。ベースとお酒は私の命より大事だから、毎日肌身離さず持ってるの」
「そっそうなんですね…。え、あれ…?」
「……ベース、持ってませんよね?」
お酒はそれこそ瓶まで持ち歩くのに、ベースは何回も置き忘れるなんて…。お酒>ベース>命なんだろうか。
ジト目で睨んでいると、廣井さんは冷や汗をかきながら「ベース飲み屋に忘れてきちゃった~。お願い探すの手伝って~!」と頼み込んできた。
僕としては望ましい方向だけど、後藤さんは嫌がるかな……なんて思って後藤さんを見ると、
(意外と乗り気っぽい? うっいい子過ぎる……)
同情心だろうか。言葉に出してはいないけれど、助けてあげたいって気持ちが伝わってきた。
後藤さんって根はいい子だよね。打算で動いている自分が、なんか汚れているみたいに感じるよ…。
――変な敗北感を味わいながら、僕は了承の返事をした。
~~~Side:後藤ひとり~~~
酔っ払いのお姉さんのベース探しに付き合い始めて、数十分。
空がオレンジ色に染まる頃、ようやく目的のものが見つかった。
(結構疲れた…。けど、無事に見つかって良かった)
あちこち歩き回ってくたくただけど、手伝って良かったと思う。私もギターをどこかで失くしたら――なんて思うと胸が苦しくなるし…。
ただこのお姉さん、相当ヤバい人だよね…。いつの間にか知らない町に来てたとか、ダブル太陽とか。お酒に詳しくない私でも、尋常じゃない酔い方だって分かる…。
幸せスパイラル……悲しい幸せだなぁ。なんか学校で似たようなことを聞いたような気がする。
お姉さんいわく、私や畔くんにもお酒におぼれる素質があるらしいけど、どうなのかな…?
お酒におぼれた私。ギターも弾かず、押し入れの中に引きこもってスマホをいじる毎日。部屋にはお酒の空き缶とゴミが散乱している。
お母さんもついに声をかけてくれなくなって、ふたりは結婚してママになる。私は一人、昔の写真を眺めては「あの頃は良かった」なんて思って涙を流す……
みんなに会いにいく勇気もなく、そのまま私は……
そ、そんな未来は嫌ああああー―――!!!!」
あり得る未来の姿を想像してしまい、叫び声が口から漏れた。「もしかして君ヤバい子~?」なんて声が遠くから聞こえてくる。
もし結束バンドでメジャーデビューできなかったら、お酒に手を出しちゃって、そんな未来が訪れるかも…!?
……この時私は妄想にふけっていて、周りの音を聞いていなかった。会話は畔くんがしてくれるからいいや――なんて思っていたから。
でもその間も、畔くんとお姉さんの会話は続いていて……私はいつの間にか、知らない流れに飲み込まれていた。
「ひとりちゃん聞いたよ~! チケットノルマ、大変だよね~」
「……ハッ! あっはい、そうですね……」
「私も昔は苦労したな〜。よし、ここは先輩がひと肌脱いであげよう」
ノルマのことを同情してくれる、優しい……なんて思ったのもつかの間。お姉さんが上着を脱ぎ始めるのを見て頭が混乱する。
えっここ町中…。と、止めなきゃ。あと畔くんの目をふさいで……って畔くんはなんで平然としてるの!?
「私たちで今から――」
「えっ、あっ、えっ」
「――路上ライブをやろう~!」
そう言って、ベースを構えるお姉さん。
なんだ、演奏するために上着を脱いだだけかぁ…。確かにこの格好の方がカッコイイかも…。
―――路上ライブッッ!!??
「あ、一保くんは楽器持ってないんだっけ~? じゃあ君はボーカルね~」
「えっ…?」