これで6話は終わり。
次回は日常回です!
(どうしてこうなった…?)
畔一保は頭を抱えていた。
畔の人生で、人前で歌を歌ったことなんて数えるほどしかない。音楽の授業と、クラスの打ち上げでいったカラオケ大会。この程度である。
それがいきなり、路上ライブでのボーカルへとステップアップ。何段飛ばせばこうなるのだろうか?
カラオケ大会ではわりと評判良かったものの、それでいけるわけじゃないことを畔は知っている。おまけに今回はギターヒーロー覚醒のきっかけとなる重要な舞台だ。それを知っているのは畔だけだが。
もちろん畔とて抵抗はした。バンドメンバーじゃないことを押し出したり、宣伝役につとめようとするなど…。
ただ廣井きくりの勢いにすべて蹴散らされ―――機材が到着したあたりで、抵抗を諦めた。タイムスケジュールが乱れて、ファン1号・2号と会えなくなることを懸念したからである。
かくして、即席バンドの路上ライブが幕を上げる。
本来は存在しなかった、一人の青年を加えて―――
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少女が奏でるギターの音色、青年が放つ歌声。
それらを自慢のベースで支え、まとめ上げながら、廣井は自分の直感が間違っていなかったことを確信していた。
あえて小さめの音量に設定された歌声は、ギターの音色にかき消され……されど、存在感を失ったわけではない。曲の雰囲気づくりに貢献しつつ、ギターより前には出ない。それは結束バンドのライブチケットを売るという今回の目的からすれば、理想的な立ち回りといえた。
もちろん本職のボーカリストから見れば改善点は多い――というか、ちょっと歌がうまいだけの素人でしかない。でも、曲の雰囲気を出す上で最も重要なポイントを抑えられている。
音楽には、作者の感情が込められている。
ボーカルでいえば、歌詞に込められた感情を理解・共感し、それをどう歌で表現するのか。それが観客の心をつかむ鍵となる。
その点については、一保の歌は優れている。歌詞に込められた感情と、当人が抱いている感情が似ているのだろう。
耳を塞ぎたくなるような、他者へのコンプレックス。決して憎らしく思ってはいないけれど、眩しくて目を背けたくなる、そんな気持ち。歌詞と共鳴した感情が歌に乗って、観客に届く。
ああ、でも――
(作詞者と一保くんは違うねぇ…。最後のところが)
作詞の子はコンプレックスをエネルギーに変えられている。一見ただ縮こまっているようでいながら、着々と爆発力を高めている。
対して一保の方は、くすぶっているだけだ。臆病なのか、迷いなのか。踏み出すことへの”恐れ”が感じられる。ただ、それじゃあ―――
色々ともったいなく思う。歌を通して感じられた畔一保の人となりも、まだ殻を破れていないひとりちゃんも。
でもまあ楽しくできているし、初めての路上ライブにしては上出来だろう。将来に期待かな、なんて廣井きくりが思った時―――猫背の虎が、動き出した。
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暗闇の世界。慣れ親しんだ視界。
目を閉じてギターを演奏しながら、後藤ひとりは”酒飲みのお姉さん”の実力の高さを感じ取っていた。
(お姉さんのベース、即興なのに全く迷いがない。畔くんの歌と一緒になって、私のギターを支えてくれている……)
ベースの音からは、強い自信が感じられる。「心配しないでいいよ~。2人まとめて、私が支えるから」なんて言っていたのも、大言壮語ではなかったのだろう。
楽しく演奏しているのが音だけで伝わってきて―――でも、私は
(お客さんの顔すら見るのが怖い…。歌を小さめにして、私のギターが目立つようにしてくれているのがプレッシャーになる…。お客さんに笑われてないかな。へたっぴとか思われているかも……)
緊張と不安が手の動きを鈍らせる。普段なら楽にできる部分もおぼつかなくなり、それでまた不安になる悪循環。
なんとか失敗はしていないけど、不安は膨らむ一方で……そんな中、誰かが応援の声をかけてくれた。
「ちょっと、いきなり何いってんの?」
「ごめん。ギターの人不安そうだったから、つい……」
「ついって……」
薄目を開ける。
初めて目で見た、一般のお客さん。誰も私のことを笑ったりなんてしていなかった。
……やっと理解できた。敵を見誤るなっていうお姉さんの言葉の意味が。初めから、敵なんていなかったんだ。
感情のままに弦を弾く。
明るく照らされたステージに立って、私はようやく思い通りになりはじめたギターをかき鳴らした。
お姉さんのキラキラした眼差しや、一足先に歌い終えた畔くんが向けてくる羨望の目には気づかずに…。私はただ手元とお客さんを見ながら、ギターに没頭していた。
~~~~~~
急遽ボーカルとして参加した路上ライブ。
初めて立ったライブのステージは、少なからぬ衝撃を僕にもたらしていた。
(後藤さんもみんなも、あんな緊張感の中でライブしているんだ……)
客席で見ているのと、ステージに立つのとでは空気感がまるで違う。
ライブに出るのがどれだけ勇気がいることなのか、後藤さんのすごさをあらためて思い知らされた。
僕にとって、結束バンドはやっぱりちょっと眩しい存在で……それでも、堂々と近くにいれるようになりたい。やっぱり自信をつけるしかないのだろうか…?
ライブの後の流れは、完全にアニメ通りの流れになった。
チケットをファン1号・2号さんに売って、警察に注意され、後藤さんが福笑いになり―――あとは、廣井さん用のチケットだけど…。
(別に廣井さんは当日券でも問題ないよね? 打ち上げと後藤さん目当てで来るはずだし…。最悪ライブに来なくても、拠点はわかってるからこっちから会いに行けばいいだけだし)
僕のもつチケットを渡す手もあるけれど、できればこれは手放したくない。僕が行くときも当日券を買って、ノルマのチケットは残そうと思うくらいだ。
このチケットは結束バンドと僕との繋がりの証みたいなものだし…。5人でとった写真と一緒に、大事にとっておきたい。
思惑通り、廣井さんは当日券で来ることとなった。かわりにライブは口約束になってしまったけれど、たぶん問題はないだろう。
チケット代が浮いたことで、後藤さんにお金を借りる必要はなくなったようだ。これも影響は小さいだろうし、問題ないはず…。
別れ際、後藤さんに何か言おうか考えて……結局、無難なことしか言えなかった。
負けないから――と本当は言いたい。後藤さんにとっては意味不明だろうし、理不尽かもしれないけれど。でも後藤さんに勝てるくらいにならないと、きっと喜多さんの心は手に入らない。
面食いな幼馴染みを思うと、ため息が出る。今の僕は、恋愛対象として意識してもらえていない。仲はいいんだけど、かっこいいとは思われてないだろう。
一目惚れしてもらえるような美貌があれば楽だったかもしれないが、あいにく転生特典とは無縁の身だ。ある手札でなんとかするしかない。
……ライブ中の後藤さんの姿や、この先のギターヒーローの活躍を思うと、高すぎるハードルにげんなりする。
ファンとしてかっこいい姿は見たいのに、活躍されるとハードルが上がって困るというジレンマ。どうしたものかと悩む僕に、酔っぱらいが話しかけてきた。
「どうした若者〜悩みごとか〜?」
「……ええまあ、そんなところです」
「私が相談に乗ってあげようか〜? とりあえず酒飲むのがおすすめだよ〜!」
「いえ、結構です。未成年なので……」
ため息の原因はもう1つあった…。成り行きで一緒に帰ることになってしまった、廣井きくり。
方向が同じだし仕方がないけど、周りの視線も痛いし早く離れたい…。というか未成年に酒を勧めるなよ。
反応が冷たい〜などと騒ぐ酔っ払いを放置して、窓の外に目をやる。
もうすっかり日が暮れていた。あらかじめ遅くなるって連絡していなければ怒られていたかも。
……酒の匂いってうつらないよな? もし帰った時に指摘されたらどう言い訳すればいいんだろう…?
「立ち止まったままだと、いつか後悔するよ?」
聞こえてきた声は場違いなほど真剣で――驚いて振り向いた時、一瞬だけ目が見えたような気がした。
しかし瞬きの間に、それは幻のように消え失せる。隣にいるのはただの酔っぱらいで…。僕はさっきの声を、夢か何かだと思うことにした。
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――ファイナルステージに進む栄えあるバンドは……
私だって……皆と今日、ライブしたかったよ―――
―――畔くんは知ってたのよね。
それなのに、何も知らない素振りで―――
―――目が覚める。
気づけばそこは自分の部屋で、はっきり分かるほど冷や汗をかいていた。
真っ暗な部屋の中、僕の他には誰もいなかった。