私は落選しました。
「人違いでしたーー!!」
STARRYの扉を開けると同時に、ピンク色の光と悲鳴に襲われた。
たまらず目をかばっていると、やがて光は消え、薄暗いライブハウスが戻ってくる。今のはなんだったんだ…?
近くにいるのは後藤ひとりファンのお二人。何かに怯えた様子。
酔っ払いこと廣井さんが星歌さんに締められていて、結束バンドのみんなは……後藤さんが軟体生物と化して笑っている。
この状況から導き出される結論。それは、
(……後藤さんが天に昇ったところか。まあこれはドン引きされるよね)
かっこかわいいバンドマンを期待してきたら、出てきたのがぐへぐへ笑うスライムだ。人違い扱いされても仕方ない。
まあこれが後藤ひとりなんだし、慣れてもらわないと…。
しばらくして後藤さんは人間体に戻ったけれど、ファン1号・2号さんは戸惑っているようだ。
後藤さんがやらかしに気づいて青ざめているなか、虹夏さんがフォローに入って2人をケアしていく。こんなんだから、そのうち虹夏さんの方が2人より仲良くなっちゃうんだよね…。
……まあコミュ力の差についてはいいか。
後藤さんに関しては虹夏さんに任せておけば大丈夫そうだし、僕は中に入らせてもらおう。喜多さんと目があうと、笑って小さく手を振ってくれる。今日もかわいい。
こちらも小さく手を振って、ファン1号・2号さんの脇を抜けたところで――後ろから声をかけられた。
~~~~~~
「あれ? 前のライブで歌っていた人ですよね?」
「本当だ。今日も歌うんですか?」
ぼっちちゃんの奇行に戸惑うお客さん。そのフォローをしていたら、話がとつぜん変な方向に向いた。
歌といえば喜多ちゃんだけど、前のライブ? あの時はインストだったし、そもそも喜多ちゃんは逃げちゃったんだけど…。
お客さんの視線の先を確認すると、畔くんがいた。どういうことなの?
お客さんと畔くんの話を聞いていると、どうやらこういうことらしい。
ぼっちちゃんと畔くんが金沢八景で路上ライブをしていて、2人はライブをみてぼっちちゃんのファンになった。畔くんは臨時メンバー扱いでボーカルをつとめていた、と。
なるほど、そういうことかー。
(……っておかしくない!? ぼっちちゃんと畔くんってそんなに仲良かったの!? この前の花火大会の話といい、知らない情報がどんどん出てくるんだけど!?)
同じクラスだし仲良くなるのは自然なことだけどさ、片道2時間かけて何度も遊びにいく仲だったとは…。これマジでぼっちちゃん狙いある? 恋愛ってよーわからん。
というかぼっちちゃん、路上ライブしたの? え、マジ…? 人気のないところで練習してたとかじゃなくて?
(ツッコミどころが多すぎる…。ライブ前じゃなければ色々問い詰めたいところだけど)
落ち着いてライブにのぞむためにも、そろそろ楽屋に行かないと。ホールにいると客入りの悪さが目に見えちゃうから、みんなテンション下がりそうだし…。
いやー、でも一歩間違えれば修羅場だよね。ぼっちちゃんはそういうのには疎いだろうし、喜多ちゃんは気にしてないから安心だけど。
あたしにはぼっちちゃんも喜多ちゃんも、いつも通りの様子に見えていた。それが間違いだったことを知るのは、まだ先の話である。
~~~~~~
(なんだったんだろう? さっきの目……)
みんなが楽屋に引っ込んだ後、僕は喜多さんのことを考えていた。
もの言いたげな視線。不満のような、不安のような…。心当たりがないけど、なんかしちゃったかな…?
さっきの反応だって、ずいぶんおとなしかった。普段の喜多さんならもっと、こう……
「路上ライブだなんて、後藤さんすごいのね!」
「えっ? い、いや~それほどでも~。うへへ」
……みたいな会話になっていたと思う。ライブ前だし、プレッシャー感じてるのかな…。
うーんうーんと唸っていると、誰かに後ろから抱きつかれた。
顔を見なくても分かる。この酒の匂いは……
「ど~したど~した~? ライブなのにテンション低いぞ~?」
「……いや、ライブ始まるのまだ先ですし」
「というか客に迷惑かけんな。シメるぞ」
「ギ……ギブギブ…。もうシマって……うっ」
不埒な酔っぱらいが静かになる。断末魔のような声が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。
星歌さんはそのまま僕の近くに座った。……なんかじっと見られている。なんで…?
「こいつが迷惑かけたな。先輩として謝っとくよ」
「いえ、気にしてないです」
「そうか…。ところで、ちょっとききたいんだけど」
真剣な目で見られる。
なんか見覚えのある鋭い目つき。面接できつい指摘を受けたことが思い起こされ…………その想像は再び現実となった。
~~~~~~
もうちょっとでライブが始まる時間。僕は気持ちを立て直すため、お手洗いに避難していた。
星歌さんは僕に悩みがあるのを見抜いたようで、洗いざらい吐かされそうになった。なんとか耐えて黙秘したけど、精神力は枯渇しそうだ。やっぱりあの人こわいって…。
……まあもし打ち明けてしまっても、どうにもならないだろうけれど。
この先の未来を知っていて、それについて悩んでいます――なんて、気がおかしくなったと思われかねない。誰が相手でも、相談できそうにない話だ。
僕は今まで、なるべく原作の流れを壊さないように心がけてきた。自分の居場所をつくるための行動はしたけれど、それ以外は原作通りになるように働きかけていた。
それは原作知識というアドバンテージを保つためでもあるし、僕のせいでストーリーが乱れるのが嫌だったからでもある。
僕のもつ原作知識は不完全だ。結束バンドがメジャーデビューを果たす、その途中で終わっている。
だから僕は結束バンドの行く末を知らない。けれども「ぼっち・ざ・ろっく!」が後藤ひとり、ひいては結束バンドを中心とした物語である以上……その結末はきっと、ハッピーエンドのはずだ。
(でも、原作通りの流れを選ぶということは……)
結束バンドの行く道は、決して平坦で楽な道ではない。
色々思い悩んで、苦労して……一生懸命努力したにもかかわらず、うまくいかない。そんな未来だって待っている。
ちょっとずつ進歩はしていくし、いつかは素敵な未来に辿り着くのだろうけど…。
初ライブの1曲目は、その始まりのようなものだ。
訪れる台風。少ない観客と心無い言葉。練習の成果も出せずに、バラバラな演奏をしてしまう。
その苦しみがあるからこそ後のシーンが際立つというのは、一理あるかもしれない。ドラマとしては映える展開で――――でもこれは、フィクションではない。
つらい思いをするのは僕の友達で、僕はそれを変えられるかもしれない立場にいる。
でも僕は、変えることを怖がっている。変えた先の未来がわからないから。僕が介入したことでハッピーエンドに辿り着けなくなったらと思うと、二の足を踏んでしまう。
――原作通りの未来か、先の見えない未知。
この期に及んで、僕はどちらを選ぶこともできずにいる。かっこ悪い……
少しでも気持ちを切り替えられるように、顔をごしごし洗う。
洗い終わって鏡を見ると、少しはマシな顔になっている……と思う。そのままホールに戻ろうとすると、壁際に誰かが寄りかかっているのが見えた。
暗い通路。
その人の顔や服装はよく分からなくて、でもそれが誰なのかは簡単に分かった。……酒の匂いで。
「あーきたきた。もうちょいでライブはじまるよ~」
「そうですね。そろそろ戻りま……す?」
廣井さんの横を通り抜けようとすると、道を塞がれた。反対側から抜けようとして、またブロックされる。抜ける、ブロック、抜ける、ブロック……
「……あの、ホールに戻りたいんですが」
「その前にさー、ちょっとおねーさんとお話しよ~?」
悩み事とかなんでも聞くよ~、なんて酔っぱらった顔で迫ってくる…。どうやら話すまで通さないつもりらしい。うざい…。
話したところでどうにもならなさそうだけど。時間もないし、諦めて口を開いた。
「その、僕の悩みというのはですね……」
「うんうん」
「色々大変だけど成功が約束された道と、先に何があるのか分からない道。どちらを選ぶのかということなんです」
「ん~? なんか抽象的な話? 難しすぎてよく分かんねー!」
ゴクリと酒を飲んで笑う酔っ払い。
……まあまともに受け取ってもらえるとは思ってないし、むしろまじめに返されたら困ったけど。笑い飛ばされるとそれはそれで嫌な気分だな。
隙を見て無理やり突破しよう…。なんていう考えは、次の言葉でひっくり返った。
「けど1つだけ言えるのはね~、迷ったときは、自分の心に正直に生きるべきだよ」
「……え?」
「先のこととか、失敗したときのこととか考えないでさ、やりたいようにやってみる」
――それがロックってもんでしょ。
ストン、と胸に落ちてくる言葉。
廣井さんの瞳が見えたのは一瞬だったけれど、その瞳からは信念が感じられた。
~~~~~~
お酒でドーピングなんていう世迷言は断り、ホールに戻る。
グダグダ悩むのなんて、確かにロックじゃなかった。選択はギリギリになってしまったけれど、まだ間に合うはず。
――諦められない
――手放したくない
ようやく掴んだ居場所、大好きな人。
どちらも捨てることのできない、大切なものだ。
胸を張って、隣にいられるようになりたい。
そして何より、ずっと笑顔でいてほしい。
だから、僕が選ぶ道は――――