『裸の聖女』が世界を救うまでの物語 〜異世界召喚されてしまった少女は、早くおうちに帰りたいのです〜 作:柴野いずみ
「立てるかい?」
「は、はい……」
仮面の剣士に手を差し伸べられた私は、彼の手をとって立ち上がりました。
縛られていた分手足が痛い……。もちろん縄を解いてくれたのは彼です。
あの男五人組が全滅させられたのは、あれからまもなくのことでした。
正確に言えば二人死亡、三人拘束。私にとってはあれほどに恐ろしかった男たちが、剣士一人に震え上がったのですから相当なことです。
目の前で人が死んだなど私も信じられませんでした。しかし縄を解かれ助け起こされた今ようやく、状況を把握することができて来ました。
「うっ、うぇっ……」
強烈な血の匂いと転がる男の生首に、思わず吐き気が込み上げて来ます。
人の死に立ち会うのはこれが初めてでした。しかも、こんな派手な惨状を見てしまうだなんて、誰が想像できたでしょう。
私は仮面の剣士の前で、しばらく吐き散らかしてしまったのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ようやく吐き気がおさまった頃、私はなぜか剣士に背負われていました。
いくら運んでもらうためとはいえ密着がすごいです。血生臭いことがあったのでドキドキできる雰囲気ではありませんが、それでも体が熱くなってしまいます。
「も、もう大丈夫、です。ありがとうございました」
「そうかい? なら良かった」
でも降ろしてくれる気配は一向にありません。両手で拘束した男たち三人を引きずっている上に私を背負うなど大変に違いないのに。
私はなんと言ったらいいか迷い、とりあえず適当なことを口にしました。
「どこへ向かってるんです?」
「騎士団詰所。一応これでもボクは騎士の端くれなんでね」
「えっ、騎士様なんですか!」
ニニの着ていた騎士服とは装いが大きく違うので気づきませんでした。
まあ、この剣士が嘘を言っていないという保証もないのですけど、先ほどの剣捌きを見る限りそんなこともないでしょうね。
白馬の王子様なんてやって来ないと思っていたのに、仮面の騎士というお助けキャラが現れるとは……。神様、恨んでごめんなさい。感謝します。
「助けていただき、本当にありがとうございます。あのままじゃ私死んでるところでした」
「いいんだ。たまたま通りかかっただけだし、ああいう奴らは見つけ次第拘束・または斬り捨てるようにって騎士団の規則で決まっているからね。……でもキミのような女の子が助けられたなら、ボクとしても嬉しいよ」
仮面で顔は見えませんが、私の方を振り返った剣士は笑っているように見えました。
私はそんな彼を見つめながら、ふと、尋ねたのです。
「そういえばまだ剣士様のお名前を伺っていませんでした。教えてくれますか? あっ。こういう時は先に名乗るのがルールですよね。私は早乙女聖。これでも一応、聖女をやってます」
「そうなんだ。……って、聖女!?」
「はい。別に信じていただけなくても結構ですけど」
聖女と言った瞬間、剣士が目の色を変えました。そんなにおかしな発言だったでしょうか? ……よくよく考えてみると確かにおかしな発言でした。この国で聖女の知名度がどれくらいかは知りませんが、少なくともあの男の人たちには信じてもらえませんでしたし。
でも剣士が驚いた理由はなんだか違ったようです。
「そうか。もう聖女召喚の儀が終わったのか。しかし、この子が聖女? どう見ても子供に見えるんだけど……。でも確かにロッティの言ってた通りの風貌だし……。なら、どうしてあんな風なことに」
「あ、あのー?」
「ああ、ごめんね。少し情報を整理してた。……ボクのことは詰所で話すよ。ここで言うとちょっとまずいからね」
「はい。わかりました」
てっきり『名乗るほどの者じゃない』と言われるパターンかと思いましたが、どうやら名乗ってはくれるようです。
ただし私はそれまで、詰所とやらまでの道を彼の背中で揺られなければならないようでした。十五歳の乙女にこれは、恥ずかしすぎます……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
詰所にはおとぎ話の中から出て来たような騎士様がたくさんいました。
剣士が男たちの身柄を引き渡すと、騎士の一人がギョッとした顔をします。おそらくは拘束された男の方ではなく剣士を見て驚いたようでした。
「も、もしかして貴殿、いや、貴方様は」
「気にしないでくれ。別に歓迎とかはいなくていいからね」
なぜこの剣士様は歓迎をわざわざ断っているのでしょう。というより、状況から見て普通であれば歓迎されるような立場の方なのでしょうか?
謎の剣士の正体を考えている時、ちょうど彼から「約束通り話をしよう」と詰所の談話室というところへ呼ばれました。考えるより行った方が早いようです。私は彼について行きました。
――そして、騎士団詰所の談話室にて。
「ここでいいだろう。……待たせて悪かったね。
まず先ほどの非礼を詫びさせていただこう。キミは知らないかも知れないけど、本来なら婚約者ではない異性に触れるのはマナー違反にあたる。状況が状況とはいえ、手を取ったことやおぶったことを許してほしい。
そしてキミが訊いてくれたボクの名前だけど。聞いて驚かないでね。
ボクはエムリオ・スピダパム。スピダパム王国騎士団所属の騎士にして、この王国の王太子でもあるんだ」
赤黒い仮面を外し、燃えるような赤髪と綺麗なエメラルドの瞳を晒した少年は、そんな衝撃事実を堂々と明かしたのでした。
どうやら、私を救ってくれたのはただのさすらいの剣士などではなく、白馬に乗ってはいないですが本物の王子様だったようです――。