婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第一部 婚約編 (●は挿絵イラスト在り)
第1章 断罪された公爵令嬢の新たな婚約●


 

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 愛される事など求めていなかった。

 公爵家の息女として生まれた時からこの身は私だけの物ではなかったのだから。

 それでも、それでもいつか、きっと報われる日が来ると信じていた。

 心を押し殺し、体を鍛え、次から次へと課せられる試練を全うする日々。

 苦労の果てに誰からも求められ皆に慕われる王妃になれると思った。

 いつからだろう。

 彼が私を見る視線に暗い物が宿り始めたのは。

 足掻けば足掻くほど状況は悪化していった。

 覚えのない悪業をお仕着せられ、周りの者は次々と離れ、冷酷な女と批難される。

 たとえ皆に嫌われようと止める事など出来はしない。

 私はそのように創り上げられたのだから。

 その結末が婚約破棄。

 弁明すら許されず咎人として断罪される。

 『真実の愛』とやらは今まで王家に尽くしてきた私の人生を無下にして赦されるほどなのか。

 ならば、私が望む物は唯一つ。

 

誰 か 私 に 愛 を く だ さ い

 

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「新しい婚約者ですか?」

 

 父上が私に投げかけた言葉の意味を理解できず思わず聞き返す。

 我ながら間の抜けた発言だが致し方あるまい。

 あの婚約破棄騒動から一年半が経過しているが、縁談などただの一度もされなかった。

 アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ

 私の名はホルファート王国のとある階層に於いて広く知れ渡っている。

 無論、あまり好ましくない人物の名としてだが。

 どうやら私は『王子の婚約者という立場を利用し思いのまま振舞った令嬢』『学園において聖女に対し苛烈な嫌がらせをした悪女』『真実の愛に目覚めたユリウス殿下とその仲間によって断罪された罪人』らしい。

 ここまで酷いと怒りを通り越して乾いた笑いしか出てこない。

 何の罪を犯していない私が謂れの無い誹謗中傷で苦しむ事になるとは。

 どうやら私は神にとことん嫌われているらしい。

 もし死後に天の国へ召されたなら神の顔を前歯が折れる程に殴ってやりたい。

 神に対する呪詛を吐き続ける私の心中を気付かぬ父上はそのまま話を続ける。

 

「そうだ、お前も王国の現状について把握しているな」

「仮にも公爵家の令嬢ですから」

 

 皮肉な返答に父上は顔を顰める。

 ユリウス殿下との婚約を破棄されて以来、私の言動はすっかり変わり果ててしまった。

 以前の私は非常に激しやすい性格だった。

 感情的で自分が正しいと思った事は決して曲げようとせずミレーヌ王妃に幾度となく窘められた。

 しかし婚約破棄後に行われた謂れの無い誹謗中傷、悪意に満ちた好奇の目、失墜した者を完膚なきまで叩き潰す貴族社会の暗部。

 そうした物にずっと晒され怒り続けられるほど私は強くなかったらしい。

 怒りや悲しみの発露には心身のエネルギーが大量に必要となる。

 今の私は取るに足らない嫌がらせにいちいち怒るのが億劫なほどに心が疲弊していた。

 私の変貌に胸を痛める父上、その隣に控えた兄上は表情を変えず話を進める。

 

「昨年勃発したファンオース公国との戦争はホルファート王国に多大な被害を齎した。王家の存在を揺るがしかねないほどに」

 

 私の婚約破棄騒動から約半年後にファンオース公国は突如としてホルファート王国に宣戦布告。

 ホルファート王家は国民を総動員してこれを迎え討つと宣言し戦争状態へ突入。

 一進一退の攻防が数ヵ月間にわたって行われ、結果は両国共に痛み分けの状態で和平条約が結ばれた。

 戦前とほぼ同じ広さの国境を維持するという多大な犠牲を払ったが得る物は何も無いという冴えない結末を迎えた。

 そして発生した多大な犠牲は否応なしに王国の体制を変える必然性を生み出した。

 まず上級貴族の腐敗があまりにひど過ぎた状況。

 私とユリウス殿下の婚約破棄によって宮廷内のパワーバランスは大きく崩れた。

 レッドグレイブ家の派閥に属していた貴族は冷遇され、代わりにフランプトン侯爵を筆頭とした反レッドグレイブ派の貴族が台頭する。

 しかし、ファンオース公国との戦争が勃発後、よりにもよって派閥のトップであるフランプトン侯爵がファンオース公国との内通している事が発覚。

 ミレーヌ王妃が率先して動いたので被害は最小限に留められたが、結果として王家に忠誠を誓っている筈の近臣ですら信用できない事実が露わとなった。

 同時にレッドグレイブ派に内通者が居なかった事実も判明し、王家は「忠臣を疎み佞臣を引き立てた愚かな一族」という烙印を押される事となる。

 これを機に王家はレッドグレイブ家との関係修復を謀るが私とユリウス殿下が婚約破棄して以降に生じた不和を解消するには至らなかった。

 次に王国の未来を担うべき上級貴族出身者の決定的な能力不足。

 今回の戦争に於いて多数の上級貴族が従軍したがその結果は惨憺たる物だった。

 実戦を知らずプライドだけは人一倍肥大化した貴族は戦地で到底信じる事が出来ない傍若無人の振る舞いを行った。

 無謀な敵陣突入などまだマシなレベルであり、地位を傘に上官の命令を拒否し我が物顔で兵を動かすなど日常茶飯事、最悪なのは従軍を拒否し他国へ亡命・職務を放棄し敵前逃亡・敵軍と内通など王国軍の足を引っ張る者が後を絶たなかった。

 これを機に教育システムの根本的な見直しが急務となり、国内から優れた若者を集め育て上げる筈の学園はその存在意義を疑問視され無期休校となる。

 最後は地方領主の台頭。

 上級貴族の醜態と反比例するが如く今回の戦争で活躍したのは地方領主の子弟や平民出身の軍人だった。

 家の相続権を持たない貴族の次男坊三男坊、生きる糧を求め軍に入隊した平民。

 彼らにとって軍こそ住処であり戦友こそ護るべき家族、事態が悪化すれば家を頼りに逃げ出す上級貴族とは真剣さも覚悟も比較にならない。

 国の中枢を担う者達から軽視されていた彼らの活躍によって王国はその命脈を辛うじて繋ぐ事が出来た。

 そうした英雄達に対し王国は何をすれば良いか?

 内通した貴族・敵前逃亡した貴族・命令違反をした貴族を取り潰し接収した領地や金銭を再分配する事だった。

 その結果、王国では新たに勃興した家や戦功で家を再建した貴族が大量に溢れた。

 

「もともと地方領主は王国に対して帰属意識が低い。いや、帰属意識が低いからこそ辺境に追いやられたと言うべきか」

「そして地方領主の不満を抑え込む為に王国は飴と鞭を施してきた。これまでは上手くいっていたが今後はそうもいかない」

 

 下級貴族限定の女性優遇政策は完全に裏目となってしまった。

 平和なら冒険者・軍人として出世する者は少なく地方領主の叛意も権威で抑え込める。

 だが平時の常識は緊急時の非常識となる。

 暖衣飽食を貪っていた中央の腐敗貴族や下級貴族を虐げる女性こそ国を蝕む寄生虫という事実が浮き彫りにされる。

 結果として他国の侵略に屈しない実力を兼ね備え王家に不満を持った地方領主が王国内で数を増やしつつある。

 

「国を護ったのは自分達という自信を付けた地方領主の矛先は次に何処へ向かうと思う?」

 

 単純明快だ、王都でふんぞり返る王家と大貴族に他ならない。

 その対象には我がレッドグレイブ家も含まれているだろう。

 そう考えた瞬間、己の背に刃を突き立てられるような恐怖を感じ冷たい汗が流れる。

 僅か一年で己が認知していた世界の常識が通用しなくなる、これが時代の変革期か。

 

「だが好機という物は誰にも平等に与えられる。我々レッドグレイブ家もな」

 

口元を緩めた兄上はそう言うと数枚の書類を私に手渡した。

 

「地方領主を軽んじてきた王家とは違う、むしろレッドグレイブ家は地方領主を重んじてるという姿勢を見せれば我らがホルファート王国の主流派に返り咲く事も不可能ではない」

 

 なるほど、話が見えてきた。父上と兄上はレッドグレイブ家の復権を虎視眈々と画策している。

 そして私が地方領主と婚約する事もその一環という訳か。

 

「良いのですか?露骨に地方領主と関係を持てば要らぬ反発を招きます。下手をすれば王座の簒奪を企てていると疑われかねません」

 

 もっとも今の私は王家に対する忠誠心がほぼ底をついているのだが。

 あの馬鹿王子共に吠え面をかかせられるなら辺境貴族に嫁ぐ程度なんでもない。

 自棄になった女の怖さを存分に思い知れ。

 

「構わんさ、今の王家に我らを止める事など出来はしない」

「先に我々の信用を損ねたのは王家の方だ。ここでレッドグレイブ家を潰せばそれこそ王国が崩壊する」

 

 どうやら父上と兄上も私の婚約破棄について相当な鬱憤が溜まっているらしい。

 

「婚約と言ってもあくまで顔見せを行う程度だ。縁が無いならすぐ戻って来てもいい」

「王都にいては要らぬ心労も多々ある。世情が落ち着きつつある今なら辺境で羽を伸ばす事も悪くはない」

 

 そうして私を見つめる父上と兄上の目は優しく温かかった。

 思った以上に家族に心配をかけていた事実、そして私を気遣ってくれた愛情に目頭が熱くなる。

 

「感謝します、それで私の婚約者殿の情報は?」

「その書類の中にある。王都の放蕩息子とは比べものにならん程の胆力と才能を持っている。お前と同い年ながら最前線で多大な功績を為した若者だ」

 

 そして書類を捲ると写真付きの履歴書が混入していた。

 こういう場合は見事な装飾を施し修正されまくったお見合い写真を手渡すのでは?

 才能を評価されつつも公爵家からぞんざいに扱われる若者が少し憐れだった。

 

「リオン・フォウ・バルトファルト」

 

 私は会った事もない婚約者の名前をそっと口にした。




原作乙女ゲームで断罪された後のアンジェリカはどんな心境だったのかを自分なりに考えて書いてみました。
原作ゲームにおけるホルファート王国とファンオース公国の争いを明確な戦争として描きました。
聖女や攻略対象の活躍によって何とか終戦しましたが国としては多大な損失を被った設定です。
もしリオンが転生者ではなく、ルクシオンが封印されたままだったらと考えてこうなりました。
今回は状況説明がメインなので少し長くなってしまいました。
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