婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第99章 絶縁

ヴィ~~~ッ ヴィ~~~ッ

 

 艦橋に警報音が鳴り響き、その場に者達は速やかに臨戦態勢に突入した。

 その表情は興奮と同時にある種の畏れも湛えている。

 無理もない、何しろこれから対峙するのはレッドグレイブ公爵家だ。

 ホルファート王家に於いて王家に次ぐ地位と力を有した領主貴族筆頭。

 新興貴族の青年が数年前に結成したばかりの領兵軍とは歴史も装備も違い過ぎる。

 領主の父が旧領から引き連れた古参兵と領主を個人的に慕う若者、後は兵役を課された領民を訓練と実戦で鍛え上げて作られた軍。

 それでも己の務めを果たそうとする気迫は上司に役目を押し付けられた者には決して出せない気迫があった。

 領兵の皆が領主とその妻を敬愛しているからこそ為せる業である。

 本人達の自覚は乏しいかもしれないが、確かにリオン・フォウ・バルトファルトとアンジェリカ・フォウ・バルトファルトは一廉の人物であると証明していた。

 

「交渉は決裂したようですね」

 

 公爵の説得という難業が上首尾に終わると心の底から思い込んでいた者は艦橋に殆ど居ない。

 賢明な者に為れば為るほどそれがどれだけ困難であるか、過去の言動がどれだけ愚かしい行いだったか自覚し罪悪感と後悔で身を苛まれる。

 それでも彼らがリオン・フォウ・バルトファルトの計画に協力したのは領主への崇敬や愛国心。

 そして傍に佇む王国の英雄と行動を共にしている状況が生み出す一種の狂気だった。

 

「これより皆様の準備が出来次第、本船は離陸を開始いたします」

「了解した、我々は格納庫へ向かう」

「はっ、どうかリオン様とアンジェリカ様をお頼み申し上げます。ご武運を」

 

 領主に代わり飛行船の指揮を任された中年の騎士が迅速に船員達に命令を下し始める。

 その様子を横目で確認しつつ四人の男と一人の女は艦橋を後にした。

 飛行船の狭い廊下を早足で歩く四人の姿を街中で見かければホルファート王国の民は憧れの視線を向けるだろう。

 聖女と共に国を守護した五人の英雄、その内の四人が揃って行動してる様を演劇にすれば盛り上がる場面になる事間違い無しだ。

 しかし、英雄達の表情は何処か陰鬱な気配を漂わせている。

 寧ろ先頭を歩く少女の方が覇気に満ちていた。

 

「失敗かぁ、気が重いぜ」

「成功率が低い事は最初から分かっていたでしょう。今更嘆いても仕方ありません」

「それでも成功する方が良いに決まってる」

「自分達が蒔いた種とは言え、こうなると分かってたなら昔の自分を殴っててでも止めてたよ」

 

 腐敗貴族の令息や令嬢を笑えない、嘗ての己もまた生まれ持った地位を恵まれた才覚故にあらゆる行為が正当化されると思い込んでいた。

 貴族に生まれたから下位貴族や平民を虐げる行為は正当化されない。

 好意を持つ相手が居るから親の決めた婚約者達を無碍にして良い筈がない。

 闘いを挑む者を有象無象と斬り捨て悦に浸るのが許される訳はない。

 貴族が暖衣飽食を貪るには民の勤労が不可欠であり、法を無視すれば法に裁かれ、愛する者を弑された者の怨念は子の代孫の代にまで及ぶ。

 そんな簡単な事すら分からない子供だった、彼女に出会い護る事で自分が素晴らしい人物になったと驕り昂っていた。

 無碍に扱った婚約者達の家は主君に対する不審を強め、討ち取った公女の妹は復讐に囚われ多くの者を巻き込み二度目の戦乱を引き起こす。

 仮にそれらが避けられぬ運命だったとしても時計の針を進める一因になった事は否めなかった。

 良かれと思い行った行為が更なる状況の悪化を招く、本当に自分たちの行動が正しいのか判断がつかない。

 嘗て自分達の行動が引き起こした結果を四人の英雄は思い返す。

 彼らは決して愚かではない、自省するだけの善良さも未来を予測する知性も持ち合わている。

 それが逆に彼らの持つ豪胆さや判断力を奪う。

 今の英雄達は親に叱られるのを恐れ帰宅を拒む悪童の様相を呈していた。

 

チッ!

 

 舌打ちの音が金属の壁に覆われる廊下に響くが男達は気付かない。

 男達の態度が更にマリエ・フォウ・ラーファンの気分を。

 否、神殿の聖女付き女官であるマリエの気分を更に害している事に誰一人として気付かなかった。

 

「あ~っ、もうッ!」

 

 マリエが心中の不満を表すように頭を押さえると纏められた長い金髪が乱れ舞う。

 美しいよりも可愛らしいという表現が圧倒的に似合う彼女はこう見えて英雄達と同い年である。

 これから行われる行動に似つかわしく幼げな表情と体躯のマリエは煮え切らない態度を取り続ける四人に苛立つ。

 外見こそ十代半ばの少女に見えるがマリエの戦闘能力は王国の一般兵と比較にならないほど高い。

 幼少の頃より両親や兄姉に虐げられ、その日の糧を得る為に銃器を使いこなし獲物を狩る貴族令嬢にあるまじき生活は彼女に禽獣の如き強かさと狡猾さを備えさせるに至った。

 もしも両親から手厚い愛情を受け、十分な教育と訓練を施されたなら名のある女冒険者として名を馳せたかもしれない。

 尤もマリエ本人は国を捨て貴族の役目も放棄した家族に対して何一つ未練を残していない。

 今の彼女にとって一番なのは野垂れ死ぬ寸前の自分を拾い上げてくれた聖女オリヴィアに報い、より良い世を作る手助けをするという使命感だった。

 

「あんた達!ちょっと其処に整列!」

 

 屈強な成人男性が四人と可憐な少女が一人。

 体躯を比較すればその差は歴然、どう足掻いてもマリエが四人勝てる要素は欠片も無い。

 だが英雄四人はマリエが放つ気迫に威圧され大人しく従う。

 婚約破棄騒動の際に廃嫡され、独断専行で軍紀違反を犯した時に上官に注意勧告された程度しか他者に怒られた経験がない英雄達だ。

 身分や能力を理由に反発しても良い筈なのに不思議とマリエに対する怒りが湧いてこない。

 それはある世界(・・・・)に於いて聖女となった彼女が英雄達を率いた事実の片鱗か、或いはオリヴィアと同じく初代聖女アンの血が為せる業かもしれなかった。

 

「さっきから聞いてたら未練がましい事をグチグチと…。それでも男なの!●×□▲付いてないんですか!?」

 

 外見に似合わしくない卑語が耳朶を打つ。

 男なら一度は耳にし口にするを卑語を可憐な少女が口にする。

 猥褻さを感じさせず裂帛の気勢となった状況は些か珍妙であり乾いた笑いが起きそう光景だ。

 尤も言葉を発した当人は至って真剣であり、この場の五人に於いて最も覚悟を決めている事実は揺るぎようがない。

 

「そりゃ怖じ気付くのは分かります、下手をしたら内乱になりますからね。でも今更変えられない過去を悔やんで何もしないより、無謀でも行動しなきゃ未来は暗いままなんですよ!」

「……君に言われずとも理解している」

「なら覚悟を決めてください。公国軍のモンスターを相手した時より生き残る可能性はあるでしょうが」

「それとこれとは状況が違うだろ」

「確かに違いますね、オリヴィアと一緒に戦った英雄は凛々しく頼りがいのある素敵な殿方でした。こんなビクビク怯えたヘタレじゃありません」

「それは言い過ぎです!」

「だったら格好いい所を見せてください!」

 

 怒ったマリエが両腕両脚を動かし的確に四人の体を打ち据える。

 並みの男なら悶絶する程の打撃だったが、相手は優れた才能を持ち肉体を鍛え上げた上に戦闘服に身を包んでいる。

 

ボフッ バァン トォン ググゥ

 

 軽い音が木霊する、困惑したままの四人とは対照的に睨みつけるマリエは闘志に満ち満ちていた。

 

「世の中がこの先どうなるかなんて誰にも分かりません。でも何もしなければ何も変わらない。それが嫌だからオリヴィア様に協力してくれたんでしょう」

「「「「…………」」」」

「見っともない真似をするなとは言いません、泣き言を言うのも認めます。でも今だけはリオン様とアンジェリカ様を助ける事にだけ集中してください」

「……わかりました」

「最善を尽くそう」

「了解」

「そうだな、やるしかないか」

「よし、では行きましょう」

 

 巧遅は拙速に如かず、時は得難くして失い易し。

 刻一刻と変わりゆく状況を前に求められるのは最善手ではなく最短手。

 ただでさえ検証する時間が無かった作戦の不備を嘆いても仕方ない。

 現時点で最優先すべきはバルトファルト夫妻への援護だ。

 重い格納庫への扉を開き、敬礼する整備員を制して用意してある乗機に乗り込む。

 

「どうして僕が鎧なんだ?」

「仕方ないでしょう、誰か一人が鎧をしなけれいけませんし」

「俺とクリスは肉弾戦担当、エアバイクの操縦はジルクが一番上手い」

「魔法は確かに多数の敵に効果的だが殺傷力が高い」

 

 鎧の操縦を任されたブラッドが不満を漏らし他の三人が必死に宥め、マリエは何処か呆れた顔でエアバイクの後部座席に座る。

 今回の作戦ではエアバイクの操縦に於いてはジルク、肉体の頑強さはグレッグ、剣術はクリスと公爵邸内の行動に即した人員が割り当てられている。

 ブラッドは得意としているのは魔法だが、それを活かすには不利な状況である。

 効果範囲の広い魔法を使えば公爵邸内の施設や機器を破壊し火災や爆発を引き起こしかねない。

 無論、魔法に熟達したブラッドならば威力の調節は十分に可能なだが非殺傷・器物未損壊まで落とすとなれば細心の注意が必要である。

 もし乱戦になった場合、その隙が命取りになりかねない。

 ホルファート王国が誇る英雄四人に聖女の護衛も兼ねた女官をでは不測の事態に対処できない可能性があった。

 

「マリエ、君が代わりに……」

「鎧の操縦なんて出来ませんよ、あとエアバイクの操縦も」

「…………」

 

 代案を先んじて制されブラッドが口を噤む、心なしか涙目であった。

 

「……女騎士や女領主を認める法案に賛同しようかな」

「女を実家や学園で鍛えて戦えるようにしようってあれか?ぞっとしないぜ」

「しかし女性に家督を継がせる試みは必要です、戦争で当主や嫡男を喪った家が多過ぎますから」

 

 元々ホルファート王国は貴族の成人男性が少ないという実態があった。

 人口比は身分が低くなるほど男性が多くなり、逆に社会的地位が向上するほど女性が増える。

 ならば要職に就く女性が多くなりそうな物だが実際に政治的権力を有しているのは現状で王妃と聖女のみ、他の貴族女性は単に血筋を残す事だけが役割として求められている。

 当主の妻が領地経営に携わるのが限界であり、家督の相続権も与えらず娘しか居ない家は婿養子をしなければ取り潰されるのが決まりだった。

 それはホルファート王家が施した領主貴族の冷遇政策は巡り巡って王国自身を蝕み始める。

 堕落した女を娶ろうとする貴族は少なく、一人の貴族に複数の令嬢や未亡人が群がるという歪な現状が戦後になって顕現化してしまう。

 国を護る為に当主や嫡男が戦死した家を取り潰しては反抗的な領主貴族どころか王家に重々な宮廷貴族まで手に回す事となる。

 妥協案として王国は末期養子の規制緩和、夫人や令嬢を仮当主として一時的に認めるしかなかった。

 加えて二度も王国を救った聖女オリヴィアの存在が女性の社会的な役割を変化させる。

 男性の当主のみ頼ってばかりではいけない。

 女性でも勉学や訓練によって女性も当主や騎士として活躍するべきではないのかと社会は大きな意識改革の萌芽が見えていた。

 

「はいはいっ!難しい話は後回しにしましょう!さっさと準備してください!」

「……何で彼女がこの場を仕切ってるんだい?」

「分からねえ、でも逆らったらダメだと本能が訴えてやがる」

「オリヴィアに仕えてる娘だ、あれぐらい強烈じゃないと務まらないんだろう」

「恐ろしい娘です、おそらく妻に迎え入れる男性は絶無かと」

「聞こえてますよ!!」

 

 マリエの怒声に四人が慌てて準備を始めた。

 整備員から渡されたヘルメットを被り其々の乗機に向かう。

 エアバイク二台にはジルクとグレッグ、クリスとマリエのペアが二組、鎧にはブラッドが搭乗する。

 全員が準備を整えたと同時に飛行船が大きく揺れた後に振動し始める。

 

『これより本船は離陸を始める。公爵邸の直上に待機後、作戦行動に移る。各員持ち場に移れ』

 

 船内放送が終わった直後、飛行船に登場していた全員の顔が緊張に包まれる。

 英雄四人と女官一人も例外ではない。

 特にマリエは聖女オリヴィアの護衛経験は在れど本格的な軍務活動は始めだった。

 不安に押し寄せエアバイクの操縦を担当するクリスの体を掴む腕についつい力が入る。

 

「力を緩めてくれないか?」

「……ごめんなさい」

「なんだ、ちぃっとは可愛らしい所もあるじゃないか」

「黙ってください、ちょっと緊張してるだけです」

『怖いなら此処で待機しても構わないよ』

「そうはいきません、私はオリヴィア様に役目を与えられました。ここで逃げてあの方の期待を裏切るつもりはありません」

「何とも心強い女官殿ですね、ならばエスコートして差し上げましょう」

「頼りにしてます、成功したらお付き合いしてあげても良いですよ」

「いや、それは褒美のつもりなのか?」

「ありがた迷惑だな」

「そもそも貴女を女性として見れません」

『謹んで辞退しよう』

「やっぱり貴方達きらい!!」

 

 マリエの叫びと同時に飛行船の後部に備え付けられた搬入口が開く。

 どうやら指定場所まで到達したようだ。

 エアバイクの振動と鎧の起動が同調したように格納庫を揺らす。

 宙に浮かぶ飛行船から飛び出した鉄騎と巨人は重力によって地に降り立った。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 リオンが礼服の内ポケットから何かを取り出しボタンのような部分を力強く押す。

 抱きしめられた私からは見えるが父上と兄上からは目視できない絶妙な位置取りで再びボタンを仕舞い込むリオンの手際は詐欺師や奇術師の素養があるらしい。

 

「ダメなら奪う?正気なのか、妻の為に破滅の道を進むんだぞ」

「正気じゃなくて愛に狂ってるんでしょうね、俺にとって一番重要なのは家族です。家族を護る為なら手段を択ばないけど逆に家族が関わらないなら国の危機でも見過ごします。俺に忠誠心を求めるのは間違ってますよ」

「偽りを述べず率直に話す部分だけは評価に値するな」

「ありがとうございます」

「嫌味だ、言葉をそのまま受け止めるな」

「だと思いました、俺もそうです」

 

 父上の皮肉に嫌味で返すリオンは豪胆であり無謀だった。

 そもそも私とリオンが計画は説得までであり、私の離婚は完全に予想の範囲外だ。

 リーア・バルトファルトの末裔であるリオン、更にリオンの血を継いだ私達の子が必要だからこそレッドグレイブ家との繋がりを維持する為に私達の婚姻関係は続くと錯覚していた己の浅慮を呪う。

 父上にとって都合が良い駒でなくなったリオンに対してこうも強硬な態度を選ぶとは。

 闘争の経験が少ない私は自分の想定内で物事を考えてしまう。

 平時では考えられないような無謀な行動が成功し、盤石と思われた布陣が偶発的な出来事で乱されるのが珍しくないのが戦場だ。

 他ならぬリオンが戦場の体現者であったのに。

 

 内心の動揺を隠しながらリオンに向き直る。

 おかしい、予想外の事態が起きているのにリオンは何事も無かったかのように堂々と振舞う。

 その仕草には見覚えがある、半年近く前の誘拐事件だ。

 リオンは義父上と義兄上の奇襲を成功させる為に敢えて己の身を晒しゾラ達の注意を引く。

 ご丁寧に挑発を繰り返しルトアートとの戦闘に持ち込んだ上で武器を持った空賊を討たせている。

 今のリオンの応対はわざと道化を演じ時間稼ぎをしているように思えた。

 

 ではリオンが用意した別の策は何なのか?

 ()を用いるのは本当に最後の一手だ、下手をすればホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の全面対決に直行してしまう。

 私が知らないバルトファルト家の財産、或いは新情報?

 バルトファルト領の経営や財政に於いて私が把握していない箇所は存在しない。

 情報についてもミレーヌ様から現時点に於ける最新の物を伝えられている。

 何か、何かある。

 私が知らずリオンだけが知りうる何かが確実に存在している筈だ。

 

「公爵家の一存で離婚させる。その慰謝料として今までバルトファルトに融通していた資金・人材・物資はそのまま残そう。返却の義務や利子も取り消すと約束する」

「爵位にも領地にも未練はありません。こんな事を言えば貴族や領主として失格でしょうね。でも俺にとってはアンジェと子供達が大事です。俺の幸せにはアンジェが必要だ」

「頑なだな、これ以上の譲歩は引き出せんぞ」

 

 相変わらずリオンと父上は平行線の会話を続けている。

 これ以上の会話は無意味だ。

 何時間、幾日費やした所で妥協点が異なり過ぎて結論は出ない。

 私に唯一出来るのは選ぶ事だけ。

 

「父上、私はレッドグレイブ家と縁を切ります」

「っ!?」

「正気かアンジェ!?」

「馬鹿な真似はよせ!?」

 

 珍しくリオンが動揺している。

 普段はリオンが何かしらの問題を引き起こし、それを私から隠そうするも問い詰められて謝るのが私達のお決まりだった。

 非常識なリオンを私が諫めるのが常で逆は滅多になかった。

 

「夫は爵位や領地を捨てレッドグレイブ公爵家に叛いてでも私を求めてくれました。公爵家の娘としてではなく、一人の女として彼に報いたいのです」

「自分が何を言っているのか分かっているのか!」

「私は正気ですよ父上。私の望みはリオンの幸せです。彼の幸せがレッドグレイブ家に無いのなら私が縁を切れば良いだけでは」

「おい、ちょっと待てアンジェ」

 

 落ち着けリオン、私以上にお前が動揺してどうする。

 

「レッドグレイブ家を、家族を裏切るつもりか?」

「私の家族はレッドグレイブ家だけではありません。父上、兄上。今までお世話になりました、どうかお元気で」

 

 ソファーから立ち上がり退室しようする私を慌ててリオンが止めた。

 父上と兄上が私の前で一度も見せた事の無い憤怒を湛えた顔で睨んでくる。

 嘗ての私なら二人の表情を見るだけで怯んだだろう。

 しかし今の私はひどく心が穏やかだった。

 レッドグレイブ家がバルトファルト家をを利用する腹積もりならば縁を切ってやる。

 私と子供達を都合の良い政略の駒に使うのなら全力で抗おうではないか。

 今の私はアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブではない。

 アンジェリカ・フォウ・バルトファルトだ。

 

「そうはいかん」

 

 父上の低い声に足を止める。

 怒りではない、更に濃密な負の感情を秘めた声は否応なしに人の心に絡みついて離れない。

 親に叛いた娘ではない、レッドグレイブ公爵家と敵対する女に対する敵意を向けられるも逆に睨み返す。

 この程度で怯んでいては何も護れない。

 リオンに護られるだけの女ではなく、私自身もリオンと子供達を護る。

 敵ならば血の繋がった父だろうが兄だろうが容赦はしない。

 

「其方達を公爵邸から出す事は相成らぬ」

「監禁するつもりですか?そこまで強硬な手段を講じるなら王家派も黙っていません」

「黙れ、まさかお前がレッドグレイブ家よりも夫を選ぶとは」

「親の指図に従うだけの令嬢は既に居ません、私に対する認識を改めた方が宜しいかと」

「ならば逃がす訳にはいかないな。少なくても事が済むまでは大人しくしてもらうつもりだ」

 

 お腹の子には申し訳ないが妊娠した我が身をこれほど後悔した事は無い。

 私が懐妊していなければ公爵邸から逃げ出せる可能性は高かった。

 しかし臨月の体では走るどころか歩くのも一苦労、どうにかしてリオンだけでも逃がさなくては。

 せめて父上と兄上の気を一瞬だけでも逸らす事が出来たなら。

 何処までも私はリオンの足を引っ張ってしまう。

 

「みんな落ち着こうか」

 

 リオンは何処か気の抜けた声を放ってソファーに座り直す。

 敢えておどけた態度で場の緊張を弛めようとしているのは分かるが、一向に状況は改善しない。

 それでも彼が何らかの手段を講じたと信じるしか出来ない己が恨めしい。

 

「仲良く、仲良く。家族は仲良くしなきゃいけませんよ」

「誰のせいでこうなったと思っている!」

「ま、ま。お義兄様もお義父様も深呼吸してください」

「貴様に父と言われる筋合いは無い」

「気持ちは分かりますがまだ話の途中です」

 

 ゴソゴソと足元にある何かを漁り始めたリオンを私達は訝しげに見つめる。

 彼が取り出したのは革の装丁が施された分厚い本だった。

 

「ここだけの耳寄りな情報を持って来たんです。結論はそれを聞いてからにしてください」

「まだ何かあるのか」

「卿の話は我々にとって災厄でしかない」

「気持ちは分かりますが重要な事です、何せ王国の未来を左右しますから」

 

 そう呟いたリオンは革の留め金が一つ一つ丁寧に外していく。

 こんな物をバルトファルト邸で見た事は記憶に無い。

 一体どんな情報がだろうか?

 

ドォォォォッン

 

 突然の振動と同時に応接室が暗くなる。

 振動で天井から吊り下げられたシャンデリアが擦れる音を鳴らし、調度品が幾つか床に落ちた。

 何かが窓の外で陽光を遮っている。

 巨大な影が振動の原因と理解するまでの数秒、応接室にいる者は窓の外に意識を向けてしまう。

 一人の例外を除いて。

 私が父上と兄上よりそれ(・・)に気付けたのはリオンの隣に居た、それだけに過ぎない。

 革の装丁を施された本だと思った物は偽装された箱だった。

 リオンが箱に納められた何かを掴み取り手に納める。

 あまりに武骨な金属の塊にも見えるそれ(・・)は命を奪う道具の形をしていた。




四馬鹿&マリエ登場。
並びにアンジェがレッドグレイブ家から離反します。
アンジェとヴィンス&ギルバートの会話は原作小説10巻のオマージュです。
戦闘シーンは次回に持ち越しとなりました。

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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