婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第101章 Rebellion

 公爵邸の応接室に猛烈な勢いで駆け寄る男の姿が見える。

 整った装いから公爵邸の使用人、走る挙動からそこそこ鍛え上げた肉体の持ち主だと判断できる。

 彼らの胸にあるのは主ヴィンス・ラファ・レッドグレイブの安否、そしてこの騒動の首魁と思しきリオン・フォウ・バルトファルトへの怒り。

 増長した田舎者にどんな制裁を下してやるか。

 幸運だけで公爵家の仲間入りした成り上がりをどう懲らしめようか。

 そんな暗い悦びを想像したせいか、或いは非常事態による躁状態か。

 どちらにせよ今の彼らは血の匂いを辿る猟犬と何ら変わらない。

 

 リオン・フォウ・バルトファルトが他の貴族令息より抜きん出た才能の持ち主なのは純然たる事実である。

 鍛えた肉体、秀でた頭脳、目的の為なら汚名も厭わない度胸、彼もまた英雄と讃えられて遜色ない人物なのは疑いようもない。

 彼が聖女アンジェリカや五英雄と同じ年齢だったのは不運、或いは幸運だったかは本人のみが知る事だ。

 並みの者が相手なら容易く討ち取れ、屈強な男でも手段を問わなければ容易に撃破する。

 地形や天候を利用して集団を罠に嵌め無力化できる狡猾さと頭脳を備え、状況が悪ければ退却するなど見極めも早い。

 

 だがそれだけだ。

 己より弱い相手に負けず、己より強い相手には勝てない。

 一人で敵わずとも数で圧せば容易く封じれる程度の脅威でしかなかった。

 貴族に生まれながら嫡男ではない男子は他家へ婿入りするか己の才覚で生きるか二つの道が用意されている。

 公爵邸の男性使用人の多くは公爵派貴族の出身であり厳しい選別を乗り越えた者ばかりだ。

 知力だけでなく体力も求められ、荒事に長けた騎士にも劣らない実力を持つ。

 リオン・フォウ・バルトファルトがどれだけ秀でていようが騎士と同程度の使用人を相手にするのは難しい。

 主君であるレッドグレイブ公爵に危害を加えられないように注意すれば拘束は可能なはず。

 使用人達は騒動が起きた直後から冷静に状況を判断し応接室に向かった。

 

 彼らの判断は何も間違っていない。

 もし招かれざる客の来訪が数十秒遅ければリオン・フォウ・バルトファルトの企ては水泡に帰していただろう。

 応接室に向かう途中で合流した使用人達は四名ほどの集団となって獲物の場所へ直走る。

 階段を昇り廊下を駆けたその先に見えた応接室の扉。

 ゆっくりと開いた扉から現れたのは二つの人影だった。

 戦闘服の上からでも分かるほど鍛え上げられた肉体を持つ巨漢が一人、緩やかな動きで半身に構えた男が中背の一人。

 どちらも体捌きから只者ではない事が感じられる。

 

 無傷で勝つのは不可能、ならば数の差を活かし制圧するのが最適解。

 即座に判断した使用人の一人は速度を維持したまま巨漢へ攻撃を敢行する。

 如何に優れた体躯の持ち主と言えど渾身の体当たりを食らえばよろめく。

 上手くいけば床に倒す事も可能だ。

 広い公爵邸の廊下には巨躯の男が隠れる場所が存在しない。

 巨漢が腕を開いて腰を落とす、どうやら使用人の魂胆を察知したらしい。

 

 だがそれこそが撒き餌、速度をやや緩めた使用人は心の内でほくそ笑んだ。

 逃げ場が存在しないなら防御する以外に方法が無い。

 ましてあれ程の巨躯ならば尚更だろう。

 両足を広げ腰を下ろした事で巨漢の股間が無防備に晒される。

 その股間に向かって使用人の蹴りが放たれた。

 巨躯矮躯だろうと変わらない人体の急所が存在する。

 眼球然り、側頭部然り、頚椎然り。

 使用人が狙ったのは男性全てが備えた急所の睾丸だった。

 軽く触れただけでどんな男でも悶絶する急所、しかも相手は公爵邸を襲った賊である。

 手加減など必要ない、情け容赦ない一撃に巨漢が無様に倒れ伏す。

 

 そう(・・)なると思っていた。

 放たれた渾身の一撃は股の手前で止まっている。

 使用人が顔を下ろすと巨漢の大きく厚い掌が己の足首を掴んでいた。

 赤子の腕程の太さがありそうな五本の指が脚に絡みついて離れてくれない。

 ヘルメットを被った賊の顔は見えない、見えない筈なのに嗤っている、そう感じた。

 窮地に追い込まれた者を無視して扉に駆け寄る使用人が一人。

 巨漢は攻撃を防いでいるから動けない、もう一人の賊は巨漢の体が邪魔で侵入を防げない。

 今なら隙を突ける!

 そう思った使用人は脇目も振らず扉へ向かった。

 

『ふんッ!!』

 

 掛け声が廊下に鳴り響いた直後、大きな衝撃によって体が左右から圧し潰れた。

 何が起きたのか理解できない、分かるのは片方が廊下の壁という事実。

 薄れゆく意識の中で使用人は視界の隅に映る巨漢が持った何かが己の体に当たったと理解する。

 

 それは先に攻撃を仕掛けた同僚の体。

 裂帛の気勢と同時に振られた使用人の体は巨大な破壊槌となって応接室への侵入を試みた自分に振り下ろされた。

 桁外れの筋肉を有していなければこのような芸当は不可能、成人男性を鈍器のように振り回す賊の姿はダンジョンに身を潜めるモンスターよりも恐ろしい。

 

 残り二人の使用人が逃げ出さなかったのは公爵家の忠誠心が半分、もう半分は自棄だった。

 廊下に飾られていた花器を掴むと生けられた花ごと中背の賊へ投げつける。

 平民の一般家庭が半年生活できる値段が付けられた陶器製の壺がくるりくるくると宙を回転しながら賊へ向かう。

 花器が投げられると同時にもう一人の使用人も賊に向けて攻撃を開始する。

 賊へ向けて正確に投げられた花器を避けるにせよ迎撃するにせよ隙が生じるのは避けられない。

 一人が隙を狙って抑え込み、もう一人が仕留める。

 巨漢の賊が止められないのなら中背の賊だけでも倒そうとする決死の覚悟。

 

 一方で中背の賊は落ち着いていた。

 淀みなく両手を頭上に掲げ傍目には分からない程度に重心をずらす。

 掲げられた右手には黒い金属製の何かが握られている。

 それは兵士が犯罪者の捕縛や要所の警備で用いる短棍に酷似していた。

 人間にとって最も身近な近接武器は石・木・骨などの打製武器だと考えられている。

 鎧や銃を所持できない平民にとって適度な長さと重さを持つ棒状の武器は容易く入手可能で訓練も用意。

 貴族出身の者は忌避するがホルファート王国軍の訓練に組み込まれるほど実践的な武器だった。

 

 短棍の長さは片手用の小剣程度、剣術を学んだ者ならば殆ど扱う事の無い長さと太さ。

 あのような棒で叩かれても大した威力ではない。

 攻撃に耐えて混戦に持ち込めば十分な勝機はある。

 そう考えた使用人は床を這うように突進した。

 投げられた花器は上手い具合に賊の視界を覆っている、目眩しに乗じた一撃は回避困難。

 倒して防具に関係ない絞め技で失神させれば後は後続の同僚達が何とかしてくれる。

 

 だが捨て身の突進は賊の体に触れる事は無かった。

 突如肩を襲う猛烈な痛みによって使用人は床に伏した数瞬後、使用人の体に陶器の破片や水や植物が天井から落ちてくる。

 そして漸く使用人は自分が賊の持っている短棍で打ち据えられた事に気付く。

 上段から放たれた渾身の一撃は投げられた花器を空中で割り、勢いをそのままに突進を仕掛けた使用人の肩を強かに打ったのだ。

 更に手首の返しと滑らかな姿勢制御により加速した短棍が花器を投げつけたもう一人の使用人の腹にめり込む。

 位置はちょうど鳩尾、賊の狙いは横隔膜への強打である。

 人体最大の吸気筋である横隔膜は呼吸を司る重要な器官の一つ、損傷すれば呼吸困難を引き起こし最悪の場合は窒息死する可能性すらありえる。

 鳩尾へ突きを入れられた使用人は悶絶したまま崩れ落ち、床に倒れ伏した時には意識を喪失していた。

 打ち据えられた使用人は何とか反撃を試みようと藻掻くも上手くいかない。

 そもそも肩は筋肉と骨が絡み合った複雑な場所であり、此処を強打されては腕に力が入らなくなる上に痛みによって呼吸に支障が出る。

 

 瞬く間に公爵家の腕利き使用人が討ち取られた事実に目の前が暗くなる。

 屈辱と怒りで気が狂いそうだ。

 傷付いて尚も抵抗を試みるのは公爵に対する忠誠心か、それとも賊に対する殺意か。

 起き上がろうとする使用人の首に巨漢の太い腕が巻きつく。

 頸動脈を締め付けられ血液と酸素の供給を絶たれた使用人は数秒の後に意識を手放す。

 賊達が扉から現れて僅か数十秒の間に四人の手練れが倒される異常事態だった。

 

『ギリギリだったな』

『動きが良い、流石は公爵家が雇ってる連中だ』

 

 二人の賊が肩の力を抜く、傍から見れば賊が圧倒していたが当人達は感想はどうやら違うようである。

 気絶した四人の使用人を丁寧に廊下の壁際に移す。

 敵対したとは言え職務を果たそうとする者には礼を以って接するべきだ。

 

『あまりに戦い方が荒過ぎるぞ。もう少し技術を磨いたらどうだ?』

『大抵の奴は俺の肉体に敵わないし屋敷の中じゃ槍は振るえないからな、武器に頼るより筋肉で圧倒する方が効率が良い。お前こそお得意の剣術はどうした?』

『強くなる方法は剣術だけではない。剣を失ったら満足に戦えないのなら、それは武器に依存した強さだ。剣術を活かす為に他の武術や道具に詳しくなるのも強くなる道の一つさ』

 

 談笑している二人を他所に遠くから響く足音が徐々に大きくなる。

 公爵邸の使用人で戦闘に秀でた者は倒れ伏す四人だけではない事は分かりきっていた。

 

『バルトファルトが指示があるまでこの場を死守、絶対に殺すなよ』

『それは此方の台詞だ、やり過ぎに気を付けろ』

 

 軽口を叩きながら二人の賊は迫り来る者達を退ける。

 公爵邸の広々とした廊下とはいえ戦いを行うには些か手狭な環境。

 加えて味方が多く主君の姿を未確認、銃器の使用を使用すれば味方に当たる可能性が高い状況だ。

 英雄にとって攻め手を欠いた公爵家の者達は獅子の前に姿を晒した小鹿と大差なかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

パァン! パァン!

 

 美麗な公爵邸の庭園に似つかわしくない銃声が幾度も響き芝生に小さな窪みを掘り続ける。

 公爵邸の各所から集まった衛士達は外側から何かしら出来る事が無いかと右往左往するも精彩に欠けていた。

 無理もなかった。

 目の前に佇むのは人間の体積の数十倍、重量に至っては百倍近い金属製の巨人。

 『鎧』という名称でありながら着込むのではなく操縦するソレが軽く腕を振るうだけで触れられた人間は憐れな肉塊と化す。

 圧倒的なまでの力の差を自覚しながら戦いを挑むのは勇気でも蛮勇でもなく無謀だ。

 

 そもそも今も公爵邸の上空に浮かんでいる飛行船から降下した鎧は公爵邸の一部を塞ぐように佇んでいるだけであり率先して何かする訳でもない。

 公爵邸の者が近付けば威嚇するように手を振り上げて追い払うのを只管に繰り返す。

 それならばと数人の衛士が囮となって鎧を惹きつけた隙に公爵達が囚われた応接室へ侵入を試みたが失敗に終わった。

 公爵邸で働く衛士は体術に秀でた者が多い、装飾の多い屋敷の外壁を伝って応接室のバルコニーに辿り着く事は十分に可能だった。

 しかしバルコニーに待機している狙撃手達の銃撃によってその試みは阻まれる。

 厄介な事にこの狙撃手達の腕は絶妙だった。

 強大な鎧と言えどその構造は人体の構造を模して製作されている。

 足元の物体を退かすには屈まなければならず、背面に眼を備えている訳でもない。

 加えて鎧には交戦の意志が欠けている、まるで公爵邸の面々を傷つけるのを恐れているかのように動作は緩く遅かった。

 

『あァ!!本当に鬱陶しい!!』

 

 バルコニーから剣呑な雰囲気にそぐわぬ可愛らしい声が放たれるが銃声によって遮られる。

 ヘルメットと防具を纏った小柄な賊は少年、または少女を思わせる矮躯だった。

 しかしライフル銃の取り扱いは古兵も舌を巻くほど見事な物である。

 銃の先台を動かし排莢を行いつつ残弾数を確認。

 そのまま腰袋に手を滑らせ中身を掴む。

 手に握られているのはライフルの弾丸、小さな手を器用に動かして手早く装填を行う。

 狙うのは鎧の隙をを突いて近寄る公爵邸の衛士達が進行する方向の少し手前。

 自分の数歩手間の地面の土が抉れ指先程度の穴が空いた事に驚いた衛士達は慌てて物陰に隠れる。

 侵入を試みる衛士達へ威嚇射撃を行いレッドグレイブ公爵の救出を妨害を行う。

 先程からこのずっとこの繰り返しだった。

 まさか末娘を我が子と思わない両親と兄姉から差別され領内の狩人に教わった射撃技能が役に立つ日が訪れようとは。

 存在しない者として扱われた貴族の娘が浮浪者となり聖女に救われ女官となり公爵を強襲する。

 つくづく人生は何が起こるか分からない。

 

 女賊を苛立たせるのは自身に過酷な前半生を課した神への憎悪ではない。

 決して諦めず幾度も侵入を試みる公爵邸の衛士達の執念だ。

 どれだけ鎧が剣・銃・魔法より圧倒的な力を備えていようと一機のみならそれほど脅威ではない。

 この世界のダンジョンには鎧と同程度の体躯や力を持つモンスターが確認され、冒険者がそれらを討った記録や伝承も数多く存在している。

 現に昨年や数年前のファンオース公国との戦争に於いて鎧を用いず公国軍の鎧や公女が使役するモンスターを撃破して表彰された兵や部隊も多い。

 鎧の性能を熟知した者が作戦を立案し然るべき手段を取れば巨大な鎧とて絶対無敵の巨人ではないのだ。

 まして目の前の鎧はどうした訳か武装を所持せず二腕二脚のまま公爵邸の面々を相手取っている。

 勝利条件を『鎧の撃破』から『公爵家当主と嫡男の救出』に変更すればこの戦いはそれほど難しい作戦ではない。

 

 リオン・フォウ・バルトファルトは鎧の優位性を過信していない。

 並みの騎士では及ばぬ知謀と操縦技能を持ちながら戦場の華である鎧の戦闘を評価しない珍しい貴族だった。

 自身が貴族の生まれでありながら真っ当な貴族教育を受けられなかった幼少期も原因だろう。

 外道騎士にとって鎧は有用な駒の一つであり、貴族の戦闘に於ける暗黙の了解をなど古臭い慣例に過ぎず無視しても戦況に何ら影響しない個人の美学の域を出なかった。

 数機の鎧を用いて公爵邸を強引に制圧するのではなく、敢えて鎧の数を限定し対処しきれない部分は優秀な歩兵で補う作戦を選んだ。

 『これが最も犠牲が少ない方法だ』とはバルトファルトの弁、その為に鎧は武装を所持させず公爵邸を強襲した兵の銃の弾丸は何れも非殺傷性だった。

 

 対してマリエ・フォウ・ラーファンの射撃技能は急所を狙った一発で標的を仕留める戦法だった。

 これは彼女が射撃の腕を鍛えたのは領内での狩りだった事実に起因する。

 狙いを外せば弾丸を無駄に消費し獲物の逃走を許してしまう。

 逆に居場所を察知され逆襲される可能性すら存在した。

 

 故に狙うのは標的の頭部か胸部の心臓。

 一撃で仕留めなければ己の命が奪われる状況で獲得した冷徹さと射撃技能の犠牲者を出さない作戦とは相性が悪い。

 当てられるのに敢えて狙いを外し相手を傷付けない銃撃にもどかしさを感じてしまう。

 更に公爵邸の衛士達は主への忠誠心も篤く鎧の隙を突いて向かってくる。

 いっそ足を撃って行動力を奪うか数発当てて気絶させた方が無意味な突撃と迎撃を繰り返さずに済む。

 何より此方がわざと外しているのを自分達の実力と勘違いした衛士が調子に乗り、挑発までしてくるのがマリエを苛立たせた。

 

『ジルク様』

『何でしょうか?』

『あいつらに当てて良いですか』

『いけません』

『だって見てください!露骨に挑発してますよ!?悔しかったら当ててみろ的な悪口言ってますよ!』

『挑発と分かっているなら乗らないでください、それと弾の無駄遣いも厳禁です』

『だったら敵の力を削いだ方が効率的でしょ!?』

『事前に説明した通り、公爵家に仕えている者に対して過剰な攻撃を仕掛けて本気になれば危ういのは此方ですから』

 

 この立て籠もりはあくまで時間稼ぎ。

 バルトファルトによるレッドグレイブ公爵の説得と周辺の貴族に対する示威行為だ。

 詳しい情報をバルトファルトは提示しなかったがどうやら公爵を説得させる切り札があるらしい。

 それを以って公爵に対し最後の説得を試みる。

 もし失敗すれば公爵と嫡男を拘束し逃亡する準備も既に整えている。

 

 同時に騒ぎを敢えて広げ周辺貴族達の関心を集めようという魂胆もあった。

 領主貴族筆頭であるレッドグレイブ公爵の屋敷で大きな騒ぎが起きる、しかも相手は若手の貴族で最も出世し公爵家の娘婿のバルトファルト子爵。

 ホルファート王国の貴族ならば誰もが興味を持つ、いや持たなくてはならない話題だ。

 しかも王都がある本土、さらに王宮と距離も近い貴族の屋敷が建ち並ぶ居住区で武装した兵と鎧が突如として屋敷を占拠。

 あまりの無茶無謀にバルトファルトの提案に賛同した事を内心で後悔する。

 この騒ぎを治める為には王家と公爵家の協力が必要不可欠、何らかの裏取り引きを行わなければならない。

 其処まで考えての行動か、それとも若さ故の楽観による無謀か。

 どちらにせよリオン・フォウ・バルトファルトなる人物の認識を改めなくてはならない。

 

『公爵家に仕える者の殆どは公爵派の家の出身ですが中立派の貴族も居ます。彼らも息子や娘を傷付けられては黙っては居られません』

『リオン様はそこまで予測してこの作戦を立てたんですね』

 

 それはどうだろう?

 あの男は貴族にとって重要な爵位、領地、名誉に執着しない。

 一般的な感性の持ち主ならば貴族に取り立てられた後のは如何にその地位を子々孫々に受け継がせるかに終始する。

 領地の開拓、我が子の婚姻、社交界への進出と地番固めに奔走しても社交界から一人前の貴族と認められるのは孫の代、曾孫の代だ。

 その最も大事な一歩をあの男は容易く踏み外す。

 こんな物は必要無いと言わんばかりに地位も名誉も顧みず他者に頭を下げ、自ら死地へ飛び込み、王子に決闘を挑み、今もこうして分の悪い賭けに興じる。

 貴族の常識に染まった者には推し量れない、それがバルトファルトの恐ろしさだ。

 

『騒ぎが大きくなればなるほど貴族達は危機感を募らせます。ホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の争いを他人事と気取って無関係を貫いていた者達もこんな騒ぎが起きるなら家を護る為に必死になるでしょう。更に公爵の企みを知らなかった公爵派や中立派が加わればこの先の展開は読みづらくなり、公爵家が勝っても無傷では済ませられません』

 

 王を弑した佞臣は多いがそれらの者が盤石な政権を築けた例は少ない。

 本人が生きている間はまだしも、後に別の誰かに主君殺しの罪を問われ討った者が王位に就く為の大義名分を用意するだけになる。

 史書から実例を学び今後をを見越した上での作戦なのか。

 それとも本能のまま行動した結果が偶然にも最良だっただけか。

 一つだけ確かなのはリオン・フォウ・バルトファルトという男は絶対に敵に回してはいけないという確信。

 

『どちらにせよ、中から連絡があるまで私達はこの場で待機して戦況を維持。いざという時の為に逃走の用意も忘れずに』

『了解しました』

 

 口では返事をしつつ、矮躯の賊は遮蔽物に隠れて侵入を試みる衛士に威嚇射撃を実行する。

 流石に公爵家に仕えるだけあって知恵が回る。

 このまま対応され続ければ追い詰められるのは寧ろこちら側。

 ジルクは恨めしそうに応接室を睨みながらライフルに樹脂製の非殺傷弾を装填した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「状況はまだ分からないのですか!?」

 

 公爵邸の一角にある使用人専用の休憩室でコーデリアは悲鳴じみた叫びを上げる。

 実際の所、彼女の叫びはほぼ悲鳴と言って差し支えない。

 何しろ公爵邸の応接室に現在も当主と嫡男、更に他家へ嫁いだ公爵令嬢までが賊に囚われている非常事態だ。

 荒事に長けていない貴族出身のメイド長が卒倒しないだけでも十分に称賛に値する。

 休憩室はこの非常事態の対策本部として多く者が出入りし情報が錯綜していた。

 屋敷内で起こった事件でありながら憶測が飛び交い正確に現状把握するのも一苦労の有様だ。

 

「御当主の安否はまだ確認できんのか!?」

「屋敷の内外から救出を試みていますが賊の強さに苦戦し制圧は困難かと…」

「いっそ公爵領に控えさせている戦闘部隊に連絡をとって如何ですか?」

「公爵領の武装した飛行船と兵を王都へ呼ぶと?王家がそれを認める訳ありません。逆に謀叛を企んでいると勘繰られ公爵家を取り潰す格好の餌になります」

「せめて鎧を退けられる火器が使用できれば」

「それだけの危険物は貴族の居住区に持ち込みは禁止されています。迂闊に使えば咎められるのは我々です」

 

 王国の中枢である王都に持ち込める武装は法によって制限されている。

 下手に武装の持ち込みを許せば王への叛逆を誘発する事になりかねない。

 ホルファート王国の貴族は貴族専用の空港に所有する飛行船を停泊させるか、或いは明らかに武装を施していない移動用飛行船を所持するのがの何れかが慣例だった。

 まさか法に抵触しないギリギリの範疇でバルトファルト子爵が公爵家を攻めるとは想像の埒外過ぎる。

 公爵の娘であるアンジェリカの娘婿に相応しくないと考えていたのなら警戒を怠るべきではなかったのだ。

 誰もがあの男を従順な公爵家の飼い犬と断じて油断していた。

 心の虚を突かれた公爵邸の面々は見下していた相手の思わぬ反撃を受け、その衝撃によってリオン・フォウ・バルトファルト子爵の存在を過剰に恐れていた。

 

「邸内からの侵入は無理なのか?」

「扉を護っている賊二名が凄まじい強さです、無暗に仕掛けては怪我人が増える一方です」

「暴徒鎮圧用の催涙弾が使えませんか?」

「下手に使用しては囚われているヴィンス様とギルバート様が傷付きます。身重のアンジェリカ様に影響があってはなりません」

「……何とか鎧だけでも排除できないものでしょうか」

「当屋敷内にはそれだけの火力がある兵器は存在しません。そもそも貴族同士の争いを避ける為に居住区内で所有できる武器に関しては法で厳しく制限されています」

「では飛行船は!?飛行船はどうだッ!?」

「不可能です。戦時でもない限りは居住区の上空を武装した飛行船が飛行するのは法によって規制されているんですよ」

「仮に認められたとしてバルトファルトの飛行船は公爵邸の上空を浮かんでいるだけです。下手に撃墜すれば破片が建物を圧し潰すでしょう。砲撃が避けられれば他の貴族に被害が出る可能性の高く砲撃も撃墜も許されません」

 

 執事長、メイド長、衛士長、その他の公爵家に仕える者達が案を出し合うが結論は出ない。

 無理も無かった彼らはあくまで公爵の補佐や事務処理や公爵邸の維持の為に雇われている者達だ。

 戦略・戦術に長けた者は存在せず、衛士長は護衛任務に特化してこうした作戦行動は未経験だった。

 

「報告します!」

「今度はいったい何だ?」

 

うんざりした口調で衛士長が報告に来た使用人に応える。

これ以上の厄介事が舞い込むなど考えるだけで気が滅入ってしまう。

 

「騒ぎを聞きつけた周辺の貴族から何事かと使者が殺到しています。御当主が直々に来訪された家も幾つか」

 

 状況は悪化の一途を辿っている。

 これ以上手を拱くなら騒ぎは更に大きくなり隠し通せなくなる。

 最悪の場合、王家が介入する事態となってしまう。

 

 レッドグレイブ公爵家がホルファート王家に対して不信感を持っているのは公然の秘密だ。

 公爵邸で働く者達は出入りする貴族の雰囲気から公爵が何らかの企てをしているのを薄々ながら察している。

 

 もしも公爵の企てが王家に対する叛逆ならばどうなるか?

 数年前にファンオース公国と通じホルファート王国を裏切ったフランプトン侯爵とその係累に対する処断は凄まじいの一言に尽きる。

 侯爵と直系血族は老若男女問わず処刑され、婚姻関係にあった家も厳しい処罰が科された。

 派閥の貴族達も取り潰しや降爵や改易が相次ぎ市井には侯爵家と関りがあった家の元貴族、元使用人が溢れ惨めな姿を晒したものだ。

 

 次は公爵家が対象か?

 いや、レッドグレイブ公爵家の現当主であるヴィンスを慕う貴族は多く、現時点に於いて公爵派の権勢は王家と比較して劣る物ではない。

 ならばこの状況が続けばどうなるだろうか?

 ヴィンスを救おうとする貴族が雪崩れ込んで状況が解決する可能性は?

 或いは王家が介入し何らかの形で公爵家を裁くだろうか?

 

 何が起きるか予想もつかない。

 分かるのは状況がこのまま続けばレッドグレイブ公爵家は破滅する可能性が高いという事実。

 公爵家に仕える者達の教育水準は高く状況判断に秀でている。

 秀でているからこそ破滅の足音に身を竦ませて適切な行動が思い浮かばない。

 

「貴族の皆様には私が応対いたしましょう、皆さんは事態の収束をよろしくお願いいたします」

 

 長年に渡り公爵家に仕えた老執事長は声を振り絞り矍鑠と席を立った。

 その言葉に呼応したように公爵家の面々が自分の仕事に取り掛かる。

 何が起きるか分からない、心の何処かで公爵家に仕え続けていれば己の未来は明るいと無邪気に信じていた己を恥じる。

 レッドグレイブ家の名に恥じぬよう最善を尽くそう。

 精気を取り戻した使用人達は主の救出の準備に取り掛かる。

 自らも決意を新たに行動開始するコーデリアは当主と嫡男と最も慕う公爵令嬢の無事を心から神に祈った。




公爵邸の状況説明回になります。
レベルカンスト近い自軍キャラの相手は一般モブ(エリート)でも難しい。
原作のリオンがルクシオンや前世知識で状況を覆すなら、今作リオンは泥臭く無茶をして状況を覆します。
クーデターは失敗すれば逆賊として終わるのが世の常、裏切りは用心深く計画的に。

追記:依頼主様のリクエストにDanZr様、ianzky様、羽川yi翼tsubasa様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。

DanZr様 https://www.pixiv.net/artworks/120901363
ianzky様 https://www.pixiv.net/artworks/120943992 https://www.pixiv.net/artworks/120944132
羽川yi翼tsubasa様 https://www.pixiv.net/artworks/121034941

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