婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第102章 Takeover

「くそッ!何をやってる!?」

 

 バルトファルトからの通信が途切れた直後から何回目か分からない地鳴りと振動が繰り返されている。

 アンジェリカとバルトファルトに『その時が来るまで公爵邸の従僕用客間で控えていろ』と厳命されたが、この状況は明らかに異常事態だ。

 先程から邸内を駆け回る足音と多数の叫び声。

 さらに銃声と金属が擦れる轟音が分厚い扉越しでも聞こえてくる。

 あれは間違いなく鎧の駆動音だった。

 間違いなく今この場所で戦闘が起きている。

 おそらく戦闘、最悪の場合でバルトファルトと公爵のどちらかが命を落としている可能性すらあった。

 どうしてこうなったんだ?

 思い返しても結論は一つしかない。

 ホルファート王家があまりにレッドグレイブ公爵家を蔑ろにしてきたからだ。

 その原因が自分だけの責任と言うつもりはない。

 だが最後の一押しになったのは事実。

 王立学園に在籍していた頃の俺は何も分かっていなかった。

 

 歴代の王達がどのような気持ちで国を治めていたか。

 王族の責務とは何か。

 父上が優れた才覚を己を慰める為だけに用いてる事に憧れた。

 母上が家族よりも政に重きを置く事に不満を募らせ続けた。

 市井に生きる平民達が何にも縛られず自由に生きていると思い込むなど現実を知らない若造の甘え。

 その日の食事の為に他人を殺める者、僅かな金を得る為に娼館へ売られた子供達。

 世界の厳しさを知らず家の力と己の才能を過信した結果がこれだ。

 

 良き国を造ろうとしても王位を継ぐ事は既に叶わず、国を護る為と嘯いて殺めた女の妹との縁談を持ち掛けられる。

 壊すより直す方が遥かに難しく、争いを起こすより収めるのでは費やす時間に差があり過ぎた。

 それでも為さねばならない。

 貴族とは王とは高度な教育や暖衣飽食を与えられる代わりに失政の責任を命で贖う責務が生じる。

 王族の務めを果たす日が偶然にも今日だった、それだけの話だ。

 

 堪えられなくなって客間の扉を開いて廊下に躍り出ると公爵邸の使用人が忙しなく行き交っていた。

 事態の収拾に集中しているせいか誰も俺に気を払わないのが逆にありがたい。

 バルトファルト達と分かれた応接室へ向かうと徐々に喧騒が大きくなり使用人が増えていく。

 僅かな距離だったが使用人の会話から応接室の扉付近で戦闘が行われているらしい。

 辿り着いた場所では床に転がる使用人や衛士が数人、そして扉を塞ぐ二人の男が佇んでいた。

 その姿を見ただけで誰だか分かり頭が酷く痛んでくる。

 子供の頃からの長い付き合いだ。

 顔を見られないようにヘルメットを被っても俺には一目で分かった。

 警棒を握ってるのはクリス、デカい方がグレッグだ。

 あの二人が相手なら公爵邸の衛士がどれだけ訓練された奴らでも分が悪過ぎる。

 クリスはあと十年も経てば剣聖と讃えられる父のアークライト伯爵を追い抜くと期待され、グレッグの戦闘実績と鍛えられた肉体は若い王国貴族の中で頂点だ。

 王国軍を出動させればこいつらを真っ向から倒せるかもしれないが、ホルファート王家と不仲のヴィンス公がそれを許すとは思えない。

 内々で処理しようとしたがあまりの強さに主君の救出も出来ず遠巻きに隙を伺う膠着状態。

 事態は凡そこんな所か。

 それよりどうして二人が公爵邸にいるんだ?

 バルトファルトとアンジェリカが話した内容ではこいつらが同行しているなんて聞いていない。

 今回の件についてはこっそり同行した俺がヴィンス公と話合い事態を収拾する予定だった。

 

 なのにどうして!? 

 こいつらが暴れているんだ!?

 

 アンジェリカならこんな事を許す訳が無い。

 だが何者かの手引きが無ければこんな馬鹿げた行動は出来ないだろう。

 考えられる首謀者はバルトファルト以外に考えられない。

 何の考えがあってこんな騒動を起こした?

 手渡された通信機は向こうの声を一方的にこちらへ伝えるだけ、しかもさっきから何も聞こえて来ない。

 部屋の中で何かが起きたのは分かる、その何かを確かめる必要があった。

 或いはここまでがバルトファルトの作戦かもしれない。

 奴の思惑が何にせよ、今この場で事態を収拾しないとホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の争いは内乱にまで発展してしまう。

 ファンオース公国との戦争で国全体が疲弊しているこの状況での内乱はどう考えてもマズい。

 

 最悪の場合、介入した他国がここぞとばかりに王国を攻めて国が滅びる。

 母上の祖国であるレパルト連合王国は当てにできない。

 ホルファート王国とレパルト連合王国の同盟は双方の国力が対等な上での同盟だし、ラーシェル神聖王国に対しての抑止が目的だ。

 むしろ王位継承権が下がった俺を支援する名目で介入し、俺とエリカのどちらかを傀儡として即位させる可能性すらありえる。

 事態を収拾するのは今しかない、命を捨ててでもバルトファルトを止めなくては。

 

 尻込みしている公爵邸の面々を押しのけて前に出る。

 廊下の床には割れた陶器の破片や植物が散乱し、敷かれている絨毯もひどく汚れていた。

 途中で聞いた使用人の会話でまだ死者が出ていないらしい。

 だがこれからどうなるかは分からない。

 どんな達人超人でも疲労の蓄積は避けられない上に、ヴィンス公の救出の為に強硬手段を採れば確実に二人は死ぬ。

 外の銃声や鎧はジルクとブラッドだろうが、それも公爵家が本格的に軍を動かせばすぐに鎮圧される。

 この短い時間でバルトファルトは何をするつもりだ?

 ヴィンス公を殺すには手間をかけ過ぎているし、説得で暴力を示唆するのは悪手以外の何物でもない。

 あの男は決して愚かではないの分かっている、同時に俺達が考えもしない策を仕掛けてくる男でもある。

 奴の真意を確かめる。

 いざとなればこの手を血で染めてでも止めるしかない。

 またアンジェリカに恨まれるな、どうも俺とアンジェリカは互いを不幸にする運命のようだ。

 

 クリスとグレッグの目前で立ち止まる。

 訝し気な顔で俺を見る二人の視線で自分が変装していた事を思い出す。

 口元の付け髭に手を掛けて剥がすと糊で皮膚が引っ張られ痛かった。

 額の生え際に指を突っ込み鬘を床に投げ棄てると漸く俺の正体に気付いたらしい。

 なるほど、父上が変装や身分を偽って市井に出たり仮面の騎士と名乗り戦場を駆ける気持ちがよく分かる。

 己が己で無くなる解放感は確かに刺激的だし、正体を明かした時に相手の驚いた顔は癖になりそうだ。

 

「其処をどけ、ヴィンス公とバルトファルトに用がある」

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 突如、窓を割って応接室に乱入した者達はリオンと短い会話を済ませると二手に分かれた。

 二人は扉の外へ、もう二人は窓の外へ。

 その数十秒後、扉の外では激しい物音と叫びが分厚い扉越しに応接室の内側で鳴り響く。

 さらに窓の外では歩行する鎧が公爵邸の庭を荒す音に加えて銃声が轟いた。

 嘗て自分が育った屋敷で戦闘が起こったという事実が鼓動を早めていく。

 辛うじて分かるのはリオンが私とは別の戦略を立案していた事、その実行の為に秘密裏に兵や鎧を事前に準備した事ぐらいだ。

 

 此処まで狡猾に物事を進めたリオンが恐ろしい。

 恐ろしくてこれが夢だと切に願う。

 今もこうして父上と兄上を挑発するような態度こそ芝居がかっているが、その姿は何処から見てもリオンは私の知っている彼そのまま。

 昨日、私を抱きしめながら同じベッドで寝ていた夫が裏で父や兄を殺せる準備を推し進めていた。

 私への愛も、子供達への愛も偽りだったのか?

 悪夢に魘され弱々しく私の手を握っていたあの姿も演技なのか?

 分からない、何も分からない、何も理解したくない。

 

「あれは廊下に出たのはセバーグ家の息子とアークライト家の小剣聖か」

「分かりますか」

「あまり私を侮るな、防護服の上からでも分かるほど鍛え上げられた者など平民はおろか貴族でも稀少だ。もう一人は移動に隙が無く重心が常に定まっていた、あれ程の鍛錬を積んだ男を私はアークライト伯爵以外に知らん。可能性があるなら息子の方か。外へ向かった男は王子の取り巻きだったマーモリア、あの子供は流石に分からん」

「流石の御慧眼ですね。ちなみにフィールド家の格好つけは鎧の操縦をしてます」

「護国の英雄のうち四人を揃えたか。そこまで王家が私を恐れていたと考えれば悪い気はしない」

 

 愉快そうに肩を震わせる父上だが笑い話にもならない。

 現時点でのホルファート王国に於いて最高戦力はほぼ聖女と五人の英雄。

 どれだけ側室が産んだ王子達が息巻いた所でユリウス殿下に敵わぬ事とは明白であり、令嬢達が身分を盾に蔑んでも聖女であるオリヴィアの爪の欠片ほどの価値も無かった。

 彼らに挑む事は死と同意義であり、政治的な立場で封じる以外に勝利は無い。

 そんな相手を四人も引き連れて領主貴族の公爵を強襲、ホルファート王家の完全な宣戦布告であると同時に他の貴族への見せしめとして最上の物だろう。

 

「私と息子の首を獲って王家の手土産にもする気か?それをすればこの国がどうなるか分からぬ訳ではあるまい」

「随分と落ち着いてますね、フランプトン侯爵はファンオース公国の内通に加えて汚職や賄賂で処刑が決定した時は泣き喚いたと聞きましたが」

「マルコムなどと一緒にされては困る。奴の頭にあるのは己の欲を満たす為に如何にして政敵を陥れ自分の地位を確立するかだけだ。政争は得意でも政は苦手、手段と目的を履違えた愚者に過ぎん」

「……父上は御自身がフランプトン侯爵とは違う、本心からそう仰るのですか?」

「政の為に主君を弑する覚悟を持った私と欲の為に主君を裏切り敵国に内通する彼奴が同じに見えるなら侮辱だな」

 

 父上は口元を歪ませ苛立たしさを隠そうともしない。

 ホルファート王国貴族の頂点に一度は登り詰めたフランプトン侯爵。

 その最期はあまりにも見苦しくあっけない幕切れで終わった。

 侯爵と関わり合いが在った者達は死を賜るか、名と身分を偽ってこの国で生きるか、全てを捨てて他国へ落ち延びるしかない。

 レッドグレイブ公爵家を排斥してまであの男は何を為そうとしたのか?

 オリヴィアを聖女に就任させるまでユリウス殿下達を支援していた事実はオリヴィア本人や神殿にとって今でも痛手だ。

 

「領地の発展、法の是正、他の貴族との折衷を有利に運ぶには資金と権力が不可欠だ。政治の根幹は力比べ。財力・権力・知識・情報・血縁。あらゆる力を駆使しなければ生き残れない。だが力は何処まで行っても手段に過ぎん。マルコムはそれを見誤った」

「しかし実際に行っている事は王家への叛逆に相違ありません」

「私にも王家への忠誠心や愛国心は在る、だからこそ今の王家に政を任せられないと思い反旗を翻した。この状況を作り出したのは他ならぬ王家の悪政であり此処を変えねば立て直す前に滅びると領主貴族のが賛同している事実を真剣に省みた方が良い」

 

 父上の声に抑揚は無い。

 覚悟の上で今回の策謀に臨んでいる。

 例え公爵派の首魁である父上を討ち取ったとしてもそれは王家に対する不信の解決に至らないだろう。

 寧ろ火に油を注ぐように領主貴族の間で燃え広がり、統率者を失った暴走を為る可能性が高かった。

 領主貴族筆頭であり王家の分家にあたるレッドグレイブ公爵家、その当主以外にはこの争いを止められない。

 

「例えばこんなのはどうでしょうね?」

 

 ゆっくりと椅子に座り直すリオン、その銃口は父上に向いたままだ。

 如何に小型拳銃と言えど長時間に渡って姿勢を保持するのは限界がある。

 せめて銃を抜きにして冷静に話し合いに持ち込みたかった。

 

「ヴィンス・ラファ・レッドグレイブ公爵とその息子ギルバート・ラファ・レッドグレイブに叛乱の兆しあり。娘婿であるリオン・フォウ・バルトファルトが真偽を確かめた結果、それが事実だと判明し泣く泣く義父と義兄を捕縛する俺。或いはこの場で二人を討って証拠を提出する」

 

 リオンが懐から取り出したのは金属製の小箱だった。

 表面にボタンらしき物が複数あり、その内の一つをゆっくりと押した。

 

『……、女狐、は奸智に長じている、美貌で誤魔化される、が腸は黒く染まって見れた、ものではない』

『滅び、る時に…、滅びなければ無様を…、晒すだけだと、理解できないかね。王国は、寿命が来ている』

『まず…、最初に現ホルファート王家には政務に、対する介入を禁じてもらおう。…、その上で我々が擁立、する新たな王を認め、速やかに監禁する…』

 

 途切れ途切れに小箱から聞こえて来たのは父上の声だ。

 どうやらアレは一種の録音装置らしい。

 話の内容は父上が御自身で仰っていた内容、父上と交流している貴族なら聞き間違えないだろう。

 筆頭公爵による王妃の侮辱、王家への叛逆を示唆する発言、王族に対する処罰内容。

 もしも王家に提出すればレッドグレイブ家に逆心ありと捉えられてもおかくしない物だ。

 例え父上と兄上がこの場でリオンに討たれても『計画への参加を求めたが断った、逆に監禁されそうになったから止む無く撃った』と証言すれば多少の無理があっても王家派はその証言を呑み込む。

 公爵派にも国内の騒乱を望まない穏健派やあくまで改革に賛同しているだけの者も多い。

 この証拠を突き付けてたなら心変わりする者も必ず現れてしまう。

 

「ロストアイテムの録音装置か?」

「使うのはこれで二回目ですけど意外と聞き取れるもんですね」

「その証拠を提出し、私達を王家に売って出世でもするつもりか。見下げ果てたぞ」

「怪しげなロストアイテムが証拠としてどれだけの信憑性を持つか疑問だな」

「そっちは大丈夫ですよ、俺達の会話はあいつらに筒抜けでしたんで。この証拠が正しいと証明してくれるでしょう」

「なるほど、我々は娘婿殿の罠にまんまと嵌められたという訳か」

 

 おそらくリオンは最初から父上達を信用していなかった筈だ。

 信用していないからこそ幾重にも策を講じ道具を集めて今日の交渉に臨んでいる。

 家族の情と利を説けば納得してくれると思っていたのは私の方だった。

 リオンに信頼されていなかった、その事実に胸が締め付けられる。

 夫を心の何処かで未熟と侮ったのではないか?

 だから私の手を借りずこのような手段を採らざる得なかったのではないか?

 口惜しさと憤懣で目に涙が滲んでくるのを唇を噛みしめ必死に堪えた。

 

「内乱を鎮める為には公爵と嫡男を処罰する必要がある、だけど公爵派を抑えるのに公爵家の当主が必要。だったら話は簡単だ。アンジェがレッドグレイブ公爵家の新当主に為れば良い」

「っ!?」

「な゛ッ!?」

「はァっ!?」

 

 私達三人の声が重なった、驚く私達を何処か愉快そうにリオンは眺めている。

 レッドグレイブ公爵家の当主に、私が就任?

 馬鹿な、そう口にしようとするが思考が途切れず上手く口に出せなかった。

 リオンの提案は必ずしも絵空事ではない。

 今のホルファート王国は明らかに貴族男性の数が足りていない。

 数年前にファンオース公国との戦争が行われ大量の貴族が戦死し、公国と内通した貴族に対しては容赦なく取り潰しを行っている。

 逆に功績を挙げた騎士や平民を叙爵し新興貴族として扱って漸く国力を回復したと思った頃に公国の再侵攻だ。

 この状況に苦慮した王家は未亡人となった貴族女性や一人娘として育てられ令嬢に対し一時的な家督の相続権を与えていた。

 勿論、幾つもの審査が必要な上に問題も多いが取り潰しを免れた家からの評判は良い。

 聖女オリヴィアの活躍で国が護られた影響で女性の社会的地位が少し向上したのもあるだろう。

 今のホルファート王国に於いて貴族の当主や嫡子は男子に限られた訳ではない。

 

「俺はレッドグレイブ公爵家の当主に就けない、だけどアンジェなら話は別だ。現当主の娘で嫡子の妹。相続の条件は十分だと思いますけど。アンジェがダメでも俺とアンジェの間に生まれた男子ならどうですかね?」

「貴様…、それが目的か…」

「王妃様とアンジェは懇意、叛乱を事前に鎮めたとなりゃ御家存続で寛容な部分を見せた方が王家にとっても都合が良い。二人の首で国の危機を回避できるなら喜んで俺達に有利な条件を飲んでくれるでしょう」

「やってくれたな、バルトファルト」

 

 二人が殺気に満ちた表情でリオンを睨む。

 しかしリオンを肩を竦めて受け流した。

 公爵家の嫡男として育てられた兄上には屈辱だろう。

 可愛がっていた妹や幼い甥にその地位を奪われ、自身は叛逆者として裁かれる。

 更に兄上は既に子供が居る、今は公爵領で育っている筈だ。

 リオンの策が成功すれば甥は神殿に入れられ生涯未婚を科されるか、何処かの貴族に預けられ軟禁されるだろう。

 

 私の予想の範疇を越えているリオンの狡猾さが恐ろしい。

 これは明らかに政治が絡んだ謀略だ。

 妻の私を基点にリオンがレッドグレイブ公爵家を乗っ取ろうとしていると感じるのは致し方ない。

 私や子供達を護る為に非情さを身に付けたのか、それともリオン・フォウ・バルトファルトの本質がコレだったのか。

 

 もしもリーア・バルトファルトがリオンと同じ思考をする男だったのならば、国祖達がリーアを追放した理由も分かる。

 優れた肉体を持ち、奸智に長け、身内であろうとも容赦なく切り捨てられる指導者。

 それは間違いなく混迷の時代を治める為に相応しい資質だった。

 他者への畏怖は同時に頼もしさにも変じる物だ。

 狡猾さを身に付けたリオンに恐ろしさを感じつつも何処か愛おしさが胸に宿るのは私がリオンを愛しているから変化を許容している影響か。

 或いはこの変容を頼もしいと思ったからか判別できない。

 いずれにしてもリオンは家族を護る為なら平気でレッドグレイブ公爵家を敵に回す。

 私や子供達を当主に据えて乗っ取るにせよ、ホルファート王家に密告し滅ぼすにせよリオンならそれを実現できる。

 

「だけど俺はレッドグレイブ家をを滅ぼしたくありません。義父や義兄を罠に嵌めて家を乗っ取るなんてしたくないし、アンジェに嫌われるのは死ぬほど辛いんで。だから王家と仲直りしてくれるなら証拠をぶっ壊します」

「……本気で言っているのか?卿が握っているのはこの国の未来を決める重要な情報。使い方次第で一つの家だけでなく一つの国、一つの王朝を滅ぼしかねない代物だ」

「なおさら要りませんね。そもそも公爵家どころか子爵家で泣き喚いてる俺が公爵家を思い通りにしようなんて思う訳ないでしょう。まぁ、アンジェがレッドグレイブ家の女当主になりたいなら吝かではありませんが」

「大事な判断を私に委ねるな!!」

「だってアンジェも家族を処刑されたくないだろ?」

「それなら如何して此処まで父上と兄上を追い詰める必要があった!?」

「いや、必要だと思ったからさ」

 

 此処まで策略を練りながら最終判断を私に委ねる!?

 その主体性の無さは一体何だ!?

 どうして貴様は無駄に高い能力を備えながら爪の先程の野心を見せない!?

 

 駄目だ、リオンの考えが分からない。

 リオンが今の生活に満足しているのは間違いない筈だ。

 私達家族を護る為にやりたくもない政争に関わって相手の逆らう気を徹底的に挫かないと安心できないのだろう。

 取り合えずそう思おう。

 そう思う事にした。

 そう思わなければ珍妙窮まる私の夫の思考が読み取れない。

 

 父上と兄上にしてもこれ以上は益が無い筈だ。

 そもそもリオンが本気で事態を収束させたいなら二人の命を奪うのが最も早く確実である。

 敢えてそれをしないのはリオンが本気でホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の和解を求めているからに他ならない。

 

「……仮にだ、仮に卿の願い通り和解に応じたとしよう。それが為される前に我々の無事を保障できるのかね?」

「……父上」

「成程、卿の策は特筆に値する。王家としても叛心を持つ私より妃殿下と懇意のアンジェに公爵家を継がせた方が意のままに政を執れる筈だ」

「仰る通りです」

「講和後に約定を破棄し不意打ちを仕掛けるなど史書を紐解けばよくある話。王家が約束を破って我々を罰した後、レッドグレイブ公爵家は果たして存続できると思うかね?」

「……」

「先程の旧ファンオース公国を用いてレッドグレイブ公爵家を討つ策略は見事だ。貴殿と同じ策を和解後の王家が仕掛けぬとも限らぬ」

 

 だから和解に応じられないと?

 いや、父上の疑念は尤もだ。

 確たる保障も無いまま応じて不利な条件を押し付けられるのはありふれた話である。

 皮肉にもリオンが捻りだした策略はリオン抜きでもホルファート王家は実行可能だ。

 リオンがどれだけ才能豊かでも彼は辺境の新興貴族であり国政に対し強い発言権を持っていない。

 約定を反故にしても王家は痛痒に感じない筈だ。

 何か、決定的な何かが必要だ。

 

ドオォォン!!

 

 突如、応接室の扉が激しく鳴る。

 乱れた衣服を脱ぎ捨てて入室したのはホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の確執、その決め手を齎した御方だった。




外道騎士リオン・フォウ・バルトファルト、嫁の実家を乗っ取ろうと画策するの巻。
成人向け婚約破棄・悪役令嬢モノでよくあるヴィランの行動ですね。(汗
まぁ、家族を護る為に必要だから許してください。
舅と小舅の評価が乱高下するリオン、彼とレッドグレイブ公爵家の関係もちょっと変化します。

追記:依頼主様のリクエストにオジン様、Ann様、兔耳浓汤様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。今週は水着祭

オジン様 https://www.pixiv.net/artworks/121063275
Ann様 https://www.pixiv.net/artworks/121092381
兔耳浓汤様 https://www.pixiv.net/artworks/121102680

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