婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第104章 Persuasion

「とりあえず王様にでもなってみましょうか」

 

 リオンの言葉に応接室の空気が一瞬だけ弛緩した後、急速に膠着する。

 発言の意味を意味を理解するまでの数瞬、皆の気持ちが完全に一致したのだろう。

 

『突然何を言い出すのだ、この男は?』

 

 加えてこの場でリオンの発言を聞く者は私を含めて全員がホルファート王国の王位継承権所持者だ。

 現国王と正妃の間に生まれた第一王子、王家の分家であり領主貴族筆頭の公爵家当主とその嫡男に他家に嫁いだ娘。

 ユリウス殿下は私との婚約破棄騒動が発端となり王位継承の順位は下がり、父上と兄上はその更に下である。

 リオンに嫁いだ私の場合はほぼ無効と為り、仮に私が女王に就くなら数十人を超える数の直系王族を殺害しなくては無理だ。

 何よりリオンは私の夫ではあるがホルファート王家の血を受け継いだ者ではない。

 為れたとしても王配が精々でしかなく、リオンが王に為れる由縁は何処にも無かった。

 

「……冗談は休み休み言え」

「冗談と思うのは其方の勝手ですが、俺が何の勝算も無いまま行動していると?」

 

 リオンが不敵に笑う。

 人々はリオンを英雄や優れた戦術家と思い込んでいるがそうではない。

 誰よりも臆病で慎重な彼は自分が生き残る為の策を講じ、分の悪い戦いに自身の命を賭けて運良く勝利し続けただけだ。

 僅かでも生き延びる可能性を上げる為に体を鍛え、書を読み漁り、空元気で心中の不安を圧し殺し皆を鼓舞して生き延びる。

 不思議な事に己の命を賭けた時のリオンは大なり小なりの被害を出すが必ず生き延びる。

 王国軍に所属していた頃は傷を負いながらも終戦まで生き延び叙爵された。

 子爵になった後の戦争では相応の被害を出すも公国軍を食い止め高い評価を受けた。

 私達が誘拐された際は自ら陣頭に立ちバルトファルト家の禍根を断ち切った。

 死線を越える度に強壮さを増してゆくリオン・フォウ・バルトファルト。

 その正体が死の影に怯え策を弄す姑息な小心者という事実を知る者はほぼ居ない。

 

 だからこそ不可解極まる。

 確かに説得で父上を説得するのは難しい、最終的に力に頼るのは仕方ない事だ。

 レッドグレイブ家が企てる王位簒奪を止める為に王家の武力を頼りにした所でそれは諍いを助長するだけ。

 それなら考えられるのは聖女となったオリヴィアか?

 私に内密でリオンが引き連れた者達に紛れていた小柄な兵士。

 身体的特徴と身の熟しから察すると、あれはおそらくマリエだろう。

 ユリウス殿下の反応から察しても他の四人が素直に従うのは王家、或いは聖女の何れか。

 王家と公爵家の諍いに対し不干渉を貫いている日和見の神殿に対し、オリヴィアは危機感を募らせている。

 何しろ兄上との縁談すら持ち上がっているのだ、人々に対し献身的な聖女にとってお飾りの王妃を望む公爵家の勝利は避けたい筈だ。

 他の四人がオリヴィアの意志を尊重するのも理解できる。

 

 だが足りない、圧倒的に足りな過ぎる。

 オリヴィアがどれだけ王国の人々からの崇敬を受けていても。

 四人が並みの者では傷さえ負わせられない英雄だとしても。

 王家と公爵家の争いを止めるには程遠かった。

 或いはファンオース公国の再侵攻前ならば神殿が所有していた戦力によって両家の牽制も可能だったかもしれない。

 オリヴィアの力は確かに公国軍に対して非常に有効だった。

 まさか想像を絶する超大型モンスターを公国軍が使役するとは。

 前回と同程度の侵攻を想定していた王国軍と神殿勢力は為す術なく超大型の攻撃に散っていった。

 オリヴィアでさえ命が危うい事態に陥り、聖女を逃がす為に多くの神殿騎士達が犠牲になったと聞いている。

 アルゼル共和国に加勢する程度には再編できたようだが、嘗ての戦力には程遠く現存しているレッドグレイブ領の全軍を相手にするには力不足だ。

 王家の艦も無い現状で神殿の力に頼るのは愚策でしかなかった。

 

「では皆さんにお聞きします、王に最も必要な物はなんでしょうか?」

「力だ。極論になってしまうが敵対勢力を鎮圧可能な力があれば名目は幾らでも後から付けられる」

「ユリウス殿下は力ですか。ギルバートさんがどの様にお考えでしょうか」

「……求心力だな。例え打算込みでも人々は自分が尽くしたいと思う相手を主君として奉じる」

「分かりました。閣下のご意見を伺いましょう」

「見識の広さと政治的な公平さだ、二人の意見はそれを押し通す為に必要な力の域を出ていない」

「と申しますと?」

「簡単な事だ、どれだけ言葉で着飾ろうと人は知恵を持った獣に過ぎん。飢えと渇きを癒す為に奪い合う。獲物を狩る為に群れを成し、群れを統率する為に法を創った。そして最も優れた者が時に力、時に理を以って富を分配する。それを為すには求心力や武力の後ろ盾が必要なのは確かだが」

「足りませんか、俺?」

「圧倒的に頭が足りておらん。このような騒動を起こす時点で論外と言えよう」

 

 父上の言葉は容赦が無い、それも仕方ないだろう。

 こんな愚挙を仕出かしてたリオンが王に為れる筈は無い。

 仮にレッドグレイブ公爵家の娘婿だとしてもありえなかった。

 確かにリオンは戦術面で優れている事は確かだ。

 戦時中に命を救われた貴族、若い令息や新興貴族からの信頼も多少はある。

 それでも王座に座る為に足りない資質が多過ぎた。

 知力は勿論だが武力に関しても論外である。

 領主としての手腕は私に依存している部分が大きく、個人的な武力に秀でてはいても新興貴族のバルトファルト子爵家が所有している軍事力など高が知れた物だ。

 それこそ同位階の子爵家でもバルトファルト家を超える兵力を所持してる領主貴族は多い。

 リオンが王を名乗った所で一笑に付されて終わってしまう。

 

 そう、ホルファート王家(・・・・・・・・)が支配する国に限った話ならば。

 

 公爵令嬢の私が何故に平民同然に育ったリオン・フォウ・バルトファルト子爵に嫁いだか。

 ユリウス殿下との婚約破棄によって碌な縁談が無かったのは事実である。

 しかし、公爵家と子爵家では余りにも爵位・宮廷階位・領地面積・経済規模に差があり過ぎる。

 当時の私は父上がフランプトン侯爵との争いによって数を減らした派閥の人員を補充する為にファンオース公国との戦争で功績を上げ叙爵されたリオンを取り込む策だと考えていた。

 リオンを公爵家の娘婿として迎え若い貴族令息や新興貴族からの支持の獲得し、王国の次代を担う者達を取り込む事がレッドグレイブ公爵家の復権に繋がる。

 大半の王国貴族ならそのように考えるだろう。

 事実、私もそうだった。

 父上の意図に気付いたのはほんの数人、歴史の闇に葬られてたホルファート王家の真実を知る者だけ。

 

 今この場に居るのは既にそれを知っている、若しくは知っている可能性が非常に高い者のみ。

 この浮遊大陸にまだホルファート王国という名の国が存在していなかった時代。

 五人の冒険者と一人の聖女が国の礎を創り上げた。

 建国の陰で存在を葬られた真の王であるリーア・バルトファルト。

 そしてリーアの末裔であるリオン、そんな彼が『王に為る』と発言したのだ。

 言葉の意味が真実を知る者にとって全く別の意味を持ってしまう。

 

 取り分け父上にとってリオンの発言は重要な意味を持つ。

 父上はリオンの、いやバルトファルト家の血を取り込む事に腐心していた。

 ホルファート王家の王家を弾劾する名目としてリーアの子孫であるリオン、初代聖女アンの子孫であるオリヴィアを利用している。

 もし『真の王の末裔こそが国を統べるに相応しい』と主張するのならホルファート王家に連なるレッドグレイブ公爵家もまた批難の対象となる筈だ。

 父上としては真実を知らないバルトファルト家から王位を託される、同時に血を取り込む事でレッドグレイブ王朝建立の正統性を主張するつもりだったのかもしれないが話が変わってしまった。

 

 リオンが王に為ると宣言した、其処にレッドグレイブ家が出しゃばる余地は無い。

 レッドグレイブ家が王家に為るにはバルトファルト家が必要かもしれないが、バルトファルト家が王家にと為るのにレッドグレイブ家は必ずしも必要は無かった。

 

 必要無い?

 仮にリオンが王に為ったとして、王の隣に居るのは私ではない?

 

 そんな思考が頭の中を駆け巡って気が滅入る。

 私にとってリオンは掛け替えの無い存在であるが、やはりリオンにとっての私は替えが利く女に過ぎないのか。

 

「なら安心だな、俺にはアンジェが居るし」

「アンジェに政を任せる気か」

「むしろ何の問題が?そもそも王子の婚約者で王妃教育を受けていましたし、今だってバルトファルト領の運営が上手く行ってるのはアンジェの功績ですよ。俺はお飾りの王でアンジェが実質の支配者でかまいませんから」

「王に為りたいと発言した男の性根がそれで良いのか」

「俺は自分一人で何か出来ると思い上がっちゃいませんよ」

「それではローランド陛下(愚王)と何も変わらん」

「何処が違うと?」

「俺はアンジェを愛しているんで」

「なッ!?」

 

 だからどうしてッ!!

 お前は人前で臆面も無く惚気る!?

 リオンは片手で私の体をを抱き寄せつつ銃口は決して父上から外さない。

 彼の手を振り解きたいが、想像以上に強い力で微かに震えている。

 おそらくリオンにとってもこの会談は賭けなのだろう。

 悪辣な振る舞いに隠れて何処か焦りが伝わってくる。

 本格的に自分の夫の精神構造が分からなくなってきた。

 そもそもの話、現時点の武力行使に関して私は何一つリオンから相談されていない。

 リオンが何度私を愛していると言っても行動が伴っていなければ不信が募る。

 この悪党はどれだけ甘い言葉で私を釣っているだけでは?

 

「アンジェの素晴らしさが分からない連中にはどれだけ語っても無駄でしょう。綺麗で優しくて賢い上に仕事も出来る。こんな嫁が居るなら王妃に据えてやりたいと思うのが思うのが旦那の器量ってもんだ」

「バルトファルト、お前がこんな事を仕出かしたのはアンジェリカの為なのか?」

「殿下だってオリヴィア様を聖女に就かせる為に無茶をしたでしょう。俺がアンジェに相応しい地位を与えて何が悪いんですか」

「止めろリオン!私は王妃の地位など求めていない!」

 

 これはどう考えても虚言だ。

 リオンは己の力を正確に把握して対策を練る。

 私と義姉妹やドロテアが誘拐される等の突発的な事態を除いて無計画に父上達や殿下を挑発する真似はしない。

 私を王妃に据えようなど思う筈が無いし、己が王位を簒奪するなど企む訳も無かった。

 爵位と領地を賜った事にすら愚痴を吐く男が王に為りたいと願うなどありえない。

 おそらく今までリオンが行った発言は全て挑発、父上達と殿下の惹きつける為の陽動だろう。

 和解という形ではなく、脅威に対しての同盟としてホルファート王家とレッドグレイブ公爵家が手を取り合う形で事態を収束させようとしている。

 それは何も珍しい事ではない、ユリウス殿下が産まれた経緯もラーシェル神聖王国に対するホルファート王国とレパルト連合王国の同盟が切っ掛けである。

 潜在的脅威に対し別勢力が手を取り合うなど国家間・貴族社会では珍しい事ではない。

 

 問題なのはその潜在的脅威が何かという事だ。

 潜在的脅威とは即ち力を国家・家・資産・命を脅かす程の力を持つ者に対する恐怖から生じる。

 確かにリオンはリーア・バルトファルトの末裔であり、ホルファート王家の正統性を揺るがす可能性があるだろう。

 しかし所詮は其処までだ。

 どれだけバルトファルト家の面々が先祖の正統性を主張した所で殆どの貴族は耳を貸さない。

 

 例えホルファート王家がリーアを悪意を以って追放したとしても、現在に至るまでこの国を統治してきた実績は変わりない上に真実を握りつぶせるだけの力を王家は今も持っている。

 単なる貴族として最底辺の連中や血筋に箔を付けたい新興貴族が放った世迷い言として黙殺されるだろう。

 宰相がリーアやアンの末裔を脅威と感じているのは彼らを利用しようと企んでいる者がレッドグレイブ家や神殿勢力だからに他ならない。

 先程のユリウス殿下の発言はある意味に於いては正しい。

 世界の於いて正しさは真実(・・)では肯定されない、それを主張する者の強さ(・・)によって肯定される。

 弱者が声高に真実を口にしても黙殺され、強者にとって都合が良い美辞麗句塗れの虚偽が肯定される。

 正しさよりも強さが認められるのが世界の非情さだ。

 

 結局の所、リオンが真実を知っていたとしてもレッドグレイブ家に利用されるだけで終わってしまう。

 不運な事にバルトファルト家は子沢山の家系であり、家を継ぐのに相応しい者の代替が可能だ。

 リオンが気に食わないなら義兄上やコリン、或いは私達の子に家を継がせれば良い。

 バルトファルト家はホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の双方にとって然したる脅威に為り得ない存在。

 その事実が歯痒かった。

 

「アンジェ」

「……どうしたリオン」

「鞄からちょっと取り出して欲しい物があるんだけど」

「…自分でやったらどうだ」

「今、手が塞がってるから無理」

「まず銃を突き付けるのを止めたらどうだ」

「止めたら俺の命がマズいんです」

「こんな馬鹿げた事を実行した貴様の自業自得だ」

「……もしかして怒ってる?」

「答えなければ分からない程に貴様は愚かな男か?」

「…………ごめんなさい」

「まったく」

 

 リオンから離れて床に転がる鞄を持ち上げる。

 まだ他にも危険物を持ち込んで居ないだろうな?

 出処が知れない珍妙な品、普通に生きてきたら身に付かない知識など私もリオンの全てを把握してない。

 少年時代のリオンが家出して王国軍に所属するまでの数ヶ月、戦時中に口外してはならない任務に従事していた頃、私と離れ離れになっていた期間。

 夫婦になった後もリオンと常に行動を共にする訳にもいかず、彼が何処で何をしていたのが事後報告で済ませる事も多い。

 これを機会にリオンの経歴を総て洗い出した方が良いかもしれないな。

 私の夫は予想を超えて過激な行動が多過ぎる、今後は徹底的な監視で私が制御しなくては。

 

「中に黒い封筒があるだろ」

「これか?」

「それそれ。そいつの中身を出してくれ」

「危険物ではないだろうな?」

「……ある意味危険物です」

「具体的に、どの程度の被害が出る?」

「下手したらこの国が滅ぶかも」

 

 冗談なのか本気なのか判別がつかない。

 質が悪い事に『この男なら国一つを本当に滅ぼしかねない』と王族に思われるような危険人物。

 リーア・バルトファルトの子孫という由来を抜きにしても剣呑な男がリオン・フォウ・バルトファルトという男である。

 

 おずおずと封筒から取り出したのは数枚の紙。

 指から伝わる感触で何らかの薬液を塗った通常とはやや異なる厚みを持った紙。

 いわゆる印画紙、写真などに使用される特殊加工が施された物だ。

 テーブルの上にやや大きめの印画紙を丁寧に一枚、また一枚と並べてゆく。

 徐々に慣れてきた両眼を通して脳に到達した膨大な情報をゆっくり精査してみる。

 それ(・・)が何か、私の頭は認識できない。

 

 いや、認識できるが理解を拒んでいる。

 写真に写し出されたそれ(・・)がどのような物か。

 それ(・・)は確かに爆弾にも似た危険物だった。

 それ(・・)を手にした物がどうなるか、私達はよく知っている。

 それ(・・)があるから単なる冒険者にしか過ぎなかったホルファートの血を繋ぐ者達は王族として君臨できた。

 それ(・・)を失ったからこそ父上は王位の簒奪を本格的に取り組み始めた。

 全ての発端であるその存在、失われた奇跡の残り香、旧文明の遺産。

 故に人々はそれ(・・)をこのように呼ぶ。

 

 ロストアイテム(・・・・・・・)と。

 

 写されているのは明らかに我々の知る飛行船とは別の技術で創造された金属の塊。

 鳥、或いは魚を想起させる生物的な形でありながら命を宿さない冷たさを湛えている。

 それは飛行船だった、いや我々の知る飛行船と同じかは分からない。

 ただ、それは明らかに我々の知る既存の技術から逸脱した超常的な存在だと写りが荒い写真からも伝わってきた。

 そんなロストアイテムの飛行船、しかも数隻が写っている。

 リオンを除いた私達全員が頭に浮かんだ言葉を発しようとするが出てくるのは呼吸音だけ。

 私達の醜態を見たリオンが愉快そうに肩を震わせる。

 

「何だコレは?」

「何って、見ても分かりませんか?」

「詳細を聞いている!どうしてこんな物を!?」

「どうしてって、そりゃ見つけたからに決まっているでしょう」

 

 見つけた?

 いつ? どこで? どうやって?

 必死に記憶を辿るがリオンがこんな物を発見する時間などほぼ無かった筈だ。

 貴族になる前の軍人時代、叙爵され心の病に苦しみながら領地の開拓に明け暮れた頃、私と結婚して子供達が生まれ夫婦として暮らした日々、公国の再侵攻で戦いに明け暮れていた時期。

 

 どう考えても理屈が合わない。

 こんな物を持っているなら彼の人生はもっと順風満帆だった。

 それこそ先程の発言のように王と為るのも容易い筈だ。

 いや、だからか?

 こんな物を見つけたからリオンは自ら王に為ろうと思ったのか?

 駄目だ、思考が追いつかない。

 どうしてこんな状況になっているのか私にも分からない。

 この場にいる者の中で私が最もリオンとの付き合いが長い筈なのに。

 彼が何を考えているか分からない、どうしてこうなったか分からない。

 目の前にいるリオン・フォウ・バルトファルトが私の夫リオン・フォウ・バルトファルトと本当に同一人物なのがすら判別できなかった。

 

「バルトファルト子爵家はロストアイテムの飛行船を数隻発見しました。現在は飛行船の修復作業を秘密裏に進めています。準備が終わり次第、俺達はホルファート王国から独立しバルトファルト王国を宣言します」

「本気かバルトファルト!?」

「馬鹿な!?そんな事はありえん!」

「認められる訳がない!!」

 

 三人の声は悲鳴に近かった。

 それはそうだろう。

 ホルファート王国内に新王国が誕生するのだ。

 新王国の建国者は下級貴族の出身でロストアイテムの所有者。

 まるで血沸き肉躍る冒険を夢見る子供が考えた絵空事だ。

 そんな絵空事が現実として目の前に存在している。

 常識ある者ほど受け入れられる事実ではないだろう。

 

「……合成写真だ、我々の混乱を目論んだバルトファルト子爵の工作に過ぎない」

「信じたくないならご自由にどうぞ。わざわざ手間のかかるロストアイテムの飛行船を用意できると思いますか?」

「王国にはお前がロストアイテムを発見した報告は来てないぞバルドファルト!見つけたならどうして今まで黙っていた!?」

「見つけたのは最近なんで」

 

 兄上と殿下が問い詰めるが、リオンは然して気にしせず飄々とした態度を崩さない。

 素っ気ない返事は二人を適当にあしらっているようにも、その場その場で取り繕っているようにも見える。

 落ち着け、冷静に考えろ。

 私がリオンの立場ならどのような対策を講じる?

 ロストアイテムの飛行船を所有している場合、わざわざ王家派と公爵派の争いに対して積極的な介入は避ける筈だ。

 人命を優先するなら積極的な介入も考えるが、為政者にとって民の命は必ずしも重要ではない。

 政を王独りが執り仕切るのは不可能。

 力で抑えつけたとしても便宜を図る官僚、現場を指揮する担当者が従うとは限らない。

 現在の国政を担当している執務官の殆どはバルドファルト家より高位の宮廷貴族。

 リーア・バルトファルトの末裔という真実を加味してもリオンに忠誠を誓う訳が無い。

 領主貴族に関しても同様だ。

 平民同然に育ち爵位と領地を賜って十年に満たない新興貴族に傅くなど歴史の長い領主貴族は拒否する筈だ。

 

 それなら双方の諍いを煽りある程度の間引きを行う。

 バルトファルト家に反発する貴族が減少し、尚且つ国政を維持できるギリギリを狙い介入するのが得策だろう。

 その後は力の差を見せつけて叛意を挫く。

 何のことはない、ホルファート王家の所業をバルトファルト家が行うだけだ。

 だがリオンが率先してそんな行動を採る筈が無い。

 外道騎士と謗られようとも誰かを傷付け命を奪う行為を厭うのがリオンである。

 

 培った夫婦の絆を信じるなら、これは一種の恫喝。

 第三勢力として浮上したバルトファルト家を抑える為にはホルファート王家とレッドグレイブ公爵家が手を取り合う以外に無い。

 思考の選択を狭め自ら悪役に徹し王家派と公爵派の対立を収めるのがリオンの狙いだ。

 

 …………猛烈に腹が立つ。

 後ろ暗い過去の行いを糊塗し続けるホルファート王家。

 徒に国内の不安を煽り王位の簒奪を企てるレッドグレイブ公爵家。

 色恋に現を抜かし私を捨て王家と公爵家の争いを引き起こした元婚約者。

 何より、私に相談もせずに勝手な計画を立て秘密裏に実行する夫。

 

 貴様ら、全員張り倒すぞ!!

 この怒りはどれだけ耳元で愛の言葉を囁かれても誤魔化されん。

 とりあえずリオンは後で思いきり殴らせてもらう。

 

「芝居がまだまだ下手だなバルドファルト卿」

 

 兄上と殿下がリオンと口論している間、ずっと黙っていた父上が顔を上げる。

 二人とは対照的に落ち着きを取り戻した父上は口元を歪めてリオンを睨む。

 

「なるほど、確かに卿は未発見のダンジョンを攻略したかもしれん。優秀な我が娘を騙し飛行船の修復を目論んだかもしれん。だが現状に於いて難航している、若しくは修復は不可能と判断せざるえないな」

「へぇ、どうしてそうお考えに」

「写真を見たまえ。どの飛行船も船体に亀裂が走っているか、苔むして錆が浮いている。明らかに経年劣化した遺物だ。稼働した所で即戦力となる可能性は低いと判断するのが正しい」

「流石は閣下、目の付け所が違いますね」

「加えて君は殿下の質問に『見つけたのは最近(・・)と答えた。飛行船規模のロストアイテムの修復は数十年以上の歳月を有する。少なくとも公爵派と王家派が争ってもバルトファルト家は然したる然したる脅威には為りえん」

「確かにそうかもしれません」

 

 父上の言葉の後に写真を再確認する。

 確かに写った飛行船のほぼ全てに何らかの損傷が見られた。

 錆、苔、亀裂、穴と様々な飛行船の不備が荒い写真から伝わってくる。

 これらの飛行船を全て稼働させる為に途方もない時間と費用と人材が必要だ。

 そして現在のバルトファルト家はそのどれもが足りていない。

 

 これはリオンの落ち度ではない。

 銃を突き付けられた状況で冷静な判断を下した父上が捥ぎ取った勝利だ。

 リオンが吐いた渾身の嘘は敢え無く父上に見破られた。

 せめて私が協力できたなら。

 どうしようもない口惜しさが押し寄せる。

 

「なるほど、確かに俺が発見した飛行船は使い物にならないかもしれませんね」

「若者の浅知恵で私を丸め込もうなど不遜な考えを持たない事だな」

「ですが、飛行船以外にもロストアイテムが無いと言った憶えは無いですよ」

「……何?」

 

 父上の戸惑いに返すようにリオンが懐から幾つかの品をテーブルに置く。

 小型通信機、録音機、ボタン状の何か。

 どちらも今の技術で制作するのが困難な大きさで高性能だ。

 これもまたロストアイテムの一種だろう。

 

 複数のロストアイテムを今日の会談に向けて用意する事が可能か?

 偶然にしては余りにも都合が良過ぎた話だ。

 何かのロストアイテムをリオンが所有し、そして使い熟せるなら。

 大砲を突き付けられた恐怖とはまた違う、首筋に刃物を当てられた恐怖に近い何かを感じた。

 

「公爵は俺に協力している四人の正体を察しましたね?」

「殿下と付き合いが深い悪童共か」

「アンジェの婚約破棄に加担して家を継げなくなった連中です。そんな奴らがどうして俺に協力したのか?殿下ではなくこの俺。その意味は賢い閣下なら分かるでしょう?」

「…………」

 

 五人の英雄のうち王子であるユリウス殿下を除いた四人がリオンに協力している。

 それは即ちあの四人もホルファート王家に見切りをつけたのでは?

 リオンに必勝の手段を見出しから親友を捨てリオンの走狗となっているのか?

 そんな疑念が私の中で生じた。

 私でも考えられる事を父上が思いつかない訳がない。

 一時は優勢だった父上は再びリオンに追い詰められる。

 

「…………卿の要求は何だ?」

 

 父上の言葉はリオンが押し切った事実を端的に示していた。

 

「王家の話合いに正面から応じてください。王家を許せないなら構いません。ただ恨みを募らせるより腹を割って話し合った方が気分が落ち着きますよ」

「拒めばどうなる?」

「この部屋に死体が二つできるだけです」

「止めろバルドファルト!」

 

 リオンと父上の間にユリウス殿下が割り込む。

 拳銃の銃口はちょうど殿下の眉間の高さだった。

 

「退いてください殿下、そこに居たら当たります」

「退かん、俺も命を捨てる覚悟で同行したのはお前も知ってる筈だ」

「殿下が退けばたった二人の命で公爵派の騒動は解決しますよ」

「それは力で無理やり従わせているだけだ、生じた憎悪は国を灼いて滅ぼす!」

 

 殿下は寧ろリオンへ促すように銃口を眉間に触れさせて睨む。

 その気迫で微かにリオンの腕が揺らいだ。

 

「俺の過ちが切っ掛けで王国に混乱を招いた。その為に命を落とした者も居る。だからこそ俺は此処を退いてはいけない」

「政敵を庇うつもりですか」

「敵などいない、この国を憂う男が居るだけだ」

 

 その瞳は私とユリウス殿下が婚約だった幼い頃に見た輝きと同じだった。

 時間が静止したようにゆっくりと流れる。

 瞬きをしただけでこの国の運命が変わってしまうような気がして体が震えた。




原作では王家の船ヴァイスがあるからホルファート王家は女尊男卑政策や領主貴族の弾圧を行えました。
ヴァイスが無い状況でロストアイテムの船を数隻所持してる奴が現れたら混乱も致し方ありません。
今作のルクシオンはリオンをマスターと認めていないのでルクシオンは使用不可です。
ですので廃船確定の船と写真とルクシオンが恵んだ小っちゃいロストアイテムで誤魔化すしかありません。
ヴィンスさんが掌返しする展開もありえましたが、原作でも王家が秘匿していたヴァイスの存在を知ってた公爵が引っ掛かるかな?+アホに見えるので没。
次章から徐々に話題が軽めになっていく予定です。
ついでに夫婦の危機。

追記:依頼主様のリクエストによりまたあおうね様、詣 創様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。

またあおうね様 https://www.pixiv.net/artworks/121464340(成人向け注意
詣 創様 https://www.pixiv.net/artworks/121511479(成人向け注意

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