婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第105章 弾丸と拳

「止めろバルトファルト!」

 

 ユリウス殿下が俺を睨みつける。

 綺麗な蒼色の両眼には銃を突きつける俺の姿が映っていた。

 あぁ、嫌だ。

 嫌だ、嫌だ。

 悪役を演じるのは気が滅入る。

 俺だって本当はここまでする気は無かったよ。

 だけどしょうがないじゃん。

 公爵様(おやじさん)は頑固だし、王族や宮廷貴族は面子がどうのこうのと本気で和解すんのか怪しいし。

 俺だって嫌だもん、他人から嫌われるより好かれた方が良いに決まってる。

 

 だいたいさ、お偉方が与えた物の中に俺が欲しがった物なんて一つでもあったか?

 爵位なんて欲しくなかったし、未開拓の浮島とか嫌がらせだろ。

 そんなもんを貰ってないて喜ぶ奴の気が知れないね、俺には体を休められる家と自分が食べる作物を収穫できる大きさの畑があればそれで構わないし。

 なので思いっきり悪役をやらせていただきます。

 具体的には俺が責任を取って息子のライオネルに爵位を譲って隠居処分になる程度に。

 

 夢で見た世界を滅ぼすロストアイテムの飛行船。

 夢で出会ったルクシオンに教えてもらったダンジョンに眠ってたこの世界(・・・・)のルクシオン。

 ありゃダメだ。

 マジで世界を滅ぼしかねないし俺みたいな凡人に扱いきれるもんじゃない。

 だからって未発見のダンジョンやロストアイテムの飛行船を見つけたと王家に報告するのはヤバ過ぎる。

 ただでさえ王家の船がファンオース公国の超大型モンスターに破壊された後だ。

 没収された挙句、反抗的な領主貴族の弾圧や他の国への侵略に使われるに決まってる。

 同じ理由で公爵家にも話せない、むしろ今が好機とばかりに王家を攻撃するだろ。

 そもそもの話、あの球っころは俺をご主人様(マスター)なんて思ってない。

 アイツにとって俺は憎たらしい新人類の虫けらだ、対等の交渉なんて出来ません。

 

 本当はアイツを上手く使ってちょいと脅かせば王家と公爵家が仲直りするとか考えた俺が甘かった。

 王家に対する公爵の恨みは思った以上に根深いし、この世界のルクシオンを目覚めさせたのは俺の責任だ。

 だから必死に考えて四人のバカとオリヴィア様に協力を申し込んで今日の計画を整えた。

 同行するアンジェとユリウス殿下には教えてない。

 計画を教えたらアンジェは大丈夫だろうけど殿下は態度に出るからな。

 

「退いてください殿下、そこに居たら当たります」

「退かん、俺も命を捨てる覚悟で同行したのはお前も知ってる筈だ」

「殿下が退けばたった二人の命で公爵派の騒動は解決しますよ」

「それは力で無理やり従わせているだけだ、生じた憎悪は国を灼いて滅ぼす!」

 

 本当にアンタはカッコいいな王子様、どうしてそう考える脳みそが学園時代に無かったんだよ。

 美男子で、勉強が出来て、強くて、将来はこの国の王様になる。

 俺とは何もかも違う、大違いだ。

 軍人時代に読んだ戦術史や貴族になってアンジェに読まされた史書にはその時代を動かす偉人が何人も太字で書かれてる。

 王様になった英雄だったり、戦が強い軍師だったり、凄い発明をした学者とかだ。

 もし今の時代が史書や物語になったらオリヴィア様やアンタ達五人が主役になるんだろうな。

 俺は端役(モブ)だ、顔にはデカい傷痕があって物覚えが悪いし少しばかり腕っぷしが強いだけの底辺貴族の次男坊。

 とてもじゃないが主役を張れるような器じゃない。

 

 たまたま、本当にたまたま。

 戦場で偶然生き残って、やたら褒められて無理やり貴族にされて、何故か公爵家のお嬢様が嫁になった。

 適当に投げた数十個のサイコロの目が全部同じだったみたいな奇跡。

 ありえない可能性が積み重なって俺はここに居る。

 

 だけどもう無理だ。

 ホルファート王国の支配者を決める政争も、遥か昔の旧人類と新人類の戦いも俺が背負うには重過ぎる。

 もう十分に活躍の場は与えてもらった。

 これ以上、端役(モブ)が我が物顔で舞台の中央で踊っても観客は楽しくないはずだ。

 そろそろ俺は退場させていただきます。

 

「俺の過ちが切っ掛けで王国に混乱を招いた。その為に命を落とした者も居る。だからこそ俺は此処を退いてはいけない」

「政敵を庇うつもりですか」

「敵などいない、この国を憂う男が居るだけだ」

 

 心の何処に自分の姿を俯瞰して見てる俺が居る。

 軍議でこの状態になった時に考えた作戦は成功する確率が高かった。

 ならきっと上手く行くだろう。

 後は最後まで悪役を演じきるだけだ。

 

「貴方が避けたら弾丸は公爵に当たります。自分を犠牲にして和解を成立させるおつもりで?」

「急所さえ外せば即死はしない、お前がもう一度撃つ前に取り押さえるだけだ」

「そんな事が出来ると?」

「出来ないと思うか?お前の銃は回転式だ、発射後に撃鉄を起こして次弾を発射するまで僅かな隙が生じる。その隙を突けば良いだけの話だ」

 

 出来るのかよ!

 ……たぶん出来るんだろうなぁ、この人。

 顔が良いだけの優男な王子ならやり易いのに王国の若い男なら五位以内に入るぐらい強いんだもん。

 一度決闘して分かった、真っ正面から戦えば俺は殿下に敵わない。

 ヒリついた空気で体中の毛が逆立ち始めて、口の中の唾が血に似た味に変わっていくのを感じる。

 もうすぐ、この緊張感に耐えられない奴が出て来るだろう。

 それでこのふざけた即興劇がやっと幕引きになる。

 

「……もうよい、銃を下げよバルトファルト卿」

 

 一番早く折れたのは公爵だった。

 

「確かに私は陛下に対し逆心を抱いている。それこそ顔を見ただけで唾を吐いてやりたいぐらいにな」

「父上……」

「だが、少なくともユリウス殿下は公爵家に対しての謝意と反省が見受けられる。不快極まりないが対話に値する相手だと判断する」

「……感謝する」

「礼は不要です殿下、バルトファルト卿が提示した『王家と対話する』という条件を呑んだに過ぎません。話し合っても公爵家と王家が対立する可能性の方が高いのですからな」

「それでも王家と話し合う機会を設けてくれた事に感謝したい。本当にありがとう」

「……王族がそう簡単に頭を下げるべきではありませんぞ」

 

 殿下と公爵の会話で応接室の雰囲気が緩む、これで俺の目的は達成できた。

 アンジェから手を放して懐に仕舞っていたボタンを数回押す。

 これは任務完了の合図だ、外で食い止めてくれるあいつらを逃がさなきゃいけないな。

 

 銃口を殿下と公爵からゆっくり外していく。

 とりあえず俺に襲い掛かろうとする奴はこの部屋の中には居ないらしい。

 右腕の筋肉が強張って痛い、肩凝りがひどいし指が震えてる。

 そのまま震える銃口を自分の側頭部に向けた。

 

「え!?」

「なッ!?」

「おい!!」

「止めッ!!」

 

 引き金を引くと中の機構が絡み合って撃鉄が落ちる。

 

カチィッ

 

「「「「…………」」」」

 

カチィッ カチィッ! カチィッ!

 

 何回も遊部を動かして引き金を引くけど球は発射されなかった。

 そりゃそうだ、だって弾なんか最初から入ってないんだから。

 

「ご覧の通り、俺の銃には弾が装填されてないんです。どれだけやっても人を殺せませんよ」

 

 テーブルの上に拳銃を置いて公爵達の方へ滑らせる。

 ティーカップのすぐ隣の位置にまで動いた拳銃をギルバートさんが恐る恐る手に取った。

 留め具を外して弾倉を露出させて弾が込められてない事をアンジェ以外の三人が確認する。

 

「…………まんまと我々を嵌めたのか?」

「違いますね、貴方達が自分から嵌まったんですよ」

 

 確かに隠して持ち込める大きさの拳銃だから本当に弾込めしてあるか確認するのは難しい。

 でも俺の銃をじっくりと確認してれば一発も装填されてない事に気付けたはずだ。

 ユリウス殿下だって冷静に俺の銃を見れば簡単に俺を追い詰められた。

 もちろんジルクがマリエが持ってる銃の弾丸も非殺傷性の樹脂弾だ、頭の急所にでも当てない限り骨折や打撲はしても死ぬ事はほぼありえない。

 この場に居る全員が人を殺せないたった一丁の拳銃に翻弄されて国の未来とやらを大声で言い争ってた。

 全く以て馬鹿馬鹿しい、俺なんかに翻弄されるような奴が支配者とか笑えないね。

 

「どうしてこんな真似をしたんだ!?」

「あんたらに気付かせる為ですよ。御大層なお題目を掲げた所でやってる事はお偉いさん同士の喧嘩に変わりがねぇ。自分が死なないぬるま湯の戦場で自分に有利な条件をどうにか引き出そうと纏まらない口論ばっか繰り返しやがって。命の獲り合いってのはそうじゃないだろ?本気で王座を奪う気ならもっと真剣に命を賭けろ」

 

 別に公爵や殿下をバカにしてる訳じゃない。

 アンジェから聞いた話だと公爵は何度も政敵に狙われた経験があるし、暗殺者を送りこまれたのも一度や二度じゃないみたいだ。

 ファンオース公国との戦争の時だって軍団を率いて領地を護り侵攻を食い止めてた。

 殿下の方もいろんなダンジョンを仲間と一緒に攻略して、戦争中は専用の鎧に乗って最前線で戦ってる。

 だけどこいつらの戦いはどこか甘い。

 自分の手を汚さず裏の仕事を請け負う奴に命令して相手の隙を狙う。

 たくさんの部下に囲まれた布陣の一番奥から部下に命令して戦わせる。

 最高級の武器や鎧を与えられて生まれ持った才能で思いっきり相手を叩き潰す。

 アンタら、本当に弱い立場で戦った経験が無いだろ?

 自分が死なないって安全圏に座ってる奴らの為に死ぬ兵士の悲哀を考えた事が一度だってあんのか?

 

「名誉の為とか言って死ぬのを美化しやがって。お前ら、本気で民の為の争った事が一度もあるのかよ。やれ戦争だ、やれ内乱だと権力の奪い合いやってるくせに底が浅い命の獲り合いしやがって。こっちは本気で自分の命を賭けて戦争してんだよ」

「…………」

「…………」

「…………」

「お偉方にとっちゃ平民なんて勝手に生える草も同然なんだろう。草花を育てた経験が無い奴が、園芸や農業の大変さを知らないボンボン共が植物を語んな。お前らが口にしてマズけりゃ捨てる野菜や肉をどれだけの人間が苦労して育てたと思ってやがる」

「リオン、その位にしておけ。いくら何でも言葉が過ぎる」

「まだ全然過ぎてねぇよ」

 

 止めようとするアンジェの顔の前に手を置いて動きを制す。

 まだ言いたい事は山ほどある、言葉が過ぎるのはこれからだ。

 ……そうか、何となく分かってきた。

 どうやら俺は今日まで俺達を翻弄してきた王家と公爵家の両方に凄く怒ってるらしい。

 何しろこの一年、ずっとこいつらの争いに俺とアンジェは翻弄されてきたんだ。

 公爵は事ある度に俺に脅しみたいな確認をしてくるし、王妃様はアンジェを駒の一つみたいに接触してくるし。

 そりゃ怒るに決まってる、どれだけ俺が平和主義で善良な一領主でもキレるぞ。

 おまけに今は第一王子と領主貴族筆頭公爵に銃を向けてるんだ。

 俺の爵位剥奪で済めばマシ、バルトファルト家が国外追放されても相当穏便な処置だろう。

 もういいや、この際言いたい事を好きなだけ言わせてもらうか。

 

「お前らのどっちが王座に座っても平民達は大して興味が無いんだよ。どれだけ税が減るか、どれだけ暮らしが楽になるか。気になるのはそれだけだ。皆が汗水垂らしながら必死に働いて何とか生きていけるだけの食い物を掻き集めて暮らしてる。なのに王都の貴族共はどうだ?税が足りない、人が足りないって金と食料を奪い取って反発すりゃ力で抑えつけやがって。平民をナメんな、下位貴族をナメんじゃねぇぞコラ」

 

 睨まれても俺はビビらねぇぞ。

 敵部隊に銃口をいくつも突きつけられるなんて戦場じゃ何回もあったし、体のあちこちに撃たれた弾痕が今も残ってるからな。

 銃を突きつけられて狼狽えるお坊ちゃん達とは腹の据わり方が違うんだよ。

 そもそも俺が隠し持ってきたのは小口径の回転式拳銃だ、正確に頭や心臓を狙わなきゃ上手く殺せないし正面から見れば装弾数が丸分かりときてる。

 人を殺せない銃にビビって圧倒される臆病者が軍を指揮すんじゃねぇ、兵隊はお前らの盾じゃねぇんだ。

 

「アンタらは平民をナメてる。だけどこの国を救った聖女オリヴィア様も平民だ。たくさんの平民や貴族は気付いたぞ。『俺達だって国を護れる』『貴族に頼らなくても平気だ』ってな。あの賢いお嬢さんを政略結婚で思い通りに動かせると企んでる時点で頭が足りてねぇ。聖女様がそんな甘い女かよ」

 

 オリヴィア様とは何回か会ったけどあの人は怖い。

 確かに善人なのは間違いない、でも物凄い熱量の塊で相手の無自覚に他人を熱狂させる魅力がある。

 冷徹で政治に長けてる王妃様とは違った怖さだ、オリヴィア様に殿下の婚約者だったアンジェが負けたのも納得だ。

 優しくて美人さんな上にオッパイも大きい、正直俺もアンジェと結婚してなきゃ惚れてたと思う。

 そんな聖女様と政略結婚して制御できるの?

 断言するよ、無理だね。

 少なくても俺が知ってる男連中であの人を御せるような奴は一人もいなかった。

 平民出身だから弱くてアホと思ってたら逆に食われるのはアンタらだよ。

 

「目の前で死んだ戦友や部下の面を見た事は?死亡届を記入欄を埋めた経験は?遺族を訪ねて遺品を渡して目の前で泣かれる気持ちが分かるか?お前の下らねえ喧嘩で何千人も死んでその家族の何万人が悲しむんだよ。高位貴族以外は人間だと思ってないお偉いさんには分からん気持ちだろうが」

「誤解だバルトファルト、今の俺は平民を有象無象と思っていない」

「我々とて無辜の民を軽んじてる訳ではない」

「だったら自分達だけで殺し合ってろ、椅子取り遊びで他人を巻き込むんじゃねえ」

 

 言いたい事はほとんど吐き出した。

 自分が思っていた以上に体が熱くて礼服の下で汗が流れるのを感じる。

 もう話の種はこれ以上無い、後は俺一人が責任を背負い込んで終わらせよう。

 悪いなアンジェ、俺はバカだからこんなやり方しか思い浮かばないんだ。

 ズボンのポケットに手を突っ込んで目的の物を公爵の方へ放り投げる。

 床に転がったのは一発の銃弾。

 アンジェから体を離して床へ直に座り込む。

 半分は自棄、半分は作戦だ。

 ダメなら死ぬし上手くいけば生き残る。

 俺の人生はずっと綱渡りが続いてきてんだ、命を賭けた博打が一回増えても大した差じゃない。

 

「その銃の弾です。それで俺を撃って決着にしてください」

「おいッ!?」

「何を考えてるリオン!?」

「黙ってくれ。公爵の屋敷を襲って脅迫したんだぞ、誰かが責任を取らなきゃ示しがつかないだろ」

「その為に自分が泥を被るという訳か?」

「よくお偉い方々は『命を賭して』とか言ってますけどね。本当に命を賭けるってのはこういう事です。王命や主命だからって乗り気じゃないまま従うんじゃなくてきちんと自分の意見を言う方が忠節でしょう」

「自分の命で此度の狼藉を精算できるとでも考えるとは傲慢だな」

「足りないなら俺の爵位と領地を返上します。家族には悪いけどまた一から出直してもらいます。俺に賛同して戦ってるバカ達も命だけは勘弁していただけると嬉しいんですが」

 

 あいつら、バカだけど悪人じゃないし。

 家から絶縁に近い奴がいれば仲直りしかけてる奴もいる。

 せっかく戦争を生き残って英雄としてチヤホヤされてんのに俺の地獄行きの道連れにすんのも後味が悪い。

 俺の望みはそんな所かな、どうにも俺は死ぬのが怖いくせに自分の命に関心が薄いのが欠点だ。

 バルトファルト領を発つ前に家族にそれとなく挨拶したから心残りが少なくて済む。

 他にはまぁ、嫁と子供達の事ぐらいか。

 ごめんなアリエル、バカな親父で。

 ライオネル、どうか立派に育ってくれ。

 

「悪いなアンジェ、お前は俺にはもったいない嫁さんだった」

「馬鹿ッ!!」

 

パァァァアンッ!!

 

 痛い。

 思いっきりアンジェに顔を叩かれた。

 絶対に手加減なんかしてない、本気の本気だ。

 

パアァァン! パアァン!

 

 アンジェの手が何度も振り下ろされる度に俺の顔面に痛みが走る。

 痛いけど砲撃で吹っ飛ばされたり銃で撃たれた時よりは大分マシな痛みだ。

 むしろ平手打ちだから手加減されてる。

 

「リオンの馬鹿ッ!阿呆ッ!考え無しッ!鈍感ッ!戯けッ!」

 

 アンジェが子供みたいな罵声で追撃してきた。

 おまけに平手打ちから拳骨になって正確に俺の顔面に攻撃が加えられる。

 口の中が切れて鉄っぽい味がするし、鼻の奥の方から血の匂いまで漂ってきた。

 でも、避けちゃダメだよなぁ。

 アンジェ泣いてるし。

 泣きながら俺を殴り続けてる両手が赤く染まってる。

 俺の鼻血なのか。

 それともアンジェの手の皮が剥けたのか分からないけどそろそろ止めさせた方が良いな。

 

「もう止めろってアンジェ」

「お前が馬鹿な事を仕出かすからだ!」

「だって言ったら止めるだろ」

「当然だ!」

 

ゴォン!!

 

 拳骨を思いっきり落とされた。

 さんざん殴られて意識が朦朧としてる。

 いい加減に止めないと俺よりアンジェの体調が心配だ。

 

「もう止めろアンジェ、手が痛むだろ」

「私はまだ殴り足りません!この馬鹿の性根を叩き直すまで説教しなくては!」

「控えよアンジェ、殿下の御前だ」

「これは私達夫婦の問題です!例え陛下だろうと介入を許しません!」

 

 凄い形相で怒鳴り散らすアンジェの気迫に皆が圧倒される。

 俺はわりと平気だ、ここまでじゃないけど婚約時代も結婚した後も喧嘩するから。

 自分以外の連中を全て威嚇するアンジェを落ち着かせられるのは俺しか居ない。

 気が重いけどやりますか。

 殺される事は無いだろうしアンジェに殺されるなら悪くない死に様だ。

 

「気が済んだか?」

「……落ち着く訳あるか」

「興奮したら胎教に悪いぞ」

「私を一番怒らせるのはリオンしかいない」

「もう泣くなよ、綺麗な顔が台無しだ」

「ならば泣かせないように努力しろ」

「そりゃ難しいな」

「まだ殴られ足りないのか?」

「……ごめんなさい、善処します」

 

 今も喋る度に口の中で血の味がして受け答えが上手くいかないのにこれ以上は勘弁して欲しい。

 下手な答え方をしたら離婚を越えて刃物で刺されかねない。

 公爵と殿下の同時説得よりもアンジェの説得の方が難しいから困る。

 どうにか気分が落ち着いてくれたアンジェだったが、今度は俺の横で土下座を始めた。

 

「父上。どうかご慈悲を。リオンは確かに不調法な慮外者です、しかし愚かな男なりに国の為、民の為に必死で考えた結果がコレなのです。彼が本気なら公爵邸の者を全て討てた筈。なのに己の命を差し出して諫言し協力者の助命を嘆願するのは二心無き故です」

「止めろアンジェ。俺は自分のやってる事に後悔は無いぞ」

「煩い、黙っていろ。どうか、裁くならリオンではなく私を。貴族の仕来りや社交界のマナーに疎い夫の教育を怠った私の責任です。私を撃って溜飲をお下げください」

「どうしてそうなんだよ!ライオネルとアリエルはどうする気だ!腹の子の命まで差し出す気か!」

「無論、産んでから私が裁きを受ける。お前は責任を以ってあの子達を育てろ。私はあくまで嫁いだ女だからバルトファルト家とは関りが薄い」

「認められるか!これじゃ何の為に俺が命を張ったと思ってる!?」

「大馬鹿者の理屈など知らん!何も話さず騒ぎを起こして!『目の前で泣かれる気持ちが分かるか?』!?お前が死んで悲しむ者が居ると気付かないまま父上達と殿下に説教を垂れるな!!」

「俺はお前らの為なら死んでも悔いが無いって言ってんだろ!!」

「私達がそれを喜ぶと本気で思っているのか戯け!!」

 

 こうなりそうだから黙ってたんだ。

 アンジェは俺が無茶をするのを俺以上にいやがる。

 勝つ為には危険を冒して自分の命を賭けなきゃいけない時だってあるし、仲間や部下の命を預かって自分を特別扱いするのはおかしいだろ。

 責任ってのは誤魔化さずにちゃんと果たすべきだ。

 少なくとも俺が子供の頃に見たクソ貴族みたいな卑怯な生き方死に様だけはしたくない。

 

「公爵、俺からもバルトファルトの助命を乞う。つい先日、この男は俺にも諫言を行った。今回の会談で同行させてもらったのは俺の要望だ。場を整える為にこれだけの事をしてくれたバルトファルトに報いてやらねばならない」

「家族の話に首を突っ込まないでください殿下、アンタが割り込んでから話がややこしくなったんですよ」

「だからその責任を取る。アンジェリカとの婚約破棄の件に関しても俺に非があるのは明白だ。撃つなら俺にしてくれ」

 

 おい、どうすんだよ。

 殿下まで土下座を始めちゃったじゃないか。

 王家の連中は面子がどうとか散々行ってるくせに当の本人が頭を下げんじゃないよ。

 本当にこの王子様は雰囲気を読めない。

 それともわざと読んでないのか?

 俺達三人が庇い合ってるから公爵もギルバートさんも困ってんだろ。

 

「バルトファルト卿、この場で引き金を引いて決着にしろ。卿はそれで良いのか」

「それが一番収まりが良い終わり方です。厄介な婿を消し去ってロストアイテムの飛行船を使われる可能性は無くなる。王家と和解すればレッドグレイブ公爵家の隆盛は揺るぎなくなります」

「そして夫を殺された娘と父を殺された孫に怨まれて玉座に就け、そう申すのか?」

「親子相剋なんて貴族じゃ珍しくないでしょう」

「好き好んで実の親や我が子と争う者はおらん。それに其方はバルトファルトの価値を分かっておらん」

「どこにでも居るような木っ端貴族ですよ」

「…………卿がそう思っているならそれで良い」

 

 何か含みがある言い方だったな。

 どちらにしても俺の価値なんて悪知恵が回って喧嘩や戦争に多少強いだけだ。

 こんな才能は子供に引き継がれない方が良い。

 俺が王様になったら世界の終わりだよ。

 別世界の王様リオンと違って俺は凡人に過ぎないし。

 

「王家と争う気が削がれた、少なくとも政情が不安定な現在では得策ではない」

「では和解をしてくれますか」

「今だけはな、将来はどうなるか誰にも分からん」

「かまいませんね殿下」

「……あぁ、母上と父上には俺が直接報告する」

 

 よし、何とか纏めたぞ。

 こんな無茶は二度とやりたくない。

 さっさと後始末してバルトファルト領(うち)に帰ろう。

 

 そう思って横を見る。

 真っ赤な二つの瞳が俺を睨んでた。

 あれ? もしかしてまだ終わってない?

 

「あの、アンジェリカ様?」

「何だ」

「どうやら話が纏まったみたいですよ」

「だからどうした」

「いや、ここは良かった良かった。めでたしめでたしで終わるべきじゃ?」

「ホルファート王国の趨勢と私達夫婦の問題。それがどうして同一視されている」

「えぇと……」

 

 そうですか、問題はまだ終わってません。

 アンジェは怒ってます、すごく怒ってます。

 出会った頃から考えて過去最高ぐらいに怒ってる。

 

「殴られる前に言い遺す事はあるか?」

「うん、とりあえず聞いて欲しい」

「聞こう」

「俺がアンジェを愛してるのだけは真実なんだ」

「既に知っている」

 

バギイィィィッ!!

 

 視界が拳で埋まった次の瞬間、

 俺は床に倒れて意識を失った。




公爵の説得一段落。
一応は話し合いの場は出来ましたが前途多難です。
その辺りも含めて次章からは後始末が山積みとなります。
ここからはリオンとアンジェ夫妻の関係が中心の構成になる予定。
無茶した夫に怒る妻を説得編です。
原作とは違ったローランドとリオンのシーンもあります。

追記:依頼主様のリクエストによりゆずみりん様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。

ゆずみりん様 https://www.pixiv.net/artworks/121573426

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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