婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第106章 Love Survivor●

 一連の騒動で当主と嫡子が無事に解放された後、レッドグレイブ公爵邸の使用人達は屋敷の修復を開始した。

 庭師や男の使用人達は荒された邸内や庭の被害確認と簡単な修繕、メイドや女の使用人達は掃除と怪我人の看護を担当する。

 狼藉者の排除に向かった衛士達に死亡者はおろか重傷者が一人も居なかったのは不幸中の幸いだろうか。

 寧ろ相手に手加減され当主と嫡子を監禁された事実が更なる屈辱感を増している。

 それでも事態の収拾に奔走している上位の使用人や執事よりも遥かに簡単な仕事だ。

 王城から程近い上位貴族達の居住区、しかも領主貴族筆頭のレッドグレイブ公爵邸に起きた前代未聞の事件。

 周辺の貴族から『何事か?』との問い合わせが絶え間なく行われる。

 中にはついに王家派と公爵派の衝突による内乱と思い込む屋敷に引き籠る貴族、慌てて空港へ向かった貴族さえ居る。

 その全員に騒動の詳細を語る訳にはいかない。

 王族を除く貴族の頂点である公爵家が下位貴族の子爵に翻弄されるなど屈辱以外の何物もない。

 言葉を濁した説明が訪ねた貴族に為され、いずれは王家や公爵家からの公式発表がそれとなくされる事だろう。

 

 庭を修繕を行う使用人達が誰ともなしに地平線に沈みゆく陽に目を向ける。

 思い返すのは公爵邸から先程去った若い貴族の面持ち。

 リオン・フォウ・バルトファルト子爵。

 貴族として最底辺の男爵家の次男に生まれ家督を継げず貴族として最低限の教育すら施されなかった成り上がり者。

 戦争で功を挙げただけの底持つ者であり、王子との婚約破棄が原因で縁談が減った公爵令嬢の為に宛がわれた新興貴族。

 

 公爵家に仕える誰もが心の底からそう信じ侮っていた。

 実際、バルトファルト子爵が公爵邸を訪れた際の着慣れない礼服による振る舞いの拙さと卑屈な物腰はとても演技と思える物ではない。

 今日の来訪に於いても主役は帰省したアンジェリカが主役でありバルトファルト子爵はあくまでも添え物。

 公爵邸で働く者は貴族の家系に生まれた者や数代に渡り仕え続けた者が殆どだ。

 主君のレッドグレイブ家に対する忠節が篤い一方で下位貴族に対する蔑視も自然と強くなる。

 それは貴族の宿痾だろう、家格・領地面積・保有資産・歴史の長さで相手を見積もり本人の資質を軽視する。

 公爵家に仕え当主を崇敬し令嬢を慕うなら気付くべきだったのだ。

 ただの粗暴で荒事が得意なだけの男に当主の娘が嫁いだ意味を。

 偏見で相手を見縊った結果がこの有様である。

 そう思わなければ、思い込まなければ心中に沈殿した感情を処理できない。

 

 次にバルトファルト子爵が公爵邸を訪ねて来たのなら、その時は公爵家と友誼を結ぶに相応しい男として丁重に迎えよう。

 ぼんやりとそんな事を思いながら使用人達は作業を再開した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 飛行船の狭い苦しい廊下を歩くと金属が軋むような耳に障る音が小さく響く。

 俺とユリウス殿下は終始無言、そもそも子爵の俺と殿下が身分に違いがあり過ぎてこっちから声を掛けたら不敬になる。

 何より切れた口の中が痛くて堪らない、血の味が混じってる唾が口に溜まって不快だ。

 思いっきり吐き出したいけど王子の前でやる訳にもいかない。

 目的の場所まで来るとドアの取っ手を捻って開けた、金属製と木材を使った飛行船の扉はやたら重くて開けるのも一苦労だ。

 

「おう、戻ったッ…」

「うわ…」

「……どうしたんだい、それ?」

「大丈夫なのか?」

「…………」

 

 四人が俺の顔を見た途端に次々に声を掛ける。

 話しかけんなよ、今だけは一人きりになりたいんだ。

 

「ちょっと!そこに座ってくださいバルトファルト卿!」

 

 駆け寄って来たマリエの指示に従って近くの椅子に座ると小さな手が俺の顔に触れた。

 マリエの掌の感触は幼い外見と違った硬く皮の厚みを感じる。

 基本的に重い物を持たない貴族令嬢の掌じゃない、力仕事に携わる労働者の掌だ。

 詳しくは知らないけどマリエはこれでも立派な貴族令嬢だったらしい。

 そんなお嬢様がゴツゴツした掌になるってのはどれくらい過酷な人生なんだろうな。

 アンジェの掌とあまりに違い過ぎる感触が逆にアンジェを思い出してつらい。

 

「自分の顔が今どんな状態か分かりますか」

「鏡を見ると叩き割りたくなるからあんまり見ないな」

「きちんと答えてください」

 

 本当なんだけどな。

 戦争で顔に傷痕が残って以来、まともに鏡を見なくなってる。

 アンジェは気にしなくて良いと言ってくれるけど、見た目が悪いと鏡で自分の姿を見て不愉快だ。

 顔の彼方此方をペタペタ触られると火照った部分に痛みが走って泣きたい。

 

「痛い」

「我慢してください、……見た感じ目や鼻に異常はありませんし歯も折れてませんね」

「たぶん手加減してくれたんだろ」

「君をこんなに追い詰める恐ろしい相手は誰なんだい?」

「言いたくねえ」

「アンジェリカだ、彼女がバルトファルトを殴った」

「殿下、あっさり暴露しないでください」

 

 お喋りな王子様だな。

 そもそもこうなったのはアンタらが公爵家と揉めたのが原因だろ。

 王家がしっかりしてたら俺がアンジェにボコられる事態にだってならなかった。

 尤も王家が何の問題も起こさなきゃアンジェが俺の嫁になってくれないんだけど。

 

「じっとしてください、これから治します」

 

 そう呟くマリエの掌が少しずつ輝き始めて俺の顔に当てられる。

 光ってる掌に熱さは感じない、風呂のお湯ぐらいの体温より少し高めな温かさだ。

 腫れた場所に掌が当たって数十秒経つと徐々に顔の火照りが消えて痛みが和らいでいく。

 痛みが引いた場所を確認するとまた別の場所に掌を当てるのマリエは繰り返し、俺の顔から完全に痛みが引いた頃には結構な時間が経ってた。

 

「終わりましたよ。腫れのわりに傷が浅くて助かりました」

「今のが回復魔法か」

「えぇ、これのお陰でオリヴィア様の傍に置いてもらっています」

「オリヴィアと比べると力が弱いし、かかる時間も長いがな」

「彼女ならバルトファルトの傷を癒すのに百秒もかからないぞ」

「男子は黙ってください、私とオリヴィア様を比較するなんて不遜もいい所です」

 

 本当に元通りになったか顔の筋肉を動かして再確認。

 切れた口の中まで治るとは物凄い力だ、聖女様はマリエ以上とか尊敬を通り越して逆に怖い。

 つくづく聖女様とお仲間達は桁違いな強さだ。

 どこまで鍛えても凡人の域を出ない俺とは立っている場所が違い過ぎる。

 

「アンジェリカ様は何処にいらっしゃいますか?」

「………………」

「彼女は公爵邸に残った、これから俺達は王都の空港へ一旦退避する。四人は俺と一緒に王城へ、マリエは神殿に戻れ」

「勝手に仕切らないでくださいよ殿下」

「今のお前は腑抜けだ、指揮官なら最後まで責任を持て」

 

 好きに言ってくれるな、こっちはアンジェに嫌われて胸の痛みが止まらないんだよ。

 回復魔法は体の傷は治せても心の傷は治せないのか。

 

「何があったんですか?」

 

 殿下を除いた五人が俺の返答を待ち受けてる。

 何で夫婦喧嘩をこいつらに話さなきゃいかんのだ。

 でも訳知り顔の殿下に面白おかしく語られるても困る。

 溜め息を吐きながら椅子に座り直す、今日はとんだ厄日だ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「私は帰りません、このまま公爵邸に残ります」

 

 応接室から公爵とギルバートさんを解放した直後、アンジェは素っ気ない言葉が俺の胸を貫く。

 公爵家の連中はおっかなびっくりに俺達を見てるけど、会話に割り込む度胸は無いみたいだ。

 今のアンジェは不機嫌の極みだ、少しでも視界に入った奴を片っ端から口汚く罵りかねないぞ。

 結婚してからここまで怒ったアンジェは初めて見る。

 必死に頭の中から対処法を捻り出そうとするけどいい案が思い浮かばない。

 今は顔の痛みよりアンジェに冷たく突き放される方が何倍も心に効く、効き過ぎる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……一緒に帰って欲しいんだけど」

「誰かさんの後始末で公爵家は人手が必要でしょう、娘が実家の窮状に駆けつけて何か問題でも?」

「……ごめんなさい」

「その謝罪は何に関して、誰に対しての謝罪でしょうか?詳しくお聞かせくださませバルトファルト卿」

 

 アンジェが名前さえ呼んでくれない、慇懃無礼な口調で会話されると膝から下の力が抜けてく。

 いつもの夫婦喧嘩とは違う。

 どうしようもなく危機感が募るけど今の俺がアンジェに出来るのは謝るぐらいしかない。

 

「とりあえず今日は退くから、明日また来る」

「御領地に戻らなくても宜しいので?」

「アンジェが来るなら帰る、俺と一緒に帰るまでバルトファルト領地には戻らないからな」

「また、そのような戯れはお止めください」

「俺は本気だぞ、アンジェの機嫌が直るまで王都に居る」

「私の居らずともバルトファルト領の統治に支障はないでしょうに」

「俺はアンジェを能力だけで評価してないだろ」

「おや、てっきり至らぬ所が多い私を貴方は信用できず他の方々と秘密裏に行動したと思いましたが」

「…………」

 

 俺がアンジェに内緒で殿下達と行動したのがよっぽど腹に据えかねてるらしい。

 次期王妃候補だったアンジェは相応に自尊心が強くて褒めないとすぐ拗ねる。

 そこが面倒くさいけど可愛らしい所でもある。

 ただ、この状況はマズ過ぎる。

 公爵邸の後始末や王家派と公爵派の話し合いはアンジェ抜きじゃ上手くいく筈がない。

 何より、アンジェが俺を睨みつける視線に耐えられそうになかった。

 

「俺達は王都の空港に行くから。何かあったら連絡しろ」

「承りました。尤も優秀なバルトファルト卿の御手を煩わせる訳には参りません。ですから余程の事がない限り連絡は控えさせていただきます」

 

 さり気なくトドメを刺してきやがる。

 怖ぇ、俺の嫁超怖ぇ。

 仕方なくアンジェを連れ帰れないまま公爵邸を後にした。

 公爵邸の連中が俺にぶつける視線よりアンジェの怒りを湛えた視線の方がよっぽど心が抉られる。

 ありゃ初対面時のアンジェそのまんまだ。

 この数年間に育んだ俺達の絆を全否定された気分で首を吊りたくなる。

 顔の痛みもあってユリウス殿下に支えられながら屋敷を出て着陸した飛行船に搭乗した。

 王国の内乱よりも夫婦喧嘩後の仲直りの方がよっぽど難題じゃねえか。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「どうしようもないな」

「即答すんな!」

 

 やっぱこいつらに相談したのは失敗だった。

 途中から興味を半分ぐらい失ってるし、どれだけ俺が切実に訴えても惚気扱いしやがって。

 誘拐事件の時に助けてもらったから手を貸してやったんだろうが。

 どいつもこいつも肝心な時に役に立たねぇ。

 

「この人達に相談しても無駄ですよ」

 

 一方のマリエはかなり乗り気で俺の話を聞いてる。

 この聖女専属女官は妙に俗っぽい、本当にコイツらを頼りにして大丈夫なんですかオリヴィア様?

 

「そもそもオリヴィア様に一方的な想いを寄せた挙句、自分の婚約者を蔑ろにしてた人達ですよ。女心が分かると思っちゃいけません」

 

 マリエの容赦ない言葉に全員が気まずそうに視線を逸らす。

 あんまり言ってやるなよ、オリヴィア様が良い女なのは事実だし。

 学生時代の同級生にあんな子が傍に居たら道を逸れるのも理解できる。

 ……学園に通う事も出来ず軍の訓練受けてた自分の青春が虚しくなって涙が出て来た。

 

「俺からも母上と父上に執り成しを頼んでおく。アンジェリカへの詫びもあるし、王家の為にお前達に離婚でもされたら寝覚めが悪いからな」

「逆効果だと思うけど」

「政治的な介入と思われて公爵家の不興を買いかねませんよ」

「とりあえず謝れ、何度も謝って復縁してもらえ」

「物でも贈った方が良いんじゃないか」

 

 好き放題に言うなコイツら、本当に救国の英雄か?

 育ちだけは良い悪ガキと大して変わらないし、助言は大して当てにならない。

 

「ほら、私の言った通りでしょう」

「すまんマリエ、頼りになるのはお前だけだ」

「アンジェリカ様には物よりも態度で示した方が良いと思います。バルトファルト卿がどれだけアンジェリカ様を愛しているか伝えるべきかと」

「それは普段からしてる」

「じゃあ、もっとしてください」

「……ちなみにお前の交際歴は?」

処女(おとめ)に対し配慮に欠けた質問は拒否します」

「誰も頼りにならねぇ!」

 

 もうやだ、泣きたい。

 でもアンジェが帰ってくれないと困る。

 領地の経営とか子育てとか抜きにしてアンジェが傍に居ないと俺の心が死ぬ。

 とにかく公爵邸に通って土下座しよう、今はそれしか思い浮かばない。

 強引にでも連れ帰れば良かった。

 肝心な時にヘタレる自分が恨めしい。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 騒動後の公爵邸は日が暮れて尚も使用人達が忙しなく働いている。

 何しろ下位貴族の企てによって当主と嫡子が一時的に監禁という非常事態だ、レッドグレイブ家の面目は丸潰れだろう。

 来客が多い公爵家だ、外面だけでも早急に取り繕う必要がある。

 結果として場所を移した私達が話し合うのに都合が良い状況が出来上がってくれたのは嬉しい誤算だ。

 当主の執務室には私と父上と兄上しかいない。

 これからする話はコーデリアや執事長が側にいては話せない内容だ。

 

「バルトファルトの小童にまんまとしてやられた、この代償は高くつくぞ」

 

 其々が席についた瞬間、父上の恫喝じみた言葉が投げかけられる。

 公爵家の庇護下に置かれていた頃の私なら思わず身震いするような圧力だ。

 リオンに嫁いでからの数年間、私もただ暖衣飽食を貪っていた訳ではない。

 王都に居を構える宮廷貴族や大領主は辺境を未開の僻地として捉え、王国の威光が届かぬ未開で粗野な者達と辺境の民を見下しがちだった。

 父上と兄上には私が辺境で自由気ままに穏やかな暮らしを送っているように見えたかもしれない。

 

 しかし、私が経験したバルトファルト領の日々はそれほど甘い物ではない。

確かに辺境は王家や公爵家の力や及ばない場所だ。

 嘗てホルファート王国の武威に屈し、臣下として扱われている小国の末裔が数多く存在している。 

 忸怩たる想いを抱えた辺境貴族達にとっては公爵家の力が十分に及ばない辺境に嫁いだレッドグレイブ家の令嬢など格好の獲物。

 王都の貴族、辺境の貴族のどちらから見ても敗残者で、リオンと共に確固たる地位を築くまで相応に苦労を重ねて来た。

 加えて昨年はリオンに怨みを持つゾラ達に誘拐され命を落としかけている。

 敵ばかりの辺境で苦労を重ね命の奪い合いを数年間も経験すれば小娘とて多少の度胸は付くものだ。

 

「私の命を御望みですか?ならば早急に済ませた方が良いでしょう」

「自棄になるな、父上がお前の命を所望する訳ないだろう」

「生半可な覚悟でリオンを挑発するからそうなったのです。私が残らなければ命が危うかったのは父上達の方かと」

「バルトファルト卿は其処まで愚かな男だと思えんが」

「彼を普通の貴族と同じ枠組みで捉えるのは愚策です。もうお忘れになったのですか?」

「まるで自分の立場が上と思っている言い草だな」

「実際その通りでしょう。私が率先して公爵邸に残らなければ危ういのは貴方達です。私が空賊に襲われた際、バルトファルト家の者達は率先して報復に乗り出しました。彼らは確かに宮廷の規律に疎い、疎いが故にまだ王国に牙を抜かれていない原初の貴族です」

 

 嘗てのホルファート王国は領主貴族の離反が相次いだ、ファンオース公国とて当時の大公が叛乱を起こしたのが切っ掛けで対立国となっている。

 そうした貴族への抑止として施行されたのが下位貴族に対する女尊男卑政策と王立学園の設立だ。

 辺境の下位貴族に生まれ貴族としての教育を施されず、学園に在籍できないまま叙爵されたリオンにとって王家への忠誠心や貴族同士の暗黙の了解など知った事ではないだろう。

 

「何より彼はリーア・バルトファルトの末裔です。王家を弾劾する旗頭の一人に王家が定めた戒律を護れと仰るので?」

「……誰から聞いた?」

「ルーカス宰相よりお聞きしました。尤も閣下が知りえている王家の情報も完全な物ではありませんが」

「忌々しい男だな、王座に座る度胸は無いのに此方が狙えば率先して横槍を入れる。先に潰しておくべきは愚王ではなく宰相だったか」

「やはり真実なのですね」

「そうだ。レッドグレイブ家はホルファート王家の分家だ。故に不完全ながらも王家が抱える闇の部分について相応の情報が伝わっている」

「リオンに私を嫁がせたのはリオンがバルトファルトの末裔だからですか?」

「理由も無しにわざわざ成り上がりの子爵風情に可愛い娘を嫁がせる訳があるまい」

「その情報を私に伝えなかったのはどのような理由で?」

「単に伝聞が当主と嫡子によって伝えられてきたからに過ぎん。ましてや他家に嫁ぐ娘に秘密を明かせる訳がなかろう。まさかお前がレッドグレイブ家よりもあの男を選ぶとは」

「その判断が父上が犯した最大の失策です。私を嫁がせるなら情報を開示すべきでした」

「最初から間違っていた、お前はそう思うのか」

「バルトファルトの血脈が目的、或いはリオンを取り込みたいと率直に仰れば私は父上の手駒となって働いた事でしょう。ですが父上は私に情報を伏せて嫁がせた、その行いが不審を生み私とリオンの造反を招いたのです」

 

 私と出会った頃のリオンは戦場で負った心の傷が癒えていなかった。

 彼を傀儡にしてバルトファルト領を乗っ取る事も、彼の子を産んで真の王の血筋を取り込み王家を弾劾する理由も得るのも容易に行えた筈だ。

 政略結婚とは元来そうした物である、実家に命じられ他家に嫁ぎ間諜めいた活動を行う令嬢も珍しくない。

 

「お前は優秀な娘だ。何も言われずとも務めを果たすと思っていたが私は随分と買い被っていたようだな」

「中途半端な愛情を注ぐのがいけないのです。私が彼の側に傾くとは予想しなかったので?」

「分からんな、全く以って分からん」

「逆にお前はどうして彼にそこまで入れ込むんだ」

 

 どうしてと問われても困る。

 何しろ私自身がリオンの何処に惚れたのかよく分かっていないのだ。

 ただ、離婚する気は無いし彼以外の男と結ばれるつもりもなかった。

 

「よく分かりません。しかし私以上にリオンを理解できる女は居ないと確信しています」

「私の悲願は単なる恋心に負けたという訳か、まったくひどい話だ。素人芝居の方がまともな脚本を書く」

「ですが父上、本気で王家と和解するおつもりですか?」

「止むを得まい、少なくとも王家を争うには時期が悪過ぎるのは確かだ。王家の艦はホルファート王家だけでなく国全体を護る盾だった。其れが欠けた現状で他国が付け入る隙を与える訳にはいかん」

「……彼が見せた飛行船、あれは本物だと?」

「どうであろうな」

 

 私達三人は応接室から持ち込んだ写真に目を移す。

 全ての飛行船の船体に大きな損傷が見受けられ、朽ち果て残骸にしか見えない。

 数百年、或いは数千年の歳月によって容赦なく蝕まれた飛行船の修復にはどれだけの時間を費やすが予測困難だ。

 

「これを見たのは今日が初めてか」

「……お恥ずかしい限りですが」

「バルトファルト卿は確かにロストアイテムが眠る場所を発見したのかもしれません。だが不幸な事に全ての飛行船は役に立たない代物だった。そう考えるのが自然でしょう」

「彼奴が普通の貴族ならそう考えて構わんだろう」

「切り札を隠し持っていると?」

「この写真を見ても動かせるロストアイテムを所有しているのは九割は虚言だ」

「では無視する方針で」

「しかし残り一割は真実やもしれん。しかし彼奴はあのリオン・フォウ・バルトファルトだ、何を仕出かすか全く見当がつかん」

 

 父上と兄上の気持ちはよく分かる。

 リオンは予想を超えてた行動で人々を翻弄し相手の隙を突け狙う。

 故に彼は英雄と讃えられ外道騎士と蔑まれる。

 迂闊に手を出して手痛い反撃を受けるよりも静観する方が被害を抑えられる。

 

「アンジェ、今一度レッドグレイブ家の為に働く気はあるか?」

「融資していただいた資金の返済を減額していただけるなら」

「抜け目ないな、だが安い買い物だ。バルドファルト卿を見張れ、彼が事を為そうとすればすぐに知らせろ」

「お断りします、彼が本気で王座を望むなら私は止めるつもりはありません。それに御二人はリオンの人柄を勘違いなされています」

「どのように間違えてると?」

「彼は縄張りを犯さない限り誰とも敵対しません。此方から仕掛けなければ縄張りの内で穏やかに過ごすのが一番と思うような男です。野心の強い男なら率先して父上に取り入ろうとします」

「飼い馴らせない狂犬ではなく、文字通りの獅子(リオン)か」

 

 兄上の例え通りかもしれない。

 普段は群れの運営を牝獅子に任せて牡獅子はのんびりと暮らす。

 外敵から群れを護る時、群れを乗っ取ろうとする別の牡獅子が現れた時に峻烈に戦う群れの長。

 何となくリオンの印象が野生動物に変換されて笑みが零れる。

 

「我が人生を賭けた悲願は潰えたか。私が生きている間にレッドグレイブの血脈が冠を頂く光景は見れそうにない」

「…申し訳ございません」

「謝るぐらいなら父の覇道を阻むでない、もっと傲然と構えねば負けた私が情けないではないか」

 

 何処となく父上の声が震えていた。

 国を憂いて叛乱の意志を抱くも娘によって阻まれる。

 逆臣と謗られる事だけは無くなったが、私の選択が今後の王国にとって正しい選択かは誰にも分からない。

 夫と我が子への愛に狂って死にかけた王朝に無駄な延命を施した悪女として名を遺す可能性もある。

 落ち込む父を眺めて喜びに浸れるほど私は人でなしではないようだ。

 

「すまんなギルバート、私にはお前を玉座に座らせるのは無理だったらしい」

「父上のお気持ちだけで十分です」

「アンジェ、お前はいつか後悔するかもしれんぞ。私を止めなければ自分の孫が王と為っていたかもしれないと」

「ならば父上は私とリオンに真実を告げるべきでした」

「……何?」

「コソコソとバルトファルトの血を取り込んで正統性を担保するのではなく、リーア・バルトファルトの末裔を担ぎ上げたなら初代聖女アンの末裔であるオリヴィアの話も加わり神殿に対する牽制にもなった筈です。混乱に乗じて王位を掠め取ろうとする浅ましさが敗因です」

「バルトファルト卿が王に相応しいと信じているのか」

「リオンが本心から王位を望むなら私は己の全てを彼に捧げる覚悟がありますから」

「やれやれ、どうやら私の娘は愛に生きる女のようだ」

 

 後悔などしていない。

 リオンと出会って初めて私は己の意志で人生を歩けるようになった。

 そのリオンと連れ添い生を全うするのが私自身の願いだ。

 ふと、自分の掌に目を移す。

 彼を殴った時に擦り剥けた手の皮は痛んだ。

 流石にやり過ぎたか?

 いや、偶には良い薬になる。

 私は隠し事をされるのが何よりも気に食わない。

 さっさと私に謝って無理やりにでもバルトファルト領に連れて帰れ。

 リオンの顔を思い出すと愛情と同時に憤懣が溢れて感情に制御に苦労した。




公爵邸の後始末。
今作リオンが王になるフラグは折れましたがまだまだ安心は出来ません。
公爵家の会話は原作12巻のオマージュになります。
先祖が真の建国王でも子孫が王になるのは流石に無理があります。
アンジェは本気でリオンを王にする気は無く、あくまでヴィンスの叛意を削ぐのを狙っています。
リオンは自分の先祖の情報をほぼ知らないので王になると言って公爵が驚いてる事に気付いてません。

追記:依頼主様のリクエストにより今章の挿絵イラストをむぎお様、Spahpanzer様にアンジェのイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。

むぎお様 https://skeb.jp/@mugio29/works/3
Spahpanzer様 https://www.pixiv.net/artworks/121681063

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