婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
王都の繁華街は貴族達の居住区とは違う意味で未だに慣れない。
年に数回行われるバルトファルト領の祭りより王都の平日の方が賑やかだし、音や匂いも雑多なせいで普段は眠っている神経を使ってる感覚に襲われる。
あと単純に物価が高い。
美味い食い物や品質が良い調度品なんかバルトファルト領の相場の数倍ときた。
値札を見る度に領地の職人に自前で作らせた方が安く済むなと常々思う。
数年前と去年の戦争が終わった直後、家や畑を失った平民達が流民の集団になって雪崩れ込んで王都の治安が相当ヤバかったらしい。
今の王都が落ち着いているのは王妃様がいろんな政策を敷いたのと聖女様が貧民の救済に奔走した結果だ。
家を失った流民を数百人ぐらい
一度減った人口ってのはそう簡単に増えないし、兵士にしろ農民にしろ一人前になるには相応の時間と金が必要だ。
バルトファルト領はまだまだ発展の余地を残してる、人手は出来るだけ欲しいし金も必要だ。
そこまで考えて気分が落ち込む。
貴族になってたった数年の俺が何とか領主をやっているのはどうしてか?
アンジェが持ってる経営や当地の知識とレッドグレイブ家からの人材と資金の提供があったからだ。
世界で一番大事な嫁と寄親の公爵家に喧嘩を売った。
しかも真正面から戦争を吹っ掛ける形で。
そりゃ怒る、誰だって怒る、やった奴の正気を疑う。
だって仕方ないじゃん!
王家の奴らは面子に拘ってぐだぐだ言うし!
公爵は意固地になって和解を突っぱねる!
あぁ~、そうですか、そう来ますか。
だったら俺も好きにさせてもらいましょうか。
お前ら本気で喧嘩する気も無い癖に相手に譲歩して欲しくてグダグダと妥協点の探りしやがって。
いつまでも終わらない盤上遊戯するならテーブルごとひっくり返してやる。
絡まった糸はちまちま解すより鋏で切って結び直した方が早いんだ。
和解の仲介をアンジェに頼んだ王妃様が悪いし、俺を派閥に引き込んだ公爵も悪い。
お前らの都合なんて知るか、喧嘩するなら相手してやるからかかって来やがれ。
そこまでやって何とか和解の手前まで来たらアンジェが公爵家に帰っちゃった。
俺もいけなかった、何せ義父の公爵に銃を突きつけたからな。
アンジェか
後戻りの出来る段階を完全に越えて、怒ったアンジェは公爵邸に戻っちまった。
新興貴族のバルトファルト家は別宅なんて持ってないし、用事があって王都に来た領主貴族向けの高級宿はやたら値段が高い。
何より一人で考えたかった。
家に戻って家族に『アンジェはどうした?』って聞かれるのは嫌だし、子供達に『ははうえは?』と聞かれたら死にたくなる。
アンジェが許してくれるまでバルトファルト領に戻るつもりはない。
一生許してもらえなさそうな気がするけどその辺は目を瞑る。
飛行船の奴らには事情を書いた手紙を父さん達に渡すように指示した。
緊急事態にでもならない限りは父さんか兄さんに領地を任せて大丈夫だろ。
領主として無責任だけど仕方ないじゃん。
俺が領主をやれてんのはアンジェのお陰だし。
アンジェが戻ってくれないなら俺が領主の仕事を熟せる筈ない。
だったらローズブレイド家から嫁を貰う兄さんが領主になった方が良い。
論功行賞の式典が終わってしばらくしたら兄さんとドロテアさんの結婚式を行う予定だった。
今回の騒動でアンジェが戻ってくれないなら爵位を返上して平民になろう。
平民になったら畑を耕しつつ子供達を育てよう。
こういう時、平民同然に育ったのが数少ない利点だ。
戦争後に罰として爵位の剥奪や領地を収公された貴族が多いけど、俺からすりゃ平民の何が悪い。
自分の稼ぎで家族を養うのは当たり前だろ。
平民が支えなきゃ貴族は贅沢なんて出来ないし、不労貴族みたいな生きてるだけで迷惑な連中にはなりたくない。
身の丈に合った人生を送って何が悪いんだ。そもそも俺が貴族になった事自体が質の悪過ぎる冗談だ。
とりあえずアンジェに許してもらえるまで謝り続けよう。
今の俺に出来るのはそれだけだった。
待ち合わせの時間までもう少し。
広場の隅でぼんやりと人混みを眺めながら呼び出し人を待つ。
正直、会いたくない。
今の俺にとって最優先なのはアンジェとの仲直りだ。
厄介ごとに俺をこれ以上巻き込むんじゃねぇ。
どうして俺は何かある度に面倒な連中に頼られるんだろう?
俺に期待しても大した事なんて出来ねえぞ。
地位も金も力も俺よりあるだろお前ら。
自分の事だけで必死な男に頼るなよ、恥を知れ恥を。
どうにも出来ないから相手の隙を狙って反則ギリギリの攻撃を仕掛ける。
いざとなったら滅茶苦茶に暴れて場を引っ掻き回して仕切り直すだけ。
本当は戦場でくたばってたはずの命、欲しくもないのに勝手に与えられた爵位と領地だ。
頼むから俺に背負わせないでくれ、俺に背負えるのは嫁と子供達の命ぐらいなんだよ。
もう決めた、何か頼まれても絶対に拒否する。
不敬と言われても知った事か、てめぇの尻は自分で拭え。
いざとなると覚悟が決まって自分の命を賭け金にするのが俺の悪い癖だ。
誰か隣に居てくれないと本当に死ぬまで治らないな。
「待ったか?」
俺に声をかけて来たのは美形の男。
美形、凄い美形。
変装してても美形だと周りの女の子に分かるぐらい美形。
さっきから広場の女の子がチラチラと様子を窺うぐらいの美形。
夜会に出席したら年齢問わず女から声をかけられるんでしょうね。
こっちは生まれて母さん以外に見た目を褒められた事が無い。
おまけに戦争のせいで顔に傷痕が残ってから俺が近付くと女の子が違う意味でキャーキャー言う。
相手が無礼を口実に背中を撃っても無罪にならないかな?
アンジェ以前に来た容姿も性根も捻じ曲がった見合い相手に銃で追い払った事はあったけど。
とりあえず気軽に声をかけないでくれ。
あんたが相手だと世界の男の九割は不細工扱いになる。
「お待ちしておりました、今日は何の御用で?」
「そう嫌がるな、それほど来たくなかったか」
「俺の務めは果たしました、これ以上は何を果たせと仰るので?」
目の前の美形に無礼千万な言葉を投げかける。
誰かに咎められても知ったこっちゃないね。
こっちはアンジェのご機嫌取りが大事だ。
王家と公爵家の仲介をして離婚とか笑い話にもならない。
「お前が王家を嫌う理由は分かる。だが、今日だけは我慢してくれ」
「我慢して報われた記憶が無いもので」
「……すまん。詫びる事ぐらいしか今の俺には出来ん」
目の前の美形、ユリウス殿下は謝罪の言葉を口にする。
でも俺には通じませんよ。
性根が捻じ曲がってる上に王家が嫌いですから。
正直な話、
王位を奪う為に内乱を起こすやり方に反対だし、ファンオース公国との戦争が終わって一年も経たない時期に国を二つに割るのは空気が読めてないと思ってる。
ただ反対する理由はその位しかない、人が死ななくて国が安定するなら喜んで公爵派に協力してただろう。
今日の朝だって公爵邸を訪ねて素気無く対応されて帰ってきたんだ。
王家と公爵家の仲介したぐらいでホルファート王家に協力的とか、中立な立場だと勘違いされちゃ困る。
「今日は何の要件ですか?」
「俺も詳しくは知らん、とにかくお前を連れて来いと言われた」
おいおいおい、勘弁してくれよ。
王子を使い走りに出来るなんて国王か王妃しかいないじゃん。
この国の真の支配者は王妃様、王様は遊び惚けてる暗君って評判は平民どころか他の国まで伝わってる。
俺、あの王妃様が苦手なんだぞ。
凄く優秀なのは分かるよ、見た目も俺と同い年の子供がいるとは思えないぐらい若々しい美人さんだ。
でもあの人は俺を自分にとって、ホルファート王家にとって役に立つかで判断してる。
王妃の立場じゃそれが正しいのかもしれないけど手駒にされる俺としちゃ不愉快だ。
最前線に行かされるし、貴族にさせられて、公爵家との仲介で離婚の危機。
これ以上の無茶を言ってくるなら公爵派に付いて滅ぼすぞ。
まぁ、今から文句を言っても始まらない。
罵詈雑言は相手と直接顔を合わせて言ってやるに限る。
礼儀なんて知るか、不敬罪に問われても構わない。
アンジェと仲直りできるなら王国に与えられた物を全て返上してもいいくらいだ。
不愉快そうに歩く俺とは正反対に殿下は何処か浮足立って繁華街を歩く。
露店の雑貨を覗き見たり、屋台の料理を物珍しそうに眺めてる。
いい歳した大人にしちゃやたら行動が子供じみてる。
アンタが案内してくれないと俺はどこに行っていいか分からないんだよ、ただでさえ王都の地理には詳しくないのに。
これじゃ俺達の方が見世物だよ。
成人した男が二人で仲良くなんて地獄過ぎる。
俺は同性愛者じゃないから男とデートしてもちっとも嬉しくない。
さっさと目的地に向かってもらおう。
「ほら、早く行きますよ殿下」
「すまん、珍しくてな」
「王都に住んでるんだからいつでも好きなだけ見れるでしょう」
「誰にも気づかれず城を抜け出すのはかなり難しいぞ、買い食いなどろくに出来なかった」
俺に過去を告げる殿下の顔は愉しげだがどこか悲しさを含んでいた。
準王族の公爵令嬢だったアンジェの暮らしはよく聞いた、国王と正妃の第一子で王位継承権一位の王子なら周囲の監視もアンジェ以上だろう。
「秒刻みの予定に口にする料理は数ヶ月から予め決められる。常に他者より優れる事を要求され、間違いはおろか躊躇いすら許されん。自分が生きているのか死んでいるのかさえ分からなくなるぞ」
「……そして親に決められた婚約者に耐えられなくなった、とでも仰りたいので?」
「…………」
どうやら図星らしい。
よくある話だ、予め親や家に決められた人生に嫌気が差して道を踏み外す貴族の若い男や女。
家から出れば何かが変わる、自分の人生を切り拓けると錯覚してる甘ちゃんに限ってそんな夢を見るんだ。
王国軍に居た頃や俺が貴族になってから領兵として雇った連中にも貴族や騎士の出身な訳アリを何人か知ってる。
歳を重ねたおっさんや体が鍛えられた連中は覚悟してるからよく働いてくれる。
でも貴族出身の若い連中の半分以上はすぐに音を上げて辞めてく。
そりゃそうだ、今まで実家の庇護を受けて生きて来たお坊ちゃんがいきなり自分だけの力で生きていける訳ないだろ。
生きるのは辛くて苦しい事の方が多い、ぬるま湯に浸かって育った奴らはすぐ現実の厳しさに狼狽えて泣き喚くから嫌だ。
俺と一番付き合いが長い貴族はゾラ達だけど、よく家柄だけで自分が凄いと思い込めるなと逆に感心する。
「慰めの言葉が欲しくて俺を頼るなら筋違いです。確かに俺は子爵ですが出身は男爵家、しかも当主が自分で野良仕事をしてるような最底辺の出身。王族の暮らしが息苦しいとか言われても『あぁ、そうなんですか』としか返答しません」
「手厳しいなお前は」
「性格悪いんですよ、だから外道騎士なんて言われてる。慰めて貰いたいならオリヴィア様にしてくださいよ。聖女様は誰には優しいんで」
「無理だ、今のオリヴィアは聖女でホルファート王国の希望だ、皆が彼女を慕い、彼女の人々の為に働く。俺一人がどうにか出来る存在ではなくなってしまった」
「そうしたのは殿下達です。いろいろとご事情があるのは知っていますが、オリヴィア様を個人として愛するなら相応の地位が必要になります。それこそ公爵が王になって息子のギルバートさんと結婚させようと企むぐらいの悪知恵と権力がいるでしょうね。今の殿下にそれだけの力があると思いませんが」
「誰から聞いた?」
「アンジェ、バカ四人、マリエ、あとオリヴィア様ご本人です。言っちゃ悪いですがオリヴィア様は殿下を仲間として扱ってますが男として見てませんよ」
「……分かっている」
分かってる癖に落ち込むんだな。
流石に言い過ぎたけどこっちも鬱憤が溜まってるんで容赦なく言わせてもらった。
「内々の決定だがホルファート王家はレッドグレイブ公爵家に対して罰を加えない意向だ。王家派の貴族は不満そうだが母上と宰相閣下の命を受けては表立っては行動できん。もちろん細かい部分を話合う必要があるが、王家は正式に公爵家へ謝罪を行う」
「良いんですか、王家の面子は丸潰れですよ?」
「取り繕った所で実情は変わらん、ならば誠意を見せて和解に努めた方が幾らか悪評が減るとお考えらしい」
「それは何より。俺もアンジェに殴られた意味がありました」
「今回の件に関して王家はバルドファルト卿に報いるべきとの声が挙がっている。詳しい事は分からんが何らかの報酬が用意されるだろう」
「そりゃどうも」
報酬ね、あんまり良い予感がしない。
可能なら後腐れ無い金の方がありがたい。
公爵家からの融資を利子付きで返済出来たら面倒な付き合いも減らせる。
流石に兄さんや息子か領地を引き継ぐ時に借金は残したくないからな。
爵位や領地を貰っても苦労が増えるだけだ。
どうしてお偉方は特にやりたい政策も無いのに地位を欲しがるのか理解できない。
贅沢三昧するにも金がかかるのは分かるけど、値段が十倍高い肉が十倍美味いとは限らないし。
俺個人は慎ましく暮らしたいだけなのに、ここ一年はやたらお偉方と知り合いになって困惑する毎日だ。
「アンジェリカの様子は?」
「相変わらず公爵邸に籠もったままですよ。贈り物と手紙をメイドに渡してますが、目を通してくれたか分かりません」
「子供はまだ産まれていないのか?」
「産まれたら報告してくれるでしょ」
流石に腹の子が産まれたら連絡ぐらいするはずだ。
してるよね?
それさえしてくれなかったら泣くぞ。
公爵邸の前で思いっきり泣く。
初産の時は双子で半日ぐらいもかかって大変だった。
今回は一人だけだから楽な出産だと信じたい。
バルトファルト領で出産の準備はしてるけど予定日はそろそろだ。
いつ産まれてもおかしくない。
「お前もそんな顔をするんだな」
「家族に関しては何時でも真剣ですよ」
「それほどアンジェリカを愛してるのか」
「もちろん」
あんな良い女、世界を探し回っても滅多に会えるもんじゃない。
たぶん一生分の幸運をアンジェと結婚する為に使い切ったな俺。
生まれ変わってもまた人間になれる気がしない。
王妃候補のお嬢様と婚約とか前世でどんな善行したんだ?
「今さら惜しんでも遅いですよ。アンジェは俺の妻です。奪おうとするなら王国を滅ぼされる覚悟をしてください」
「……威嚇するな、お前が言うと冗談に聞こえん」
「冗談に聞こえたのならまだ殿下のご覚悟が足りないかと思いますよ」
俺は出世する気は無いけどアンジェが望むなら出世も悪くないとは思う程度にはチョロい。
王家と公爵家の仲介をしたのもアンジェが望まなかったからだ。
逆にアンジェが婚約破棄を怨んで王家に復讐するなら公爵派で戦ってる。
ホルファート王家の寿命が延びたのはアンジェの和解を優先したから。
その辺りを念入りに釘を差しておく。
「どうしてそこまでアンジェリカに惚れたんだ?」
「逆に殿下はアンジェのどこに不満があるんですか」
「規則に煩くて俺の意志より慣例を重んじてる。俺を理解しようとせずに理想の婚約者を押し付けてきた」
「それだけ殿下を心配したからでしょう。相手に非が無いのに難癖を付けて理不尽に怒るような女じゃありませんよ」
本当はアンジェってけっこう嫉妬深いんだけどね。
俺は女に嫌われるから安心だけど、美形の殿下は地位込みでモテまくる。
婚約者時代のアンジェは気が気じゃなかったんだろうな。
「殿下は『理想の婚約者を押し付けた』って言ってますけど、逆に素の自分をアンジェに知ってもらう為に殿下は努力したんですか?」
「……いや」
「俺はバカな臆病者なんで困ったらすぐアンジェに相談します。情けない所なんて散々見せてきたし、愛想を尽かされそうな秘密のせいで今は離婚の危機になりました。やっぱ正直で誠実じゃなきゃ男と女の関係は上手くいかないみたいです」
「あのロストアイテムの船は本物なのか?」
「どう思うかは殿下の判断にお任せしますよ」
旧人類のダンジョンにあった飛行船は一隻を除いて修復不可能だった。
その例外がヤバ過ぎるのが悩みの種なんだけど。
いざとなりゃ王国軍がダンジョンに殴り込む先に目ぼしい物を球っころに回収させて逃がしてやろう。
数十年間は大人しく
あんなヤバい物を目覚めさせた責任を問い詰められても困る。
そもそも俺が見つけなくても何十年、何百年後には誰かが発掘してただろ。
よく分からない昔の技術を使って国を支配するから余計な恨みを買うんです。
後はその辺も含めて王家の方々に頑張っていただきましょう。
「お前は本当に不敬な奴だな、普通そんな口の利き方をすれば不興を買って処罰を受けると思うぞ」
「処罰したいならご自由に。得たくて得た地位ではございませんので。丁寧な口調で殿下に阿った連中は本当に殿下の味方だったのでしょうか?」
「連絡の書簡では随分と畏まった書き方をしていたぞ」
「軍隊式報告書とアンジェの教育の賜物ですよ。取り巻きが欲しいならもっと別の奴にしてください。腹黒な緑と脳筋の赤と気障な紫と構ってちゃんの青がいるでしょう」
「あいつらは仕事で忙しいし、呼び出されたのはお前だ」
「部下に任せりゃいいでしょ」
「俺には忠実な部下が少ないんだ」
知るか、俺なんて生まれてから友達なんてほとんど居ないぞ。
ルトアートとメルセは敵、兄さんは父さんの手伝いでそれなりに忙しい、姉貴とフィンリーは話が合わんし、純朴なコリンを巻き込む気は無い。
王国軍時代の親しい奴らは皆くたばったか消息不明。
貴族の知り合いは居ても爵位とか力関係とか面倒な事情が入る。
腹を割って話せる奴なんて家族ぐらいしかだ。
……悲しくなってきた、泣きたい。
「……とりあえず、目的地だけ教えて下さい。後は俺一人で向かいますから」
「無理だ。あの方はお前と俺の同席を望んでいる」
あんなおっかない王妃様に好かれてもろくな事にならない。
……まさか愛人になれとか言わないよね。
殿下が隣に居るし、息子の前じゃ自重するか。
お飾りの国王に加えて王妃も色ボケだったら本気で亡命するぞ。
「ここだ」
到着したのは王都によくある酒場だ。
店に入って客層を窺うと老若男女問わずいろんな奴らが食い物の摘まみながら酒を呷る。
テーブルに置かれた料理は大皿料理からそこそこ値が張りそうな一品料理まで幅広い。
あの王妃様がこんな場所を指定するとはね。
アンジェとの待ち合わせは人気が少ない高級店が多いらしいから意外だな。
どうやら店の奥には団体客用の個室があるらしい、そこが密会の場所か。
殿下に案内されて奥に進むと奥の部屋の前に男が一人立っていた。
「連れて来たぞフレッド」
「お疲れ様です殿下、ですが少々お待ちいただけますか」
「どうした?予定の時間より早いが問題は無い筈だ」
「えぇ、そうです。普通なら問題ありません。しかし、何と申しますか……」
殿下と話してる男は何か言い難そうに言葉を濁してる。
その顔は如何にも苦労を積み重ねた哀愁が漂ってた。
ぶっちゃけ殿下よりこの人の方が仲良くなれそう。
個室の前の会話してる二人を眺めてると何やら個室の中から声が聞こえて来た。
『え~、冗談言ってぇ♡どうせ嘘でしょう♡』
『信じてくれよ、こう見えて結構偉いんだぜ俺』
『も~、本当に口説くのが上手ねぇ♡』
楽しそうに笑う女としつこく女を口説く男の声。
個室の中で何が起きてるか、考えるまでもなかった。
「帰らせていただきます、話はまた後日」
「待てバルトファルト!!」
背を向けて帰ろうとしたらユリウス殿下が先回りして道を塞がれた。
殿下の身体能力は俺を上回る、強引に押し通るのは難しそうだ。
「ほら!二人が来ましたよ!いつまでやってるんですか!?」
フレッドという名前の男の声が後ろから聞こえる。
絶対に嫌な予感しかしない、やっぱ拒否すりゃよかった。
文句を言いながら権力に屈する俺のバカ野郎。
今後は王族直々の呼出しでも絶対に拒否してやる。
奥の部屋から飛び出した女が慌てて俺の横を通り過ぎた、服が乱れてた事は今すぐ忘れたかった。
隙に乗じて逃げようとするけど殿下は女だけを通して俺を逃がさない。
「なんだぁ、もう来たのか?」
部屋から顔を出したのは中年の男だった。
青髪の長髪で品の良さと野性味を同時に漂わせた中々の美形だ。
ちょうど殿下があと数十年ぐらい経てばこんな風になるんじゃないだろうか?
そこまで考えて猛烈に嫌な予感がする。
何で俺はこうもホルファート王家の厄介事に巻き込まれるんだ?
「こうして間近で会うのは初めてだなバルトファルト卿」
「……此度は陛下に拝謁の栄誉を賜った事、心より感謝いたします」
言いたくもない挨拶を口にして目の前の男を睨む。
ローランド・ラファ・ホルファート。
ホルファート王国の最高権力者がそこに居た。
ある意味で人気キャラなローランド登場。
原作やコミカライズでもリオンに対して嫌がらせ絶好調なダメな大人ですが、今作ではリオンがミレーヌを口説いたりせず凡人の域の力なのでマシなのかなぁ?(疑問
ローランドなりに考えがありますが、それがどうなるかはお楽しみに。
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。