婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第109章 折檻諫言

 謎の仮面の騎士。

 そいつの存在が噂になったのは数年前のファンオース公国との戦争が起こった時だった。

 現れるのは聖女様がいる戦場が殆どで、やたら派手な格好と所属不明の高性能な鎧を駆って公国軍や召喚されたモンスターを退治して姿を消す。

 仮面の騎士を見た事が無い奴は単なる幻覚や幻聴の類だと噂していた。

 戦争という極限状態の中じゃ人間は恐怖や緊張で五感が狂って信じられない物を見る。

 ただの雲が巨大なモンスターに見えたり、鳥の群れが敵軍の編隊に見えたり。

 特にファンオース公国の姫様が召喚したモンスターは王国軍の兵が今まで見た事も無い形をしてた事も関係して、やたら情報が錯綜してた。

 そんな混乱してた時に敵軍の未確認機や人型モンスターを見たら勘違いするだろうなと王国軍に所属してた頃の俺は戦友達と笑い合ってた。

 

 そいつの存在が本当だと知ったのはファンオース公国の再侵攻が起きた時だ。

 バルトファルト家の軍が配備されたのは国境近くの場所。

 相手はファンオース公国軍の一団で、最初の数ヶ月は一進一退の戦況が続いていた。

 戦果を挙げられない事に焦れた公国は主力軍に召喚したモンスターを投入、浮いた戦力は苦戦していた戦場に回し始めるという戦略を選んだ。

 物量差で徐々に追い詰められる俺達の前に突如現れたのは、派手な仮面と衣装を身に付けて白い鎧で公国軍に突撃する仮面の騎士(バカ)だった。

 

 仮面の騎士(バカ)は確かに強かった。

 本人の腕が良いのか、鎧の性能が良いのか、或いはその両方か。

 公国軍の部隊は仮面の騎士(バカ)の襲来に兵達が混乱し、そこそこの被害が出て戦線が乱れる。

 その隙を突いてバルトファルト領軍は然したる損害も出さず、何とか公国軍を撤退させる事が出来た。

 戦闘が終了した直後、俺は仮面の騎士(バカ)の捕獲を手が空いた部下達に命令を下す。

 

 恩知らずとか言うな。

 あんな得体の知れない奴が戦場に現れたら捕まえるのが当然だろ。

 敵か味方かも分からない変な格好した怪しいオッサンが居たらまともな軍人や貴族なら捕まえようとする。

 仮面の騎士(バカ)は捨て台詞を吐いてそのまま逃亡。

 そんな事か終戦までに何回か起きた。

 あんな奴に俺や部下の命が助けられたなんて一生の恥だ。

 もしも見掛けたら必ず捕獲して牢獄にぶち込んでやる。

 

 そして今日、仮面の騎士(バカ)の正体が判明した。

 よりにもよってホルファート王国で一番偉いはずの国王と仮面の騎士(バカ)は同一人物という衝撃の事実。

 もうダメかもしれないな、ホルファート王国(このくに)

 

「どうだ、驚いたか?」

 

 ニヤニヤと楽しそうに俺を見つめながら俺を眺めるオッサン。

 コイツは俺が『な、何だって~~!』と驚く光景が見たいんだろう。

 もっと意地悪く『まさか、仮面の騎士が陛下だとは…』『どうか今までのご無礼をお許しください』と謝るのを期待してるかもしれない。

 

「えぇ、驚きました」

「そうだろう、そうだろう」

「まさか国王陛下が珍妙な格好をして戦場をうろつく大馬鹿野郎だとは思いませんよ」

「……貴様」

「これからはローランド・ラファ・ホルファートと書いて『国の恥』と呼ぶ事を議会に提案します」

「ぶっ」

 

 ユリウス殿下が俺の発言で思わず噴き出した。

 生憎だったな、俺は殊勝にバカな王様の思い通りに動いてやるつもりなんて無いぞ。

 仮面の騎士の正体が王なのは衝撃の事実かもしれないが、それがオッサンの評価が上がるとは限らない。

 むしろ『自分の国がヤバい時に何してるんだよお前』というのが俺の正直な感想だった。

 あの衣装と鎧だけでどれだけの金を使いやがった?

 一回ぐらい丸裸にして戦火で家や財産を失った平民の村に投げ込んでやっても許されないかな。

 

「命を救ってやった恩を忘れたかバルトファルト」

「勝手に戦場に飛び込んで、好き勝手に暴れて消える不審者を背後から撃っても文句は言われませんよ」

 

 実際、仮面の騎士(バカ)の存在は何も考えない兵卒の立場なら格好いいかもしれない。

 でも軍を動かす立場の人間にとっちゃ徒に戦線を乱すだけの存在だ。

 王国軍と公国軍が争っている戦場で味方かも分からない仮面の騎士(バカ)が突然現れる。

 やたら強いから公国軍は無視する訳にもいかなくて仮面の騎士(バカ)に注意が向く。

 その結果、公国軍の動きが変化してこっちも兵の運用を逐一変更しなきゃいけなくなるんだ。

 特に俺は才能に乏しいから事前にいろんな情報を掻き集めて作戦を考える。

 いきなり現れる仮面の騎士(バカ)を考慮した作戦なんか思いつく訳ないだろ!

 

「貴方のご活躍のお陰で作戦の変更を何回させられたか。恨みこそあれ感謝などしたくありませんね」

「仮面の騎士の活躍で余計な死人が出ずに済んだだろうが」

「俺が好き好んで部下や兵が死ぬ作戦を立ててると思ってんのか!!」

 

ダァン!!

 

 思いっきりテーブルを叩くと料理の皿や酒が注がれたグラスが揺れて音を出す。

 

『戦争に犠牲は付き物』

 

 そんな風に宣う士官や参謀を今まで何人も見て来た。

 砲弾が飛び交う戦場に赴く事もせず、死ぬ可能性が無い陣幕の中で盤上遊戯を楽しむみたいに作戦を立てる貴族。

 どんだけ無茶な作戦を立てても咎められず、進言すれば「愛国心が足りない」と無責任な言葉を吐き、追い詰められたら我先に逃げ出して責任を取らない貴キ者。

 それが俺が戦場で見て来た貴族だ。

 貴族全員がそんな腐ってる連中ばかりなんて暴論を言うつもりは無い。

 俺よりずっと生真面目で国の為に戦った貴族や騎士もたくさん居た。

 そんな奴ほど早く死んで、俺みたいな腐れ外道が生き残るなんてどう考えてもおかしいだろ。

 生き延びた俺に出来るのは可能な限り死人が出ないよう作戦を立てるぐらいしか出来ない。

 士官や兵が死ぬとその分バルトファルト領の人材が減って遺族からも怨まれる。

 自分が損をしたくないから敵国の兵に死んでもらう。

 相手が嫌がる事を効率的に行って、戦意を挫いて退却させる。

 敵兵の屍を積み重ねて得た結果が外道騎士なんて蔑称だ。

 軍師とか参謀なんて物は悍ましくてまともな精神を持った奴がやる仕事じゃない。

 

「戦場は陛下の遊び場じゃありませんし、仮面の騎士が主役の劇場でもありません」

「……俺が邪魔だと言いたいのか?」

「有り体に言えばその通りです。そもそも陛下が戦うべき場所は最前線の戦場じゃありません、政務を行う王宮のはずです」

「どいつもこいつも、口を開けばいつも『俺に仕事をしろ』とに口走る。何だお前ら、裏で示し合わせているのか?」

「……アンタがきちんと仕事をすりゃ誰からも言われねぇよ」

 

 そろそろ我慢できなくなって来たぞ。

 目の前の不良中年はどうやら仕事が大嫌いらしい。

 まぁ、その辺の気持ちは分かるけどさ。

 俺だってなりたくて貴族になった訳じゃないし、やりたくて領主やってる訳じゃない。

 国から貰った爵位と領地を捨てられるなら今すぐにでも捨てたい。

 でもな、それやったらダメなんだよ。

 

「国王陛下だろアンタ。俺みたいに平民同然に育った奴には分かんねぇ苦労してきたのは聞いてる。だからって戦争中に本陣を抜け出してやるのが仮装して最新型の鎧を乗り回して弱い敵兵イジメかよ。ボンクラ過ぎて笑えねぇぞ王様」

「黙れ、貴様に俺の何を知ったつもりだ」

「若い頃が放蕩三昧、叔父貴に押し付けられた王位を貰っても変わらず、賢くて綺麗な嫁に仕事を任せきり」

「ミレーヌは俺が及ばぬほど優秀だ。何しろラーシェル神聖王国に対する同盟条件として俺に嫁がなければレパルト連合王国の女王に即位する予定だったからな」

「……それが夫婦仲が拗れた原因とか下らない言い訳するなよ」

「お前から見れば下らん理由だろう。だが俺にとっては深刻な問題だ。自分より賢く美しい信頼される女が妻となったらどう思う」

「阿呆くさ、嫁に嫉妬するぐらいなら少しは真面目に働けば良いだろ。言い訳に嫁を使うな」

 

 個人としては少しだけ同情するけどな。

 あの王妃様はキツい部分があるし、有能な部下は自分の手駒にして使い潰すのが分かるぐらい考える。

 ホルファート王国内で上司にしたくない女の上位入賞なのは間違いない。

 ただ嫁として、母親としてどうかと考えるとまぁ及第点かな?

 とりあえず直接会った時には旦那や自分の子の為に何とかしようとする気が伝わってきた。

 王家の為とは公爵家と和解したい気持ちは本物だろうし。

 大体、有能で綺麗な嫁さんを貰って何の不満が有るんだよ。

 ゾラ達みたいな仕事もせずに性格が腐った貴族女なら嫌になるのも分かるけど、あの王妃様はお前の代わりに働いて公爵と手を組む位に国を大事にしてるぞ。

 バルトファルト家だって平民同然に育った俺が子爵になって公爵令嬢だったアンジェと結婚したけど、別に俺は嫁に嫉妬しないからな。

 慣れない辺境の暮らしで随分苦労をかけてるのに不平も言わず、俺の子を産んでくれたアンジェには感謝しかない。

 なんで苦手な王妃様の弁護を俺がしてんだよ?

 それぐらいこのオッサンがダメ過ぎるって事じゃねえか!

 

「あと気に入った自分の子には途轍もなく甘いけど他の我が子には冷淡。次から次に女を口説いて子供を産ませるろくに面倒を見ない。同じホルファート王国の男というだけでこの国の男全員の評価が下がるぐらいのクズだな」

「その辺りにしておけバルトファルト…、父上もどうか落ち着いてください」

 

 さっきからずっとオッサンは酒を飲みながら俺を睨みつけてる。

 ここに来る前は国王を才能が無いのに王様になっちまった幸運だけど不幸な男だと思ってた。

 少し話合って頭も力も問題無く王様をやれる奴だと知った。

 そして今、ずっと会話を続けて結論が出た。

 

 コイツはクズだ。

 少なくても王様としての責任や夫としての責務とか子供への愛情について絶対に俺と相容れない。

 俺とオッサンの溝は決定的だ。

 

「ちょっと前までアンタと俺は少し似てると思ってた」

「お前と俺が?思い上がりも大概にするんだな」

「アンタの方がな。少なくても俺は仕事を投げ出さない、家族と領民の命がかかってるからな」

「俺は為りたくて王に為った訳じゃない」

「だったら王位継承権を放棄して貴族も辞めれば良かっただろ」

「そんな簡単に王族が辞められると思っているのか?俺は先王の子だ、望まずとも王と為る事を強いられる。道化を演じた所で大抵の醜聞は揉み消された。俺の所に集まる奴らは王の権威を利用して甘い汁を啜る事しか考えていない。誰も信用できぬ孤独な俺が何が出来る貴様は言うのだ」

「逆に聞くよ、アンタは王位継承権を無くす為に何かしたのか?」

「後先を考えない貴族の悪童共と徒党を組んで喧嘩、賭け事、娼館に通い詰めたな」

「放火、強盗、殺人、違法な物品や薬物の売買は?」

「出来るかそんな事!」

 

 変な所で常識はあるらしい。

 まぁ、普段の言動がアレ過ぎて同情の余地は無いんだけど。

 ちなみ王立学園に通ってた兄さんの話だと上級クラスに在籍してた高位貴族出身の生徒はひどい連中ばっかだと聞いてる。

 平民出身だったオリヴィア様に対するイジメは勿論、中には実家と付き合いがある空賊と取引して命を狙った令嬢さえいたらしい。

 オッサンが通ってた時代がマシだったのか、つるんでた連中がまだマシだったのか、それとも王家が裏で手を回してたのかは知らんけど。

 やっぱ高位貴族の腐敗がひどいなホルファート王国。

 ファンオース公国との戦争は腐敗貴族の大部分が処罰されたのが救いかな。

 戦死したまともな連中の命と引き換えとしては割が合わなさ過ぎるけど。

 

「逃亡するとか神殿に入ろうとしなかったのか?」

「どうせ追手がかかる、やるだけ無駄だ」

「実行してない訳だ」

「くどいぞ」

「あ~~~、はいはいはい。そういう訳ね。全く、いい歳して甘ったれやがって」

「俺が甘ったれているだと」

 

 怒ったか王様、それぐらいの気概はあるらしいな。

 不必要にデカい誇りを持ちやがって。

 いっそ国王の重責に悩んで酒に溺れて女遊びを逃げるような小心者の方がマシだぞ。

 

「甘ったれてんだろ。皆にボクの気持ちを分かって欲しい。自分の人生を誰かに押し付けられるのは嫌だ。だけど本気で王位を捨てる気は無い。お利口だから悪逆非道で牢獄行きは勘弁して欲しい。貴族のガキが思春期によくやる周りの連中への反発だな。贅沢はしたいけど仕事はしたくない。好きな事だけしたいけど嫌な事はやりたくない。そんなのは十代の頃に卒業しろ。四十を超えたオッサンがやってると傍から見ても痛々しいぜ」

「…………貴様、調子に乗るなよ」

「図星を突かれてキレたか?生憎とこっちは十五の頃に親父の正妻が売り飛ばそうとしたから家出したんだぞ。金も荷物も殆ど無くて野宿したり途中で駄賃を稼ぎながら王国軍の駐屯地まで数ヶ月もかけた旅だ。本気で実家を捨てて独り立ちするってのはそういう事だよ。親から貰った小遣いで遊んで、不始末を親に尻拭いをしてもらってるお坊ちゃんに比べたら奉公に出てる平民の子供の方が腹が据わってんぞ」

 

 王国軍に入るだけならもっと近くの領地ある駐屯地でも良いけど、ゾラの追跡を避ける為に出来るだけ遠くの領地に行く必要があった。

 旧バルトファルト領から国の反対側近くまでなら飛行船の定期便や輸送船を乗り継げば半月もかからず行ける。

 だけど貧乏なバルトファルト家の三男坊だった俺に旅費なんてある筈がない。

 旅費が尽きたら平民の日雇い仕事を何日かやって稼いで次の領地へ、そんな事を繰り返してたら目的地まで着くのに何カ月もかかっちまった。

 十五歳のガキにはつらい事も多かったし、王国軍に入った後は苦労は山程あって良い思い出ばかりじゃない。

 だけど、あの頃の経験が有るお陰で何とか領主を務められてる。

 年寄りじみた言葉になるけどさ、やっぱある程度は苦難に慣れておかないと人生ってめちゃめちゃ辛い。

 王族や貴族だって平民じゃ考えられないような苦労してるだろう、でも痛みとか苦しみを知らなくて思い通りの人生を送ってたら絶対に自分が凄いって勘違いしたまま育つもんだよ。

 ルトアートなんかもそうだし、バルトファルト領に仕官する貴族や騎士の家出身の連中は入隊してしばらくすると半分ぐらい辞めてく。

 バルトファルト領軍の訓練はそんなに厳しくない。

 王国軍に所属してた頃の俺が受けた訓練内容を踏襲してる、そこに平民も貴族も区別なく受けさせてるだけ。

 やっぱ兵卒の苦労や限界を知らないお坊ちゃんが家柄で将官をやってるのが一番の問題だよな~。

 家柄で戦争に勝てるなら全ての戦争は王族が指揮すりゃ必勝になる訳だし。

 だから俺は戦場に首を突っ込んできた目の前の仮面の騎士(オッサン)がとっても嫌いです。

 

「こう言うのも何だけどさ、真っ当にしてりゃ普通に強くて頭良いじゃんアンタ。王族を辞めて冒険者になっても十分に食ってくだけの稼ぎは得られるはずだ。本気で逃げようと思えば逃げられる可能性も高い、なのにそれを実行しないのは何でだよ?」

「…………」

「ユリウス殿下も同じですよ、他人事みたいな顔をしないでください」

「お、俺かッ?」

「国王は複数の側室を娶る事が国法で認められてますよね。オリヴィア様を娶るならアンジェが婚約者のままなら文句は言われても決闘なんて事態にはならなかった可能性は高いと俺は考えますね」

「それは……」

「なのに平民だったオリヴィア様を正妃にすりゃ納得しない国内の貴族は殆ど敵に回りますよ。オリヴィア様が成績優秀で初代聖女の子孫でも難癖をつけて婚約破棄すればまともな奴ほど王家に失望する。それでアンジェと婚約破棄した後にフランプトン侯爵に唆されてオリヴィア様の箔付けを神殿に頼んで聖女にしてもらった。裏で公国と通じてた侯爵からすりゃどうせ滅ぼす王族が不始末を重ねる方が都合が良かったんでしょうね」

「…………」

 

 今度はユリウス殿下が黙った。

 アンジェは嫉妬深い所があるけどそこら辺の政略結婚事情については割と寛容だ。

 事情をきちんと説明して頭下げたら何とか受け入れてもらえそうに思える。

 オリヴィア様は悪人じゃないし、気遣いや他人に優しく出来るから側室や妾としてなら十分に可能だったはず。

 惚れた女に幸せになって欲しい気持ちは分かるけどさ、それはオリヴィア様の気持ちを無視し過ぎてる。

 オリヴィア様が聖女をやってんのはその方が沢山の人を救えるからだ。

 柵が多い社交界に居ても人助け出来るかは疑問だ、そもそも貴族が従いそうにない。

 

「まだアンジェが王国の貴族令嬢だから良かった。これが他の国の御姫様だったら戦争になってもおかしくない。もしも数年前の戦争で公国がその国と手を組んでたら?公国だけでもオリヴィア様が居たから奇跡的に公女を討って休戦に持ち込めた。もう一国が参戦してたら間違いなく王国は滅んでいました」

「確かに」

「おいおい、固い話になってるぞ。ここは飯屋だ、軍議所じゃないぞ」

「公爵家も同じです。侯爵の狙いはホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の分断でした。公国への加担、或いは戦争の時に静観されただけでも王国は更に苦しい戦いを強いられたはず。しかし公爵は敵対せずに王国の防衛に従事していました」

「ヴィンスの奴は自分の領地を護りたかっただけだろうが」

「それの何がいけないんだよ?領主貴族の大半はホルファート王家が強いから従ってるだけだ。戦後に処罰された貴族の全てが腐った連中じゃない。王家の横暴に憤って見限った奴も多かったぞ。王家の直臣だった宮廷貴族にも裏切られた時点で貴族達の信用は地に落ちてんだ。その原因の大部分がお前らだろ。ちっとは責任を感じやがれ」

 

 鼠や小鳥だって追い詰めたら蛇や猫に噛みつく。

 年取って爪も牙もボロボロな捕食者相手なら尚更だ。

 王家に不満を持つ貴族は公爵家だけじゃない。

 今回の件じゃ王家と公爵家は何とか和解に持ち込めたけど、他の貴族がどう考えてるかは不明だ。

 もしかしたら別の貴族が主導して王家に叛逆するかもしれない。

 そもそも王国は去年の戦争でかなり疲弊している。

 他の国が裏で介入して淑女の森みたいにバカな騒動が起きないとは限らないんだ。

 こんな状況の王国を立て直すには貴族の協力が不可欠だ。

 

「もう王家は今までみたいに好き勝手できませんよ。切り札の王家の艦は破壊しましたんで。これからは貴族の顔色を窺いながら頑張ってください」

「何も知らない若造が知ったような口を叩くな。俺が王位に就いた時、どんな状況だったか知っているのか」

「公爵から聞いたよ。言葉を返すけど、公爵に協力してもらう為に今まで何かしたのかよお前?アンジェと殿下の婚約は王妃様が主導したって話だ。王妃様が息子の後見に公爵を選ぶ、それだけ旦那が頼りないって思われてるんだよ。そもそも、どうして他の国の元お姫様が嫁ぎ先の政治を仕切ってんだ?お前がろくに仕事しないからだろ。貴族にナメられて孤立してるお前と息子を助けようとして息子の元婚約者にまで頭下げてんだぞ。少しは夫として情けないと思わねえのか」

「ミレーヌは俺に愛想をつかしている、あの年増に冷めたい目で見られる辛さを知らんくせに」

「あの人は旦那や息子が失敗して落ち込んでも見下す事はしないように感じたな。仕事を怠けて他の女に色目を使う旦那を褒める嫁なんて居ねえよ。そいつは旦那の財産や力が目当てだ。良かったな王様、お前の周りの女がそんな性格ばっかなのはお前の普段の行いが原因だ」

「黙れェ!!」

 

 キレた王様が席から飛び上がって俺に殴りかかって来た。

 だけどその動きは精彩を欠いている。

 俺達が来る前にも酒を飲んでたみたいだし、俺との会話の最中も料理と酒を飲み食いしながら聞いていた。

 酔ってフラついた足腰じゃまともな打撃は期待できない。

 王家の血で受け継いだ才能と受けて来た教育のお陰で並みの奴が相手なら負け無しだろうな。

 こっちも席を立って即座に構える、ダメ王の拳が俺の顔を狙っているのが分かる。

 だけど酔いのせいで膝に力が入らず狙いがブレた上に腕も大振りだ。

 首を少しだけ動かして拳を回避、そのすぐ後に拳が掠める音が耳に届く。

 回避が成功したのと同時に俺も拳を放つ、伸びきったバカの腕に沿うようにゆっくり絡ませて意識の外側から相手の顔を狙い撃つ。

 

バゴォッ!

 

 硬い感触が拳から伝わったのと同時に打撃音が部屋に響いた。

 バカはろくに受け身も取れないまま床へ転がる。

 国王を殴るのは重罪なんだけど突っかかってきたのはバカの方だ。

 不真面目な癖に自尊心は人一倍なコイツには効くだろ。

 もしもこれ以上ガタガタ言うなら王妃様か宰相に直訴してやる。

 それでも文句が言い続けたら和解の取り消しを公爵に持ち込んで公爵派に回ってやろう。

 俺は今の王国がヤバい状況で大切な人を護りたいから王家と公爵家の仲介をした。

 アンジェと離婚の危機になってまで頑張ったのはこんなバカを助ける為じゃない。

 

「何度も言ってやるよ、アンタら甘ったれだ。嫁に仕事を任せきりで部下に信頼されないのを他人のせいにして重荷を他人に押し付けるくせに贅沢を止めないバカ王。王家の権力を自分の力だと勘違いして冤罪を捻り出して婚約者を蔑ろにしたクソ王子。王族の務め果たさないけど地位に固執する。よく似てる父子だな」

 

 殿下はかなり更生してるのを知ってるけど敢えてキツく言っておく。

 この先の王位継承権争いがどうなるかは知らない、だけど王国の将来の為に言わせてもらう。

 

「これは御二人に対する臣下としての諫言です。名誉も地位も捨てる覚悟での国の為に忠言します、どうか民の為に正しき御政道を行われる事を心からお願い申し上げます」

 

 言いたい事、やりたい事は言わせてもらった。

 『国の為を思って』と丁寧な口調で付け足せば何とか誤魔化せるだろ。

 実際、王家と公爵家の和解に奔走してるのは俺だし。

 取りあえず頭を下げて足早に部屋を出る。

 後ろで殿下が何か言ってるが無視、店を出たら全速力で路地を駆け抜けて辻馬車に乗り込んだ。

 いざとなりゃ王族をぶん殴った罪で処罰されかねない。

 国王にも面子があるから黙ってるとは思うが、バカは普通はしない事を仕出かすからバカと呼ばれる。

 定宿に戻ったら荷物をまとめて別の宿に移ろう、念の為に弾薬も補充しなきゃ。

 やっぱ王家の連中は俺やアンジェには騒動の種だ。

 今回の件が終わったら数年間は絶対に王都へ近寄らないぞ。

 そんな事をぼんやり考えながら馬車の窓から追跡者がいないのを確認した。

 出来るだけ早くアンジェと仲直りしてバルトファルト領に戻ろう。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「生きてますか父上?」

「……勝手に殺すな」

 

 鼻血を出しながら父上が起き上がった。

 宮廷医のフレッドが慌てた様子で治療にあたる。

 幸いと言うべきか、バルトファルトの拳は父上に然程の傷を与えなかった。

 父上の鼻血は転がった際に顔を床に打ち付けたせいだ。

 あれだけ暴言を口にしてもバルトファルトなりに父上に対して気配りをしたのだろう。

 寧ろ父上を諫める為にあんな品の無い態度で接していた可能性もある。

 つくづく辺境領主にしておくには惜しい男だ。

 

「好き勝手に言いやがって、何様のつもりだ?」

「相手はバルトファルト(・・・・・・・)ですよ。ホルファート家(われわれ)に咎める資格がありますか?」

「…殴られ損か」

「バルトファルトが野心に満ちた男なら殺されてもおかしくないと思います」

 

 王家の真実を知ってもバルトファルトの態度は変わらなかった。

 あの男は本気で地位や権力に執着が無いのだろう。

 或いは国祖達の所業を知ってその罪を背負って生きていけと王族に呪いを残したのかもしれない。

 

「殴られたのは王子の頃の武技訓練以来だ。俺を殴ろうとする者などこの国には居なかったからな」

「母上がバルトファルトと対面した時に奴に望む官職を与えても良いと仰っていました。今ならその御気持ちが理解できます」

「王を殴る無礼者がか?」

「時には処される覚悟で王に進言する者は必要でしょう。嘗て私達に阿った貴族の大部分は戦争の時にファンオース公国に寝返りました。それだけ王家は貴族達から内心で蔑まれていたのです。それに気付かぬほど私達は愚かだった」

「お前はそうだろう、俺は気付いていたぞ。気付いた上で言いなりになってたまるかと仕事をしなかった」

「……母上はどんなお気持ちで私達を見ていたのでしょうね?」

 

 祖国の女王に就ける才覚を持ちながらも他国へ嫁がされた。

 以来三十年も仕事をしない夫や内心で反発する息子に我が儘な娘に囲まれながら必死に頑張ってきた筈だ。

 母上が失望してお怒りになるのは無理もない、それほど嘗ての俺は愚かだった。

 本気でオリヴィアを愛してたなら王子の地位を捨てて平民になる覚悟を持って実行すれば良い。

 何かを失う覚悟を持たないまま器を超えた望みを持つのは身の程を知らない行いだ。

 オリヴィアに相応しい地位を与えようとして、彼女を聖女の地位に縛り付けた。

 一人の男を愛するのではなく、人々を救う為にオリヴィアは生涯を捧げるだろう。

 愛する女が自分に相応しい地位を与える筈が永遠に自分だけが愛される機会を失った。

 これが罰なら甘んじて受けるしかない、それは嘗ての愚かな俺自身への罰だ。

 

「しかしどうしますか?バルトファルトは王の猶子になるのも王女を娶るのも断りましたが」

「やらんでいい、王を殴るような不届き者に褒美など不要だ」

「ではその旨を父上が直々に母上へ伝えてください」

「おい、何故そうなる?」

 

 露骨に嫌な顔をする父上だがこの機会に俺も言いたい事を言わせてもらう。

 

「良い機会ですよ、父上は母上を労うべきと言うバルトファルトの意見に俺も賛成します」

「待て待て待て。一体何をどう話せと言うんだ」

「近頃は母上との会話が増えたようにお見受けしましたが」

「会う度に小言を言われる俺の身になれ」

「バルトファルトの言ってたように自業自得です」

 

 不服そうに治療を受ける父上を無視してこれから先について考えだ。

 ホルファート王国の未来は決して明るくはない。

 だが立て直せる道はまだ残されている。

 その要となるのがバルトファルトだ。

 今の奴にとって一番の望みはアンジェリカと仲直りする事だろうな。

 せめて手助けしてやりたいが元婚約者の俺が介入しても拗れるだけで終わる。

 さて、どうしたものか?




ローランドがボロボロですが、まぁこれぐらいされてもおかしくないという判断です。
原作では勝ち逃げに近いローランドですが(愛人に刺されたのは除く)、今作では一生王族の立場に縛られるのが一番キツいかなと。
まぁ若々しくて有能な王妃様がいるので大丈夫でしょう。
次話はアンジェ視点の御話。
惚気話を定期的に書かないと私のやる気が落ちるので。

追記:依頼主様のリクエストにより鈴原シオン様、コタ壺様にイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。

鈴原シオン様 https://www.pixiv.net/artworks/122100889
コタ壺様 https://www.pixiv.net/artworks/122135034

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